8 領城のお風呂
それからもしばらく雑談をしてたキールさんはハッと突然気まずそうに頭をかいた。
「済まない。君たちももう寝る時間だな。明日は下で朝食を一緒に取ろう。その時に明日の予定を確認しよう」
黒猫君がちょっと嬉しそうな顔をしたのを私、見逃してないからね。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみ」
声をかけあってキールさんが部屋を出ていくと途端部屋が静かになっちゃった。
「あー、寝る前に風呂入るか」
そう尋ねる黒猫君の顔が赤い。
「どうしよう、入りたいけど遅くなっちゃったね」
「せっかく部屋に付いてんだから入りたきゃ入っちゃえよ、入れてきてやるから」
「うん、じゃあ手伝うね」
黒猫君がスッと私を抱えて立ち上がり二人でお風呂場に向かった。
お風呂場に置かれた猫脚の湯船にジョボジョボと二人で水魔法で水を入れていく。
「凄いね、こんな湯船もちゃんとあったんだ」
「こういうの見るとつくづく現代の便利さを痛感させられるよな。こんな風呂の湯船はここだと貴族階級社会にしか普及してねーみたいだけどあっちだったら殆どどこ行ってもあったもんな」
「そうだね。でもこのお風呂可愛い」
「じゃあ森の家にも買ってくか」
「いいね。でもすごく高い気がする」
「エミールを覗きの件で脅して一つここから貰ってっちまうか」
「いや流石にそれは駄目でしょ」
くだらない話をしてるうちにお風呂が一杯になって今度は黒猫君に熱魔法を伝えながらお湯を温める。
「これ結構時間かかるな」
「うーん、テリースさんに教えてもらったのってもしかして弱いのかな」
「ああそうかもな。でもこれ以上強いと調節効かなそうだし仕方ねーか……そろそろどうだ?」
黒猫君に言われて手を付けてみる。
「うわ、ちょうどいいよ、気持ち良さそう」
「……お前一人で湯船入れるのか?」
うーん、この高さだと無理すれば入れるけど片足で出るのはキツイかな。言いづらくて考えてると私をおいて黒猫君が部屋を出てっちゃった。
え? 自分で入れってこと?
なんて思ったのもつかの間、黒猫君が手にタオルを抱えて戻ってきた。
「入るの手伝ってやるから着替えてタオル巻けよ」
そう言って出ていってくれる。ホントにそっけない割に優しいよね。
私は早速服を脱いでタオル一枚を体に巻き付けた状態で黒猫君を呼んでお風呂に入れてもらった。
「お、ここ石鹸もあるな」
「ほんとだ。こっちは?」
横に置かれたツボを覗くとネットリとした何かが入ってる。
「体に塗る香油かなんかじゃねーか。まあ明日聞きゃあいいだろ」
「そうだね」
お湯を体にかけながらぼんやりと答えると黒猫君が赤くなりながらこちらを見てる。え、まさか……。
「ここに二人は入れないと思うよ」
「……誰が一緒に入るっつった。頭を洗ってやろうかと思っただけだ」
そう言いながら湯船を回って私の後ろに回り込んだ。
「え? いいよ自分でやれるし」
「いやこの湯船でお前が髪まで全部お湯につけようとするとちょっと危ねえだろ」
そんな事を言いながら後ろに立ったまま私の髪を手ですくい上げた。もう一方の手に水魔法で水を出してかけてくる。
「ちょっ! それ冷たく……ない? あれ?」
「ああ、手に出してから熱魔法で温めてるからな」
「なんて器用な。黒猫君、私から習った途端応用効くとかどんだけ器用なの?」
「え、じゃあお前もやってみろよ」
悔しいからやってみる。手を凹ませて水を出して──
「熱っ!」
「バカ、なに温め過ぎてんだよ、すぐ水出して冷やしとけ!」
言われて再度水魔法で水を出してすぐに冷やした。
「大丈夫か?」
黒猫君が髪を洗いながら覗き込んでくる。その顔が近くて困る。そうじゃなくても黒猫君の指が何度も頭の上を滑って時々首筋まで触れるから心臓に悪いのに。
「大丈夫、ほらそこまで熱くなかったし赤くなってないでしょ」
「そうか……痒いとこなけりゃ流すから目ぇ瞑っとけ」
言われるままに目を瞑るとバッシャリ頭の上から温かいお湯がかけられる。
ホントに器用だなぁ。ビショビショの髪を後ろに手繰り寄せながら黒猫君の指が軽く頭皮をマッサージしていく。そのまま首筋から肩にかけて黒猫君の大きな手が優しく撫でながらマッサージしてくれた。気持ちよくて目を瞑ったままその手に身を任せてると黒猫君の小さな舌打ちが聞こえてくる。
「……あゆみ、お前どんだけ気が緩んでんだよ。胸見えるぞ」
「え、わっ!」
すっかり気が抜けて後ろに寄りかかってるうちにタオルが緩んでズリ落ちてた。慌てて引き上げて隠しながら黒猫君を振り返る。
「……見たよね?」
私の問に黒猫君が手を口にあてて余計顔を赤くしながらそっぽを向いた。
「見ちゃまずいか?」
「え? えっと……」
思わぬ黒猫君の返答にしどろもどろになっちゃう。下着姿も見られたことあるし結婚もしたんだしこれは別にいいのかな。でも待って、いいわるいじゃない。恥ずかしい。
「……いいけど恥ずかしいからダメ」
「どっちだよそれ」
黒猫君が苦笑いしながら視線を私に戻す。
「後は自分で出来んだろ。終わったら呼べよ」
そう言って出ていってしまった。
そっか。良い悪いだけじゃないよね。私がしたいかしたくないかって結構重要だったんだな。
じゃあ黒猫君と関係を進めるのはどうなんだろう。私はしたいのかな? したくないのかな?
そんな事をつらつらと考えながら体を洗い終わって黒猫君を呼んだ。タオルはもう巻けないから上に掛けてるだけ。
「最後にもう一度お湯掛けるか?」
うーんどうしよう。そう迷ってると黒猫君が私を湯船から片手で軽く引き上げてもう一方の手で全身にお湯を掛けていってくれる。ちょっと恥ずかしいけどそれ以上にサッパリして気持ちいい。
「黒猫君ホントに器用だね、よく片手で私を支えてられるよね」
私が感心してそんな事を言ってると目の前の黒猫君の横顔がちょっと引きつった。
「お前裸で俺に抱えられて感想はそれだけかよ。全くこっちがどんな我慢してると……」
あ、我慢してくれてたのか。ちょっと申し訳ない。
「じゃあお礼する?」
そう言って。黒猫君のホッペタに軽くキスしてみた。ビクンと黒猫君の腕の筋肉が引きつって黒猫君が硬直した。
「お前……やるに事欠いて今それするか」
あれ? お礼にならなかったのかな。少しは素直になろうと思ったんだけど。っと思ったのも束の間。突然荒い手順で新しいタオルを掛けられて部屋に戻されベッドの上に転がされた。
「着替えはいらねえよな」
「え? 黒猫君……?」
ベッドの横から黒猫君がこちらを見下ろして舌舐めずりしてる。キラキラ目が輝いてピクピク耳が動いてて正におもちゃに飛びかかる寸前の猫そのものだ。そんでもっておもちゃは多分私。
「く、黒猫君?」
「ベッドのテストも兼ねてちょっとお仕置きな」
え、やっぱりこのままベッドに来ちゃうんですか……。
まあ黒猫君我慢強いし無茶はきっとしないでくれるよね。
それからタップリ黒猫君のおもちゃにされた私は明日も朝から起きられるんだろうかと心配になりながらスライムベッドでグッスリとお休みさせてもらった。




