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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第12章 北の砦
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19 ドラゴンたちと黒猫君と

 地面に倒れ臥した黒猫君の身体に駆寄ろうと、気持ちは急くのに身体が追いつかない。


「あゆみやめろ」

「今はダメだ」


 聞き慣れた声が私を静止するけど、それを振り切るように私は地面に這いつくばった。

 腰に下げた杖はあるにはあるけど、地面に倒れ込んでる黒猫君の元に行くには、這ってくほうが断然早い。

 ヴィクさんとディアナさんがそんな私を止めようとするけど、這って前に進む私を優しく止めるのは難しいみたい。

 なぜそこに居るのか分からないけど、バッカスに引っ掛けられて飛び降りた森の入り口には、ヴィクさんとディアナさんが両手を広げて私を待っててくれた。お陰でほぼ全く衝撃もなく二人に受け止められて、私は大して戸惑うこともなく現状を把握できてたのだ。これも普段から黒猫君とバッカスが散々乱暴な扱いしてくれたおかげでもあるのがなんか悔しい。そのまま二人の腕からすり抜けるようにズルリと地面に滑り落ちた私は、二人が慌てる間に森が途切れた草間まで這い出してバッカスに服を掴まれた。


「あゆみお前いい加減にしろ」

「イヤ!」


 流石にバッカスは容赦ない。押し殺した声で怒鳴りつつ、掴んだ背中の服をグイッと引き上げて、私の体を浮かせて後ろに引きずり戻そうとする。必死にその腕を外そうとバッカスと揉み合ってるうちに、さっきの先頭のドラゴンがこちらに気づいた。顔は黒猫君に向けたまま、その大きな金色の瞳が片方だけギロリと私を捉えた。途端、またも電気が流れたように全身にブルブルと震えが走る。多分バッカスも同様なのだろう、私を引き戻そうとする力がピタリと止まった。


 そっか私、あの瞳に見つめられて、その威圧で震えてるんだ。


 さっきは突然過ぎて息もできなくてパニクっちゃった。でも今はバッカスやヴィクさんたちが一緒にいて、ドラゴンから距離もあって、やっとそんな自分の状況を理解出来た。だから、体は動かなくても思考が動く。

 今のうちに、なんとか黒猫君のところに、行かなきゃ……

 この、金の瞳から逃げ出して、それで……

 はっきりと思考が動き出したお陰で、身体の震えが少しだけ治まった。あと少しで視線を逸らせる。

 そんな私の考えを見透かしたかのように、先頭に首を突き出していたドラゴンがグルリとこちらに首を旋回させて、2つの巨大な金の目がしっかり私を捉え直しそして。

 ドワーフさんたちが彼らのものとは到底思えない冷徹な声で衝撃の言葉を告げた。


「諦めなさい、その猫は死にました」


 響いたその言葉の意味が脳に到達して、意味を理解した途端、ガツンと胃を蹴り上げられた気がした。全身の力が消え失せて、その場にへたり込む。

 私のそんな様子をジッと観察しつつ、目前のドラゴンが私を挑発するかのように先を続けた。


「そう言ったら、あなたはどうするのでしょう?」


 このドラゴンは、一体何を言ってるの?

 黒猫君が死んだ、今、そう言ったよね?

 黒猫君を殺した?

 フザケてるの?

 そうやって私を見おろして、そんなことを、まるで他人事のように、馬鹿にするように、このドラゴンは、私に言うの?


 一瞬、沸騰したように頭がグラリと煮えた。

 その熱がブワッと広がって、全身を炎のように包み、その熱で身体の内側が焦げる気がする。

 これは怒り?

 それとも殺意?

 私は、このドラゴンを、今すぐ──!

 思考が一瞬真っ白になって、私は手を前に突き出して、そして。


「ウソだ」


 勝手に口から言葉が出た。

 次の瞬間、私の内側に燃え上がってた怒りと殺意は、霧散するように綺麗にかき消えた。


 そう、黒猫君は絶対死んでない。

 黒猫君が死んだ、そんな、はずは絶対ない。

 私には分かる。


 今口をついて出た言葉はまるで反射のような一言だったけど、それは私の口から発せられた途端、まるでそれが決められた結末のようにしっくりとして。

 なぜか強い確信があった。

 黒猫君は絶対、絶対、ゼッタイ、生きてる。

 全く動かないけど、状況はひどいけど、でもそれでも。

 私は絶対に黒猫君が生きてるのを「知ってる」し、だから絶対にこのドラゴンを傷つけたいわけじゃない。そう、私はこのドラゴンを嫌えない。だって黒猫君は死んでないし、さっきっからこの瞳に見つめられて感じるこれは「恐怖」じゃないから。

 そっか、これは恐怖じゃないんだ。

 死の恐怖はこれじゃない。私は知ってる。黒猫君を失ったと思った時。矢が刺さった黒猫君を抱えた時。あれが本当の「死」の恐怖だ。

 これは、この感覚は。もっと純粋な、何かもっとおっきな感情。

 だから。だから私は。

 目前のドラゴンを力一杯睨み返し、そしてゆっくりと手を地面におろした。 

 ジッと私の様子を見ていたドラゴンが、少し驚いたように目蓋をピクリと動かした。そのまま何か考えるように一拍おいて、視線を私にピタリと固定したまま、まるで私を試すようにゆっくりと黒猫君のほうに動き出す。


 目の前の状況は全く変わってない。

 黒猫君はピクリとも動いてくれないし、ドラゴンは巨大で、黒猫君はいつまた叩き潰されるか分からない。さっきよりほんの少しだけ状況を見る余裕はあっても、根本的な問題はやっぱりそのままで。

 なんとかしなくちゃ、なんとかしなくちゃ、なんとか……

 私は素早く頭を巡らせた。

 さっきからこのドラゴンの声は下のほうから響いてきてた。視線を下ろすと、やっぱりドワーフさんたちが黒猫君とドラゴンの間にちょこんとお座りしてるのが見える。よく分からないけど、ドワーフさんたちはこのドラゴンたちの代わりに喋ってるみたい。ってことはこのドワーフさんたち、ドラゴンたちにとってもきっと大切なはず。

 そう思った私は、一瞬の迷いと罪悪感を振り切って、地についた両手から思いっきり魔法を放った。


「え」

「これは」


 正直うまく行くかどうかは賭けだった。なぜかこの魔法だけはいつも上手に出来てたけど、ここから黒猫君まではかなり距離があるし。しかもこんな細かいこと、出来るかどうか半々だったんだけど。思ってた以上に上手くいったんじゃないかな、これ。

 バッカスは逃してくれないし、ドラゴンは近い。黒猫君は動いてくれないし、私はすぐに駆け寄れない。

 だから私は自分の得意な土魔法で、黒猫君とドワーフさんたちをまるっと土の檻に閉じ込めたのだ。

 出来上がったのは鳥かごのような、頂点が少し尖ったドーム型の檻。土にしては硬質に固まったけど、崩れないようにバランス取ろうと思ったら勝手にこんな形になっちゃった。

 でも結局材料はその辺の土だけだから、実は大して硬くできてるわけじゃない。この前のテーブルと一緒で雨でも降ったら徐々に溶けちゃうかも。でも今はちょっと叩いたくらいじゃ壊れたりしない。それはこの前のテーブルで実証済み。

 そしてなによりそんなこと、多分このドラゴンたちには分からない、はず。

 そう信じて私は声を張り上げた。


「く、黒猫君に、触らないで。私たちを、傷つけないで。私に彼らを、傷つけさせないで!」


 自分にしたら珍しく大声で叫べたと思う。

 その証拠に、黒猫君に向かってた先頭のドラゴンの瞳がギロリと私に向いた。

 またその巨大な金の瞳に射竦められて全身が硬直しそうになる。それを両手を握り締めて踏ん張った。

 ドラゴンの金の瞳をにらみ返しつつ、大きく息を吸い込んで力一杯の虚勢を張ってみる。


「わ、私、土魔法は得意なんです! 黒猫君を、無事に返してくれなきゃ、ドワーフさんたちだってほら──」


 脅すとかしたことないし、ドワーフさんたちには罪もないし、こんなことしてて罪悪感が半端ない……とか思いながらそう言って指差した檻の中に視線を戻したら、え、なんで、今いたはずのドワーフさんたちがいない!?

 びっくりして見回したら、先頭のドラゴンの足のすぐ前にモコモコっと土が盛り上がって、その中からさっきのドワーフさんたちがひょっこり頭を出した。

 よく見たらドワーフサンたち、お座りしてたんじゃなくて、半分土に埋まってる!?


 えええええ、もしかしてドワーフさんたちってモグラだったの!!!??


 折角作った土の檻は、脅しにもなんにも全然なってなかった……

 それが分かった途端、それまで我慢してたものがブワッと全部込み上げてきて。

 悔しくて、恥ずかしくて、辛くて、情けなくて、でもどうしょうもなくて。


「うっ、うえっ、うううう……」


 思わず涙が溢れ出した。

 情けないよぉ。涙が止まんない。こんな状況で泣いたからってどうにもならないのに。次に何をしたらいいのか全く思い浮かばない。浮かばなすぎて。

 私はその場に蹲ったまま、ただボロボロと涙を流して嗚咽を繰り返した。


「あなたは──」


 そんな私を見た先頭のドラゴンが、なにか言いかけ、私から視線をそらしてため息をつく。

 ドラゴンにも呆れられるほど私、本当にどうしようもないアホだ。

 黒猫君を助けられない。

 ドワーフさんを傷つけずに捕まえるどころか、これじゃ自分自身も守れない。


 無力さに絶望してる私を、再びドラゴンの無表情な金の双眼が捉えた。でもあまりの情けなさにさっきみたいな震えるような感覚さえもう感じられなかった。

 ぐずぐずと嗚咽を止められないままの私を、目前のドラゴンはただジッと見つめて、そして。

 

『心配いりません、彼は脳震盪を起こしてるだけですよ』


 突然優しい女性の声が頭の中に響いた。でもそれだけじゃなくて。

 上手に説明できないけど、それはその言葉以上に沢山の情報を一緒に流し込んできた。ほっこりと胸が暖かくなるような慈愛と後悔、強い謝罪の念とそして一抹の憐憫。それが全部まるで自分自身の感情みたいにダイレクトに伝わってきた。


 気がつけばドラゴンの足元にいたドワーフさんがヒョッコヒョッコと体を左右に振りながらこっちに歩み寄って来る。


「驚いたのぉ」

「大したもんだなぁ」

「あんな巧みな土魔法、見たことないぞ」


 私の元まできたドワーフさんたちが、さっきまでとは全く違う、温かみのこもった声で次々に話しかけてくる。


「……え?」


 言われた意味がグチャって頭に詰まって、ちゃんと理解するまで数秒。

 やっと理解が意味に追いついて、それまでの緊張が緩んで。喉の奥に嗚咽がヒックって戻ってきちゃったけど、それをなんとか飲み込んで私は目前のドラゴンに聞き返した。


「じゃあなんで、死んだなんて……?」

『それはおいおい説明しましょう。我々は後ろに下がりますから、先ずは安心して彼を診てあげなさい』


 頭に響く言葉には真実それ以上の意味は含まれず、ドラゴンの言葉に嘘偽りがないのは疑いようもなかった。

 そしてその言葉通り、五匹のドラゴンはゆっくりとその山のような巨体を橋の向こうに引きあげていった。

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