3 城門へ
黒猫君に言われた仕事を全て終えた私は、やる事もなく厨房でピートルさんとお喋りしながら黒猫君たちの帰りを待っていた。
黒猫君達がここを出たのが明け方の5つの鐘が鳴る前だった。私が全て終わらせてやることもなくなったのがそれでも7つの鐘の後。
暖炉の掃除は慣れないと結構大変だった。ピートルさんが色々教えてくれなかったらどれだけかかったか。
あと、黒猫君に言われた通り、昨日捌いた鳩の内臓を捨てた辺りに灰を撒いてきた。肥料でも作るのかな。
9つの鐘が鳴る頃、やっと黒猫君とテリースさんが帰ってきた。
テリースさんの顔色はちょっと悪かったけど、その手には大きな籠がしっかり下げられていた。見るからにいっぱいに盛り上がってるそれを見て、テリースさんには悪いけどとっても幸せな気持ちになってしまった。どうやら黒猫君の交渉は上手くいったらしい。
とにかく時間がないとのことで、食料は食糧庫に入れてピートルさんに手伝ってくださったお礼を言って出かけることになった。ピートルさんが複雑そうな顔でテリースさんに抱えられた私を見送ってくれた。
「頼んでおいたことはどうだった?」
「全部やったよ。あ、そう言えばあのジャガイモの皮、大変だったんだよ」
「ああ、あの皮入れてたやつな。そろそろ混ぜる頃だったんだが」
「爆発したの」
「はぁ?!」
そうなのだ。
ピートルさんと一緒にお茶してたら後ろでバチンって大きな音がして二人でびっくりして飛び上がったのだ。
「なんかね、突然紐がブチって切れてそれがすごい音で。で壺の蓋がポンって飛び上がってた」
「なんだそりゃ!? いや、確かに発酵の過程でそういうこともあるが、なんで今そんな。まさかこっちのジャガイモってそんなに発酵率がいいのか???」
「知らないけど、中はぶくぶく泡だらけで怖いからちょっとだけ蓋開けて置いてきた」
黒猫君はしきりに首を傾げて考え込んでる。
良く分からないけどどうやら起きるべきことが早く起きすぎたのかな?
こんな話をしている間も私はテリースさんに抱えられたままだ。いい加減テリースさんに抱えられるのにも慣れたけど、慣れただけにそろそろ止めておきたい。前みたいに申し訳ないだけじゃなくて、テリースさんの表情とか近くで観察できるだけの余裕が出来てしまって居たたまれない。
「あゆみさん、もしかして今日黒猫君が何するか知ってらっしゃったんですか?」
「え? あ、えっと、昨夜ちょっとだけ聞きました」
それで寝不足になりました。
てへっと笑った私をテリースさんがなんか恨めしそうに睨んだ。でもすぐに嘆息して続ける。
「間違ってはいないとは思いますけど……ちょっと複雑な気分です」
それは仕方ないね。
「まずはキールさんと話し合ってからですね」
「ええ、そうなんです。それが一番気が重くて」
テリースさんの表情が悲壮なものになりつつあるのを申し訳なく思いつつ、これも必要なことだと他人事は割り切ることにした。
門に着くころにはすっかり日も登り切ってて町中も人通りが多くなっていた。門を見上げるとちょうどキールさんが歩哨から階段を下りてくるところだった。
「おう、もう戻ってきたのか?」
階段の途中から私たちを見つけたキールさんがすぐに私たちを見つけて寄ってきた。今日も青髪をワイルドに後ろに流してその厳つい顔を歪め、恐ろしい笑顔で迎えてくれる。
悪い人じゃないのは本当に良く分かってるんだけど、余りにワイルド過ぎて夜道で見たらまず間違いなく逃げ出したくなると思う。
「こんにちはキールさん」
「ああ、ちょっとあんたとどうしても話さなきゃならないことが出て来たんでな」
挨拶してる私には笑顔でヒラヒラと手を振って、そのまま目だけをギラリと光らせて黒猫君を睨みつけた。
あ、この人、ずっと黒い目だと思ってたけど光の加減で紫色なんだ。そうか、この世界、髪の毛だけじゃなくて瞳の色も色々あるのか。
「俺は忙しいぞ。よっぽど重要な要件じゃないと聞いてる暇はない」
「だろうな。だからいい話を持ってきてやったぞ」
そこで黒猫君はちょっと言葉を切って金の瞳をキラリと輝かせながら斜にキールさんを見上げた。
「タダであんたの問題を一つ解決してやるって言ったらどうする?」
黒猫君の言葉にちょっとだけ眉を上げたキールさんが、片手を上げて制止する。
「ちょっと待て、それは今じゃなきゃいけないのか?」
「多分あんたは今聞きたいはずだと思うぞ」
はっきりと答えた黒猫君の言葉にキールさんがぐっと黙り込む。
「歩哨に声だけ掛けてくる。テリース先に俺の部屋に行ってろ」
すぐにそう言いおいて、今降りて来たばかりの階段をまた昇って行った。




