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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第10章 エルフの試練
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4 ナンシーでの予定

 キールさんに呼ばれて来たのはエミールさんの部屋だった。

 兵舎のキールさんの部屋と違って窓の前に置かれた執務机の上にはきれいさっぱり何もない。それに引き換えその前にどーんと置かれた煌びやかなテーブルとソファーのセットがまず目を引く。

 左右の壁は暖炉とマントルピース、それに飾り棚が備え付けられいくつもの美しい置物が並べられてた。

 部屋の色調はグレーとベビーブルーそれに銀色を中心としたシックな色でまとまってる。

 やはりグレーのビロードが張られた背の低いソファーは奥行きが深過ぎてこれじゃ座るというよりは寝そべる為にあるみたい。そんなソファーがロの字に囲んだ中心には白くて重そうな大理石のテーブルが置いてある。上には色とりどりの花が活けられた口の広い器を中心にいくつもの銀や陶器の小さな壺やお皿が並べられていた。部屋付きらしいメイドさんが私たちをソファーに促し私たちがそれぞれソファーに落ち着くとすぐにお茶を出してくれる。こちらも見慣れた素焼きのカップではなく日本でよく使ってたような陶磁器のティーカップで彩色までされてる。

 全てにおいてお金のかかってそうな部屋の主のエミールさんがソファーの一番奥で優雅にお茶を啜った。


「なんか凄く場違いな気がするんですけど私たち」


 私がついそう言ってしまうとキールさんがすぐに横で頷いてる。部屋には他にアルディさんがいるだけで後は部屋付きのメイドさんが出入りしてる。二人はまだしも私も黒猫君もウイスキーの街から着替えてないから農民服のままだし。


「心配するなあゆみ、君だけじゃない。こんな貴族ったらしい部屋で話し合いなどしてられるか」


 そういう割にはキールさんの所作はやっぱり綺麗でエミールさんに劣る事なく優雅に見える。アルディさんもこの安定しないフワフワの椅子の上で背筋を伸ばして座ってる。それに引き換え黒猫君なんか椅子の上で胡坐かいてるし私に至っては片足じゃバランス取れないから黒猫君の膝の上だ。まあ、これももう皆見慣れたみたいで誰も文句言う人はいないけど。


「そう言わないでくつろいでください。ここが一番安全ですから」


 そう言いながらエミールさんがふわりと微笑む。やっぱり白い歯は見せるんだね。


「キーロン陛下、場所の事は置いておいて話を始めないと時間がありません」


 アルディさんに促されてキールさんが仕方なさそうに話し始めた。


「まずは待たせて悪かった。先にこの領城と新政府の任官の確認とサインを全て終わらせなきゃならなかったもんでな」

「もういいのかよ」

「ああ。やっとひと段落付いたから一度今後の予定を話し合っておこうと思ってな」

「じゃあバッカス達もいた方が良かったですね」

「流石にあいつらを最初っからこの城に入れるわけにもいかないからな。それは明日以降だ」


 明日にはバッカスもここに呼ぶ気なんだ。それはそれで大変そう。


「君たちも分かってると思うがここは北へ向かう中継地だ。ここで荷物を作り直して北で過ごす準備をする。こちらの準備は2日もあれば整うだろう。その後は船で一旦北の農村まで移動してそこで馬車と馬に乗り換える。ウイスキーの街に出る前に手配しておいたからもうあちらで準備が整ってるだろう」


 凄い、キールさんここを発つ前からそこまで準備してたんだ。

 あれ? そう言えば……


「ヴィクさんとテリースさんはどうしたんですか?」

「ヴィクは兵舎に直接戻ったしテリースはバッカスたちと一緒に貧民街に向かった」


 船着場で別れてから見かけてないことに気づいて聞いてみるとキールさんがすぐに答えてくれた。

 テリースさん、前に自分がハーフだからあんまりエルフの皆さんとは上手くいってないような事を言ってたのにそれでも貧民街に行っちゃったのか。


「テリースは後で合流するから心配するな。それにあいつは今回所用を済ませたらウイスキーの街に戻す」

「じゃあ北には俺達とあんたとアルディそれにバッカスとアントニーで行くのか?」

「いや、俺は行かない」

「え!?」

「ぁあ?」


 てっきりキールさんは来ると思ってた私と黒猫君が驚いた声を上げるとキールさんが不服そうにアルディさんを睨んだ。


「本当なら一緒に行きたいところだが、この生真面目な近衛隊長が国王が簡単に動くべきじゃないと言ってうるさくてな」


 キールさんの視線をものともせずにアルディさんが軽く肩をすくめ当り前だというように頷いた。

 そ、そうだよね。キールさんこの国の王様になっちゃったんだから残念だけど簡単に旅行とか一緒に行っちゃもうダメだよね。


「それに中央の事もある」

「中央で何かあったのかよ」


 ため息交じりに続けたキールさんの言葉に敏感に反応した黒猫君がビクンと耳を立てて問いただすとキールさんが難しい顔で説明し始めた。


「ここを発つ前に俺の即位と新政府設立の知らせをそれぞれの街と中央に送り出していたんだがな。中央には俺が即位する以前と今回2回に渡って使者を送ったが全く連絡が返ってこない。ヨークからは即位が本当に終わったのであれば是非祝福したいから顔を出せと要求が来たが、かといってその即位自体を認めるとは言ってこない」


 眉根を寄せながらキールさんがそのまま続ける。


「バースがまあ一番マシだが、あちらの使者が一緒に戻ってきて俺の戴冠を認めるから今すぐに麦の交易を再開して欲しいとさ。どうやら中央からの麦の供給が止まったらしい」

「なんかどこもかしこも問題だらけだな」

「ああ。だから俺は今後ここからそれぞれの街との外交を始めなきゃならんことになっちまった。代わりにアルディとヴィクは付ける」

「いいのか?」

「こちらにはカールとエミールがいるさ。まあなるべく早く戻ってきてもらいたいがな」


 黒猫君の気遣うような問いかけにキールさんはなんでもないというように軽く手を振ってそう返した。

 アルディさんは普段からキールさんとずっと一緒にいるから本当はキールさんの方が必要なんじゃないかと思うけど一緒に行ってもらえるならもちろんとっても心強い。言うまでもなくヴィクさんの同行は私にとってこの上なくありがたいし。


「その件で陛下にご報告すべきことがあります」


 そこにスッと珍しく真剣な顔のエミールさんが口をはさんだ。


「キーロン陛下がウイスキーの街に発たれたすぐ後、ナンシー公がヨーク・中央・バースのそれぞれに兵を送って諜報活動にあたらせたのは覚えておいでですか」

「ああ、それがどうした」

「実はあの後数名が戻ってまいりました。特に父の息がかかった者たちではありませんでしたので僕に報告が上がってきています」


 そこで一口お茶を飲んでからエミールさんが続けた。


「ヨークでは現在ヨーク伯爵ご自身が健康を害してらっしゃるようで街に大きな不安が広がっています。現在あそこには継嗣がございませんからこのまま伯爵が亡くなられてしまうと領地を王室に返還という事もあり得ますので」

「ああ、それで俺を呼び出そうとしてるのか」

「多分そうではないかと。何らかの交渉を陛下に持ち掛けるつもりでしょう」


 そこまでスルスルと報告をしてたエミールさんが少し躊躇いがちに先を続ける。


「それから……中央には25人送られたそうなのですが、たった一人戻りました者が……傀儡にされていました」

「またかよ」

「え?」

「どうして分かった?」


 黒猫君と私の驚きの声に続いてキールさんが尋ねる。


「それがどういう訳か街に入った途端意識を失い、調べてみると前回同様身体が死亡してからかなりの時間が経過していることが確認されました。なぜ突然意識を失ったのかは不明です」


 キールさん、アルディさんそして黒猫君が唸った。何かの理由で傀儡の術が切れちゃったんだとは思うけど理由が分からない。


「そしてバースですがこちらの諜報者が入った時点ですでに中央との交易が途絶えていたようです。麦の供給が途切れて数か月が経っており、現在食料不足で暴動が起きる寸前だそうです。バース卿は一刻も早く取引を再開するべく、ナンシーから直接輸送出来ないか打診するために使者を繰り返しこちらに送りだしていたそうですが一人も辿り着いていません。どうやら全員中央付近で行方不明になってしまったようです」

「なんでこの世界どこ行ってもこうヤバいとこばっかなんだよ」


 黒猫君が凄く嫌そうに上を向いて呻いた。同意するようにキールさんまで唸ってる。

 これって要は折角キールさんが国王になってナンシーが落ち着きそうなのに、他の地域はそれぞれまだまだ問題を抱えたまんまって事だよね。しかも最も大きな中央が一番ヤバそう。

 エミールさんの報告を聞いていたキールさんがしばらく考えてから黒猫君と私に向き直る。


「あゆみ、ネロ。明日バッカスと相談して今後ここから使者をバースに送るのに狼人族の誰かを護衛につけられないか聞いてもらえないか?」

「ああ? だがあいつら今家を建ててるから忙しいんじゃねーのか?」

「そっちは代わりにここから人を出そう。中央周りの道を使わずにウイスキーの街から真っすぐ南下するには草原を走れる奴が必要だ」

「あー。あいつらの背中に使者を乗せていかせるってことか。どうせ気絶するだろうがそれでいいなら頼んでみるよ」

「そうしてくれ」


 二人の話を聞いてた私はそこで念のために確認しておく。


「キールさん、それはバースと直接取引を始めるって事ですか?」

「ああ。ちょっと遠回りになるがウイスキーの街から真っすぐ草原を南下すればバースに着く。中央へ向かう街道との間にはあの迷いの森があるから邪魔も入りにくい」

「でもそれだと馬車は使えませんよね」

「それは仕方ないな。しばらくは馬に積めるだけ積んで行き来するところから始めるか、または海まで船を出して迂回させるか」

「え! 海あるんですか!」

「海あったのかよ!」


 私と黒猫君がキールさんの口から漏れた思いがけない言葉に同時に叫んだ。


「ああ? もちろんあるさ、でなければ川はどこに流れてくんだ?」


 そんな私たちを呆れた顔で見ながらさも当たり前のようにキールさんがいうけど。


「前に見たここの地図には乗ってなかったぞ」

「そりゃここからはかなり遠いからな。バースは海にも近いから海産物は多いらしい。ただ内陸のこの辺りの連中はあまり好まないんでここまで回ってこないがな」


 キールさんの説明ににわかに心が沸き立ってくる。


「黒猫君、魚。魚食べれるかも」

「ああ、エビや貝類もな」


 興奮気味に私が言えば黒猫君も目をキラキラ輝かせて私を見てる。

 あ、でも黒猫君は猫だからエビや貝は食べちゃダメなんじゃないかな。


「お前らは当分バースに行く予定はないだろう」


 躍り上がりそうだった私たち二人にキールさんが横から冷水を浴びせた。

 だ、だけど。


「わ、私たちが行かなくてもバッカスの仲間にお土産をお願いすれば──」

「あいつらに金が使えるのか」

「!」


 しまった。そう言えばバッカス達この前も結局お金受け取ってくれなかったんだった。って事はもしかしてバッカス達ってお金を使った事がない!?

 がっくりと肩を落とす黒猫君と私を見たキールさんが苦笑いしながら付け足した。


「そんなに魚介類に興味があるなら送り出す使者に買い付けを頼んでおくんだな」

「是非そうさせてください!」


 お魚だ。お魚が食べられるかも知れない。なんか最近少しずつ食生活に潤いが広がり始めてて凄く嬉しい。やっぱり食べ物が充実すると人生が豊かになるよね。

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