1 ナンシーへの帰路
「もうやだーーーー! お願い下ろしてーーーー!!!!」
叫ぶ私を無視して、下り坂に差し掛かったバッカスが余計スピードを上げた。
目に映る景色は視線を向ける間さえなく凄い勢いで後ろへ流れてく。
「ゼッテー落ちないから安心しろ。時間が勿体ねーから我慢な」
後ろに座る黒猫君が囲い込むように私を片腕で抱え込んでるから、絶対落ちないのは分かってるけど。
これはそういう問題じゃない!!!
バッカス、黒猫君、私の三人は、ただ今ひたすら爆走中。
有言実行の黒猫君は、あれから三日で一通りの片付けを終わらせ、今朝私を連れてナンシーに戻ると宣言した──
* * *
ドンさんたちの予言通り、鉱山の後片付けはあの翌日の夕方には終わってた。
「流れるぞ〜」というドンさんたちの掛け声とともに、なにをどうしたのか私が最後に穿った穴がポッカリと深い深い深淵へと続く竪穴に繋がり、横穴からグオオオーって轟音と共に凄い勢いで大量の水が吹き出して、水飛沫を上げて流れ落ちてった。
後から教えてもらった話によると、私はどうやら排水用の経路をずっと掘らされてたらしい。
石炭や鉱物の溜まってる辺りに流れ込んでた湧き水を、その入り口辺りからショートカットで安全な地下水脈に向けて流すようにしたんだそう。
最後に溜まってた水も排水されて、これで川に直接汚水が流れる心配はなくなった。
私は結果的にその汚水が地下水脈に流れちゃったことを心配したんだけど、ドンさんたちによればそれは自然に浄化されるから大丈夫なんだそうだ。
作業が終わった結果、思いがけないことが二つ起きた。
まず一つ目は、石炭がちゃんと掘れるようになっちゃった。
ドワーフさんたちに言わせると私の土魔法は本当に優秀だそうで、普通なら数年かかる掘削作業を数日で終わらせてしまったと言う。
結果、炭鉱が安全に誰でも掘れる状況になったみたい。
でもこれは今のところドワーフさんたちと、アルディさん、それに黒猫君と私だけの秘密にしてある。
アルディさんと黒猫君はキールさんに判断を委ねるって言ってた。これもまた私たちが急いでナンシーに戻る理由の一つ。
そして二つ目。
汚水の排水が終わってからも、なぜか作業が終わらなかった。
広い坑道の真っ直ぐ先、緩やかに下ったその奥をただひたすらに広く掘り進めてく。
なんのための作業だろうとは、ちょっとは思ったよ。
でも鉱山は暗いし全体像なんてよく分からないし、尋ねようにも短い単語だけで続くドワーフさんたちとの会話じゃ難しい。
だから、またこれもどっかで繋がるのかな、程度にしか考えないで黙々と作業を続けたんだけど。
丸一日経っても終わらない作業に、流石になんか変だなと思い始めた頃。
なんと地下に広げた大きな空間の底から、突然熱湯が湧き出した……。
一匹の竜と、共に暮らすひと群のドワーフさんたちの間には、とっても大切な契約があるのだそうだ。
ドワーフさんたちは竜に鉱山を守ってもらう代わりに、竜が好む温泉を必ず提供するのが決まりなんだそうで。
「ドラ神さま、ドンたち守る」
「ドンたち温泉作る」
「ドラ神さまもドンも幸せ」
と言うことで。
最後の作業はルディンさんの温泉作りを手伝わされてたのだ。
翌日帰ってきたルディンさんがめちゃくちゃ喜んでた。
無論、私も両手上げて喜んだ。
だって温泉だもん。
ドワーフさんとも相談して、大喜びでその日のうちに兵舎横まで温泉引いてきた。
オークの片付けから帰ってきた黒猫君とアルディさんが、たっぷり掛け流しの温泉が注がれ続けるお風呂見て呆れてた。
だけどすぐに立ち直った黒猫君に「排水が勿体ない」と怒られて、言われるまま街の真ん中辺りに湯だまりと排水路まで作らされた。そこから他の建物にもお湯を供給できれば、今後この街の産業にもなるだろうとのこと。
本格的に鉱山が可動すれば、今後またナンシーとも定期的に船が行き来することになるらしい。そうなればここにくる人も増えるし、整備された温泉はとても魅力的な産業になるだろう、というのがアルディさんの予想。
それには私も大賛成。
だって、それはいつかここに温泉街ができるってことだよね。
お陰様で、昨日の午後は温泉入りまくりました。
でも元々あの場所に住んでた人たちがその話を聞きつけて、今朝砦を出る前に揃って「これで村復興の目処がつきました」って私を拝みにきたのは流石に申し訳なくて止めてもらった。
お湯引いてきたのは単に私が入りたかっただけなんだし。
そう言えば、シモンさんもルディンさんと一緒に獣人国から戻ってきた。
シモンさんとベンさんのおかげで、オークの襲来とその経緯の説明は友好的かつあっさり終わったらしい。だけどその後、現王以下王族総出で前王であるベンさんの引き留め合戦が始まったんだそうだ。
これは実は毎回のことだそうで、本来前王が放浪してることのほうが問題みたい。
それがどうやら長引くと見たシモンさんは、ベンさん一人を置き去りにしてルディンさんに乗ってとっとと帰ってきちゃったのだそうだ。
なにがどうなったのか、獣王国に行って以来、ルディンさんはシモンさんとやけに仲がいい。シモンさんに言われるがまま、オークの片付けやらスライムの引き揚げまで全て手伝ってくれることになった。
ルディンさん、あれだけ攻撃の時は嫌がってたのに、今回はあっさりオークの死体を焼き尽くしてくれた。
それを見た黒猫君たちが「俺たちのあの苦労は一体……」って呆然としてたけど、お陰でオークの死体の片付けも一気に終わっちゃった。
水スライムの引き上げは網が編み上がったのが昨日だからまだ時間がかかりそう。
ヴィクさんはジョシュさんと一緒に引き上げた水スライムの乾燥作業を始めてた。これもまた上手くすれば出荷できるらしい。
シモンさんはこの後ルディンさんと一緒にエルフの村に向かうのだそうだ。それを聞いた黒猫君がちょっとだけ羨ましそうな顔してた。
未だにエルフへの夢は消えてないのかな?
その後、シモンさんはまたナンシーに戻ってくるらしい。
* * *
──そして今ここ。
バッカスの容赦ない全速で、私たちは今北の砦からまっすぐ平野をナンシーに向けて南下中。
悲しいことに、バッカスの背中での爆走にも慣れてきちゃった私は、こんなに怖いのに気絶ができない。
「黒猫君、気絶させてお願いーー!!」
「無理」
思わず叫んだけどすげなく断られた。
「もうイヤーーーー!!!」
ナンシー到着までの二日間。泥のように眠った野宿の夜以外、私はほぼずっと叫びっぱなしだった。




