28 鉱山の北
それからしばらくベンさんに聞かれるままにナンシーでの事情を説明した。ついでにウイスキーの街の噂もある程度説明を入れた。
私と黒猫君のキールさんの所での立場と、それからここから北への移動の話、それにケインさんたちとディアナさんたちの話。
ベンさんはここ2週間ほど逃げた狼人族の行方を捜して森の中を歩き回ったのに、ディアナさんたちにもケインさんたちにも会うことはなかったらしい。やっぱり森って大きいんだね。
それを考えると私がベンさんに拾ってもらえたことのほうが奇跡的なのかもしれない。
「はあ? あんた魔法が使えるのか!?」
あの丘で起きたことを説明してるうちに私の魔法の話になりベンさんがひどく驚いてる。今更ながら魔法が使えるって言うのはベンさんみたいに商売で動き回ってる人にとっても充分珍しいことらしい。
「はい。やっと少しは使えるようになったんですけど、あまり出力を大きくすると一気にコントロールが出来なくなっちゃうんですよね」
初級魔法は今だって問題なく使えるし、魔力の出力自体は上げてもポスっといくことはなくなったんだけどね。ほんのちょっと出力強めってやっただけだったのに、まさかあんなことになるとは思わなかった。
要は私の中に抵抗が少なすぎるのかな? いっそブレーカーみたいなもの付けたいなぁ。
「じゃあ、あの丘がごっそり削れてたのは……」
「ああ、それ私の失敗です」
何気なく返事を返したら、あ、あれ? ベンさんの顔がピキピキ引きつってる!
「おっそろしい娘を拾っちまったもんだなぁ、おい。頼むからここで魔法は勘弁してくれよ」
「そ、そんなぁ。黒猫君にも止められたのでもうあんな無茶は絶対しませんし。普通にちっちゃな魔法を使う分にはあまり問題ないんですって」
ベンさんみたいに人の良い獣人さんに恐れられるなんて私、一体どんな凶悪魔女なの!?
っと焦った私はなんとか安心してもらおうとベンさんの持ってきてくれた木のコップに水魔法で水を注いでみせた。途端ベンさんが目を丸くして私とコップを見比べてる。
「こりゃまた便利なもんだな。道理でその足で服洗ったり出来てたわけだ」
「火魔法も出来ますよ」
そう言って私が今度は火魔法を使おうとするのを黒猫君とベンさんが揃って止に入った。
「やめろあゆみ、ここ木の上だぞ」
「や、やめてくれ、俺たちの住むとこがなくなっちまう!」
「そんな、私だって調節は出来るのに……」
「出来てなかっただろ! 丘の上で!」
「そ、そうだけどあれは黒猫君が死んじゃうって思ったから焦っただけだもん」
「そんな死にそうな怪我でも治せるのか」
「あんまり当てにしないでくれ、この通りうまく行くときと行かないときがあるからな」
黒猫君がしっかりと釘を刺すとベンさんも頷いて答える。
「ああ、それならそれはあまり言わんほうがいいな。だがしかしこりゃ確かに『巫女』だって言われるだけのことはある」
感心したようにウンウン頷きながらベンさんがそう言うのを聞いてた黒猫君がヒョイッと片眉を上げてベンさんを見た。
「……そういう割にあんたは割と普通だな。今まで俺たちが猫神だの巫女だの言うと変にへりくだる奴が多かったんだが」
「悪いが俺はそういうのは出来ん」
「そのほうが助かります!」
内心ホッとしつつ思わずそう答えた私をまたもベンさんが居たたまれなそうな顔で見返してた。
そこからは「折角の飯が冷めちまった」とガッカリしてるベンさんに言われて私たちは夕食を頂きながら話を進めた。今日は何種類かのお芋と野菜の入ったスープ。時々黒猫君の口にもスプーンで入れてあげる。元々黒猫君の分も考えてくれてたのか、ベンさんったら昨日の2倍近い量を出してくれてた。
「確かにこっから北に向かうなら西のルートのほうが安全だな。本来なら川を超えて対岸の街道を行くのが常套ルートだったんだが、今は北の砦の手前の橋があの砦の軍に抑えられちまったからな。危なくて近づけない」
「そんなに守りが硬いのか?」
「いや、見張りは2人くらいしか居ないんだが、砦がすぐ近くだから見つかったら大量に兵が出てきちまう。俺は近づかなかったがちょうど俺の前を歩いてた商隊の奴らが捕まっちまってた」
「商隊も捕まえちゃうんですか」
「ああ捕まえてたなぁ。多分あいつらの持ってた積み荷が目当てだったんじゃねえかな」
「それじゃ追い剥ぎと変わらねえな」
「ああ」
ベンさんは話しながらも黒猫君の描いた地図の続きをテーブルの向こうに描いてくれる。どうやら私達はナンシーから約3分の2ほど来てたらしい。オークの『牧場』は北の砦や鉱山の大体真南になってた。
そこで描き終わったのかと思ったら、今度はベンさん、もっと北に山の絵を描きながら何だか塔みたいなものを描き込んでる。
「待てベン、それ何だ?」
「あ? ああ、あんたら知らないのか。北の鉱山の先はドワーフどもの居住地だ。山の中だから行くやつも滅多にいないがな」
「待てそれじゃ今書き込んだそれは?」
ベンさん、スラスラと説明を入れつつ凄く不穏なものをそこに描き込んでる。黒猫君も私もベンさんの絵を見て顔が引きつった。だってベンさんが山の上に描いたそれ、蛇みたいなのにコウモリみたいな羽がついてる。まさか……
「ああ、あんたらまさかドラゴンも知らないのかよ」
「……誰も俺たちにそんな話、してなかったぞ」
黒猫君がお腹のそこから響いてくるような心底嫌そうな声を上げると、ベンさんが苦笑いしつつ肩をすくめる。
「まあ、滅多に見れないしな。山から降りてくることはまずないから山に入らなければ大丈夫だ」
「山って砦より北の山だけだろうな?」
「ああ……あ、待てよ? 最近ちっこいのが良く鉱山の北側の山まで出張ってたな」
「うわあああ! ディアナさんたちが大変だ! 急いでいかなくちゃ!」
「ど、どうした!?」
「私達砦のすぐ目の前の山の頂上で落ち合うことになってるんです!」
「マズイな。若い龍は機嫌を損ねると暴れだす」
「ど、どうしよう黒猫君、今すぐ出発して……」
「慌てるなあゆみ。お前の足じゃどの道着くのに半年は掛かっちまう。俺もこの身体じゃ大したこと出来ねえし。それよりバッカスがそのうち探しに来るだろうからあの丘に戻るなりどっかに目印着けるなりするしかねえ」
そ、そうかもしれないけど。そうなんだろうけど。どんなに焦っても結局また同じところに戻ってきちゃうのか。
早く北に向かいたい。でもどうしょもない。
「ああ、俺が連れて行ってやるったってあんたら二人担いでいくとなると半月はかかるな」
「せめて俺が人化するまで待つしかねえだろ」
腕を組む黒猫君の言葉に正直イライラしてしまう。早く北へと気は急くのに手段が本当にない……
「黒猫君。やっぱり今すぐ魔力流すから早く人化して!」
言い切って魔力を流しだそうと黒猫君に手を伸ばした私を、黒猫君が焦って猫の手で押しとどめる。
「あ、やめとけあゆみ。言い忘れてたがやっぱりここの下が凄えことになってた。この家のすぐ下までジャングルみたいにツタやら茂みやらが伸びてきてた。しかも大量に季節外れの花咲かせて」
「は? おい、あれお前らのせいだったのか!?」
途端鬼の形相でバッと黒猫君に向き直ったベンさんに、黒猫君が猫の手を器用に前で合わせて祈るようにしながら謝り始めた。
「済まねえ。今朝は見て見ぬふりしちまった。なんせ猫の手だから役に立たねえし」
「え、でも花が咲く程度なら綺麗だし……」
「バカ言うな、二度と止めてくれ。今朝は男どもが総出で草刈りだったんだぞ! あんなに下草が生えちまったらこの木が死んじまう」
「あ、そっか。そうだよね。ごめんなさい……」
目を吊り上げてるベンさんにペコペコと頭を下げながらも考えてしまう。
困ったな。魔力の振りかけが出来ないとなると一体どうやって黒猫君をもとに戻していいのやら。
「あゆみ、それはとりあえず一旦おいとけ。それでベン、多分バッカスがあの丘の辺でウロチョロしてんじゃねえかと思うんだ。悪いが明日ちょっと見てきてもらえねえか?」
「ああ。俺もどの道そのつもりだった。任せとけ。嬢ちゃんにここで変な魔法使われるよりよっぽどマシだ」
ゲッソリした顔でそう言ったベンさんは、パンパンと膝を叩いて立ち上がる。
「それじゃあ俺は北への旅支度もしてくるとするか。……っとこれはもういらないな」
そう言ってベンさん、何をどうやったのか私の首輪を外してくれた。ああ、お礼言わなくちゃ。
「ベンさん、言い忘れてましたが森で私達を保護してくださってありがとうございました」
深々と私が頭を下げるとベンさんが途端アタフタとしながら私に怒鳴るようにして返事をしてくれる。
「やや、やめろおい、俺は単に奴隷にできるかもしれねえって拾ってみただけだ。礼を言われる筋合いなんか全くねえぞ。い、いいからあんたらもそろそろ寝とけ。嬢ちゃんは明日も朝から籠編みを頼むぞ。カリンがあんたはすこぶる筋がいいって喜んでたからな」
「わ、分かりました。ついでに水汲みもしましょうか?」
私の申し出に「いや、変にうちの連中を甘やかさんでくれ」と渋い顔で言ってから挨拶もそこそこにそそくさと出ていってしまった。ベンさん、よっぽど疲れてたのかな。
「あゆみ。あれだ。もうあんま考えるな。バッカスさえ合流できれば何とかなる」
何となくベンさんの出てっちゃった扉を見つめてた私に、最後は何も言わずに私たちのやり取りを見てるだけだった黒猫君がヒョイとテーブルから飛び降りながらそう言ってベッドに向かう。
「後は全部明日だ。俺はベンと一緒に森を見てくるからお前はここで大人しくしてろ」
そう言いながら黒猫君がベッドの横を猫の手でパシパシ叩いてる。私に早く寝ろってことかな。私もベッドに行って布団に潜り込む。部屋の明かりはやっぱり光の魔石のランプだったので黒猫君が器用に足で動かして消してくれた。
そしてモソモソと同じ布団に潜り込む。私の腕にすり寄って、腕の中に入れろと喉を鳴らしてくる黒猫君、可愛すぎ!
私は気分良く黒猫君を抱きかかえ、背中の毛づくろいをしながら目を閉じた。
「お休み黒猫君。明日もう少しなんか考えるね……」
「ああ、もしかしたら勝手に元に戻ってるかもしれねえしあんまり気にするな。お休み」
黒猫君の手触りとその温もりに心が落ち着いてきて、ああ、やっぱり黒猫君は当分このままでもいっか、などと思いつつ私は眠りについた。




