1 魔術と足
「それではあゆみさん、さっきお伝えした通りどうぞ魔力の使い過ぎにはしばらく気を付けてくださいね」
「ありがとうございました、シアンさん」
今日は朝一番で黒猫君が秘書官邸に連れてきてくれた。
大事なお魚を手に入れるための根回しで朝から忙しい黒猫君とは別に、私もシアンさんから色々教わりながら午前中を過ごしてた。
午後になって迎えに来てくれた黒猫君とこのまま北に旅立つ私を、シアンさんが外まで見送りに来てくれてる。
「どういたしまして。ネロさんも気を付けて。あゆみさんとシモンをよろしくお願いね」
シアンさんがそういうと黒猫君がちょっと嫌そうに眉根を寄せた。
結局シモンさんは私たちと一緒に北に向かって旅に出る事になったらしい。貧民街をまわってから直接船着場に来るそうで、今朝私がここに着いた時にはすでに一足先に出てて秘書官邸にはいなかった。
「シモンは知らねーがあゆみはあんたに頼まれなくたって当然俺が面倒みる」
「え、あ、シアンさんそれでは行ってきます」
「はい、気を付けて」
言うだけ言って不機嫌そうに黒猫君が挨拶もせずに歩きだしちゃったので、私は黒猫君の肩越しに振り返ってシアンさんに手を振った。
「それで黒猫君、お魚のほうはどうだったの?」
街の東側にある秘書官邸から街の中心を通って真っすぐに西側の船着場に向かうには結構歩く。それなのに黒猫君はまたも馬車を断ったらしく、私を抱えて歩き出した。
まあ黒猫君、私を抱えててもかなり歩くのが早いから大したことないのかな。
「ああ、マイクが二つ返事で請け負ってくれた」
「よかった。でもマイクさん、何を買うか分かるのかな? ここの人たちお魚食べないみたいだし」
私の不安を理解してか、黒猫君が頷きながら答えてくれる。
「確かに魚の種類は分からねーみたいだったが、日持ちするように加工したもん適当に買って来いっていっといた」
そこでニカっと笑って私を見る。
「後な、実はキールの時間魔法の魔魔法陣とお前の溜め石使って少しは鮮魚も持って帰って来てくれるとさ」
「え!? 時間魔法の魔法陣キールさんに書いてもらったの!? そ、それはちょっと申し訳ないね」
この前の娼館の一件の時に確か書き溜めてあったものは使いきっちゃったって言ってたはず。
あれって書くのにかなり魔力使うから凄く疲れるんだってキールさんが言ってたのを思い出した。
「気にするな。今回はしっかりキールに金取られたからな。一枚につき金貨一枚」
「そ、それは安いとは言えないね。無駄遣いしない様にしなくちゃ」
「ああ。お前の足に使ってるのと同じで、丈夫な紙に書いた魔法陣なら結構長く使いまわせるらしい。とはいえ今までは非常用にしか作ってなかったみたいだけどな。溜め石が使えるみたいだからこれからは必要に応じて考えてくれるとさ」
こうなると溜め石が魔法陣につなげられて本当によかった。あの時は必死だったからこんな他の使い道なんてまるっきり考えてなかったけど。そっか、でもこれって──
「ねえ黒猫君……もしかしてこれってすごくない? これから冷蔵庫とかなくても食べ物貯蔵できるって事だよね?」
私がウキウキとそういうと、今度は黒猫君が眉根を寄せる。
「それなー。さっきキールたちと試してみたんだけどな。残念ながらこれ一枚だけじゃ効果はそんなないみてーだ。大きな壺に張り付けてやっと一つ分中の湯が冷めないくらいだったからな。それによく考えてみろ、この魔法陣が描けるの今の所キールだけだぞ。下手に普及させるわけにはいかねーんだよ」
「そっか、そうだよね。国王様一人しか書けないんじゃちょっと難しいね」
でもこれからの旅の為にはやっぱり欲しいな。お野菜ない生活はもう嫌だ。
そんな思いを込めて私がジッと見つめてると黒猫君がニヤっと笑った。そして私の頭を撫でながら服の胸ポケットを引っ張って、筒状に巻かれた紙をチラっと見せてくれる。
「お前が欲しがるだろうと思ってな。ほら、もう一枚描いてもらった。溜め石も持ってきたから後でアルディに使ってもらえるだろ」
「よかった、じゃあお野菜も持っていけるね!」
私が喜んでそういうと黒猫君がニヤニヤしながら答えてくれる。
「まあこれも一応緊急用なんだけどな。問題が起きるまでは食料の保管に使っても問題ねーだろ」
緊急用……かあ。それって要は私の時みたいなことだよね。
それを聞いて私がちょっと鬱な気分になったのには気づかずに、黒猫君が先を続けた。
「それからゴーティに確認したが、獣人族の商人は年に4回しか来ないそうだ。来た時に次の来訪に持ってきてもらいたいものを頼んでるらしいから、早くても二回あとまで煮干しは来ねーな」
「それって少なくても半年は無理って事? じゃあそれまで気を付けて食べようね」
「……ああ」
あ、黒猫君がそっぽ向いた。
「……あんまりつまんじゃだめだからね」
「わ、分かってるってもうしねーよ」
バレてないと思ってたのかな、黒猫君。私ちゃんと見てたし。
「そ、それで治療魔法の方はどうなったんだ?」
黒猫君が誤魔化すように話題を変えて私に聞いてきた。仕方ないから誤魔化されてあげることにする。
「全部終わったよ。思ってた以上に楽に覚えられたの。シアンさん曰く私の魔力が安定してきてるって。やっぱり一度使い切ったのがよかったのかな?」
ん? 私の説明を聞いた黒猫君が「やっぱりか」って言いながら口元を手で隠して赤くなった。
「なに? なんか思い当たることでもあるの?」
私の問いかけに黒猫君がプルプルっと頭を振って先を促す。
「別に。それでどんなこと覚えたんだ?」
うーん、なんか黒猫君が隠してる気はするんだけどね。
どうも言いたくないことみたいだから放っておいてあげることにする。
「えっとね、まず基本魔術は全種類教わったよ。後で黒猫君にも教えてあげるね。あ、そうだ、今回は初級だけじゃなくてちゃんと中級も出せたからこれでやっと黒猫君に追いつけたかな?」
「……良かったな」
あれ、なんか黒猫君がムッとしてる。
「で、でも黒猫君みたいに細かく調整するのはやっぱり無理みたい。多く出すのは出来るんだから後は訓練次第だって」
……ムッとしてたのが消えた。黒猫君、結構負けず嫌いだよね。
私は笑いを押し殺して、指を倒して今日やった事を並べてく。
「あとは体組織の破損を治す外傷治療でしょ、それから打撲みたいな軽い内出血を治せる内傷治療。あと身体の熱を抑える鎮静魔術と──」
「待て、それってテリースが使ってたみたいなやつか?」
「うん、同じ系列だって。ただテリースさんやシアンさん達みたいに精神にまでは影響できないみたい」
そこまで説明したところで私は一旦口をつぐんだ。
実は船着場で皆に会う前に、先に黒猫君に話しておきたい事がある。
でもそれは結構言いづらい事でもあって。
だから本題に入る前に大きく息を吸って一息ついて。
そうしてなんとか覚悟を決めた私は思い切って先を続けた。
「それからね。私は成長魔法が使えるからできるだろうって……復元魔法も教わったの」
「それは……お前、じゃあその足、自分で治せるんじゃねーのか!?」
ああ、やっぱり。
黒猫君が凄く興奮気味にそう言ってくれた、けど。
私は黒猫君に聞こえない様にもう一度ため息をついて、なるべく普通を装って先を続けた。
「これ、後でキールさんにも言っとかなきゃなんだけどね。無理だったの。復元魔法」
途端黒猫君が表情を無くした。
それを見た私は胸の奥が痛むのを押し隠し、表情の消えた黒猫君の顔を見つめてボツボツと報告を始めた。
「実はシモンさん、神殿に残ってた足で私に合いそうなのを一本保管してくれてて。それを使って今朝シアンさんが私に教えながら復元魔法試してくれたの。でもどうしてもうまくいかなくて……。それでね、私の足、多分もう繋がらないって」
「はあ? どういう事だ?」
黒猫君が少し怒ったように声を荒げて聞いてくる。
それが凄く嬉しくて悲しい。
だってこれ、私も実はかなりショックだったから。
「私の足、いつの間にか完全に『なかった』ことになってるんだって。シアンさんが言ってた。切り落とされたんじゃなくて、元々生えてなかった、って。だから元通りに『くっつける』のは無理みたいなの」
「みたいって、あゆみお前……」
あ、黒猫君が青い顔になっちゃった。
うん。多分私もシアンさんに聞いた時は同じような顔してたんだと思う。
「それ突っ込んで話聞いてみたのかよ?」
「……うん。私もどういうことなのか聞き返したんだけどね。結局詳しい事は教えてもらえなかったの」
そういって私は今朝のシアンさんとのやり取りを黒猫君にも繰り返した。
今朝この話を始めた途端、シアンさんの顔色が変わったのを思い出す。
それはまるで作られた仮面の様な全くの無表情で。いつもの優しい顔のシアンさんはいなくなってた。
「あゆみさん。あなたは主様と同じ異世界から来た特異体です。全てが全て、ここにいる者と同じとは限りません。それはネロさんも同じ。例え猫の身体がこちらの物だとしても、その魂がここの者でないのですから」
丁寧な言葉で淡々と答える無表情のシアンさんはなんか凄く怖かった。まるで特異なのは私ではなくシアンさんのほうの様な。説明しがたい凄い違和感。
私はシアンさんの冷え切った紫の瞳に射抜かれて、口も開けずに金縛りのように固まっちゃって。
そんな私にシアンさんが少し首を傾げ、諭すように先を続けてくれた。
「あゆみさん、一つ忠告しておきます。私やシモン、それに他のエルフにその足の事やあなたとネロさんの身に起こった事を尋ねるのは避けたほうが宜しいでしょう。私たちエルフの答えは必ずしも『あなたたち』にとって正解とは限りません。それにそれはあなた方がご自分たちで探す答え。この世界には私たちから聞かないほうがいい事もあるんですよ」
そこで言葉を切ったシアンさんはニッコリといつもの笑顔に戻って「それじゃあ次は中級魔法の練習をしましょうね」っとまるで何もなかったかのようにその話を切り上げてしまった。
「『聞かない方がいい』って、そう言ってたのか」
私の言葉を反芻するように繰り返した黒猫君はそれっきり黙り込んじゃった。
考え事にふけってしまった黒猫君は黙々と私を運びながら、だけど私の失った右の太腿の先端をずっと撫でてる。
これ多分、無意識だよね。でもそれが何だか私の足を惜しんでくれてるみたいで。
言葉はなくても黒猫君が私の心に寄り添ってくれる気がして胸が熱くなってくる。
結局それからは私も無言のまま黒猫君に抱えられて船着場へ向かった。




