20 森のお散歩
「あの~」
「…………」
「聞いてますか?」
「…………」
「お腹空いたんです」
「…………」
「今日、忙しくて朝しか食べてなくて」
「…………」
「その大きな袋の中、なんか食べるものないですか?」
「…………」
「ねえ、聞いてます?」
「うあああ、拾うんじゃなかった!」
突然私の目の前の熊獣人さんが立ち止まってため息交じりにそんなことを呟いた。
「あんた、俺に捕まったって自覚、ほんとにあるか?」
「ああ、そうですね。確かに捕まっちゃいましたよね」
「…………」
「でもほら、私、あの時森の中で迷子中だったんですよ。すっごく心細くて、誰かに話しかけたくてしょうがなくて。だから捕まえてくれたおかげで私、取り合えず一人で迷ってた時よりは心細くなくなって嬉しいかなって」
「嬢ちゃん、あんたホントに暢気だな……」
そんなこと言われてもねぇ。
あれからすぐ、熊の獣人さんの態度が豹変した。ちょっと偉そうになって「ほら嬢ちゃん、ついて来い」とか言って私の首輪に繋がった鎖を引いて歩き出した。
慌てて私が状況を説明してくれるように頼むと、面倒くさそうに振り返った獣人さんが私を見下ろしながら腰に手を当てた。
「あのな、お前さんは今俺に捕まっちゃったんだよ。若い娘が森を一人で出歩くなって言われなかったのかい? こうやって人買いに捕まっちゃうから危ないよって言われたことなかったんか?」
ああ、そっかこの熊の獣人さん、人買いさんだったのか。でも、今までそんな忠告を私たちにしてくれた人は一人もいなかった。
「えーっと、それは言われたことなかったですね」
「そりゃ残念だったな。俺はちょうど商売終わって自分の村に帰る途中だ。このままあんたは買い手がつくまでしばらくウチの村で飼ってやるよ」
「売るって私をですか?」
「ああ、人買いが捕まえた人間を売らないでどうするんだ。ってなんだ、奴隷を見たことないのか?」
「ど、奴隷は知ってますけど、獣人さんも人間の奴隷を買うんですか?」
私がそう尋ねると、獣人さんがそのおっきな毛だらけの顔を歪めて嫌味っぽく吐き捨てた。
「奴隷を買うのは何も人間だけじゃねえよ。人間が獣人を奴隷にするのと同じように俺たちだってこうやって人間を捕まえられりゃそのまま奴隷にもするさ」
「はあ、そういうものなんですか。って、え? じゃあ私今、奴隷にされるところって事!?」
「なんだ、今更気づいたのかよ」
あきれ顔で獣人さんはそう言うけど。そりゃ首に首輪つけられたからなんかヤバい感じだな、とは思ったけど、まさか獣人の奴隷になんてなるとは思わないし。
「あの、お金払いますのでやめませんか?」
私がそう言うと、獣人さんが興味深そうに私を見下ろした。
「なんだ嬢ちゃん、金持ってんのか?」
「え? ああ、今はありませんけど、ナンシーに戻ればちゃんと払えます」
「はあ!? 何馬鹿なこと言ってんだ。そんな所に行ったら俺が捕まっておしまいだろ。全く」
「いえ、捕まえませんって」
「嬢ちゃんみたいな世間知らずの女の子がそんなこと言ったってな、怖い兵士さんたちが捕まえに来るんだよ」
「大丈夫ですって、私が言って止めてもらいますから」
私の言葉に獣人さんが大笑いして「そりゃまたとんでもねえ偉い嬢ちゃんだ」とか言って結局そのまま首を引っ張って歩き出しちゃった。
それからも私は何とか分かってもらおうと努力はしてみたんだけど、私が喋れば喋るほど獣人さんのほうは静かになってっちゃって。で結構歩いたらお腹空いてきたから何か持ってないかと聞いてみただけだったんだけど、どうもお気に召してない様子だよね。
「あのですね。このまま私のお腹すきすぎると、一本しかない足が多分すぐに動かなくなりますよ。そうすると多分その辺でへたり込んで後は獣人さんに引きずってってもらうしかなくなっちゃうのではないかと」
「だあああ、ほんとうるっせえ嬢ちゃんだな。分かったからこれでも齧ってろ」
イライラと頭を掻きむしった獣人さんはポケットからなんか取り出して私に投げてよこした。私は慌てて落とさないようにそれを手に掴む。掴んでそれを広げてびっくり。
「これ、に、煮干し!?」
「お、嬢ちゃん煮干しを知ってんのかい。そりゃ珍しい」
「え、だって煮干しって獣人さんの商人さんしか売ってないって、あ、あれ?」
え、ま、まさか……
「あーあ。そっかあんた客に繋がってたんかい。そりゃ悪いな。確かにナンシーに色々売りにいってるのは俺だよ。だけど街を出れば何でも屋ってとこさ」
「うわあああ。えええ、そんなぁああ」
カラカラと笑う熊獣人さんに、もう、悲しいやら嬉しいやら。
とにかくここで会えたんだから来年の仕入れの件を、え、でもこのままだと私来年ナンシーにいられないし、え、でも煮干しいぃぃぃ!?
とそこまで考えて、私はがっくりと肩を落として煮干しに齧りついた。
「煮干しもっとください」
結局あれからも私はトボトボと熊獣人さんの後ろをついて歩いてる。もう3時間くらいは歩いてるはずだ。だって、空が暗くなってるもん。森が完全に暗くなっちゃったら、私きっと何にも見えない気がする。
だけどそんな恐怖より、今はひもじさがまず目の前の問題だった。
……というのは全部が全部ホントじゃない。
実はさっきっから文句タラタラ言って熊獣人さんから何度も煮干しをせしめてる。しかも2つに1つは手に隠してあった。だって後で黒猫君が目覚めたらきっと食べたがると思うし。
熊獣人さんも私が煮干しが大好きだと言うと、どういう訳か申し訳なさそうになって、それからは頼むと毎回煮干しをくれていた。
首輪を付けたまま鎖を引かれて、それで煮干しをねだってる今の私って……ちょっと見はあれだよね、散歩中に餌をねだる犬?
「ああ、もう我慢しとけ、もうすぐ着くから」
だけど、今度は熊の獣人さんに断られた。そう言われても私には全然まだそんな村らしきものは何も見えない。
「え、どこにあるんですか」
「ここだよ」
熊の獣人さんはそう言って立ち止まった。だけどそこは別に何の変哲もなく、10歩前と全く同じ普通の森の中だった。
「あの、町らしきものは何にも見えませんが」
「あそこ」
「へ、わ!」
冗談かな、って思って念のためそう聞いたんだけど、熊獣人さんはちょっと嬉しそうに私をみて、そして上を指さした。
見を上げてみてもすぐには特に目に見えて変わったところはなかった。だけどよくよく目を凝らしてみてみてびっくり。
木と木の間にいくつもの紐みたいなものが渡されてる。木のこぶのようにも見えるあれって、まさか誰かいるの!?
呆然と見上げる私に熊獣人さんがフフフと嬉しそうに笑って私の肩を叩く、
「あれが俺の村だ。上に行くぞ」
そう言って目の前の木に絡まってたツルを引っ張ると、突然私たちの目の前にスルスルと縄梯子らしきものが下ろされた。それを見て、そして熊獣人さんを見上げて、そしてもう一度梯子を見た私は小さくため息をついて熊獣人さんを見上げて言った。
「これ、私じゃ無理ですよ。熊獣人さん、おんぶよろしくお願いします」
私が杖を持ち上げながら片足で立ってきっぱりとそう言うと、真顔の熊獣人さんが上をみて私を見下ろし、そしてもう一度上をみて、そしてやっぱり大きくはっきりと疲れた様子でため息をついた。




