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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第12章 北の砦
341/406

1 検証

「ああ、やっぱり死んじまってる」


 俺たちが見下ろす先には変わり果てた姿のマークがいた。

 一通りオークとの戦闘に決着がついたところで戻ってみれば、橋は思ったより綺麗に両岸の付け根から落ちていた。

 橋は落ちていたが、ありがたいことにこいつの死体は発見できた。多分結構先頭の一群れに混ざってたのだろう、積み上がったオークの死体の下から発見することができた。

 とはいえ、後続のオークに踏みしだかれ、大量のオークの死体の下敷きになっていて、確認できたのはその制服の称号を示す肩飾りと髪の色のおかげだった。顔どころか頭の全容も確認できない酷い状態だ。それでも今回だけはどうしても確認しておく必要があった。


 あゆみは本営に残してこようとしたのに、どうしてもと言われて結局連れて来ちまった。どうやらけが人がいたら助けたいと思って来たみたいだが、そんな中途半端な状態のやつはここには一人もいない。生き残ってるオークも一匹もいなかった。

 遠目にこのあたりの惨状を目の当たりにしたあゆみは、それ以上見る前に俺にしがみついてくれた。吐かれないうちにそうしてくれて助かった。

 俺だって正直ヤバイ。いつの間にやらあゆみが嗅覚を抑えてくれてるらしく、お陰でかろうじて吐かずにすんでる。


「まあ、こうなる前から生きちゃいなかったんだけどな」


 こいつはあのテントで交渉をやってる時からすでに心音がなかった。俺は、俺がそれに気づいたことに気づかれないよう、知らんぷりを続けるので精一杯だった。


「黒猫君は大丈夫なの?」


 あゆみが心配そうに声をかけるが。


「俺だって見たかねえけど、いい加減ここでのあれこれで少しは慣れたな」


 死体には時折兵士の服が混じってる。既に肉塊とかしてはいても、やはり戦死者は弔いたいのだろう。俺たちがこうやって話してる間も、アルディたちがオークの死体を動かして最低限の片付けをはじめてた。

 そして岸の反対側からは狂ったような叫びが今もこちらに響いてくる。まあ、それでもさっき俺たちが追いかけられていた集団に比べればほんの一握りだ。どうやら対岸のオークどもも、そのほとんどが森に散っていったらしい。


「どうやらマークが死んでオークの統率も外れたみたいですね」

「ああ、やっぱあいつが操ってたって考えるのが一番理にかなってるよな」

「ええ、あの通り、弓矢を拾う様子もありませんし。ネロ君が言ってたような知性はもう見られませんね」


 少しホッとしたようにアルディが言う。戦闘のあと聞いてみれば、通常オークが弓矢を使うことなどないのだそうだ。現に、今向こう岸にいる奴らは死肉に群がりつつ、思い出したようにこちらを威嚇するのが関の山だ。


「砦はそれでも無事だったみたいだな」

「でもこちらに渡ってくるまで中の兵を信用できません」

「……そうだな。マークが死んじまったから色んなことが闇の中だ」


 そう言って再度目の前のマークの死体を見下ろした。

 こいつが中央から送られてきた時から傀儡だったのか、それともここで傀儡にされちまったのか。あの、クソ野郎が中に入ってたのか。

 そしてあとどのくらい、そんなヤツが中に残ってるのか。


「見張りをしてた二人はどうした?」

「まだ見つかってません。恐らくはこの下か、さもなければ……」


 食われちまったか、か。あれだけ前もって注意しておいたのに、それでも逃げられないときは逃げられねーんだよな。

 まだ合流したばかりだったから、いなくなった奴らの顔さえ俺には思い出せねえ。


「ベンさんたちがそろそろ帰ってきちゃいますけど……アルディさん本当にいいんですか?」


 ベンとバッカス、それにシモンは数人の兵士とともに森に手頃な木を切り出しに行った。当座のここの橋代わりにする為だ。俺が木の切り方を説明すると、シモンがスゲー嫌そうにしつつも、あゆみを横目でチラ見して「あゆみさんも望まれてるのでは仕方ありませんね」と言って一緒に行ってくれた。兵士たちはあの軽石を使って木を運ぶつもりらしい。


「あゆみさん、今あの砦に残っている彼らは兵士です。この状況で見逃しでもしたらまたどんな問題につながるか分かりません」


 あゆみが心配してるのは、橋を渡ってくる兵士に混じってるかもしれねえ傀儡者だ。橋の付け根の両脇には、今も結界石のはめ込まれた支柱がしっかり残っていた。ここを通れるのは今現在、まだ『生きている』者のみ。

 マークの心音に気がついた俺が慌ててあとから送った『あゆみ結界石橋』って指示は、アルディたちの出発には間に合わなかったらしいが、あゆみはちゃんと理解してベンと行動してくれてた。お陰で襲ってくるオークのうち、かなりの数がここで倒れ、その積み重なった重さに耐えきれずに橋が落ちてくれた。


「でもシモンさんたちに頼めばきっと……」


 諦めきれないあゆみがまだ言い募ると、アルディが少し困った様子であゆみに返す。


「その代償に何を差し出すんですか? あゆみさんのお願いならいざ知らず、兵士たちが相手ではきっとまた無理な代償をふっかけられるでしょう」

「そ、それは……」

「あゆみ、やめとけ。これはアルディと軍の問題だ」


 そこまで言ってもまだ、あゆみは納得し切れないらしく、不服を滲ませつつ黙り込む。


「あゆみさん、でもあなたのお陰でこうして確実な選別が出来るのです。そのことに今は感謝しましょう」


 すね気味のあゆみをなだめるようにアルディがそう付け加えると、あゆみもそれ以上は言い募らなかった。



 ベンたちが帰ってきた頃には日も暮れてきて、残りの作業は明日に持ち越しになった。


「やっぱり食いもんは全滅か」


 後回しにしたが本営もひどい有様だった。オークがいつ襲ってきてもいいように準備していたとはいえ、急遽出立したアルディたちには最低限を積み込む以上は出来なかったらしい。

 馬はヨークの連中が乗ってきたヤツだ。馬車も昨日の朝橋を挟んだ攻防に使ってたカタパルトとアントニーを積むので精一杯だったらしい。昨日見るまでまさかここにカタパルトがあるとは思わなかった。普通ならば据え置きでしか使えないはずのカタパルトが、軽石のお陰で機動力を与えられ、戦場を駆け回っていた。攻撃のときだけ軽石を外すのは、以前俺が墜落しかけた話から知恵を得たんだって聞かされたときにはアルディを絞め殺したくなったが。


 全て終わって戻ってみりゃ、代りに積み降ろした食料は綺麗になくなり、テントも大方引き倒されてた。

 それでも何とか使えそうな物を繋いでギリギリ一つ、全員で雨を凌げるひさしを張った。


「今度こそ私たちの袋も見つけられないよね」

「俺の商売道具もやられちまった」


 ベンが情けない顔でボロボロのリュックの端切れを拾い上げた。


「済まねえな」

「いや、オークのスタンピードから生き残れたんだから御の字ってもんだ」

「あれ、やっぱスタンピードってやつなんだな」


 そんなものがありうるってのはこの前の初代王の本で読んでたが、確か、そこには王の軍でも生き残れるかは時の運って書かれてた。


「あれは僕でさえ見たこともない立派なスタンピードですよ」


 アルディが少し青い顔でそう言った。周りの兵士も頷いてる。シモンが少し思案顔で、「多分500年ぶりでしょうか」とか言って俺たちの視線を一斉に集めた。


「あゆみさんの結界石がなければとても僕たちだけでは捌ききれなかったことでしょう」

「ああ、だが橋の向こうに残った連中が問題だ。あのままだと下手したらまた集まって獣人の国に行っちまう」

「ええ、……確かに」


 アルディの言葉に珍しくベンが難しい顔で返事をすると、アルディが一瞬ハッとして相槌を打った。だけどそれより。


「まあ、それも考えなきゃだが、まずは食いもんだよなぁ」


 食いもんがないってのを考えると疲れがどっと出て力が抜けちまう。


「ああ、タイザーは樽が一つ生きてましたからまだ今のところ大丈夫です。最悪、水魔法って手もありますしね」

「そりゃ良かった」


 人間、一日食わなくても何とでもなるが、一日なんも飲めねえとあっという間に弱っちまう。アルディもそれを分かっててそう言ったんだろうが、どうもこの体になってからやたら腹が減るんだよな。


「しかたねえ。バッカス、あいつんとこ行くぞ」

「はぁ?アイツって……ああ、ルディンか」


 確かアイツ、魚取って食ってるって言ってたよな。少しぐらい分けてもらうくらいの貸しはまだあるはずだ。そう思いつき、内心ニンマリしながらあゆみを振り返った。


「あゆみも来い……っておおおおい!」

「へ?」


 さっきっから俺の後ろで地面に這いつくばってたから、まだ俺たちの袋でも探してるのかと思えば、あゆみの座り込んでる向こう側からウニョウニョと大量のツルが伸び上がり、空中で渦を巻きながら踊り狂ってた。


「お、お前なんか静かだと思ったらいつの間に……」

「だ、だってお腹すくよねって思って、潰れたおイモとか、トマトとか溢れた豆とか見てたらほら、勝手にね」


 ……いつものことながら、コイツの空腹時の成長魔法は節操がない。

 見れば踏みにじられてすっかりハゲ上がってた地面が、俺たちが囲んでる焚き火の明かりが届かない辺りまでモコモコと緑に覆われてやがる。


「あ、あゆみさんの成長魔法ですね」


 シモンさえも流石に顔を引きつらせて呟いた。


「豆が……育ってますね」

「ああ、芋もトマトもな……」


 ……コイツが静かにしてるときは要注意なんだった。とはいえ、腹ペコの今、ここに文句のある奴はいねえよな。


「まあたまにはこれで済ますか。誰か生き残ってる鍋持ってこい」


 あゆみに注意するのは後回しにして、俺はため息とともに立ち上がって手近な芋を引き抜いた。

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お読みいただきありがとうございました。
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