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1 夜明け

「おい、あゆみ、ほら起きろ」


 なんかくすぐったい。

 顔の辺りになんか当たってる。

 おひげ?

 うちの子またベッドに来てたのか。

 無意識に捕まえて引き寄せる。

 そのまま布団の中に引きずり込む。


「おい! 寝ぼけるな! 放せ!」


 パシパシと肉球の手が私の顔を叩く。

 気持ちいい。

 爪が出てないからまだ大丈夫。

 胸に抱き込んでもう一度眠りに落ちようとしたらとうとう掴んでいた手に噛みつかれた。


「痛ったぁ~、だめでしょ」

「寝ぼけるのもいい加減にしろ、時間がないんだから起きてくれよ頼むから」


 情けない声になって黒猫君が懇願を始めた所でやっと目が覚めた。


「はえ、ごめん。うちにいた子と勘違いしちゃった」

「いいから早く着替えろ、今ならテリースがお前を下まで降ろしてくれる。出る前に説明しておきたいこともあるんだ」


 私は慌てて服を探した。昨日洗った服は濡れててそのままじゃ寝れなくて、結局脱いで下着一枚になって寝てたのだ。

 朝日はまだ出てきてない。こんなに早くから出るつもりなのか。

 私より早く起きてた黒猫君に文句を言うわけにもいかない。

 黒猫君が私の着替えを咥えてきてくれたのでそれに着替える。黒猫君が私から視線を外してるのはまだ気を使ってくれてるのか。猫だからいいって言ったのに。

 すぐに扉をトントンと叩く音がして、私が声を掛ければテリースさんが扉を開けて入ってきた。


「宜しければ下に行きましょう。すぐに支度を終えて出なければなりませんから」


 言い終わらない内に抱え上げられ、そのまま階段を下りて厨房の椅子に降ろしてもらう。杖は今回は私が抱えてた。もうこの杖なしの生活は考えられない。


「あゆみ、いいか、俺が帰ってくるまでに幾つかやっておいてもらいたい。まず、こっちのパンを手でちぎって小さな塊にしておいてくれ。それからまた鍋を吊るして火をつける用意もしとけ。あ、昨日作った火口(ほぐち)を開けてみろ。こっちの壺だ。どうだ、中の黒いのは手で千切れるか?」


 昨日火であぶって壺に入れておいた布巾の切れ端は外側だけが真っ黒になっていてた。残念ながら内側までは火が入らなかったようだ。手で触ると少し崩れそうな気がするが、それでも十分原型をとりとめていた。


「どうやら外側は大丈夫そうだな。今日はそれを使えばタンポポの綿毛よりは簡単に火が付くはずだ。それを石と一緒に持って火花をつけてみろ、しばらくは燃えているはずだからその間に藁に火を移せばいい」

「本当!? すごいよそれ」

「ああ、多分出来てると思う」


 私の横から覗き込んでた黒猫君は感動する私を尻目に、確認だけして厨房の出口に向かう。


「今は使わないから中に戻して蓋はすぐにしておけ。目張りはもういいが出来れば紐で蓋と壺の間の隙間を塞いどいてくれ」

「分かった。他には?」

「そうだな、麦もまた3カップ程挽いとくとあとが楽だな。他は帰ってきてからだ。杖は絶対手放すなよ」


 そう言ってテリースさんと一緒に出て行ってしまった。

 黒猫君なしで独りになるのは本当に久しぶりな気がする。まあ、昨日までは夜はどっか行っちゃってたんだけどね。


 すぐに言われたことを始める。

 木の皿にちぎったパンを入れていく。

 昨日おいてもらった椅子に座ってカップで掬った麦を穴に入れ、屈んでゴリゴリと挽き始める。

 この格好は辛いけど、昨日みたいに下に座り込まなくていいのは後が楽だ。

 それを終えて次に鍋を見る。昨日は紐で引っ張った。今日はテーブルの上を滑らせてみる。上手にテーブルの端まで滑って行ってそこで止まってくれた。抱え上げるのはやはり重すぎるのでまた紐を結んでフックに掛ける。

 ふふふ、今日はちょっとだけ工夫がある。紐の反対側を生地を伸ばすローラーに結んだ。これを巻き取って行けばきっと少しは楽に……


「あんた、そんなふうにして昨日も一人で料理してたんか」


 部屋に声が響いて後ろを振り返れば入り口の所にピートルさんが立っていた。


「ピートルさん、おはようございます」


 私は微笑んで朝の挨拶を返した。


「あ、ああ。おはようさん。それは手伝おう」


 そう言って暖炉まできたピートルさんが、大きな鍋を片手で軽々と持ち上げてフックに掛けてくれた。


「うわ! やっぱり力があると凄いですね。片手で持てちゃいますか」

「まあ、これくらいは男なら誰でも出来るだろ」

「いや、すごくありがたいです。昨日このお鍋ここに持ってきて吊り下げるだけで鐘一つ分くらい使っちゃいましたから」

「そりゃお前さんみたいな細腕で片足じゃ……悪い」

「え? ああ、この足ですか。そうなんですよ、片足って本当に出来ることが限られちゃって。何するにも時間がかかるから準備が大変なんです。でも今日は二度目ですからきっと昨日よりは上手く作れますよ。黒猫君も香草探してきてくれるって言ってましたし」

「黒猫ってーな、あのネロっていう猫のことか」

「はい、何か私だけもう黒猫君って呼び方で定着しちゃってて」

「あれは……猫なのか?」

「ああ、彼は元人間です。体が死ぬ前にキール隊長が魂だけ猫に入れて救ってくれたんです」

「そいつはまた難儀なこったな」

「そうですねぇ。でもなんかすっかり猫化してきてるし結構大丈夫そうですよ」

「そっか。そうかい。あんたら二人共大変だったみたいだな」

「え? 何言ってるんですか。今大変なのはここじゃないですか」


 私の言葉にピートルさんは怪訝そうな顔でこちらを見返した。


「だって、ここ、もう今日の食事を作るお金も底を突いてるし、麦だってあれでおしまいみたいですし。肉はないし野菜もちょっとしかもらえないし、パンだっていつまで持ってきてもらえるのか……」


 ピートルさんの顔色が悪くなった。


「おい、それは本当か? ここもそんなに酷い状態になってたのか?」

「え? ご存じなかったんですか?」

「まあ、少しは疑っていたが……。確かにたまに飯が出ないことはあったが、料理人が逃げたからだって聞いていたからな」

「料理人さん、多分この現状にいたたまれなくなって辞めちゃったんですかね」


 こんな料理する材料もない所で料理人続けるなんて辛いもんね。


「いや、それにしたってテリースが働いて稼いできてるんだろ」

「テリースさん、お給料すごく少ないみたいですよ。一日のお給料でワイン一杯買えないみたいですから」

「はぁ? 何やってんだよあいつは」

「ピートルさんも働いているんですか?」

「あ? 俺か? 俺はこの街じゃ少しは名の売れた鍛冶師だ」

「うわ、かっこいい。聞いたことはあってもお会いしたことのない職業ですね」


 現代じゃめったにいないもんね。


「そうか、かっこいいか。今度うちの鍛冶場に見に来ればいい」


 ピートルさんが少し胸を張って勧めてくれた。


「え? いいんですか? あ、でもこの足じゃしばらく無理ですね」

「ああ、その足な。義足は付けないのかい?」

「無理ですねぇ。高すぎて。今の所、私も黒猫君もほぼ文無しですから。ここに完全にご厄介になってます」

「そうか。金のことはあまり助けになれんが、鍛冶仕事ならまけてやるぞ。腕には定評もあるしな」

「え? それはうれしい。じゃあいつかちゃんと義足作るときはお願いしに行きますね」


 そんなことを話しながらも、私は昨日の灰をかき集めてた。昨日の薪の燃えカスが結構出てた。黒猫君に言われた通り、白い灰とそれ以外をなるべく分けておく。


「ピートルさん、すみませんがこの灰と焼け残りを入れられるもの、何かありますかね?」

「灰入れがこっちにあったはずだが」


 ああ、凄い。助けてくれる人がいるってこんなに楽なんだ。


「おい、あんたこの灰をどうするつもりだ?」

「え? これですか? 黒猫君がなんか取っとけって言ってたんですけど一体何につかうんでしょうね」

「いや、使い道が決まってるならいい。使わないならウチで買ってもいいと思ってたんだが」

「え? 灰を買うんですか?」

「あ、待て、あまり期待するな、大した金額じゃないぞ」

「え? それでも灰なんて買ってどうするんですか?」

「灰はなんにでも使うじゃないか。灰汁(あく)を取って野菜洗ったり石鹸作ったりここでもしているだろう」

「え? ええ?! 石鹸あったんですか!」

「あ。待て、今はもう使い切ったって言ってた気がする」


 うわ、それも使い切っちゃってたのか。


「とにかく、普通灰は余ることは少ないんだ。これからあんたがここの食事を作るならそこそこの灰が出そうだから今のうちに交渉しておこうかと思ったんだが」

「ピートルさんは灰なんて買って何に使うんですか?」

「そりゃ仕事にさ。石炭と違って木の灰は磨き粉として非常に有能なのさ」

「うう、黒猫君、きっと知ってたんだな」

「あんたら二人でやっと一人だな」

「あ、ピートルさんもそう思います?」

「……嫌味だったんだが。まあいい」


 話している間も私はちゃんと灰の片付けを続けてる。


「じゃあ、こっちの灰じゃない欠片はなんに使うんでしょうね?」

「……あんた気を付けた方がいいぞ。あんたを騙すのは子供を騙すより簡単そうだぞ」


 うう、私現代人としてはそこそこ用心深いほうだと思ってたんだけど。

 ブツブツ言いながらもピートルさんが親切に教えてくれたことによれば、今日はこの欠片を使えばもっと簡単に火を付けられるのだそうだ。そう言えば炭みたいだもんね、これ。っと言ったらまさに炭だと言われてしまった。


「良く分かった。昨日は食事一つに半日かけて何やってるんだと思ってたが確かにこりゃ手伝いがいるよな」


 灰を入れた桶を引きずって部屋の端に運ぼうとしてる私を見たピートルさんがそう言って、ため息をつきつつ手伝ってくれた。

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