4 犠牲者2
「それでまあ、砦の中で装備を外し、夜を迎えたのですが。見張りを残して皆が寝静まった頃、ジェームズ大佐が大声で叫び始めたのです。すぐ巡回していた兵士が部屋に駆け付けた時には使用人が数人血だらけで転がり、ジェームズ大佐も怪我をされていて──」
そこまで話すとまたジェームズさんが震えだす。
「しかも少し遅れて私が駆け付けた時には、なぜか駆け付けた巡回の兵士も一人、剣を抜いてジェームズ大佐に切りかかっていました。慌てて残りの兵と私でその者を取り押さえ、カーティスを呼んでジェームズ大佐を治療していると、突然その取り押さえた兵士までパタリと倒れ、それっきり息を引き取りまして」
そう言ったディーンさんは、ふと薄気味悪そうに砦を振り返って先を続ける。
「何か嫌な予感がしてすぐに全隊に緊急召集をかけたのですが、元々砦にいた兵士の半数以上が集まらず、仕方なく出てこない者を見に行かせてみると、これが全員ベッドに入ったまま死亡しているのが判明いたしました」
「半数以上……」
その数の多さにアルディさんがうめくように呟いた。
「ありがたいことに、私がヨークから連れてきた兵士は全員無事でしたので、現在砦は私の隊が仕切っております。ネロ殿たちが橋を渡してくださったのに気づき、半数をあちらの見張りに残し、残りの兵を連れて取り急ぎ出向いてまいりました」
「ああ……そうか」
黒猫君がなんか複雑な顔で答える。
多分、ディーンさんは昨日死んでしまった兵士さんたちが傀儡だったってことを知らないんだよね。黒猫君、説明しないつもりかな?
「ジェームズも我々も、そして他の兵も、もうこれ以上あの砦で夜を過ごすのが恐ろしく……ネロ殿とあゆみ殿は猫神様と巫女様でもあられるということですから、何かいい案はないかと」
「それは──」
「分かりました。ではまずは砦に戻って残りの兵をこちらに集めてください。こちらで身体検査を行いましょう」
言いよどむ黒猫君のすぐ横で、アルディさんがきっぱりと答えた。するとグッと唇を引き結んだ黒猫君と対照的に、ディーンさんがパッと顔を綻ばせる。
「いいのですか、では早速戻って残りの兵を連れてまいります」
私も黒猫君も、もうそれを止める声はかけられなかった。
それから三十分もせずに、残っていた兵士さんたちが全て橋を渡ってこちらに来た。
軍服を着た皆さんが一斉に集まると結構壮観。
ディーンさんたちを含め、全部で七十八人。
その場で聞いたところによると、中央からジェームズさんが連れてきた兵士さんたちが百人、そこに旧ナンシー公の兵が加わって百二十人いたんだそうだ。それがどんどん減っちゃって、
橋での攻防を終えた時には八十人ちょっと、そして昨日の夜大量に亡くなって、結局わずか十五人しか残らなかったらしい。
ヨークからはニックさんと一緒に最初三十人の兵士さんたちが来たらしいけど、マークさん他五名が昨日亡くなって今は二十五人に減っちゃってた。黒猫君が「お前ら自分たちの食料を隠し持ってたろ」って言ってニックさんを睨んでた。
そのほかに、ディーンさんの隊がカーティスさんや後衛の皆さんを含めて全部で三十八人。こちらは橋を挟んだ攻防で二人亡くなっただけだったみたい。
「では、彼らはもう以前から死んでいた、と言われるんですか」
「ああ、そう言うことだ」
全員橋を無事渡り終えたところで、改めて黒猫君とアルディさんがディーンさんたちに私たちの知ってる傀儡についての説明を始めた。
ディーンさんは青ざめ、ジェームズさんは震えだし、そして横で聞いてるカーティスさんの顔がどんどん厳しいものに変わっていった。
「じゃ、じゃああれは全部死んでたのか? あのガキども、全部」
「待て、ガキってのは一体なんだ?」
「ジェームズの言っているのは彼の世話をしていた使用人たちのことですよ」
そう言えばさっきもジェームズさんを使用人が襲ったって言ってたっけ。黒猫君の問いかけに、ディーンさんが少し気分悪そうに答える。
「子供、というか、ナンシー公の送り込んだ悪趣味な生き物です。あのちぐはぐな」
「え、ま、待って、まさか獣人とエルフ、半分半分の子?」
飛び上がって尋ねた私にディーンさんが眉を寄せて答えてくれる。
「まあ、そのような感じの生き物でしたね」
「ど、どこですか!? なんで連れてきてないの?」
さっきっから橋を渡る人たちを見てたけど、あの子たちみたいな子は一人も見てない。見落としたのかと周りを見回しながら私が聞き返すと、それに答えるようにジェームズさんがぼそりと呟いた。
「あんな奴ら、全員始末したに決まってるだろう」
「し、始末って──」
「皆殺しだ。お、俺に刃を向けたんだぞ、あんな下賤な生き物の分際で!」
ジェームズさんは震える肩を抱きながら吐き捨てるように言ったけど。
あの子たち。あの、可哀そうなニコイチにされてしまった子供たち。
生きてさえいてくれれば、きっと私が助けられたはず。
なのに、この人は。このジェームズって人は、それを昨日、皆、殺しちゃった、って。
「あゆみ、やめろ。そんなやつ叩いたらお前の手が汚れる」
黒猫君に止められて、初めて気がついた。私、いつの間にか手を振り上げてジェームズさんを殴ろうとしてた。ほっぺたが熱くて、冷たい。気が付けば、涙が頬を伝ってた。
「あゆみ……殿、あなた方の話から察するに、残念ながら彼らはもうすでに傀儡にされていたのだと思われますよ」
振り上げた手を黒猫君に掴まれ、よろめきそうになったところをもう一方の手で支えられた私に、カーティスさんが静かな声で告げた。
「昨日、ジェームズ大佐が襲撃された時点で私は彼らを診ています。ジェームズ大佐の世話をしていた者たちは、傷を負っていないものまで一人残らず心臓が停止していました。後に部屋で死亡していた兵士たちの検視もいたしましたが、同様に暴れた様子もなく、まるで眠るようにそれぞれの部屋で息絶えていました」
そこで、蔑みを込めた眼差しをジェームズさんに向けたカーティスさんが一瞬口を噤んで、そしてまた先を続けた。
「別にこのジェームズ大佐を庇うつもりもなければ、彼があの哀れな者たちに行っていた悪趣味な仕業を擁護する気もないが、彼らの死亡はジェームズ大佐に切り捨てられた3名を除き、全て傀儡の魔術が解けたことによる死亡と思われます」
「悪趣味な仕業って──」
「あゆみ、今それは後回しだ」
問い返そうとする私を遮って、一瞬カーティスさんを睨みつけた黒猫君がジェームズさんに向き直って口を開いた。
「ジェームズ。俺はあんたらのやったことや、マーク、ニックそしてディーン、あんたらの政治的な駆け引きにも興味はねえ。だがな、俺とあゆみはそのあんたが下賤って呼んだガキどもを救うつもりでここまで来たんだ。どういう経緯でそのガキどもをあんたが使用人にしてたのか、あとでしっかり話してもらう」
黒猫君はきっぱりとそう言い切ると、そこでちょっと顔を意地悪に歪ませてジェームズさんを見据える。
「だけどなあんた、なんでそのガキどもが揃ってあんたを殺そうとしたか分かるか?」
一瞬間をおいて、今度は少し憐れみを滲ませながら先を続けた。
「あんたを操ってた連中はあんたに生きてられると都合が悪いんだよ。オークのスタンピードを俺たちに潰された連中は、もうあんたに見切りをつけて口封じに出たのさ。知ってんだろあんた、色々と」
黒猫君がそう言うとジェームズさんの震えが抑えようもなくなり、その場にがっくりと膝をつく。
「アルディ、面倒くせえけどこいつを拘束するのになんか手続きする必要あんのか?」
項垂れてるジェームズさん自身にはもう見向きもせずに、黒猫君がジェームズさんの頭上でアルディさんにそう尋ねると、アルディさんもテキパキと返事を返す。
「ネロ君はキーロン王の秘書官でらっしゃいますから、その権限で軍に彼の罷免を請求できます。また僕も彼同様大佐ではありますが、キーロン陛下の近衛隊隊長も兼任していますし、ここにもう一人ディーン中佐もいます。王国軍としてその請求を受諾し、彼の罷免をこの場で有効にするには我々二人の同意で充分でしょう」
「じゃあそういうことで。後でじっくり話を聞き出すから何人か付けてきっちりこいつを保護してやっといてくれ」
最後に付け加えた黒猫君の言葉にジェームズさんが黒猫君を仰ぎ見て、微かに安堵の表情を見せてまた俯いた。
「さてと。これで現状生き残った兵士は俺たちを合わせて総数90人、それにあゆみ、ベン、バッカス、アントニーとシモンを合わせて95名。ディーン、そんだけが食うだけのものがまだ砦には残ってんのか?」
黒猫君の問いかけに、ディーンさんがまた情けない顔になった。
「それがもう一つのご相談で……生憎、兵舎内にはもう食料がほとんど残っていませんでした。アルディ殿や我々が持ち込んだ食料があのスタンピードのあといくばくかでも残っていたら──」
「残念ながら全滅だった」
ディーンさんが最後まで問うまでもなく、黒猫君がそっけなく返事を返す。それを聞いたディーンさんの顔に諦念の色が浮かび、周りの兵士さんたちの間からいくつもの重いため息がこぼれるのが聞こえてきた。
「だけどな、そっちはまあ案がないわけじゃない」
そこでニタっと笑った黒猫君が、もったいぶってそう言いつつ私を見る。
うん。またご飯が足りなくなるってことだよね。分かってる。そろそろお昼が食べたいって思ってるから、多分、今頃昨日の畑が急激に広がってるんじゃないかな。
「だからまずは砦に戻って死んだ奴らの遺体を片づけるぞ」
そう言って、黒猫君がアルディさんに向き直った。




