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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第13章 ヨークとナンシーと
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14 憂鬱な旅路

 ガタゴトと、どこまでも呑気な音を繰り返して幌馬車が行く。

 聞き慣れてしまった馬車の車輪の音に混じって、クゥと小さく控えめに、私のお腹の音が響いた。


「すみません、そろそろお腹すいたんですが~」

「うるさい、昼はまだ当分先だ」


 幌馬車の前方、御者さん辺りから返ってきたぶっきらぼうな返事に食い下がる。


「えー、でもそろそろお昼どきですよねぇ、皆さんお腹すかないんですか?」


 そう言って周りを見回したけど、今度は誰も返事してくれない。


「お前、よくこの状況で食欲があるな」


 そんな私を、黒猫君があきれ顔で覗き込んできた。


「え、だって朝からずっと座ってるだけで、なにもやることなかったし。お昼くらいしか楽しみないでしょ?」


 ガタゴトと揺れる幌馬車の中、呆れる黒猫君に半分抱えられるようにして座ってた私は、ため息交じりに幌の切れ間から顔を覗かして見飽きた外の風景を見る。

 朝はまだ少し変わり映えのする景色だったからそれなりに楽しめたけど、一時間もしたころからはずっとこのゴツゴツした岩が転がる荒野が見渡す限りどこまでも続いてた。


 こうなるとナンシー周辺のあの緑の多い景色が恋しくなってくる……


 幌を押さえた私の手首から、ぶら下がった鉄鎖がガチャガチャと無粋な音を響かせた。

 まさかヨークまでの旅路が、手枷足枷付きの護送車になるなんて、昨日までは全く思ってもみなかった。


 今現在、私たちは一路ヨークへ向かう幌馬車の中。

 黒猫君と私、それになぜかテリースさんも一緒に座ってる。

 そのほかにも、真っ黒なフードを目深にかぶったおじいさんたちが六人、私たちを囲むようにして座っていた。

 幌馬車を先導するのは、数頭の馬と二頭引きの豪奢な馬車。もちろん乗ってるのは私たちを連行中の「サロス」長官とその側近のタカシ君、ならぬトム君。

 教会内で従者をするときは以前からトムを使っていたのだそうだ。

 タカシ君、いろいろ名前ありすぎて混乱しないのかな?


 さっきあちらの馬車の中もチラっと覗いたけど、中は薄いシルク張りで、椅子も背もたれも扉も隅々までクッションがついてた。明らかにあちらのほうが乗り心地はよさそう。

 まあ、私の場合、いつも通り黒猫君がクッション替わりしてくれてるから、お尻は全く痛くないんだけど。

 黒猫君はともかく、乗りなれたはずのフードかぶったおじいさんたちも、馬車が跳ねる度にウッとかイタッとか声上げてる。


「こちらの馬車にも、せめてクッションくらい乗せればいいのに」

「そんなもの、従者の我々に与えられるわけがなかろう」


 思わず私がつぶやくと、私たちの右隣に座ってる白髭のおじいさんがため息交じりに答えてくれた。


「ましてやお前らみたいな罪人になど、贅沢にも程がある」


 今度は反対に座ってる痩身のおじいさんが、そういって恨めしげに黒猫君が座ってるフカフカのクッションを睨みつける。

 そんな恨みがましい目で見られても、申し訳ないけどこれは譲れない。だってこれは──


「このお二人はキーロン陛下のご親戚でもあられます。確かに裁判を受けることは了承しましたが、まだ罪人と決まったわけでもありません。お二人がなに不自由ないよう、キーロン陛下のみならずナンシー公爵からもしっかりと言いつけられたと思いますが?」


 そう、これは、私たちが乗せられる馬車を見たエミールさんが嘆きながら無理やり押し付けてくれた代物なのだから。

 涼しい顔で言い返したテリースさんも自分のクッションを調節して見せる。

 それを残りの六人のおじいさんたちが、やっぱり恨めしそうに睨んでた。

 


 昨日の謁見に引き続き、今朝キールさんがサロスさんを再度謁見の場に呼び出した。そこで私と黒猫君は裁判を受ける為に身柄を「サロス」長官に引き渡された。

 まあ、実際のところは、昨日タカシ君から色々事情を聴きだした黒猫君とキールさんがイアンさんを巻き込んで、新政府がキーロン陛下の即位に不安を訴え、仕方なく私たちを引き渡すというお芝居をを打ってみせたのだ。


 但し、「判決まではあゆみやネロを決して傷つけない、そして裁判にはこちらの証人も必ず出席させること」とキールさんはしっかり条件を言い渡した。


 都合よすぎるって拒否られるかも?


 そう思って心配してたんだけど、思っていたような抵抗はなにもなく、それどころかサロスさんは上機嫌でその申し出を受け入れてくれた。


 謁見の間を出た途端、サロスさんが呼びつけた他の従者さんたちがわらわらと寄って来た。どうやら前もってある程度話が伝わってたみたい。その場で私と黒猫君に重い鉄の輪っかでできた手枷と足枷がつけられてしまった。

 まあ、私の場合、足枷は片方の足しか入ってないんだけどね。

 でもその分、もう一個の足枷が中途半端にぶら下がっちゃってて足首が痛い。結局、見かねた黒猫君がその足枷ごと私を抱えてずっと運んでくれてる。


 こちらも今日はこうなることをある程度予想してたから、最初から動きやすい服を着てきてた。

 これ実は私が北の砦に行く前に、綿花を摘みながら獣人の皆さんと世間話してたのをゴーティさんが聞きつけて、私たちのためにわざわざ用意してくれたのだ。

 どうやらあの時、黒猫君や私の情報を流しちゃった償いらしい。

 あんなに気にしないでって言っといてなんだけど、これ、本当にありがたい。

 だってこれ、私と黒猫君にぴったりに仕立ててあるの。


 黒猫君の服はまあ今までの兵士服とあまり変わらないけど、尻尾が無理なく出せるように後ろに獣人仕様のスリットが開けられてる。

 そして私のは。


「うわ!」


 考え事しながら前に投げ出した足をプラプラしてたら、黒猫君の膝の上からズルリと滑り落ちそうになっちゃった。


「アブね、あゆみいくら中が見えなくなったからって暴れてると転がり落ちるぞ」


 ギリギリで腰を引き上げ、座りなおさせてくれた黒猫君に呆れ顔を向けられてしまった。


 でもこんなことになっても全然大丈夫。だって今私が着てるのはスカートのように見えて実はキュロットスカート。

 裾の裏に紐が仕込まれてて裏地が足首のところで絞られてるから、プリーツはあるのに裾が広がっちゃうとか、めくれちゃう心配はもうしなくていいのだ。杖にも引っかからない。

 しかもこれ、ドレスっぽく見えるのに実は上下別々の服だから、私一人でも簡単に着替えられる。立体的な体形には見えなくなるけど、代わりにボタンも少なく全部前についてるし、襟元に見えるシャツも実は一緒にくっついてる。最低限の女性らしい恰好でありつつも、とっても機能的で着替えやすい。

 これは本当に、ゴーティさんたちに大感謝。


 もう一度、遠くを眺めるふりして幌の切れ間から外を見る。よーく目を凝らして見れば、岩陰を縫うようにかなり遠くを走る影が二つ、チラチラと見えていた。

 今回の作戦では、裁判の日まで私も黒猫君もおとなしく捕まってる予定なんだけど。

  謁見したサロスさんは無論タカシ君と二人だけで来たわけじゃなく、他にも結構な数の従者さんを連れてきてた。

 この馬車に乗ってる六人は私たちの見張り役で、それぞれそれなりに強いらしい。

 何がそんなに必要なのか知らないけれど、他にもこの後ろに二台の荷馬車が続いてる。その周りにも数人の兵士っぽい人たちが剣をぶら下げて騎乗してる。

 むろん、黒猫君がいる限り、そう簡単に危ないことになるとは思わないけど、もしもの時の為にもバッカスとハビアさんが陰から私たちを見張ってくれているのだ。


 折角新しい服に新しい旅路で、盛り上がるはずの気分が、だけど自由にならないこの状況のせいで台無しだ。 


「お昼まだかなぁ」


 思わず繰り返した私の声を、追いかけるように数人のお腹の音が響いた。

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お読みいただきありがとうございました。
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