20 救出、出来ません
「自分で伸ばしたくせに、なんで自分で元に戻せねーんだよ……」
蔦に絡みつかれて全く動けないままの黒猫君が、独り言のようにボソボソと文句を言ってらっしゃいますが。
そんなの、私が一番聞きたいよ……。
「ごめん、な、さい」
でもやらかしちゃったのは間違いなく私だし。
納得はいかないけど謝っておく。
「いやわるい。もう、小言もなんも言わねーから」
と、すぐに私を気遣うように黒猫君がそういうのだけど、それはそれでいたたまれない。
「……中からは切れないの?」
一応聞いてみるも。
「この蔦、すげーエゲツねえぞ。一発目でしっかり首に巻き付きやがって、中から切ろうとするとすぐ閉まる」
「うわぁ……」
そ、それは私のせいじゃないと思いたい。
「もう結構試したから、これがなかなか息苦しい。だからさ、出来れば早く頼む……」
「……はい」
それでも後半、情けな気に沈んでいった黒猫君の声に、私はただもう申し訳なくて、素直に返事を返して手を動かすのに集中し直す。
だけど、実はもう諦めが勝ち始めてるんだけどね……。
かれこれ十分以上、汗だくになってあっちこっち引っ張ってるのに、私はまだ黒猫君に絡まった蔓の一番外側さえも外せていなかった。
だって、この蔓、すっごく硬いんだもん。
直径2センチはありそうなしっかりした緑の蔦は何重にも重なるようにして絡みながら小山を形どっていて、指を引っ掛けるために隙間を作るのさえままならない。
やっと隙間から指を押し込んで、さあ引っ張るにも片足だから全然踏ん張りがきかないし。
しかも蔦の小山は黒猫君が入ってるこれ一つじゃなく。
私の周囲には、ポツンポツンと、いくつも同じような小山が見えるのだ。
いっそ火をつけて燃やせないかな、これ全部。
「あゆみさん、焦らないでください。ゆっくりでいいですから、他の皆さんが到着するまで絶対に気を許さないで」
私の心を読んだかのように、すぐ近くの小山からテリースさんの硬い声が飛んできた。
テリースさん、どうやら閃光弾を上げてから幌馬車のすぐ後ろまで来てたみたい。
でも別にテリースさんだって本気で私が火をつけるかもって心配してる訳じゃなく。
さっきも言ったように、今、私のまわりに林立してるいくつもの蔦の山。
この中には、黒猫君やテリースさん、おじいさんたちだけじゃなく、さっき私たちを襲ってきてた襲撃者さんたちも、剣を持ったまま、全員捕まっちゃってるからなのだ……。
よくもまあ、誰一人逃げだせないほどしっかりぐるぐる巻にしちゃったよね、私。
後片づけする身にもなれって言いたい。
思わず遠い目になって過去の自分に文句を愚痴る。
すると脳内でもう一人の私が言い訳を始めた。
仕方ないよ。
だってあのとき私は、完璧に、完全に、どうにもならないほどパニクってたんだから……。
襲撃の最中に黒猫君に叩き起こされ、まだ寝ぼけてるのに黒猫君に抱えられ、馬車から飛び降りた衝撃で頭シャッフルされちゃって。
頭が状況に追いつくよりも早く、状況のほうばかりどんどん先に行っちゃって。
一度に沢山のことが起きすぎたのが悪いんだ。
思い返せば多分、黒猫君が飛び降りたのと、襲撃者が一気に幌馬車へと間合いを詰めてきたのがほぼ同時だったんだと思う。
燃えさかる幌馬車と襲撃者に挟まれて、私たちを守ろうと奮闘してたおじいさんたちの、その狭い隙間に黒猫君が飛び込んじゃったんだ、きっと。
私を抱えたまま攻撃を避けてた黒猫君がバランスを崩して、それをあの無口なおじいさんが体を張って庇ってくれたのだ、多分。
とにかく結果として、黒猫君と一緒に地面に転がった私は、目前で、あの無口なおじいさんの身体が剣に貫かれ、地面に崩れ落ちるのを見てしまい。
おじいさんの黒いローブが、血を吸ってより深い黒色に染まっていって……。
その辺りから記憶が薄くなってる。
叫びつつ、止めようとする黒猫君を振り払っておじいさんの身体まで這いよった、と思う。
そして多分、おじいさんを救いたい一心で、全力で一気に魔力を絞り出しちゃったのだ、私は。
我ながら、稀に見る最高の瞬発力だったと思う。
だって、手に触れたローブは血がどんどん染みてきてグショグショだったし、おじいさんはピクリとも動いてくれないし。
だけど、よく考えれば手にローブの感触がなかったのは裂けたローブの内側に手が入っちゃってたからだったし、おじいさんは私が治療してると思って動けなかったんだよね……。
途中おじいさんの身体がゆらゆら揺れてる気がしたり、耳鳴りがして、音がぼやけたり視界がおかしかったのは、今思えば多分魔力切れギリギリまで一気に放出しちゃったからだったのかも。
こうして色々思い出せるってことは、理性もちょっとは残ってたんだと思う。
ちゃんと頭のどこかでは、「魔力はもう使っちゃダメ」って思ってた、はず。
それでも目前で倒れ込んだローブがあの日の黒猫君に重なっちゃって、失うことが怖すぎて。
だから、いろんな意味で「止めたい!」って強く願ったのはなんとなく覚えてる……。
でもその結果、私を中心に広がった余分な魔力は、周りの全ての動きを抑え込むように、一瞬で太い蔦を絡みつけたらしい。
これも土魔法で細かいコントロールを覚えたおかげなのかな。
我ながらなかなか器用なことしたよね……。
蔦の種類なんて全然知らないし、これが普通の蔦なのかも分からないけど、とにかくギチギチに隙間なく絡みついちゃってて黒猫君の顔もほとんど見えない。黒猫君は隙間からこっちがある程度見えてるみたいだけど。
黒猫君がぐるぐる巻にされてる時点でわかると思うけど、私の周囲にいた人たちは敵味方関係なく全員そろって蔦の中。
それどころか。
馬や馬車、テントや荷物も全部取り込まれちゃってる。
幌馬車もすっかり蔦に絡まれちゃったから、あれだけ燃えてた幌も今は殆ど火が収まってた。
ついでにちょっと離れた場所で「ヤバいっす!」ってハビアさんの気の抜ける悲鳴が一瞬聞こえたような気もするから、閃光弾を見て駆けつけてきてくれてたバッカスたちも巻き込まれちゃったのかも。
「はぁ。なんでお前の魔力はこう、節操がねーんだよ」
……もうお小言言わないって言ったのに、まだ黒猫君がブツブツ言ってる。
分かってる。黒猫君だって動けなくてイライラしてるんだよね。
だけどほんとに、これ私じゃ全然歯が立たない……。
この蔦やっぱり異常に頑丈だよ!
「この蔦、やっぱり燃やしちゃダメ?」
「あゆみ、これはまたお前の仕業か」
思わず弱音を吐いた私の背後から、とっても聞きなれた呆れ声が掛けられた。




