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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第10章 エルフの試練
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19 恩返し

 風呂は中々素晴らしかった。風呂場も湯船もヒノキじゃないようだがかなり香りのいい木で作られてる。

 そこに温泉とはいかないまでも十分に湯気の立つ湯が張られ、木製の椅子に桶まである。

 これ明日ゼッテーあゆみも入れてやらねーと後で恨まれるな。あいつスゲー喜ぶだろうな。

 そんな事を考えながら久しぶりにゆっくり風呂を堪能し再度浴衣を着なおして大広間に向かおうとすると、風呂場のすぐ前で先ほどの農村の娘が待ち構えてた。


「寝室にご案内します」


 そういう娘に促され娘の後をついて廊下を進んでいくとなぜか一旦屋敷を出て離れに案内された。まあ他に部屋がねーなら仕方ねーかと思いながらついていった先は離れの奥、こじんまりとした和室だった。すでに布団も敷かれ明かりも落とされてる。


「おい」


 俺はそのまま出ていこうとする娘を振り返って問いただす。


「これは何の真似だ?」

「どうぞごゆっくりお休みくださいませ」


 俺の問いを無視してスッと頭を下げた娘はそれ以上俺が何かを言う間さえ与えずに俺の目の前でピシャリと襖を閉じた。


「……おいあんた。何のつもりだ?」


 仕方なく布団に向き直って声をかけた。娘に案内されて入った部屋には白い着物を着た一人の娘が布団の上に正座し、長く美しい黒髪を扇のように布団の上に広げながら頭を垂れて待っていた。


「猫神様、どうぞこちらへいらしてくださいませ。今夜猫神様のお世話をさせて頂くことを許されました、スズネと申します」


 そう言ってそれまで伏せていた頭を上げたのは、以前広間で男たちに酌をさせられていた美しい娘の一人だった。


「待て、なんか勘違いしてねーか。俺は面倒を見てもらうようなことは何にもねーぞ」


 なんだか嫌な予感はするが何かの間違いであって欲しいと願いつつ俺がそう言うと、スズネと名乗った娘がまたも布団の上で頭を下げる。


「そんな事を言われずにどうか私にここでお相手させてくださいませ」


 どうも俺の勘違いじゃなさそうだ。


「……これ、シアンの仕業か?」

「いいえ、村の者で話し合って決めました。本当は他にもたくさんの娘が猫神様にお礼をしたいと申しております。話し合いの末、今夜は私がその最初の一人として選ばれました」


 やっぱりマジでこれ俺目当てか。

 実はあっちの世界でもこういう経験が全然なかったわけじゃねえ。何故か俺はこういう奴らを引き寄せちまうらしい。以前の俺だって相手の女がよっぽどひでえ事になるんでない限り断ってたが、今はもうゼッテー駄目だ。


「あー、悪いけど帰ってくれ。俺そう言うのいらねえから」


 単刀直入に俺が断るとハッと娘が顔を起こして俺を真っすぐに見つめてくる。


「私に何か不都合がございましたでしょうか? 他の娘がよろしかったでしょうか?」


 眦に涙を溜めてそんな事言われたってこっちの方がよっぽど困る。狭い部屋で布団からそれほど離れてない場所に立ってる俺はかなり居心地が悪くて頭を掻きながら返事を返した。


「いや別にあんたがどうのってことじゃねーし他の娘もいらねーから。頼むから放っといて帰ってくれ」


 俺は少しイライラしながらそう言って娘が出ていけるように襖の前から退いた。それを見た娘は困ったように俯いたが、すぐにそのまま立ち上がりフッとこちらを見据えたかと思うと意を決したように真っ直ぐ俺に向かって突進してきた。


「うわ、おい!」

「お許しくださいませ。私にも意地がございます」


 体当たりをかまされて思いっきり抱き着かれ、俺はマジでどうしようもなくなって女に押されるがままに背中が壁に当たるまで引き下がった。

 うわ、こんな所間違ってもあゆみに見せらんねー!

 俺は慌てて女の肩を掴んで引きはがす。


「マジで迷惑だからやめろ。こんなのあゆみに見られたら本当にマズいんだって、頼むからほんと止めてくれ」

「……あゆみ様には絶対お伝えしません。ですから今夜はどうぞ心起きなく私をお傍においてくださいませ」


 ダメだ、まるっきり俺の話を聞こうとしねーぞこの女。

 俺はもう限界まで困り果てて、再度引きはがした女を軽く布団の上に投げ飛ばしてほうほうの体で部屋を飛び出し、何とか助けを求めようと大広間へと向かった。



「ネロさん、どうされましたか?」


 母屋の廊下を大広間に向かって歩いているとさっきあゆみを連れて行った部屋からシアンがヒョイッと顔を出して声をかけてきた。


「おいシアン、お前あれを知ってたんじゃねーのか!?」


 俺が勢いこんでそう問いただすとシアンがフッと笑って俺を見返す。


「『あれ』とは何のことでしょうね? あゆみさん」

「ッッッ!!!」


 スッと横に避けたシアンのすぐ後ろにあゆみが立ってた。

 うわ最悪だ、寝たんじゃなかったのかよ!

 シアンの後ろから無表情に俺を見返したあゆみのその顔が何故かスゲー怒ってるように見える。

 それを見て焦りまくってる俺を横目にシアンがあゆみに問いかける。


「あゆみさん、なんかネロさんが困ってるみたいですわね。一緒に行って様子を見ていらしたらいかがかしら?」

「はぁ? いや、おい、待て、何余計なこと……」


 ちょっと待ってくれ、これどうなってんだ?

 俺なんも悪い事してねーぞ。してねーのに何で俺こんなに焦んなきゃなんねーんだ?

 自分が何も悪いことしてねーのはちゃんと分かってるのにあゆみの顔が怒ってる気がして気が気じゃない。

 焦りまくる俺を見てシアンがとうとう我慢しきれないというように吹き出した。


「フフフ、本当にネロさんたら隠し事が出来ませんのね。全部お顔に出ちゃってますわよ」


 シアンがそう言って笑うと、今まで怒ってるように見えていたあゆみがパッと顔色を変えて申し訳なさそうに俺を見た。


「黒猫君、ゴメンね。シアンさんに言われてたから私も知らないふりしてたの」

「知らないふりって、だってお前さっき寝てなかったか?」

「本当にごめんなさい、あれも寝てるふりしてただけだったの」

「……マジかよ」


 ムカつくよりも正直ほっとしすぎて足の力が抜けそうな俺にあゆみが凄く申し訳なさそうに何度も頭を下げて俺に謝ってる。その横でシアンが一人クスクスと笑いながら面白そうにこっちを見てるのに気づいて睨みあげた。


「まあ、こんな夜遅くに廊下で立ち話もいけませんからまずは私の部屋に入ってくださいな」


 段々腹が立ってきて文句の一つも言ってやろうと思ったところですかさずシアンがそう言って俺たちを自分の部屋に引き入れた。



「それで。ちゃんと説明してもらえるんだろうな」


 8畳ほどのシアンの部屋は箪笥や机などが置かれていて広くも狭くもなく、何とも居心地の良さそうな部屋だった。まだ暖かい季節だからか障子も開けっぱなしにされていて庭から微かに虫の声が聞こえる。

 さっきあゆみを寝かせた布団は敷きっぱなしのまま部屋の隅に寄せられていた。

 部屋の真ん中に座布団を敷いて車座になって座ると、シアンが内緒話をするように静かに話し始めた。


「最初に言っておきますが私別に彼女たちをそそのかしたりしてませんからね」


 俺が正に疑っていたことをシアンが最初に否定した。


「その証拠にあゆみさんには浴衣を着替えてる時にちゃんとお話しておきましたし。正直村の者たちにしてみればいくら私が止めたところで一度はやらなければ気が済まないようでしたから」

「だったら俺にも一言いっといてくれりゃあいいだろーが」


 俺が不機嫌にそう文句をつけるとシアンがちょっと悪戯っぽく微笑みながらあゆみを見た。


「だって折角の機会ですからネロさんがどれくらいこういう事をちゃんと断れるか見てみるのもいいのではないかとあゆみさんに私が持ちかけたんですよ」


 こ、こいつなんてアブネー事しやがる!

 俺が逃げ出せたからいいようなもんで今までの経験からすりゃあどうやったって逃げらんねーケースだってあり得たんだぞ!

 ちくしょうこっちの身にもなりやがれ!

 言いたい文句は百とあるがどれもあゆみの目の前じゃ言うわけにいかねー。

 それを分かっててこいつ俺たちを一緒にここに入れやがったな。


「私は黒猫君を信じてるから……こんな事しなくても大丈夫だって……いいって言ったんだよ」


 俺が腹ん中で無茶苦茶怒りを滾らせてる横であゆみがまたも申し訳なさそうに言い訳してる。

 これ、言い訳だよな。だって結局寝たふりしてたんだし。

 まあ、仕方ねーか。俺の過去に色々あったのは事実だし、それを知ったからこそこいつだって不安もあったんだろうし。

 あー、こうなるとマジで逃げ出せてよかった。


「さて、これでお二人ともどうぞこの件の事は忘れてあげてください。彼女たちも一度失敗したら諦めると言ってましたから」


 俺があゆみの言葉に宥められちまったのを見て取ったシアンがすかさずそう言って話を切り上げちまった。あゆみはそれに苦笑いしながら頷き返し、俺ももう文句も言えずに不承不承頷いた。


「ではネロさん、そろそろいい頃でしょう。もうあの娘も村へ帰ったはずですからあゆみさんとご一緒にあの離れに戻ってどうぞ今度こそごゆっくりお休みください」


 そう言ってシアンが立ち上がると部屋の襖を開けてくれる。仕方なく俺もあゆみを抱き上げて大人しく退散する事にした。



「……心配したのか?」


 部屋に向かいながらつい、あゆみに聞いちまった。するとあゆみが俺に抱えられながら俯く。


「ごめんね黒猫君。でもシアンさんを恨まないで。シアンさん、本当はちゃんと私に聞いてくれたんだよ。彼女の方から断ろうかって。……でも私……」

「……まあ、仕方ねーよな。元はと言えば俺の自業自得だし」


 困り切って俺にしがみつくあゆみの頭をあゆみを抱えてないほうの手で軽くポンポンと叩いとく。


「それにお前、今日かなり我慢してただろ?」

「え?」


 あゆみが何のことか分からないって顔で俺を見上げた。それをもう一度頭を叩きながら返事してやる。


「和食。嬉しいけど辛かったんだよな」

「え? ど、どうしてそれ……?」


 あゆみが驚いた顔でまじまじと俺を見つめる。俺はそれがちょっとむずがゆくて視線を逸らして答えてやった。


「あのな、俺だって同じ経験昔してんだよ。日本出たばっかの頃に」


 俺がそう言うと俺に掴まってたあゆみの指がより一層強く俺の浴衣を握りしめた。また俯いて、顔を俺の胸にうずめる。そのまんま、あゆみが静かに声もなく泣き始めた。

 完全にホームシックだよな。

 ここまでならなかったのが不思議なくらいだ。

 気を張ってたのもあっただろうし、俺と色々あり過ぎてそんな暇もなかったかもしれねえ。

 それでも久しぶりにこんな日本を思い出すような場所で懐かしい味食っちまったせいで、もう戻れない悲しさとか寂しさとか色々どうしようもなく溢れちまったんだろう。

 グジグジと泣き続けるあゆみの背中をさすりながら離れに入れば確かにもう誰もいなかった。

 部屋に入りあゆみを抱えたまま布団の上に座った俺は、そのままあゆみが寝付くまでずっと黙って背中を撫で続けてた。

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