13 二人の正体
「このような非公式な形でご挨拶することになってしまい大変申し訳ありません」
言葉の割に、タカシくんには悪びれた様子がない。
「どうせなんか事情があるんだろ?」
そんなタカシくんに、お茶の入ったカップを手にした黒猫君がやはり軽く言い返す。
あの後、エミールさんの先導で裏通路を使ってキールさんの自室に移動した私達は、いつの間にかエミールさんが用意していたお菓子やらお茶のセットでなぜか突然のお茶会に突入してしまった。
もう少し事務的な対談を予定してたらしいキールさんは、芳しいお茶の香りの漂う自分の部屋に入った途端、ギロリとエミールさんを睨んでた。だけど、エミールさんがさっさとタカシくんを座らせてお茶を勧めちゃったのを見て、ため息付きながら自分の執務机に向かった。
それに習って私達もそれぞれキールさんの応接室の大半を占めてる大きな会議机の席についた。
窓を背にして、ひな壇よろしく据え置かれた執務机に少し不機嫌そうなキールさん。その向かいに置かれた会議机を挟んで、片側に私と黒猫君が並び、タカシくんとエミールさんの向かいに座ってる。
もともとキールさんの部屋で待ってたテリースさんも、今はキールさんの後ろの控えの椅子に座ってた。
私達の前には美しい陶磁器のカップやお皿に盛られたケーキ、それに軽食まで並べられてる。キールさんにお茶と軽食を取り分けたテリースさんが、自分のお茶に口を付けて微妙な顔つきになり、それでも無言ですすってる。
あ、きっと味が濃いのが気になってるのかな。でもいくら倹約家のテリースさんでも、美味しいお茶にわざわざ文句は言わないよね。
「まず確認したいが、サロスという男が福音推進省長官で間違いないのか?」
一旦それぞれがお茶と軽食に手を付けるのを待ってキールさんが水をむける。それを受けて、タカシくんが優雅な所作で一口お茶をすすり、喉を潤してから口を開いた。
「『サロス』は確かに福音推進省長官で間違いありません。ただ少し補足させていただければ、『サロス』とは教会で与えられる宣誓名であり、代々、福音推進省長官のみが名乗ります」
ああ、そういえば確かここの教会でもあのガルマさんがやっぱり教会の宣誓名だって言ってたっけ。
じゃあその中でも世襲制の特別なあだ名みたいなものなのかな。
そこで少し困った顔になったタカシくんが先を続ける。
「今日謁見させて頂いた彼──名をネイサンと言いますが、つい最近教皇が指名した『サロス』の代理人です。当代の『サロス』は現在行方不明なのですよ。キーロン陛下からネロさんたちがまだしばらくヨークに来られないとの書簡が届き、まずは教皇とヨーク侯の意向を急ぎお伝えする為に、彼を代理人に指名し出向かせたのです」
「……いま、当代の福音推進省長官は行方不明と言ったな?」
「はい」
「……だが、最初の書簡とカーティスが持ってた手紙を書いたのはお前じゃないのか?」
少し戸惑いを含む黒猫君の問いかけに、タカシくんが悪戯っぽい笑顔を返す。
「やはりあの文字が読めたのですね。はい、あれはどちらも確かに僕が書いたものです」
「最初の書簡には確か『福音推進省長官』のサインが入っていた気がするが?」
「キーロン陛下はあのサインをご存知だったんですか。長らく王室と離れて育ったと伺いましたが、良い教育係がついてらっしゃったようですね」
続けてキールさんが慎重に尋ねれば、またも手元のお茶をすすってタカシくんが嬉しそうに頷いた。
それを聞いてたテリースさんが頬を赤く染める。
あ、そうか。そう言えばテリースさんがキールさんのたった一人の従者してたって言ってたもんね。じゃあその教育をしたのもテリースさんだったのかな。
それにしてもタカシくん、黒猫君が言ってた通り見た目の年齢は高校生くらいなのに、その所作も言動もやけに大人びてる。さっきの返答もとても丁寧なんだけど、年齢に全然そぐわなくてチグハグな感じ。
テリースさんの横でタカシくんの返答を聞いたキールさんが、もの言いたげに黒猫君と視線を交わす。
「ってことはタカシ、あんたがその行方不明の『サロス福音推進省長官』ってことか?」
とうとう黒猫君がはっきりと核心を尋ねた途端、タカシくんの目が薄く細められた。そのまま、真意を探るかのように黒猫君とキールさんを交互に見ると、ふっと視線を手元のお茶に落とす。
「それはお茶の席での他愛ない話題で済ませるには大変むずかしい問いかけです。今この場でそれを僕が肯定してしまうと、ここにいる皆さんに色々と面倒がかかると思うのですが、いかがでしょう?」
透き通るようなボーイ・ソプラノではっきりとそこまで言うと、手にしていたカップをテーブルに戻し、視線を再度ゆっくりとキールさんに向けた。
その目に敵意は見えないのだけど、なにかもっと重い問いかけが含まれてる気がして、やり取りを見守るだけの私まで緊張してきちゃう。
だけどその強い視線をなんの怯みもなく見返してたキールさんは、一瞬の間を置いて小さなため息を吐き、そしてはっきりと口にした。
「大変失礼した、俺たちの問い方が悪かったようだ。俺には今福音推進省長官に会って困ることはなに一つないし、ここにいる面々は俺が最も信頼してる者ばかりだ。改めて非公式ではあるが、現王として尋ねる。貴殿が名乗りたいように名乗ってくれて構わない」
話しつつ、ここに座ってるそれぞれをゆっくりと見回したキールさんが、最後に自信に満ちた強い眼差しをタカシくんに向けた。
そんなキールさんの様子をしばらくじっと見つめていたタカシくんは、その美麗な顔に満足気な微笑みを浮かべた。
「街の噂に流れていた人柄はおおよそ正解だったようですね。では改めまして……」
一度言葉を切り、手に持っていたカップを静かにテーブルに置いたタカシくんは、そのまま椅子を引いて立ち上がり。
「現福音推進省長官を務めるサロスと申します。ヨーク侯爵と教皇に代わりまして、陛下の戴冠を心よりお祝いいたします」
そう言ってキールさんに向かって跪き、改めて深く深く頭を下げた。




