7 キール再び。
昼食を終える頃には、テリースさんのご機嫌が少し良くなってた。今のうちにかい摘んでピートルさんから色々聞いてしまったことを伝える。
テリースさんは少し気まずそうだったけど、別に怒り出したりはしなかった。
「そうですか。ピートルさんが話してくださったんですか。どうも自分では説明しづらいことでしたので正直助かりました」
そう言いながらもテリースさんは軽く自分を抱きしめるようにして落ち着かな気だ。
「もう少し色々話したいが、まずは兵舎に戻ろう。昼もかなり過ぎちまったろう」
「そうですね。出発しましょう」
「ピートルさん、申し訳ありませんがあとをよろしくお願いします」
「任せとけ、言われたことは全部やっといてやる」
そうして私はまたテリースさんの手荷物として兵舎まで持ち運ばれることになった。
折角独りでも歩けるようになったのに、なんかまた運ばれてばかりな気がする。それでも時間がないのは良く分かっていたので文句も言えない。
兵舎に着くとキールさんが少しイライラしながら門の所で待っていてくれた。
「遅いぞ」
「遅いって俺たち時間は約束しなかったよな」
「……そうだが、昼はとっくに終わってこっちはずっと待ってたんだ」
「待たせたのは悪いが、こっちだって治療院の厨房で働いてるんだ、あまり無理を言わないでくれ」
黒猫君の言葉にキールさんがぐっと言葉に詰まって黙り込んだ。
「早速部屋に戻って話し合いを続けましょう」
なぜか目元を笑ませてるテリースさんの取りなしで、揃ってキール隊長の部屋に向かった。
「どこまで話したんだったか?」
「ここの統治権の話だ」
「ああ、そうだった」
キールさんがいかにも満足という顔で相槌を打つ。
「まず、統治権の一つは俺が潰した」
「裏社会の奴か?」
黒猫君の質問に我が意を得たりとキールさんが微笑んだ。
「そのとおりだ」
「なるほど。だからこいつが襲われることもなかったのか」
「そういうことだ」
え、待って今の私のこと!?
「私が襲われるって……?」
「切羽詰まった奴らなら、片足のないあゆみを捕まえて裏側の奴に突き出せば金になるだろって考えてお前を襲ってもおかしくはなかった。例えテリースがついてたって、数人で襲われたらどうしようもなかっただろ」
「あ! そ、そうだね」
答えつつ、自分の顔から血の気が引くのを感じる。
さっきもそうだったけど。自分の足のことがあるせいか、どうしても身体の他の部分を売るってことまで気が回らなかった。だけど、言われてみればその通りだ。
「それで二つ目は?」
自分に起こりえた犯罪の恐ろしさに、今更恐怖で固まる私を放っておいて黒猫君が先を続ける。
「これを説明するにはちょっとした約束を先にしてもらいたい」
あ。これはなんの話か実は私も予想が付く。これだけは黒猫君に昨日教えてもらわなくても自分でも予想してた。黒猫君にはお前よくそんな古いアニメ見てたなって笑われたけど。
うん、だってね。やっぱり古典は外せないでしょ。
「もしあんたが王族だって話なら誰にも話さないって約束してやっても構わないぞ」
黒猫君の今の一言に、キールさんが完全に素でポカーンとした表情を浮かべた。
あははは、それもう正解だって言ってるようなもんだよね。
数秒そのまま呆けてたキールさんが、こっちを向いて驚いていない私に再度驚いてる。今までずっとポーカーフェイスをキープし続けてきたキールさんのこの表情は、本当に一見の価値ありだ。
「あゆみさん、君も知ってたのか? テリース、お前が話したのか?」
そうテリースさんに尋ねるキールさんは、だけどどう見ても自分の言葉をこれっぽっちも信じてないようだ。
「別にテリースから聞いたんでも、他の誰かから聞いたんでもないぞ。テリースの話してくれたここの歴史を考えれば、単にそれが全ての辻褄を合わせてくれる答えだと思ったんだ」
その通りだった。
だってね。初代王の名前があれでキールさんの青い髪がまさにあの色じゃ。もしかしてって思うよね。
「それでお前はどっちの国の王族なんだ?」
「は?」
「いや、俺とあゆみの根拠からじゃあんたが南と北、どっちの国の王族かまでは判断できないんだよ」
「……その根拠とやらは後で教えてもらえるのか?」
「別に構わないが、いつかもっと時間に余裕のある時な」
黒猫君がそっぽを向きながら答えた。
「……仕方ない。ああ、俺は北のザイオン帝国の現王、ドレースの五男だ。母が政治的な背景の非常に薄い人物だったため、出生自体大衆には公示されていない」
そう言って唇を引き締める。
「名前はキールなのか?」
「いや、本名はキーロン。キーロン・ザ・ビス・ザイオンだ」
うわ、そこまで混ざっちゃったのか。
「因みに南の王室の名前はラオ・ザ…」
「あゆみ今それはやめろって」
私の言葉をピシャリと黒猫君が遮った。
「それであんたが王族ってのはこれではっきりした。統治権があんたに移ったのも頷ける。それでこの街の誰がそれを知ってるんだ?」
「あまり多くはない。教会の司教は知っていた。裏社会のトップも独自の情報網で探り出していただろう。テリースは無論知ってるし、俺の部隊にも数人知ってるやつがいる」
「なぜ他の奴らには言わない? 何か知られるとマズイ理由でもあるのか?」
「いや、単にわざわざ宣伝して回るようなことでもないってだけだ」
「謙虚なこったな」
黒猫君の揶揄するような返事にムッとしてキールさんが黒猫君をジロリと睨む。
「文句があるような言い方だな」
「ああ、あるさ。権力と実力を伴うものがあえてそれを隠してもいいのは平時のときだけだ。有事にそれをするのは、敢えて言わせてもらえば『王者の怠り』ってとこだな」
キールさんの纏う雰囲気が一瞬凄みを増して覇気のようなものが膨れ上がった。見ていた私のほうがそれに気圧されて椅子ごと後ろにひっくり返りそうになる。
なのに黒猫君はしれっとして全然応えてないみたい。
「王気にも耐えるか。お前一体どんな生き方をしてきたんだ?」
「あー、それは今更だろ。俺もう猫だし」
「…………」
そこでちょっとだけひるんだキールさんの表情を見て、黒猫君が首を振ってキールさんを見据える。
「文句を言っている訳じゃないぞ。俺は間違いなくあんたのお陰で一命を取り留めたんだ。この身体はそりゃ色々な制限もあるが、その分今までの自分とは違う目線で考えることも出来てる。猫になりたかったとは言わないが、猫になったことを受け入れられない訳でもない。このままこの身体で生きてくさ。こいつもいるしな」
そう言って黒猫君はチロリと私のほうを振り返った。
私は出来うる限り真摯な思いで頷いて微笑みを返し、黒猫君の耳の後ろを軽く掻いてあげる。
私たちはもうすでに運命共同体だ。ピートルさんが言っていたように二人で一人分。
「ああ、それは良く分かった」
ふと見ればキールさんがそれまでの雰囲気とは明らかに違う、優しい視線で私たちを見守っていた。




