12 庄屋の家
「あゆみさん、ネロさんお帰りなさい」
時間が勿体ないというシモンの勧めで辻馬車を使って庄屋の屋敷に来るとシアンが以前宴会が開かれていた一番奥の大広間に一人で優雅にくつろいでいた。
何もない20畳はある日本間の二面は障子が開けっぱなしにされて庭から午後の少しのんびりとした日が差し込んでる。その大広間に大きな和机がぽつんと一つ。その片側で庭を前に眺めながら着物をきっちり着こんだシアンがすまし顔でお茶を啜ってた。
「うわ、シアンさん着物が似合ってて素敵!」
「ありがとうあゆみさん、こちらにいらして一緒に座って」
あゆみがシアンの姿を見て喜びの声を上げてる。
俺だって。
エルフは好きだ。
正直かなり好きだ。
着物の似合うエルフなんて本来最高だ。
だけどこいつらは全く油断ならねー。この前も勝手にあゆみの身体使いやがって。
テリースに聞いてからエルフの村には是非一度行ってみたいと思っていたがどうにもこのシアンとシモンとやり取りしてるうちに気が変わった。
こいつら面倒過ぎる。屁理屈は多いしはっきりしないし誤魔化すし。どうにも俺には合わない連中だ。見た目はともかく。
あれ、そういやあテリースはどこに行ったんだ?
「シアン、二人をお連れしたよ」
俺があゆみを横に降ろして声を掛けようとしたところに農村の連中らしき奴らがお茶を出しに来た。それに混じって見知った顔が一つ。
「ヨッ。ヒロシ、久しぶりだな」
俺が思わず声を掛けるとヒロシがパッと顔を輝かせてこちらに寄ってきて頭を下げる。
「あ、猫神様、バッカスさんこんにちは」
「その猫神はいい加減止めてくれ」
「おう、お前ここで働いてるのか?」
「はい、あの後ここがシアン様達にせ──」
「コホンッ! ヒロシ、申しわけないけどお客様方には先に私たちがお話しなければならないことがありますからこちらからしばらくこの部屋には誰も来ないように伝えてください」
ヒロシがバッカスに答えてる途中でシアンがわざとらしく咳をして話をさえぎった。なんかスゲー気に入らねえ。こいつら間違いなくなんか隠してやがる。
そんな俺の気も知らずにバッカスが懐いてくるヒロシの頭を撫でまわしてる。
バッカスとアントニーも俺たちについてきた。最初シモンは嫌そうな顔してたがあゆみが当たり前のように連れていくと言うので文句も言えなかったみたいだった。こういう時ホントあゆみの素直な部分に助けられる。
だけど俺たちが話を始める前にバッカスとアントニーはヒロシと一緒に外に出ていった。俺たちの話には興味ないらしく、顔見知りになってる村の連中の顔を見にヒロシと一緒に村を周ってくるつもりらしい。
「シアンさん、戻ってくるのにちょっと時間がかかっちゃってすみませんでした。私実はシアンさんにご相談したい事があるんですけど。その前にまずシアンさんの方にも私にご用事があるってシモンさんから聞きました」
バッカス達が出ていくと早速あゆみが机に置かれたお茶に口を付けてからそう切り出してシアンに水を向けた。
「ええ、そうなのよ。以前お話するって言ってた情報の件もあるし実はあゆみさんたちにお願い、っというかご理解頂きたい事もあって。でもこれを説明するにはちょっと長いお話を聞いて頂く必要があるのでこちらに来ていただいたの」
「え? じゃあキールさんも呼んできましょうか?」
「え、いえそれはちょっと待って。先にお二人に個人的なお話をしてしまいたいから……」
そこで一旦言葉を区切って一息ついてからシアンが続けた。
「私の主様、あなた方の言う初代王にまつわるお話なの」
思いもよらない人物の名前を聞いてハッとして顔を上げるとシアンが少し赤くなっている。そこではたと思い至った。
「ちょっと待て、あんたのいう『主様』ってのは一体あんたとどういう関係だったんだ? まさか──」
俺の質問にあゆみとシアンが一緒にジッとこちらを睨む。
「黒猫君、それはいくらなんでもシアンさんに失礼な質問だよ。君って時々本当に遠慮なさ過ぎ」
「あゆみさん、男の方というのは概してそういった気遣いの出来過ぎるタイプと出来ないタイプしかいないのよ。残念ながらあなたが選んだネロさんはその中でも全くできないタイプのようね」
な、なんだよ、俺が悪いのか?
二人そろって頷きあってるが俺は単に初代王とこいつの関係を確認しようとしただけだぞ?
そんな詰られるような事か?
内心一人うろたえる俺を無視してあゆみがシアンに問いかける。
「それでシアンさん、シアンさんにとって主様はどんな方だったんですか?」
「ええ、皆様は教会の影響で主様の子どもっぽい一面しか見ていないようですけれど、私の主様はそれはそれは気の弱い優しい方でしたのよ」
「…………」
俺もあゆみもこれまでの情報から想像していた人物像とあまりにかけ離れ過ぎていて何も言えないでいるとシアンがクスリと小さく微笑む。
「意外でしたか? でも本当にそうなの。とても純粋で、いつも周りに気を使って、仲の良くなった皆さんを助けたい一心で長い努力と沢山の犠牲を払ってこの国を創りました」
ふと思い出して俺もそこに付け加える。
「ああ、かなり苦労をした上で当時いがみ合っていた諸侯たちを従えて一国にまとめ上げ、その教訓をもとに支配決定権のある王室と執務実行力のある中央政府を設立したみたいだな」
「え? 待って黒猫君なんでそんな事知ってるの?」
あゆみが驚いて俺を見る。なんでってそりゃ。
「ほら昨日お前が読んでた本。昨日お前が風呂に入ってる間時間があったから読みおえた」
「え!? あの短時間で全部読んじゃったの!?」
「……お前の風呂が長すぎるんだよ」
そう返事をしつつふと思い出した。
あゆみ曰く、俺の本を読むスピードはかなり早いらしい。今までにも言われたことがなかったわけじゃねーが、ちゃんと読んでないだろうって文句と非難が必ず一緒だった。だからこいつと一緒に確認するまで本気にしたことはなかった。
「ネロさんは少しは主様の事をご存知な様ですね。この国にもまだ主様の事をちゃんと伝えている文献が残っていたなんて本当に嬉しいわぁ」
そう呟きながらシアンはどこか遠い過去に思いを馳せているようで、その眦には微かに涙が滲んでいた。




