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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第10章 エルフの試練
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15 エルフの血族

「やはり醤油が絞れるところまで熟成していたそうですよ」


 あゆみの食欲はどうも絶好調だったらしい。戻ってきていたシモンがやっと落ち着いた俺に口元を緩めながらそういった。


「今、村人が総出で猫神様と巫女様に美味しい物をお供えしようと醤油を絞り味噌を()ってました。残念ながら酒はまだもろみが出来ていなかったので効果は途中までだったようです。ついでに茹でた大豆もすりつぶして今日は色々作ると言ってましたよ」


 それを聞いてニンマリとシアンの口元が緩む。あゆみはもうよだれを垂らしそうな顔してやがる。かくいう俺だって多分変わりないだろう。


「シモンお前も和食食うのか?」


 俺が口の中に堪った唾を飲み下してからそう尋ねるとシモンがムッとした顔でこちらを睨む。


「エルフで食さない者などいませんよ。我々にとっても初代王太郎様がもたらした和食は長く愛され続けている食文化の一つですからね」


 ここのエルフは和食好きか。なんかスゲー違和感。


「エルフと和食。なんか変な組み合わせだね」


 あゆみもむずがゆそうにそう言ってくる。やっぱ思う事は一緒か。


「ああ。そう言えばお前らすっかり農村の連中と打ち解けてるんだな。一体いつからここにいるんだ?」


 ふと気づいて俺が尋ねると一瞬ギクリとした顔をすぐに押し隠してシモンが答えた


「皆様がウイスキーの街へ発たれてすぐこちらに移りました。ここの農村の様子も気になっていましたし神殿の警備もありますので」

「それ、ちゃんとエミールと話し合ってんだよな」

「特に問題は起きていません」


 いつものシモンの人を食った返事にイラっと来る。


「そういう事じゃなくてだな、領城の兵士どもは来なかったのか? なんて言ってた?」

「何も。だってここは元々私と主様の家ですもの。ちょっと主様のお話をしたら皆様大人しく帰ってくれましたわ」

「それは無理やり追っ払ったって言うんだろう、全く」


 そりゃあ何百年も前の初代王の話を持ち出されちゃ一介の兵士じゃ太刀打ちできねーよな。呆れるほど巧妙だがエミールの事だから本当にマズけりゃ手を打ってるだろう。ならこれは黙認されたって考えるべきか。


「ここに元々住んでた連中はどうした?」

「私たちがここに来た時にはもう誰もいませんでしたわよ」

「ああ、農村の皆さんのお話では元々ここに住んでいた庄屋とその取り巻きは兵士に囚われて今は領城の牢屋暮らしをしてらっしゃるそうです。あと囚われていた女性たちは全て村の家族の元へ戻っているそうです。離れも一時は牢獄として使われたようですが新ナンシー公が処罰を素早く決定してくださってもう誰もいません」

「農村の連中は? あいつらはいいのか?」

「皆様とても協力的ですよ。ネロさんとあゆみさんのことをお話したら是非これからもここでお二人の為に日本の作物の再現をお手伝いしたいと張り切ってらっしゃいました」


 ん?? ちょっと待て。今なんか引っかかったぞ。一瞬気になったがあゆみが違うところに食いついた。


「え、もっと和食が食べられるようになるって事ですか?」

「……まずは近海まで交易を広めて頂ければ魚介類の加工ができますね。干物や海藻の乾物、それに行く行くは初代王太郎様が長く望まれながらも再現できなかったあの伝説のカツオ節も是非挑戦してみたいところです」

「カツオ節!」

「え、ああそっか、カツオ節ないんですよね。ええ!? じゃあお出汁が取れない……」


 ああ、あゆみは気づいてなかったのか。まあ海外に出れば一番出くわすケースだから俺は慣れてるが。日本を出たら味噌、酒、醤油は結構手に入ってもまともな出汁なんてなくて当たり前だ。


「あゆみ、それはとりあえずどうにでもなるから今は置いとけ。じゃあここの連中は俺たちが日本人だって知ってるってことか?」

「いいえ、単にあなた方お二人が初代王と同じように変わった物を喜ぶとだけお教えしてますよ。ですから安心して農村の者たちがここでこれからも我々と一緒に継続的に和食の再現を行っていく事を許可してあげてください」

「ならいい──」


 俺がまだなんか納得いかないながらも頷こうとしたその時。


「いけません!」


 パーンといい音を立てて襖が開き、部屋にテリースの声が響いた。


「全く油断も隙もありません。あゆみさん、ネロさん、決して簡単に頷かないでください。この二人は今お二人からここに住みつづける許可を取ろうとしてるんですから」


 急ぎながらも軽い足取りでテリースが俺たちの所まで来て同じ机のあゆみとバッカスの隣に座る。続いてキールとエミールも入ってきた。襖の前にはアルディと数人の兵士も立っている。


「なんだ、何が起きたんだ?」

「ああ、やっと来ましたか」


 俺が驚いて見回すとキールとエミールもすぐに同じ机に着いた。驚くあゆみと俺とは対照的にシアンとシモンはまるで待っていたというように、皆を部屋に案内してきた農村の男にお茶を頼んでる。


「全く。お爺様、大叔母様。いい加減にしてください。あれほどこの二人に無茶を押し付けるなと言っておいたのにまたのらりくらりと二人を騙すようなことを!」

「お前の言い分を聞いたからきちんと事情は説明しましたよ」

「テリース、何回言えば分かるの? 私その呼び方は嫌いよ、ちゃんとシアンお姉様ってお呼びなさい」

「そんなふざけた呼び方をするくらいならば女王陛下と呼ばせて頂きます」


 突然始まったテリースとシアン、シモンの掛け合いにあゆみも俺も呆然と見守るしかない。それでもあゆみのほうが先に現実を受け入れて質問を始めた。


「テリースさん、このお二人を今お爺様と大叔母様……って言いました?」


 あゆみの質問にテリースがため息を付きながら答える。


「ええ、私の父はこのシモンお爺様の息子に当たります。そしてシアン大叔母様が父の叔母に当たるわけです」


 そんな事言ったって見た目は全員同じような歳だ。どうにも呼び方に違和感しか感じねーな。

 あゆみも同感だったらしく3人を見回しながら答えてる。


「なんか不思議な感じですねぇ。皆さん私たちとあまり違わない様に見えるのに」

「エルフはみんなこんなものなのですよ。私はハーフですけどね」


 テリースが苦笑いを浮かべながらあゆみに答えてる。だけど今聞きたいのはそっちじゃない。


「それよりテリース、俺たちが頷くとどうのって言ってたのはなんだ?」

「ああそうでした。お二人はご自分たちの立場を覚えてらっしゃいますか?」

「覚えてるかってそりゃ覚えてる。キールの秘書官だ」

「じゃあお前ら、自分たちに今ここで行われてるエルフと俺の執政団の最初の会談での最終決定権がある事に気づいて話してたか?」


 今度はキールが少し厳しい顔でそう聞いてきた。ドキンっと心臓が嫌な音を立てた。


「いや……そこまで考えて話しちゃいなかった」


 シモンとシアンに警戒はしていたが、確かにそこまでの覚悟の上で話してたわけじゃねえ。そりゃそうだ。相談があると呼び出され、シアンと初代王の思い出話を聞かされて挙句食い物の話に華を咲かせてたんだ。まさかここでそんなお堅いことを話してるつもりは全くなかった。

 そこで突然気になりながらも聞き損ねてたことを思い出した。


「そういやテリース、お前今までどこにいたんだ?」

「それですよ。私は昨日、貧民街でお爺様に面会した後そのままここに連れてこられて離れの座敷牢に入れられてたんですよ。全く、バッカスさんが助けてくれなければ今もまだ捕まったままだったでしょう」

「はぁあ? おいシモン、どういうことだ?」

「どういうって別に大したことではありませんよ。孫が遊びに来たにも関わらず、すぐに帰ろうとするからもう少し泊って行けと引き留めただけで」

「お爺様は客を引き留めるために座敷牢に入れるって言うんですか!? だからエルフは困るんです。以前村にお邪魔した時も結局百年以上も引き留めて──」


 ダメだなこれは。全然かみ合ってない。俺はそれ以上聞いてるのも時間の無駄だと思って途中で割って入った。


「テリース、その話はもういい。それよりキール、済まねえ、俺の認識が甘かった。まずは俺が何かしちゃいけねーことしてないか確認してえ。シアン、シモン。俺はあんたらがここに住んでいいかどうかを言及する気はねーぞ。一体何を隠してるのか説明してみろ」


 俺が二人を睨みながらそういうとシアンがため息を付いて立ち上がり、着物の裾を抑えてキールの目の前で正座しながら話し出した。


「ネロさん、それはまずはキーロン陛下にご挨拶をさせて頂いてからにさせてくださいね。……キーロン陛下ようこそいらっしゃいました。我々一同そろって歓迎させていただきます」


 そう挨拶しながらシアンが三つ指をついて綺麗に頭を下げる。


「ここであなた方に歓迎される覚えはないぞ」


 だがシアンの低頭にも動揺する事なくキールがすかさずそう返すと、ペロッと舌を出しながらシアンが顔を上げた。


「流石にキーロン陛下は引っかかってくださいませんのね」

「当り前だ。ついでに言うとこのテリースはたとえあんたらの孫でも一応俺のハウス・スチュワードでもある。これからは無断で外泊させるような真似はご遠慮願う。でなければ今すぐ我々は城に戻る」


 シアンの軽い調子に流される事なくキールがシアンに厳しい表情でそう告げるとシアンもおどけた態度を改めて再びシモンの隣に戻って話を続けた。


「了解いたしましたわ。キーロン陛下は粗野であられながらも愚かではないようですね。今後陛下の臣下の方を無理やり引き留めるような真似は致しませんわ。でも今夜はどうぞ皆様、夕食はこちらでご用意させてください。既に村の者たちが準備を始めてますからそれを無駄にさせてしまうのはあまりに忍びないですし」


 シアンの言葉に目に見えてあゆみの眉尻が下がった。

 それを見たキールがため息交じりに「いいだろう」と返事を返した。



 それからしばらく、俺とあゆみが今までにシアンが説明していた内容をかいつまんで説明した。


「それでシアン殿はこの屋敷の居住権を主張してるのか?」

「別にまだそんな事は言ってませんでしたわよ」

「大叔母様。先ほど聞こえたネロ君たちへの質問にもしあゆみさんとネロさんが同意していたらそれを秘書官が許諾したとして自分たちの居住権を手に入れるおつもりだったでしょう?」

「それはもちろんキーロン陛下の秘書官様が寛大にもご自分たちから私たちの居住をお許しくださると言われるのでしたら断るつもりはありませんでしたよ」


 テリースの問いに俺がギョッとしてシアンを見ればシアンがしれっとした顔でテリースにそう答える。

 さっきの話に頷いただけでそんな取り方されるなんてたまったもんじゃねー。よっぽど警戒しててもこれだ。テリースがいなけりゃ本当にヤバいところだった。


「シモン、じゃあお前ら俺たちを騙すつもりだったのか?」


 俺が流石に頭にきてそう問うとシモンが少し慌てて俺に説明を始めた。


「ネロさん、それは誤解です。我々エルフは別に人を騙すつもりで話しているわけではありません。単に結果が自分たちの利益になる事を無理に避けようとしないだけです」


 言っていることが分かるようでいて分からない。俺が煙に巻かれそうになってるのをテリースが横から「無視してくださって結構です」とぼそりと付け加えた。


「話を戻すぞ。シアン殿、あなたはこの屋敷の所有権を主張されるのか?」


 またも俺たちが脱線しているのをキールが軽く制して再度シアンに問いかけた。シアンがそれを真っすぐに見返しながら口を開く。


「ええ、キーロン陛下。先ほどネロ様とあゆみ様がご説明くださった通り、ここは元々私と主様の家でした。どうぞここに住むことをお許しくださいませ」

「それは貴殿がここに住み続けるという事か?」


 キーロンが問いただすとシアンが素直に答えた。


「はい。少なくとも私自身はこれからしばらくここでキーロン陛下の御代を楽しませて頂きたいと思います」


 シアンの答えを聞いたキールが一瞬眉を寄せて考えてから質問を続ける。


「……住むのは貴殿のみか?」


 そこでハッとしてシアンとシモンの顔を見れば顔色一つ変わっちゃいねーが今の一言で何か雰囲気が変わった。


「いえ……一族と共に住みたいと思います」

「一族っておい、どういう意味だ?」


 俺は漠然とした不安を覚えて聞き返す。それを受けてシアンが少し目を輝かせながら俺たちを見回して答えた。


「むろん私の治めるエルフ一族のことですわ」

「きちんと説明しろ、それはエルフがこれからもここに住み続けると取っていいのか?」


 キーロンが再度厳しく問いただすと今度はシアンが少し面白そうに微笑んで答えた。


「そうですわね。まずはこの街に留まっていたエルフたちのほとんどが一緒に留まる事になるでしょう。そのうえで今後は私の国とも行き来する事になるでしょうから人数は多少増えるかもしれませんわ」

「ちょっと待ってくれ、それは一体どれくらいの人数なんだ? この屋敷に入り切るのかよ」


 貧民街で見かけたエルフは獣人や人程ではなくとも少なくはなかった。そんな人数いくら何でもこの屋敷には入りきらないだろう。そう思って俺が尋ねるとシアンが軽く首を振りながら答えた。


「この街を訪れた時点では私たちを含め10人でしたがこの300年の間に少しばかり増えました。それでも何人かはここの教会に命を奪われましたが現在の所大人14人、子供が二人ですわ。この広いお屋敷なら全く問題ございません」

「たったそれだけって事ないだろ、この前教会にニコイチされてた子供たちだけでもそんな数じゃ収まらなかっただろう?」


 聞き捨てならない人数の少なさに俺が問いただすと今度はシモンが代わりに口を開いた。


「その件については私が説明いたします。あの時教会に捕まっていたのは実は全て外縁の者たちでした」

「外縁?」

「ええ。ここにいるテリースのようにエルフと他の種が混じって生まれた者たちのことです」


 そこでシモンがテリースを少し悲しそうな目で見る。だがテリースは俯いてそれを無視してる。それでもシモンは何となくテリースに聞かせるように説明を続けた。


「我々エルフは他種の皆様と寿命がかけ離れています。ですから本来他の種の方たちと交わることはほとんどありません。例えそんな事が起きても普通ならばそのうち相方と死別した時点で距離を置き、子供たちとも会わなくなります。それは実を言えば同じ時を過ごすことのできない我々なりの自己防衛でもあります」


 ほんの少し、テリースの肩が震えた。それを見るシモンの顔が僅かに歪んだ。


「理由はどうあれ我々エルフが非常に排他的なのは事実です。実際ここでも我々は誰も近寄らない貧民街の最奥に自分たちの居住区を区切って人の出入りを制限して暮らしてきました。ですが300年もの間ここに閉じ込められていた我々の中にはここの生活に馴染み過ぎて人族の者を伴侶に選び子供を作り、そして近しく関りを続ける者が出てきていました。しかし例え外縁であろうと同じ居住区に入れる事は出来ません。ですからそのような血縁の者たちは共に住むことも離れる事も出来ず、我々の居住区の周りを囲うようにして暮らしています」


 そこで言葉を切ったシモンが悲しみを浮かべた顔で俯いた。


「そして教会の者たちには多分見分けがつかなかったのでしょう。あの日教会の者たちが襲ったのは全てその外縁の者たちだったのです」


 シモンはそう締めくくると一つふーっと大きなため息を吐いた。

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