7 教皇派と枢機卿派
「枢機卿が王都に派遣されたその約百五十年後、今から約四百五十年ほど前に王都近くで発見された『漂流者』を王都の教会が『保護』しました」
猫耳の少女が持ってきてくれたお茶を飲みながら、サリスさんが話を再開した。
確かこの世界で『漂流者』は私たちみたいな異世界からきた人のことを指してたはず。でも気になってしまったのは実はそこではなくて。
「『保護』、ですか?」
「なんでその時それが『漂流者』だって分かったんだ?」
私と黒猫君がそれぞれ違うことを問い返すと、サリスさんが申し訳無さそうな声で続けてくれる。
「これらは伝聞ですが、初代王が空から来たという言い伝えは各所に残っていましたし、たまたま発見したのが巡回兵と宣教師だったそうです。空から振ってきた漂流者は即刻王都に送られ、その後王都の教会が治癒を行い『保護』したことだけは当時の関係者から確認しました。ですがそれ以上は全くと言っていいほど噂にさえ流れて来ませんでした」
「全く外に話が出てこない時点で『保護』があまりいい状況とは思えないな」
黒猫君が渋い顔でそう言うと、サリスさんも眉尻を下げて頷いた。
「それ以降、王都の教会は漂流者を優先して救済してきました。これにより、王都の枢機卿派は教皇派と一線を画し、独立の道を歩み始めたのです」
そこで、ちょっとシアンさんを横目で見てため息を吐く。
「ここナンシーの教会も三百年前、教会奥から聖遺物が発見された際、いち早くその情報を押さえた王都の枢機卿一派が大量に入り込み、元々ここにいた教皇派を追い出してしまいました。まあその後のエルフの問題は、皆様もよくご存知かと思います」
サリスさんがそう言って話を纏めた。
一瞬の間を置いて、キールさんが確かめるように口を開く。
「ならばやはり教皇派と枢機卿派は対立関係にあると考えていいのだな?」
「結果から言うとそうなります。但し、王都にもまだ教皇派は根強く残っていますから、必ずしも教皇の権威がなくなったわけではありません」
サリスさんのお話は、今までのエルフさんの中で一番分かりやすく端的だった。おかげで私も黒猫君も、やっとこちらの教会の状況を理解できたと思う。
「サリスさん、本当に色々よくご存知ですね」
「ええ、サリスは趣味が講じてこの歳になるまで独り身を貫いてきた程ですもの」
素直にこぼれ出た私の感嘆の言葉に、シアンさんが茶目っ気の滲んだ声で呼応した。
「お恥ずかしながら」
シアンさんのツッコミに、サリスさんが少し赤くなって口ごもる。
「それで今回こちらに来るのはその教皇派の一人らしいが」
サリスさんのお話を聞き終えたキールさんが再び話を振ると、サリスさんが少し戸惑いつつまた口を開く。
「そうですね。今回いらっしゃる方の肩書が『福音推進省』とありましたが、これは実質、全教会の内部浄化機構だったはずです。宗教裁判や内部通告の審議をされる、教皇とも他の枢機卿とも完全に独立した機関になっていたと思います。その長は実質教皇や枢機卿に並び立つ権威をお持ちだとか」
「すごい、タカシくんって若いのにそんな立場になるってよっぽど優秀なのかな」
思わず私が口をはさむと、サリスさんが少し戸惑った顔で私たちを見る。
「謁見されるのがそのサロス長官ご本人だとしたら、人族の歳で40は超えてらっしゃるはずなのですが……」
「え、タカシくんってもっと若いんじゃなかったっけ?」
「ああ、俺が見た感じでは十代だった」
サリスさんの言葉に違和感を覚えて尋ねると、黒猫君も不思議そうに首をかしげてキールさんを見た。
「もしかすると、タカシ以外にも誰かが来る可能性があるな」
黒猫くんの指摘に、キールさんが顔をしかめる。
「しかたありません、ではそのどちらがいらしてもいいように、対応を前もって決めておいたほうが良さそうですね」
テリースさんの言葉で、ふと疑問が湧いた。
「よく考えてみると、タケシ君にしろ、他の方にしろ、わざわざここまでなにをしに来るんでしょう?」
「それは俺たちを迎えに来るんじゃねぇのか?」
私の疑問に黒猫君が質問で返すけど。
「え、だって、もう一度こっちから出向くように手紙きてたじゃん」
「気が変わったんじゃねえの?」
そう言われてしまえばその可能性もあるんだけど、やっぱりおかしな気がする。
「いえ、確かにちょっとおかしいですね。一度は呼出状のような手紙をよこしていたんですから」
テリースさんも同様に違和感を覚えたみたい。そんな私たちを見たキールさんが肩をすくめる。
「どちらにせよ、基本こちらのスタンスは変わらない。以前のような非人の扱いは王命で廃止した。よっぽどの理由がなければネロとあゆみをヨークへ向かわせるつもりもない。あまり波風は立てずにやり過ごすつもりだが、必要になれば追い返すことも辞さないつもりだから、ネロもあゆみも妥協する必要はないぞ」
悪い笑顔をのぞかせながら断言的にそう言いきったキールさんは中々に頼もしかった。




