21 ドラゴンさんのお話2
「確かに先ほど言ったのは、人の国で初代王と呼ばれていた者のことです」
黒猫君の問いにルディンさんのお母さんがはっきりそう答えた。
これって、ルディンさんのお母さんもシアンさんと同じく八百年以上生きてるってことだよね。うーん、人間じゃないんだからそれも普通なのかな。
そんなこと考えつつ、私は手元でさっき思いついた作業を始めてる。こっちをチラッと見た黒猫君、何も言わずに一瞬の間を置いてまたルディンさんのお母さんに尋ねた。
「あんたは俺たちがどこから来たか知ってるのか?」
「いいえ」
今度はほんの少し間を置いてからルディンさんのお母さんが答えてくれる。
その短い返答に黒猫君が唸って、またちょっと考えてから問い直した。
「あんたは俺たちが『ここじゃない場所』から来たのを知ってたのか?」
すると川の向こう側で、少し満足げにルディンさんのお母さんが頷く。
「知っています」
「じゃあ、あんたはなぜあゆみがここに来たのかも知ってるのか?」
「……その問いに答えるのは私ではありません」
今度は答えまで暫く時間がかかった。
もしかして私たち、ルディンさんのお母さんを困らせてるのかな。
そんな心配をする私とは違い、黒猫君はグッと難しい顔になってすぐにまた問いかける。
「今さっき、『試した』って言ってたよな。なにを試したんだ?」
「それは──」
なにか言いかけてたルディンさんのお母さんが、突然息を詰めるようにして黙っちゃった。川の向こう側、しばらく身体を揺すって少し苦しそうに身動ぎを繰り返してたルディンさんのお母さんは、諦めたようにため息一つついてから先を続けた。
「一週間ほど前」
「ここより少し南で強い魔力が発散されて」
「様子を見にいったこのルディンの兄が」
「山が半分ほど消えていたと報告してきました」
そう言って川下のほうを見てうなずく左隣のドラゴンさんをルディンさんのお母さんが見やる。
あ、あれ、ルディンさんのお兄さんだったんだ。へー、山半分かぁ……
思わず現実逃避気味に手元に視線を落とした私に、追いかけるようにルディンさんのお母さんの声が続ける。
「そしてわずか二日前」
「ルディンの様子を見にこの上空を旋回していたこちらの者に向かって」
「真っ直ぐに強い光魔法が飛んで来たそうです」
「幸い避けられたようですが」
そう言って、今度は右側に座ってるドラゴンさんを見た。
う、うわあああ……
「あれはあゆみ、どちらもあなたの魔法だったんじゃありませんか?」
「ご、ご、ご、ご、ごめんなさい!!!」
腕組みして黙っちゃった黒猫君とバッカスを横目に、私は思わず土下座する勢いでその場で謝罪した。
言われてみればあの時私の魔法、なぜか上空で変な方向に曲がってたよね。まさかあんな適当に出した光魔法がたまたま上空にいる誰かにぶつかりそうになるなんて、思っても見なかった!
横で黒猫君が「いやあれは俺も悪かったけど、いや元はと言えばルディンの奴が──」とか言いかけるのを慌てて止めた。だって撃っちゃったのは私だし、山消えちゃったのも事実だし。もうどっちも言い訳のしようがないよ。
そんな私たちのやりとりを遠目に見てたルディンさんのお母さんが、またため息をついて先を続ける。
「やっぱり」
「山での件は現場になにも状況を説明するものが見つからなかったと聞きましたし」
「先日のここでのことも暗い夜のことでしたので」
「この者も自分を狙って攻撃したのか定かではないと言っていました」
「状況を知りたくてあの子に何度も精神会話で連絡したのですが全く返事がなくて」
「まあ、それはいつもの事なんですけれど」
そう言ってルディンさんのお母さんが困ったように首を振る。ルディンさん、まるでお母さんからの電話無視してた元彼の誰かさんみたい。
「問いただそうにもドワーフたちは基本、人の名前を覚えられませんし」
「え?」
そう言えばドワーフさん、まだ私たちの名前を一度も呼んでくれてなかった!
驚く私にルディンさんのお母さんが説明してくれた。
「ドワーフは三文字以上の言葉がちゃんと覚えられないのです」
「覚えられないと言うか、覚える気がないと言うか……」
ルディンさんのお母さんの代わりにそう言ってるドンさんたちは、全く悪気なさそうに全身で頷いてる。
「ですから」
「先ほどここであゆみの存在に気づいた私は」
「あゆみが簡単に攻撃を選ぶ脅威であるかを先に試させてもらったのです」
そう言って、川の向こう側に座る五匹のドラゴンさんたち全てが私に視線を集中させる。
「ご心配おかけして本当にすみませんでした!」
見つめられる私はもう、縮こまって謝るよりほか思いつけない。
うわ、私、試されるほど心配お掛けしちゃったのか……
本当に光魔法は絶対もう使っちゃダメだよね。封印封印……
正直突然飛んできて黒猫君まで震え上がるほど威圧されて、私だってちょっとは思うところもあったんだけど。もうこれは仕方なかったとしか言えないよ。だって今までに私が軽々しくしちゃった行動の結果が返ってきてただけだもん。
「でもあなたはあの状況で、誰でもない自分だけの判断で、私を攻撃することより誰も傷つけない方法を選びました」
一人項垂れて反省してた私に、思わぬルディンさんのお母さんの優しい口調がドンさんを通して伝わってきた。
「あなたがその力を持つに足る人で本当によかったわ」
その声音は、まるで私を褒めてるみたいで……
それがこそばゆく、でも普段の行動が考えなしな自分がそう言ってもらうのはあまりに申し訳なくて。
居たたまれず、またも俯いた私に少し厳しいルディンさんのお母さんの声がドンさんを通して響いてきた。
「でも覚えておきなさい」
「その時は必ず来ます」
その時って?
……そう尋ねようとしてた私は、続くルディンさんのお母さんの言葉に一旦その疑問を放棄した。
「願わくば、その時まで貴方がこの地を滅ぼさぬことを祈りましょう」




