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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第13章 ヨークとナンシーと
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17 真夜中の騒乱1

 幌馬車がゆっくりと停止し、馬車に並走していた護衛の男が馬車の一番端に座るデカいじいさんを呼びに来たのは、日もかなり傾いてからだった。


「今夜はここで野宿するとさ」


 戻ってきたデカいじいさんがぶっきらぼうにそう言って、俺たちに馬車を下りるよう指示を出した。


 馬車の周囲には、今も見渡す限りの荒れ地とゴツゴツとした岩地が広がっている。

 どう考えてもこの辺りに水場があるようには見えない。今夜は荷馬車の手持ちの水で炊事するつもりなのだろう。


 でも、昼は遅らせてまで水場を優先したのに、昼よりも水を使う夜営をこんな何もない場所でするのはおかしくねーか?


 違和感を感じたが、早くしろというようにじいさんに睨まれて、仕方なくあゆみを抱えて立ちあがった。


 馬車の一番入口近くに座っていたこのデカいじいさんとは、まだ一言も話をしていない。昼飯のあとも俺たちの話に参加せず、ただ一人静かにこちらを見張ってるようだった。

 六人のじいさんたちの中では一番体が大きく、年のわりに身体がしっかりして見える。


 今も、馬車を降りようとしてる俺たちを鋭い目つきで見張ってるし。


 ……いや待て。

 俺たちは教会を冒涜した容疑者として護送されてんだから、本来こっちのほうが正しいんだよ!


 他のじいさんたちが呑気すぎて俺まで感覚が狂ってきてる。


 ついでにどうやらこのデカくて無口なじいさんが一番旅慣れているらしい。

 他のじいさんたちもこのじいさんの短い指示には文句も言わずに従っていた。


 俺たちの乗せられていた幌馬車は、車輪が大きいぶん結構高さがある。

 にも関わらず、年の割に案外身軽なじいさんたちは、次々に馬車から飛び降りていく。

 俺だって、あゆみ一人抱えて馬車を飛び降りるくらい、手枷足枷をされてても全く問題ないんだが。


「ま、待ってください」


 今まさに飛び降りようとしてた俺を、先に降りたテリースが慌てて制した。そんで、すぐに別の馬車から踏み台を持って戻ってくる。


「今のうちからあなた方への貴人扱いを徹底させておかなければ、あとで軽く見られます」


 俯きつつ、小声で囁いたテリースの言葉に、俺も微かに頷き返す。


 今回テリースが俺たちに同行してくれてるのにはワケがある。

 キール曰く、教会や古い貴族とのやりとりは結構形式やら礼儀やらがうるさくて面倒くさいらしい。

 俺たちの礼儀なんて、キールと一緒にテリースに詰め込まれたあれだけだ。それだって、北の森に行ってた間にすっかりどっかに置いてきちまって思い出せる気がしない。


 ナンシーではそれでも何とかなってたが、容疑者として裁判に連れ出される以上、俺たちが下手に振舞って不利になるのは避けたいのだという。


 で、こういうことに関しては、俺たちの教育係でもあるテリースに任せておけ、とのことだった。

 王都の貴族社会で長い年月、アズルナブ家の侍従として立ち回り、キールの世話を焼いていたテリースならうまく誤魔化すだろうってのがキールの言葉だ。


 そんなものか、と半信半疑だった俺も、徐々にその意味を実感してた。


 これも身に沁みついた身分社会の習慣ってやつなんだろうな。

 踏み台を使って馬車から降りる俺たちを見守っていたじいさんたちが、今も自然と頭を下げていく。

 それを見たあゆみが居心地悪そうに俺の腕の中で身じろいだ。



 夕飯は昼飯とほぼ変わりなかったが、小さな焚き火を囲んで皆で喋りながら食べるだけでも気が晴れる。

 味噌が終わっちまったのは残念だが、あゆみももう文句も言わず、じいさんたちと一緒になってあの硬いパンを頬張っていた。


 俺たちの夕食が終わるころ、テリースが幌馬車の中に敷き布を敷き詰め、俺たちの寝床を用意したと言い出した。


「本当にいいのかよ」


 テリースと一緒になって俺たちを促すじいさんたちに尋ねると、白髭のじいさんがホッホと笑いながら、早く幌馬車に上がれと手に持ったこん棒でせっついてくる。

 これがじいさんたちの武器らしいが、どう見ても普通の木のこん棒にしか見えない。


 こんなんで本気で戦う気あるのかよ。

 まだマークの持ってた短剣のほうが有利に思えるぞ。


「別にあんたらを特別扱いしてるわけじゃあない。護送人は馬車に乗っててもらわんと見張りがしづらいってだけのことじゃ」


 当たり前のようにじいさんが肩をすくめて見せた。


「テリースはどうするんだ?」

「私はあちらで御者の皆様と一緒に休みます」


 そう言ってテリースもさっさと自分の敷き布を抱え、焚火を囲んで転がってる奴らのところへいっちまう。どうやらタカシも同じ場所で休むらしい。


 ふと目をやると、いつの間にやら焚火から一番離れた場所に、偽サロス様専用の立派なテントが張られてた。

 道中、奴の馬車の周りを警備してた兵士たちは、どうやらコイツの私兵らしい。その証拠に、今も偽サロスのテントの前で見張ってる。


「あんたらはどうするんだ?」


 ご立派なテントを呆れてみながら、再び白髭のじいさんに尋ねると、白髭のじいさんもつられてテントを見ながら返事を返す。


「荷物の番人に雇われた傭兵たちとサロス長官の警護が交代で見張りをするらしいからのぉ。私たちはこの幌馬車の周りでお前さんらを見張りながら休むんじゃよ」


 尋ねた俺にそう答え、じいさんたちが当然のように馬車を囲むようにして自分たちの敷き布を広げはじめた。


「いいのかな、黒猫君」


 そんなじいさんたちを見て戸惑うあゆみに肩をすくめてみせる。


「あー言ってるしいいんだろ。俺たちもさっさと寝るぞ」


 あれでじいさんたちだって仕事で来てるんだし、ああもはっきり言われたんじゃ断る理由もない。


 それでもまだ心配そうにそわそわしてるあゆみをせかして、幌馬車の中の敷き布に一緒に寝転がる。


 幌があるとはいえ、前も後ろも開きっぱなしだ。無論プライバシーなんてあったもんじゃない。

 それでも、あゆみの寝顔をむやみに人目にさらさないで済むのはかなりありがたかった。



 そして夜半過ぎ。

 それは起きるべくして起きた。


「ぁっ……!」


 暗闇の中、くぐもった悲鳴と追いかけるような複数の足音を、俺の優秀な耳がしっかりと捉えた。


 あゆみはすっかり熟睡してたが、襲撃を予期していた俺の眠りは浅い。

 おかげで幌馬車の外で起きた異常事態にもすぐに気がついた。


「動くな! お前らはそこでじっとしておれ」


 身をかがめ、幌馬車の後ろから周りの様子をうかがった俺に、すぐ近くから無口なじいさんの鋭い声が飛んできた。

 どうやらじいさんたちも全員目が覚めてたらしい。


 その時、突然焚火の明かりが消され、辺りが真っ暗闇に落とされた。

 俺に声をかけた無口なじいさんが押し殺した声で悪態をつき、なおも暗闇の中、手際よく他の五人に指示を出し始める。


 やべぇ、このじいさん、結構戦いなれてるな。

 この暗闇でも、周りの状況がある程度把握できているらしい。


 それでも暗闇に強い俺の目には、状況がはっきりと見て取れた。


 焚火の見張りをしていたはずの傭兵のおっさんが地面に伏せてる。

 俺の目でも色ははっきり見えねえが、服と地面に広がるあの黒い染みが血液だったら多分もう生きちゃいねえな。


 さっき寝ていた焚火の辺りにテリースとタカシの姿が見えない。多分すぐに隠れたのだろう。

 一人残った傭兵が、今まさに襲われていた残りの御者たちを庇いつつ、襲撃者の一撃を手持ちの長剣で受け流したところだった。

 だがもう一人の襲撃者が声をかけると、二人がこちらに向かいだす。


「長剣もったやつらが二人、追加でこっちに来るぞ! その後ろにもまだ数人いる」

「おい、見えてるなら上から指示だせ!」


 思わず声をかけた俺に、すぐ近くの無口なじいさんが叫んだ。


「そこ太ったじいさん、右後ろ二歩上段からくるぞ。白髭のじいさん、右に回れ!」


 言われなくても目に入る限り次々に声をかけていく。

 相手も別によく見えてる訳じゃなさそうだ。多分、何かを目印にしてこちらを認識してるらしい。


 それにしても多勢に無勢、ざっと見でも襲撃者は十人以上いる。

 これは、囲まれちまわないうちにあゆみを連れて動いたほうがいいな。


 そう判断した俺は、後ろでまだ寝てるあゆみの手を引っ張って揺り起こした。


「あゆみ、起きろっ!」


 寝起きの悪いあゆみを何度も揺り起こしつつ、偽サロスのテントのほうに目をやる。

 遠目にだが偽サロスは自分の私兵二人に隠れ、安全圏からジッと暗い目でこちらの様子を見守っていた。

 こちらに比べ、護衛が少ないにも関わらず、あれだけいる襲撃者が誰一人として偽サロスに手を出さない。


 やっぱりコイツらグルか。


「黒猫君……?」


 寝ぼけたあゆみの声が背後から聞こえた次の瞬間、事態は急速に混沌へと走り出した……。

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お読みいただきありがとうございました。
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