24 森のお仕事
「あゆみちゃん、じゃあ次はこれお願いね」
「はーい」
今朝目が覚めても黒猫君は猫のままだった。
私はかなりがっかりしたんだけど、黒猫君はどうやら覚悟してたみたいであまりショックを受けてる様子はなかったんだよね。まあ、あんなに怪我したんだしグッタリしてたんだからもう少し回復に時間がかかるのは仕方ないのかな。
私は黒猫君と一緒に出かけるつもりだったんだけど、なんか「他に見てこなくちゃいけないことがある」って言って私より先に部屋を出ていっちゃった。なんだか置いてけぼりにされたような複雑な心境。
昨日はあんなに色んなことがあって黒猫君がいなくなっちゃうかもしれないって凄く心配して。だから私は今日少しでも黒猫君の側にいたいって思ってたのに黒猫君は違うのかな。
そんなことを考えながら着替えも終えて部屋で待ってると熊の獣人さんではなく、ウサギの獣人さんが部屋に来た。私が部屋の中からぺこりと頭を下げて「おはようございます」と言うと彼女も「おはようございます」と言ってニッコリ笑ってくれる。そして部屋に入って私の鎖を外しながら「よく眠れた? ご飯足りたかしら」と声を掛けてくれた。
私が「とっても美味しかったです、ありがとうございました」と答えれば、やっぱりニッコリ笑って「それは良かったわ。たまに人間でキノコが嫌いな人がいるみたいだからちょっと心配だったのよ」と朗らかに言いながら私の鎖を私に渡してくれた。
え?って顔で見返すとウインク一つして「どうせ逃げないでしょ。それに私じゃどの道誰かを引っ張るとか無理だし。その代わり足元には自分で気を付けてね。じゃあついてきて」と言って部屋を出てズンズン行ってしまう。慌てて私は彼女のあとについて部屋を後にした。
そうして連れてきてもらった少し大きな部屋は、どうやら途中で折れちゃった大きな木の天辺に乗っかるような形で建ってるらしい。今は3人くらいしかいないけど、入ろうと思えばあと10人くらい余裕で入れそう。
そこで何をしてるかと言えば。籠を編んでます。これ、この村の収入らしい。私は教えてもらって一番簡単なのを作ってる。丈夫なツル草見たいのを順番に編み込んでくその作業は単調だけど嫌いじゃない。
手渡されるツルを次々と編み込んでいくと徐々に籠の形が出来てくるのが結構面白かった。
「でもカリンさん、私こんな楽な作業させてもらってていいんですか?」
さっき私をここまで連れてきてくれたウサギの獣人さんはカリンさんと言う名前だそうだ。お子様が2人いるお母さん。
「何言ってるの、これだって充分大変な仕事でしょ。あゆみちゃんじゃ一人で地上にも降りられないから水くみとか薪拾いは難しいし、ここでも洗濯一つだって片足じゃ無理よ」
うーん、昨日一人でどれもやってたって言ったほうがいいのかな。
「それよりあゆみちゃん器用ねえ。さっきっから全然間違えないで作れてるじゃない。だったら次は少し難しいのも教えちゃおうかな」
「え、是非! これ面白くてもっと違うのも出来るなら楽しみです」
「あゆみちゃんはやる気あるのね。助かるわ」
そういってカリンさんが嬉しそうにほほ笑みながら私の横に来て新しい編み方を教えてくれた。
「それにしても大変だったわね。森で迷ってたんですって?」
しばらくして今度はもう一人の羊の獣人さんが私に話しかけてきた。彼女の名前はメリーさん。羊でメリーさんってそれ出来過ぎで笑いそうになってしまった。
「え、ベンさんが言ってたんですか? そうなんです。ちょっと考えなしに歩き回り過ぎちゃって」
「……なんで独りで森になんて入ったの?」
なぜかカリンさんが聞きづらそうに尋ねてくるのに、私は不思議に思いながらもため息一つついて説明してみる。
「えっと、森に入った時は別に独りじゃなかったんですよ。それがオークに襲われて、色々あって結局黒猫君以外バラバラになっちゃって」
「黒猫君って、あの猫ちゃん?」
「え? あ、はい。そうです」
「なんか、猫の名前に黒猫君ってちょっと名前じゃないみたい」
「あ、ちゃんと名前もあります。えっと隆二君です。黒猫君って言うのは私がつい癖で呼んじゃうだけで」
「ルージ?」
「リュージです」
「リイウジ君? んー、呼びにくいわね」
「そうですか? あ、あと皆ネロって呼んでますね」
「ああ、黒いからかしら。じゃあネロ君でいいわね」
やっぱり『ネロ』のほうが言いやすいのかな。
今朝も黒猫君が黒猫君呼びを嫌がってたし、いっそ私もネロ君って呼んだほうがいいのかな? それとも隆二君のほうが喜ぶかな。
私がそんな事を考えてると、カリンさんとメリーさんが顔を見合わせてなんか言いづらそうにしてる。なんだろうと思って二人を見比べると、二人が小さく笑って結局カリンさんが口を開いた。
「ベンが言ってたんだけど、あゆみちゃんは昨日血だらけだったんでしょ? その、何があったのかしら」
そう問われて、さてどう説明しようって私がちょっと躊躇したら、メリーさんが慌てて付け足した。
「あ、あゆみちゃんが言いたくなければ別にいいのよ。嫌なことを思い出したくないでしょうし」
「え? あー、嫌なことなのは確かなんですけどそんな言えないようなことじゃないんですよね。ただちょっと込み入ってて説明しだすと凄く時間かかるかも……」
私がそう言うと、またも顔を見合わせた二人がホッとため息をついて付け加えた。
「時間はたっぷりあるわよ、今日一日これをずっと編んでもらうんだから」
「そうよ。これからも当分これが続くんだからどんなお話でも私たちは聞くわよ。話してみたらどう?」
「そ、そうなんですか。じゃあ、ちょっとごちゃごちゃしてますが──」
そう言って。私はケインさんの所に行った辺りからを順を追って二人に説明した。
オークに襲われて黒猫君が怪我をした辺りで二人が立ち上がって黒猫君の様子を見に行こうとするのを止めて、自分がもう治療したことを告げた。すると二人がまるっきり信じられないって顔をする。
困ったな、この前ケインさんの所にいた時も黒猫君にあまり治療魔法は使わない方がいいって言われてたんだよね。ここで変に説明しちゃうのもまずいのかな。
「黒猫君の傷は本当にかすり傷で、たまたま血がいっぱい出ちゃっただけだったんです。それも昨日ゆっくり休んだからかなり良くなったみたいだし大丈夫ですよ」
「だってあゆみちゃんの服は真っ赤だったってベンは言ってたわよ、もしかしてあゆみちゃんも怪我してたんじゃないの?」
「いえ、本当に大丈夫です、そんなご心配して頂いて本当に申し訳ないというかなんというか」
そこでさっきっから地味に気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの、本当にお二人とも、なんでそんなに私に優しくしてくださるんですか? 私、確かいま奴隷だったと思うんですけど」
私の奴隷のイメージはご飯ももらえずにボロボロになるまでこき使われるって感じだったのに、今の所私の待遇はお客でこそないもののまるでたまに遊びに来た隣町の友達、といった感じ。どうにも自分が奴隷だって気がしない。
そんな私の質問に二人がまたまた顔を見合わせる。そして今度は二人して吹き出した。
「そうね。あゆみちゃんにも私たちの事情を説明してあげましょう」
そう言って、今度はカリンさんがじっくりと色々なお話をしてくれた。




