10 帰る村
「ちょっと待て、中央の奴らから食い物の補給はなかったのかよ?」
腕の中のあゆみを抱きかかえながら、俺はさっきから気になっていたことをケビンに問いただした。
軍を動かしてまで人手を連れて行ったんだ。普通に考えれば糧食ぐらい用意するもんなんじゃないのか?
そんな俺の質問に、ケインは顔を俯かせながら答える。
「あいつら、自分たちの食い物しか準備してなかったらしい。あんだけ人数連れ出したのにも関わらず、まるっきり食料の貯蓄がなかった」
あゆみと俺から視線を外したケビンは、またボキッっと太い枝を折りながら言葉を繋いだ。
「俺たちの前にも充分沢山の農民が連れてこられてたし、俺たちの後からも何度も農民が到着した。到着するたびに、それぞれの村から最低限の食料を持って来させられて。その度に中にいる連中が、砦の中に倉庫みたいな建物を建てて、そこに200人くらいずつ押し込められてた」
俯きながら語るケビンの表情は暗いまま、まるで亡者の影を纏ったように呆然としてた。
「布団があるわけじゃねえし、床だって土のまんまだ。用を足す場所も建物の外に穴掘っただけで、着の身着のままで着替えもなくて。それで朝から晩まで鉱山に連れてかれては穴掘りさせられて、食い物は日に一度、なんか口に入れられるか入れられないか。……子供を連れてこないですんだだけでもありがたかったな」
静かに語るケインの言葉に今度は誰も言葉がなかった。
「まあ、そんなひでえ状態だからボロボロ人が死んでな。あんまり人が死ぬんであいつら、仕方なく狼人族を使って狩を始めたんだ。狼人族の連中が数人ずつ組になって森の中入って獣狩って。人間も数人ついていっては木の実だの芋だの取ってきてた。俺もそれに混じって狩の手伝いに出てた。でまあちょくちょくそんな事をしてたある日、狼人族が一度に大量の狩をやった方が効率がいいって言い張ってな。結構な数で外に出て上手い事逃げちまった。まあ俺たちもその時に一緒になって逃げだした」
「何だと! じゃあ狼人族は皆逃げ出せたのか!?」
バッカスが顔を輝かせてそう尋ねると、少しばかり申し訳なさそうにそれを見返したケインがすげなく首を横に振る。
「いいや。あれは全部じゃねえな。全部でどれくらいいたのかは知らねえが、多分一部だ」
そう言ってからケインは自嘲気味に周りを見回す。
「俺もここにいる連中も、あそこに自分自身の家族がいなかったからそんな事も出来たんだ。家族がいる連中は逃げることも出来ねえ。あそこに狩に出てきてたのが全部じゃねえし、あんたらの仲間も数人後ろに残ってるのを見かけたよ」
それを聞いてバッカスががっくりとうなだれちまった。無理もねえな。俺もアルディも、あゆみでさえ声を掛けようもなく口を噤んじまった。
「……さっきから気になってたんだがな」
バッカスが目に見えて肩を落として沈黙が場に広がると、突然ヴィクが口を開いた。
「あんた、西の農村で力自慢やってたケインじゃないか?」
「あ? ああそうだが」
「覚えてないか? 昔年に一度の力自慢大会でただ一人、青年の部で娘が出ようとしたのを」
「ああ、そんな事もあったな。なんだ、あんたあん時の嬢ちゃんか」
「嬢ちゃんは酷いな。ってまあ、私もまだ13歳くらいだったか」
「じゃあ立派に嬢ちゃんだな」
ヴィクが少しおどけて笑うと、それを見てたケインがここにきて初めてやっと少し明るい顔でそう答えた。
「ヴィクさん、そんなに力が強かったの?」
あゆみの問いかけにヴィクが微かに赤くなって説明する。
「ああ。青年の部は藁束を移動する数を競うんだ。力も必要だがスピードも物を言うんで私は北の村では一番だったんだが……結局棄権させられた」
「え、なんで?」
あゆみの少し詰るような問いかけに、ケインが苦笑いしながら答える。
「女が優勝しちまうと色々と困るんだよ。なんせ、優勝者はその年一番人気の成人した娘に求婚出来るんだからな」
「ああ。それは別に次の奴にでも繰り越せばいいって言ったんだが、通らなかった」
「ヴィクさん凄い」
憮然と付け足したヴィクにあゆみは一人素直に喜んでるが、隣ではアルディが何とも複雑そうな顔でそれを見てる。俺も大概だが、こいつも最近色々態度に出はじめたな。
「だからその後兵士の試験からは男装で通してたんだ。別に女性は受けられないって事もなかったけど、うるさい事を言われるのも嫌だったからね」
喜ぶあゆみにそう説明したところで、ヴィクが改めてケインに向き直って言葉を続けた。
「それでケイン、あんたはなんで自分の村に帰らないんだ?」
ヴィクさんの質問にケインがビクリと肩を上げた。
「あんただけじゃない、ここにいる皆そうだ。北の鉱山には家族もいないし、こんな所にいつまでも隠れてないで帰れる村がある。それなのになんでいつまでもここに留まってたんだ?」
再度問いかけるヴィクにケインが苦しそうに吐き出した。
「仕方ねえだろ。俺たちだって帰りたかったさ。何度帰ろうとしたか。だけどな、村に帰って、俺たちなんていやあいいんだ?」
ギュッときつく手を握りしめ、ケインが喘ぐように続ける。
「ここにいる連中はそれぞれ違う村から来てる。皆帰る村はバラバラだ。だけど帰ったって残ってる子供や老人たちになんも言えねえんだよ。他の連中がどんな目にあってるか、どんな苦しい思いしてるか。それを知ってて自分たちだけ逃げ出してきた俺たちには、もう帰る村なんてないも同然だ……」
またがっくりと肩を落としたケインを見て、アルディが口を開いた。
「事情は分かりました。でもあなた方はそれぞれの村に戻った方がいいでしょう。逃げた事が悪いと責められる人間は誰もいないでしょうし、それ以上に今、刈り入れの人手は一人でも多いに越したことはない」
アルディを見上げながらケインが情けない顔で答える。
「刈り入れって。なに言ってんだ、俺たちが連れてかれちまったんじゃ人手も足りなかっただろうし、もうどの道麦は無理だろ。雨も降り始めちまってるしな」
そう言ったケインに、アルディが意地悪な笑顔をかかげて俺たちを見た。
「なにを言ってるんです。ここにいるのは猫神様とその巫女様ですよ。彼らが麦の成長を一時的に止めて下さっていますから、今もそれぞれの農村では刈り入れが続いてます。人手もキーロン陛下がかき集めてくれています。ですが、なんとも不慣れな者ばかりですから、少しでも経験のあるあなた方がいるのといないのでは大きな違いでしょうね」
「ほ、本当なのかそれは……」
俺はすぐにとんでもねえ説明をしたアルディを睨みつけたんだが。
アルディの話を聞いたケインが驚いて腰を浮かし、満面の笑みを浮かべて俺とあゆみを見るもんだから、喉まで出かかってた文句が一旦引っ込んじまった。
それでも再度アルディを睨みつけ、俺は改めて言葉を返す。
「俺もあゆみも猫神じゃねえし巫女じゃねえって何度も言ってんだろ。だけど、それ以外は全部本当だ。今頃それぞれの村ではまだまだ麦刈りの最中だろうな」
俺の言葉に、ケインが震える両手で自分の顔を覆ってその場に突っ伏した。
「麦は……無事だったのか……。よ、良かった……よかった……」
ああ、やっぱこいつら根っからの農民なんだな。
どんなに怖くても目を背けてても、自分たちが育てていた物が気にならねえわけねえ。
しばらくそのまま肩を震わせてたケインは、「ちょっと他の連中にも伝えてくる」といって赤い顔を隠してそそくさと俺たちの元を離れていった。




