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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第10章 エルフの試練
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27 あゆみ考える

「私……」


 キールさんに問いかけられて反射的に返事をしようとして……言葉が続かなかった。

 もう他に何も言い訳が見つけられずどうにも逃げられないと分かった私は、またも手を握りしめて視線を落とす。

 だってとてもじゃないけど黒猫君の顔が見れない。


 要求は……言われてみればすごく妥当に思えた。お仕事のことだと思えば理解もできる。

 以前、黒猫君に聞かれて娼館での仕事を選択肢の一つとして考えたように、これだってちゃんと仕事だって割り切ればいいのかもしれない。

 だけど。

 どうやっても「はい」って、「いいですよ」って言えない。


 キールさんの国とエルフの国を繋げる大切な役目。以前の私なら多分躊躇いなく答えられてたはず。

 秘書官としても、キールさんに命を助けてもらった身としても、私はこの申し出を了承すべきだって頭では分かってるのに。

 『黒猫君と別れる必要もない』とまで言ってくれてるのに、それでも。

 どうしても頷けない。


 私、どうしちゃったんだろう。

 自分でもなんでこんなことになってるのかよくわからない。


 こんなんじゃ皆に嫌われちゃう。

 皆から仲間外れにされちゃう。

 それは駄目。

 絶対駄目なはず、なのに。


 私、周りから嫌われそうなことを自分で選んでしたことって今まで一度もないと思う。

 だってそれは私にとっては一番怖い事だったから。


 この前黒猫君に説明した私の問題は、実はほんの少しだけ正直に言えなかった部分が残ってる。

 確かに最初は全部うちの子たちの為だった。

 なんでもいいから周りに溶け込んで問題を起こさないように。

 お母さんたちをこれ以上怒らせないように。

 間違ってもうちの子たちを保健所とかに連れて行かれないように。

 そう思って始めた事だったけど。

 いつの間にかそれは私の習慣になってて、それが私の生き方でそして……たったひとつの信じられる真実になってた。


 『嫌われたらおしまい』


 怯えながらそう信じて続けてきた人の真似や皆と上手くやっていくための努力は、一度受け入れてもらえると今度は失わないための努力になってた。

 人と一緒に居られれば、周りに拒否されなければ私は安全だって思えた。

 たとえどんなに受け身で消極的でも、それが私にとっての『正しい』私の生き方だった。

 そうやって周りに合わせ何でもかんでも受け入れ続けてきた私は、実は私自身に関わることに全く自信がない。目の前に突き出された要求が正当なのかとか、いいことなのか悪いことなのかとか自分じゃ全然分からなくなってて。

 周りがいいことだっていってくれればそうだと思えたし、逆も同じ。大抵の場合は周りが決めてくれたことに従ってさえいれば問題は起きなかったし、私は『普通』でいられた。

 だから周りに認められなかったり、おかしいとか酷いとか思われたり。そんな否定や拒否をされる可能性のあることなんて絶対に絶対に絶対にしちゃわないように気をつけてて。

 親しい人たちに嫌われる、なんてなおさら駄目!

 ……なはず、なのに。

 不思議なことに、今、それが怖くなかった。


 黒猫君はもちろん特別だけど、キールさんだってテリースさんだって、他の皆だって。ここに来る前の私にとっては考えられない程親しい人間になっちゃってる。

 自分から親しいと言えるほど近い所にずっと一緒にいてくれる存在なんて、私にはもう長い間誰もいなかったのに。

 もしこのせいでここにいる全員に嫌われたりしたら。

 私とっても苦しいと思う。

 不安で怖くなると思う。

 すごく悲しくなって沢山泣くと思う。

 だけど、それでも。それなのに。

 黒猫君以外の人を受け入れるよりはよっぽどマシ、とか、私今思っちゃったんだ。


 私ったらいつの間にこんなにわがままになっちゃってたんだろうか。

 自分でも自分にびっくりだ。


 それどころか。

 すごく自分勝手なこと考えてるのに。

 そんな場合じゃ絶対ないはずなのに。

 なぜか胸の中が甘酸っぱい気持ちでいっぱいになって、心臓が勝手にバクバクと音を立てて高鳴って。

 私の中でもう一人の私が力いっぱい叫んでるのが聞こえる。


 ワタシ、クロネコクンガ、スキ。

 スッゴク、スッゴク、スキ。


 そう。もう仕事とか道理とか常識とか全部死んじゃって、今の私の気持ちはそれだけなんだ。



 そこまで考えふと視線を上げると、突然自分が皆に見つめられてる事に気が付いた。

 焦ってすぐに返事をしようと口を開けなおして……でもやっぱり何も出てこない。


 今一瞬答えが出た気がしたのに。

 皆に説明しようとした途端、自分の気持がどうにも伝えられる気がしなくなっちゃった。

 自分の気持ちはしっかり分かったんだけど、どういえばいいのかが分からない。

 言葉に出来るように、何とか頭の中で自分の答えをまとめようとするけど上手くいかない。


 第一、どんなに私が黒猫君の事が好きでも、だったらシモンさんも受け入れて一緒に好きになればいい事だって、そう言われたらどうすればいいの?

 好きになるって努力したら出来るのだろうか?

 出来る気がしない。

 シモンさんを黒猫君と同じように好きになんて、絶対なれないと思う。

 だって黒猫君と私の間にあるのと同じものなんて、もうどうやったって作れない。

 それに。

 シアンさんがいう『結婚』にはもちろん黒猫君としようとしてるような、子供を作る様な行為もきっと含まれるんだよね。

 それをシモンさんと、なんてちょっとでも想像しただけで駄目だった。

 どうしても、嫌だった。


 あれ? なんでだろう。

 この前の娼館の時もそういえば同じだった。

 前は別にそんなに好きでなくても彼氏と出来たことなのに。

 以前黒猫君に尋ねられた娼館に行く選択肢だって、あの頃の私にとっては地面を這いつくばって生きていくのとそんなに変わらないって思ってたのに。

 嫌だけど、我慢できる。

 そう、人生なんて色々我慢するのは当たり前だし、周りに嫌われなければそれ以上困ることもなかったし。

 我慢したり受け入れたりするのは私、得意なつもりだったのに。


 なのになんで私、今は黒猫君じゃないとどうしても駄目なの?


 自分の気持ちをうまく説明できなくて、もどかしくてもどかしくて涙が勝手に溢れてきた。



 どのくらいの時間がたったんだろう。

 突然、それまで息を殺したように誰もしゃべらなかった部屋に、黒猫君の太いため息が響いた。

 それに呼応するように私の心臓がドキンと跳ね上がる。

 すっごく待たせてるから黒猫君が待ちきれなくてイライラしだしたのかな。

 そう思って私が恐る恐る黒猫君に顔を向けると……黒猫君も真っすぐ私を見返してた。

 だけど。

 そこに見た黒猫君の表情は私が想像していたどんなものともかけ離れてて。


 少し悲しげな、だけど穏やかな。

 それはまるで抗う事に疲れ、悟りきったような諦めの表情だった。


「あゆみ、俺の事はどうでもいいから。ちゃんとこれからの自分の人生の事をよく考えて答え──!」


 バチン、ってもの凄い音が部屋に響いた。

 気が付いたら私、黒猫君を平手で思いっきり張り倒しちゃってた。


 自分の耳が信じられない。

 ヒリヒリする手のひらをもう一方の手でさすりながら、私は思いっきり叫んでた。


「馬鹿言わないで! 黒猫君の事がどうでもいいわけないでしょ!」 


 自分で自分の大声がうるさくて興奮と恐怖に心臓が引きつる。

 こんなふうに怒りに任せて人を思いっきり引っ叩くなんて、私したことない。

 こんなふうに怒りに任せて怒鳴ったこともないと思う。

 したことないことばかりで全身がワナワナ震えだす。

 そんな私をまだ叩かれたまま身じろぎもせずに黒猫君が呆然と見返してる。


 き、嫌われちゃう!?


 一瞬そんな事が頭をよぎったけど、一度喋り出した私はもう言葉が止まらなかった。


「なんでそんな顔してそんな事言うの、黒猫君! ちゃんと好きだって言ったよね私。結婚だってしたよね? なんで、そんな……」

「え……?」


 信じられない。なんでそんな『まさか』なんて顔するの黒猫君!


 私の頭の中は黒猫君への激情でいっぱいいっぱいで、他の皆の事なんてすっかり頭から抜けちゃってただただ思いっきり叫び続けた。


「わ、私がこんなに苦しいのも、答えが出せないのも、別に迷ってるからなんかじゃぜっんぜんないんだからね! どうやって言ったら私が断る理由、皆に分かってもらえるか、すっごく悩んでた、だけなんだから!」


 一生懸命そういったけど、勢いがつきすぎて言葉がちゃんと続かない。

 途中から言葉が途切れ途切れになっちゃった。声が震えてまともに出てない気がする。

 ほっぺたがこぼれてた涙で痒くなってくる。それをゴシゴシ服の袖で拭いた私はシアンさんとキールさんに向き直って頭を下げて口を開いた。


「キールさん、ごめんなさい。私、どうしても嫌です。上手くちゃんと説明できないけど、どうやってもどんなに考えても他に言い方が見つかりません」


 泣き声になりそうな私はそこでもう一度顔を上げ、大きく息を吸って吐き出しながら先を続けた。


「黒猫君しか、無理です。国の事とか、キールさんに助けてもらった事とか、すっごく申し訳ないし、他の事なら私、なんとかしようと思えるんですけど。これだけは、どうしても、少しも、ちょっとも、我慢できなっ、無理です。こんな、こんな結婚とか、好きだとか、そんなの嘘でも他の人に分けられません。この気持ちは本当に大切で、黒猫君が、私、本当に大切で──」


 ──私のこの大切な気持ちを他の誰にも分けられないから。


 そう、そこなんだ。


 この気持ち。

 私、この気持ちが凄く大切なんだ。

 私の中に、もし少しでも価値がある部分があるとしたら。

 それは間違いなくこの気持ちだ。

 この気持ちだけは妥協したことがない。この気持ちだけは間違いなく私自身の物で。

 他の誰の為でもなく、これは私が私を一番大切だって思える私自身なんだ。

 わがままだけどゆずれない。

 私のこの大切な気持ちは、たった一人黒猫君だけの物だから。

 黒猫君が好きだって言ってくれた私には、黒猫君が好きだって気持ちの分だけ間違いなく価値がある。

 私はそんな自分が凄く大切なんだ。


 こんな気持ち、初めてで。

 私は、もう、言葉が続けられなかった。

 胸が痛くて、痛くて、痛くて。

 苦しくて、うずくまった。

 辛い?

 辛いくらい、嬉しい。

 嬉しい、けど苦しい。

 苦しくて自分を抱きしめる。


「あゆみ……」


 一瞬黒猫君の私を呼ぶ声がした。

 ふっと心が温かくなる。

 そして。

 気がつけばなぜか世界は薄暗くなってきてて。

 そしてそのまま私はグングンと暗闇に落ちていってしまい。

 どうやらそこで私、気を失ってしまった……らしい。

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