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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第10章 エルフの試練
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29 キールとシアン

「キール、俺たちは一旦アンドレアを森に連れ戻してくるぞ」


 ネロが気絶したあゆみを抱えて離れの部屋に向かったのを確認して、それまで黙ってたバッカスが口を開いた。


「ああすまない。ネロとあゆみにも伝えておこう」


 俺の返事に一つ頷いたバッカスは立ち上がったままシアンを見下ろし、不機嫌に口を開いた。


「シアンさんよ。あゆみたちがこの煮干しを好むのを教えてくれたのには感謝してる。今回の件はキールんとことあんたんとこの国同士の話だっつーから一応俺だって口を挟まずに我慢した。それにあんた自身かなり無理してたみたいなのは見てりゃあ分かってたしな」


「だけどあゆみもネロも俺の家族だ。あいつらに今度無茶突きつけるような事すんだったらもう二度とあんたらの事は信用しねえ。まああんたらにとって俺らに信用されねーのなんて痛くもかゆくもねーかもしれねーがな。それでもそんときゃあんたら敵に回したってあの二人かっさらって逃げるからそのつもりでいろよ」


 気持ちいい程ざっくりと文句を言い放ったバッカスはそのまま背を向けて部屋を後にした。


「シアン殿。バッカスが怒るのも無理はないだろう。そろそろちゃんとあなた方の本意をお教えいただけないか?」


 バッカスの宣言を聞いてたのか聞いてなかったのか、微動だにしないシアンに向かい直し俺は改めて口を開いた。


「今回の件は確かに少しばかり俺も不注意だった。浅慮にも使者を送ったうえにこのメンバーでここに伺った時点で、この会談を北ザイオン帝国とエルフの国、国対国の折衝だと取られても仕方ない。要求も考えようによっては軍事協力の申し出と言っても過言じゃないしな」


 あゆみとネロを送り出したシアンはそれまでとはうって変わって暗い顔で気だるげに俯いていた。聞いてるのかどうかも不確かだが俺はお構いなしに続ける。


「それでもだ。あそこであゆみの結婚を条件に持ち出したのは少々強引だった気がするのだが。あれは本気で政治的な配慮からだったのか? それともネロを追い詰めるための仕掛けか?」


 最後はつい語尾が厳しくなってしまった。どうもまだ昔の癖が治らない。

 って昔ってほど時間は経ってないのにな。

 この堅苦しいだけで何の役にも立たない『国王』って肩書が付いちまったのはつい2週間ほど前の事だ。

 たった二週間足らず。

 それにしては長すぎる気しかしない。

 たった二週間でもこんなにキツイのに、このキツさに全然慣れてきやしない。

 俺の問いかけにしばらく無言だったシアンがゆっくりと顔を上げて俺を見返した。


「これがそんな引っ掛けなんかが失敗して落ち込んでるエルフの態度に見えますか?」


 逆に質問で返された。

 これこそ俺が基本女が苦手な理由だ。

 シアンは王宮にたむろってた駆け引きばかりに長ける女共とよく似た気配を持っている。

 俺の苦手なタイプだ。


「シアン殿。本気で王室同士の繋がりを固めるために婚姻を望まれるなら貴方が俺の嫁に来ればいい」


 俺が無感動にはっきりとそう告げるとシアンが一瞬目を見開いた後、あのどうとでも取れるアイカイックスマイルを掲げて斜に俺を見返した。


「まあ、キーロン陛下はご冗談がお上手ですこと」

「別に冗談ではないぞ。俺はまだ嫁を一人も貰っていない。今俺と結婚すれば間違いなく君が第一王妃だ。君の言うとおり国と国を結びつけるには最も有効な手段だと思うが、違うか?」


 俺の返答に今度はシアンが口をつぐんだ。そのままジッとその紫の瞳で俺を見据える。しばらく俺と睨み合った末に視線を逸しながらシアンがボソリと呟く。


「……あなたって本当に彼にそっくりだわ」

「?」

「主様に次いでこの国の王座に着いた第二王」

「第二王、と言えば『賢王ジェームズ』のことか?」


 思わぬ賛辞に驚いて俺が確認すると、シアンが悪戯っぽく目を細める。


「『賢王』なんていわれてるのよねぇ、あの乱暴者が。彼、主様の用心棒みたいな存在だったのよ。剣の腕はピカイチ。さっぱりしてて白か黒で一度信頼をえたらどこまでも面倒見てくれる。私には都合の良い、主様には信頼できる仲間だったわ」


 少し懐かしそうにシアンが語る賢王はどの文献にも出てこない、やけに人間らしさのある人物に聞こえる。


「帝国を作って国がある程度落ち着くと、自分が逃げ出すために主様がなんでもかんでもジェームズに押し付け始めたのよね。元々脳筋のジェームズはそれこそ文句タラタラで、自分じゃ無理だって叫びながら、それでも結局投げ出すに投げ出せなくて泣く泣く治世をやってたわよ。下手に知識がないぶんカンが鋭くて、人を上手く使って主様の作った政治機構を維持して素直に国を治めてたわ」


 そこで後ろ手に身体を支え、少し膝を崩してシアンが懐かしむように庭を眺めた。


「それが結果として『賢王』なんて呼ばれることになるなんて皮肉よね」

「俺は別に『素直』でもなければ『賢王』になれるとも思ってはいない」

「フフフ。正にそんな言い方がそっくり。その髪、その瞳。濃い眉にその頬骨。よく似てるわ」


 ……王室の誰かに似ているなどと言われたのは初めてだった。まあ永劫の時を生きると言われるエルフの言葉なら事実なのだろう。

 それにしても珍しく俺みたいな者を相手によく喋る。

 あゆみとネロは完全に誤解してるが、通常エルフは俺たち人間相手に話をすることさえほとんどない。絶対の知識を持つ彼らに人間の我々はつまらな過ぎるのだろうと、よく皮肉られてるくらいだ。

 それがあゆみの存在のおかげで俺たちはその絶対の英知相手に猿回しのような牽制と交渉を重ねる羽目になっている。いいのか悪いのかなんとも言えんところだな。


「似てようがどうだろうが俺には関係ない。それで俺の申し出は?」


 俺が短く問いかけなおすとシアンがフッと眉根を寄せて苦笑いしながら俺に問いかける。


「……それってこれ以上あゆみさんとネロさんに無理を言うなって牽制でしょう?」


 『慎重に……』

 テリースの忠告が一瞬頭に浮かんだが、すぐに馬鹿らしくなった俺は飾り気もない本心をそのまま返した。


「それもあるが俺自身、これから王室を作らなければならない。自分の結婚など政治的な利害が一致すればだれでも同じだからな。エルフなら申し分ない話だ」

「そういいつつも、少しも私に興味はなさそうだけど?」


 わざとらしく少しムッとした顔を作ってシアンが返してきた。


「それは仕方なかろう。ああやってあの二人を手玉に取る様な真似をされて喜べるほど、俺はまだ人間が出来ていない」

「まあご自分をよく分かってらっしゃるのね。そこはジェームズより『賢い』わ」


 肩をすくめて俺が返答すると、茶化すようにシアンが答え、そしてスッと真顔になって居住まいを正して俺に向き直る。


「キーロン陛下。以前あなたにも有用な情報をお教えするといいましたの、覚えてらっしゃいますか?」

「ああ」


 シアンが眠りにつく前に、そういえばそんなこともいってたな。

 永劫を生きるエルフの助言。吉と出るのか凶と出るのか。

 俺は気を引き締め頷くと、シアンも頷いてまっすぐ俺に相対する。


「まず一つ目はこの国の王室の血統です。500年ほど前にこの帝国が南北に別れた時点で賢王から続く王家の主筋は南に逃れました。その時一人取り残された末の王子は外縁の者たちに王座を簒奪され主様が書いたお話に出てくるアズルナブという無名の傍系に落とされました」


 なんと。これは初耳だ。

 アズルナブは中央にある貴族社会でも昔は中堅だったと聞いていたが。母はこれを知っていたのだろうか?

 もしかしたら知っていたのかもしれない。俺が城に上がると聞いた母にはあまり驚きはなく、あの控えめな母にしては珍しくただ誇らしげに微笑んでいた。

 もしあの日、母が死ぬようなことがなければ、もしかしたら俺にも伝えてくれていたのかもしれない。

 一瞬過去に思いを馳せた俺に時間を与えてからシアンが言葉を続ける。


「ですからあなたの血族はつい最近まで王座に座ってた王家よりずっと色濃く『賢王』の血を引き継いでいます。歴史の証人たるエルフが保証するのですから自信をお持ちください。そして。私が見る限り、あなたは王の器にふさわしい。もう少しご自身の評価を上方修正されることをお勧めしますわ」


 驚いた。これはどうやら本気で俺を評価してくれているらしい。


「それとテリースはあなたの大きな財産です。今まであの子を面倒見て下さって本当にありがとうございます。それだけで充分貴方は私たちの支援を受ける立場にあるのですよ」


 そこでシアンが少しばかり目を悪戯に輝かせる。


「ですからあなたご自身の結婚など我々に差し出す必要はございません。既にお心に決められた方をまずは射止められるといいでしょう。身分の差などこの乱世の世には些細なことですわ」


 思いがけない突っ込んだ助言に俺が驚いて息をのむとクスクスと笑いながらシアンが続ける。


「ああ、そんな驚いた顔をなさらないで。私たちの知っていることは必ずしも事実とは限りません。長すぎる経験から現実と予測の差に自分たちでも気づかなくなるので、何でもかんでもこのように話してしまいます。しかもそれが大抵正しかったりするので『エルフの予言』などと言われてしまうのです。ですから私たち、助言はめったにしないのですよ」

「ならばこれは非常に稀な機会を得ることが出来た、と幸運を喜ぶべきかな」


 俺が素直にそう答えると、シアンが少し目を細めて頷いた。


「それがよろしいかと」


 そして、またもさっきと同じ気だるげな雰囲気に戻り、ため息とともに先を続ける。


「……ただあゆみさんの件は全くの別物なんですの」


 そしてふっと視線を落とし、寂しそうに机の上で組んだ自分の指を見る。


「あれは私の……私だけのわがままでしたの。私の主様と同じ世界から来たあゆみさんに私、勝手に色々期待しちゃったみたい。頭の硬いシモンには散々主様の事で嫌味ばかり言われてきましたから。彼にも一度異世界からきた全く違う思考の持ち主と共に時を過ごすことで同様の変革を味わって欲しかったのだけれど──」


 息を詰めるようにそこで言葉を切ったシアンは、ふっと軽く頭を横に振ってからさっぱりした顔で俺に向き直った。


「失敗してしまいましたわ。ネロさんとはまだ本当のご夫婦になられてないようでしたからもしかしたら、と期待したんですけれど。あゆみさんと主様はやっぱり別人ですものね。今回は私の見込み違いで、ネロさんに恨まれるだけで何の得もない馬鹿な行為に終わってしまいましたわ」

「あの二人のことは頼むから放っておいてやってくれ。俺は王となった以上、もう自分自身の結婚だのなんだのに大した希望も持っちゃいない。だがだからこそあの二人が幸せにやっているのを近くで見ていたいと願ってるんでな」


 さっきのあゆみとネロのやり取りを思い出して口元が緩む。見てて恥ずかしい程の真っ直ぐな情愛。俺にはとても無理だがあいつらを見てると自分が王として守りたいものをしっかりと実感できる。

 ああ、無理ということもないのだろうか?

 エルフの助言が予言になるならば。


「ああ、その気持ちは凄くよく分かりますわ。ただ私はお相手にシモンも混ぜて欲しかったんですけれど。こちらは後で違う形でお願いしようかしら」


 どうやら諦めきれない様子のシアンには悪いが、今更あの二人の間に割り込ませようなんて無駄な努力だ。少し前のあゆみならまだしも、今のあの二人にそんな隙はもうどこにもない。ただ、現実問題シモンの頭の硬さは姉としてシアンが憂慮するのも分からなくはない。


「……あの二人の事だから余計なちょっかいさえ出さなければまた君らを普通に受け入れるだろう」

「そうですわね、あゆみさんったら本当に人が良くてあんなに困り果てるまでわがまま一つこぼせないほど無垢で。私みたいな意地悪なおばあちゃん相手にも簡単には懲りそうにもありませんし」


 思わず同時に二人で小さく吹き出して視線が合った。

 どうやらこのエルフは、敵にさえ回さなければ思いのほか話せる相手なのかもしれない。

 まあそれに執着され追いかけまわされるあの二人の場合は全く別問題だろうが。俺とはまた違う意味で運命に翻弄される不憫な二人に思いを馳せ、俺は胸の中で静かに黙祷を捧げた。





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