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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第11章 北の森
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26 現在地

「ただいま~」


 夕方籠を編む目が見えなくなると今日のお仕事はお終いになった。

 カリンさんとメリーさんも自分のお子さんたちの面倒をみに帰るらしい。帰りはとうとう鎖を自分の肩にかけさせられて「あとは自分で部屋に戻ってね」と放置された。まあ、もう奴隷じゃないのは明らかだね。

 ベンさんにご挨拶の件は、後でご飯をベンさんが届けてくれるようにしてくれるそうだ。


「ああ、あゆみ。ちょっとこっち来て座れ」


 部屋に入ると先に帰ってきてた黒猫君がテーブルの上で何かやってた。

 うん、いつも通りだ。猫の姿でも断然偉そうだよね、黒猫君……って私もネロ君って呼んだ方がいいのだろうか?

 テーブルに近寄って椅子に座ると黒猫君、どうやら机の上に何か書いてるらしい。それを見てギョッとした。


「く、黒猫君、それ爪で傷つけちゃったんじゃないの!?」

「あ? ああ、それくらい人間に戻ったら綺麗に削るから大丈夫だ」

「全然大丈夫じゃないよ、黒猫君まだ猫じゃん。しかもベンさんがもうすぐ夕食持ってきてくれるんだよ?」

「ああ、じゃあ後でその辺のシーツかけとけよ」


 そんな乱暴な。それでも黒猫君にせかされて黒猫君の足元のテーブルを見ると、どうやら黒猫君は地図を描いてたらしかった。


「ここまでの移動や日の傾き具合、それに木の上から見える景色を計算すると多分俺たちは今この辺だと思う」

「え!? なんでそんな事分かっちゃうの?」


 私なんてベンさんについて歩いてきたけど、今ここがどこかだなんてまるっきり分からない。なのに黒猫君は結構自信ありげに一か所を指さしながら変なことを言い出した。


「実は俺、あゆみに抱えられてる間、お前たちが歩いてるのが見えてたんだ」

「でも黒猫君、私の抱えた簡易ズボン袋の中だったよね?」


 私が驚いて顔を覗き込むと黒猫君が困ったような顔になって首を傾げた。


「まあ、そうなんだけどな、まるでその辺に浮いてるような感じで俺たちの周り全体が見えてた」

「ええええ!? それってまさか幽霊になっちゃったって事!? く、黒猫君、もしかしてあの時、死にかけてたの!?」


 私があまりのことに声をあげて黒猫君を見ると、黒猫君が私から視線を逸らしてボソボソと続ける。


「正直、俺にもよく分かんねえ。あの時はなんていうかすげえ弱ってて、感覚が薄いっていうかちょっと自分の身体に実感がないっていうか……そんなんだったんだ。まあ、今は猫とは言えこの通りピンピンしてるんだから気にするな」


 心配してオロオロしだした私を安心させるように黒猫君が近寄ってきて、猫の手で私の頭をポンポンと叩いてくれる。それでもどうにも心配が収まらない私は黒猫君の小さな身体を両手で抱え上げた。そして自分の膝に抱え込んで背中をさする。


「良かった、ほんとに元気になってくれてよかった……」


 そこでさっきカリンさんたちと話してた会話を思い出してちょっと試してみた。


「ネ、ネロ君……?」


 それまで目を細めて喜んでた黒猫君が途端、ギョッとした顔をして私を振り仰ぐ。


「あゆみお前、いくら何でもそれはないだろ……」

「え?」

「その呼び方されるくらいなら黒猫扱いのほうがまだましだ。お前だけはそんな名前で呼ぶなよ。それじゃマジで俺、自分が何者なのか分からなくなっちまう」


 今度は凄く悲しそうに眉を寄せてる。

 ああ、そっか。これって名前で呼ばれる呼ばれないって事じゃなかったのか。

 黒猫君は自分が自分だって保証が欲しいんだ。

 突然そう理解した私は、頑張って名前をちゃんと呼びなおすことにした。


「じゃ、じゃあ、りゅ、隆二く……うぅっ。無理、これ、やっぱりなんか恥ずかしいよぉ」


 ジッと見上げてくる黒猫君と面と向かって口にしたら、今更ながらやっぱりすっごく照れちゃって、恥ずかしくてすぐにギブしてしまった。

 だって名前呼んだ途端、黒猫君が猫のくせに蕩けたような笑顔になるんだもん。嬉しいけどこれ、恥ずかしすぎる。

 私の反応を見た黒猫君は、はあっと大きくため息をつきながらがっくりと肩を落としてしまった。


「ご、ごめんね。なるべくがんばるから。ちゃんと呼べるようになれるようになるから。今は許して」

「ま、もういいけどな。とにかくその地図を見てくれ」


 気を取り直して地図に向き直る。

 私から見て一番手前は少し大きな〇に『ナ』でナンシーの街らしき場所が描いてある。そこから川を遡った所に小さな丸で北の農村らしき場所がほんの少し私から離れた所に描いてあった。それから川を挟んでもう少し上流、テーブルの3分の1くらいの辺りにちっちゃな丸に『ケ』って書いてるのがでケインさんたちの集落かな?

 そこから左、西に少し入った所に山に丸が描いてあるのが多分ディアナさんたちの集落。そして北の農村と集落との距離と同じくらいもっと上流に行ったところ、テーブルの真ん中より向こう側に距離を開けて川沿いにバッテンが付けてある。そのバッテンからまた北西に上がった所に少し大きめの丸が一つ。それがさっき黒猫君が指さしてたところ。


「……このバッテン、もしかしてオークと会っちゃったところ?」

「ああ」

「それであの丸がこの辺り?」


 黒猫君はコクンと頷いたけど、そこってディアナさんたちの集落から約真北にあたる辺りだった。オークたちと会った丘から私結構長く歩いてた気がしてたのに、見た感じ全然離れてない。


「私、もっといっぱい歩いた気がするよ?」

「それはベンが結構くねくねと方向を変えてたからだ。多分巣の場所が分からないようにしてたんだろうな。だけど俺、猫だから方向感覚ははっきりしててよく分かるんだよ」

「そっか、私が人間だからベンさんそれで場所が分からなくなるって思ったのかな」

「まあ自分の居場所を知られたくないってのは仕方ないな。奴隷商やってるんじゃ」


 そう言って黒猫君が顔をしかめた。

 あ、これも説明しなくちゃ!

 私は慌てて今日カリンさんたちから聞き出したお話を黒猫君にも説明する。黒猫君は私の腕に顎を乗せて、静かに私の話に耳を傾けてた。


「ああ、そりゃよかった。じゃあお前が襲われる心配はしなくてよさそうだな」

「へ?」

「……お前、そんな心配もしてなかったのかよ。奴隷なんだからないとは言えねえ話だろ」


 私の話を聞いて心底安心した様子だった黒猫君が、少しムスッとして私を横目に見上げてる。


「まあ、今のお前には魔法もあるし、襲われたって最悪なんてこともねえかも知れねえけど、お前そういうことに慣れてねえからやっぱ心配は心配だしな」


 そう言って……黒猫君、私の手を両手で掴みこんで頬を摺り寄せてきた。そのまま流し目で見上げられちゃった。猫なのに黒猫君がやけにかっこよくてドキドキしてきた。


 そこにコツコツコツと軽快なノックが響いて扉の外から「入るぞ」ってベンさんのぶっきらぼうな声が聞こえてきた。つい「はい、どうぞ」って返事してからテーブルの傷のことを思い出して慌ててしまう。

 黒猫君が素早く私の膝から飛びおりて、ベッドから上掛け用のシーツを口に咥えて引っ張ってきてくれたけどちょっと間に合わなかった。


「あ、テーブルに何やってんだ、この猫……っておい。これはどういう事だ?」


 私の夕食をテーブルに乗せようとしてそこに描かれた地図を見た途端、ベンさんの声が低い唸り声に変わり、顔もそれまで見たことのない、野生の熊のような厳しいものになった。


「なんでここの地図なんか描けてるんだ? お前、何者だ?」


 テーブルに傷をつけちゃったのを謝ろうとしてた私は、ベンさんの突然の剣幕に驚いて声が出ない。

 じりじりと詰め寄ってくるベンさんに睨みつけられて凍り付いちゃった私のすぐ前に、ちっちゃな黒猫君が私を後ろに守るように飛び出した。


「おい! あゆみに手を出そうなんて考えるなよ。痛い思いするのは間違いなくあんたのほうだからな」


 そのまま背中の毛を逆立ててベンさんを睨み上げながら、こちらも低い声で唸るように言い放つ。


「なっ!」


 一瞬どこから声がしたのかと驚いたベンさんがキョロキョロしてから視線を落とし、目の前で喋る黒猫君を信じられないって顔で見下ろした。途端黒猫君がまたかよって疲れた顔でベンさんを見返す。


「ああ、もういいからそういうの。ああ、俺は喋る猫だよ。にゃぁ~」

「黒猫君、ふざけるのはやめた方がいいと思う」


 げんなりしてる黒猫君に後ろから注意するとジト目で睨まれた。

 分かってるよね。分かっててやってるんだよね。だとしても言わずにはいられない。


「ベンさんは悪い人じゃないってさっき説明したよね? ちゃんとお話した方がいいと思う。ベンさんも、申し訳ないんですけどまずは座ってくれませんか? 私、見上げてるのがちょっと辛くなってきたんですが」


 本当に結構首が疲れる。座ったまま見上げるにはベンさんは大きすぎるのだ。


「俺もだ」


 そう言ってわざとらしく首を左右にコキコキやった黒猫君は再度軽い身のこなしでテーブルに飛び乗った。

 そんな私たちを見比べたベンさんが、大きなため息をつく。


「ああ、俺なんでこんな厄介な連中拾っちまったんだ……」


 ベンさんはそう嘆きつつその大きな熊の巨体をがっくりとさせて、さっきまで野獣みたいだった顔を何とも情けなさそうな顔に変えて両手で覆った。

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お読みいただきありがとうございました。
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