3 部屋で昼食
しばらくすると部屋にノックの音が響いて返事をするとメイド長のイリヤさんが現れた。
「お部屋に届いた荷物を入れさせていただきます。それからお二人はなにかお召し上がりになりますか?」
ああ、そう言えば今日は朝早く出発したから船で食べたのは朝食兼お昼だったんだよね。おかげでなんか少しお腹は空いてきてる。黒猫君を見上げるとどうやら彼も同じことを考えてたみたい。二人でちょっと顔を見合わせるとイリヤさんが言葉を続けた。
「簡単な物でしたらお部屋にお持ちしますよ。さもなければ夕食のお時間までお待ちいただく事になります」
「私は何か簡単なものを頂きたいけど黒猫君は?」
「俺もなんか貰おう」
「ではすぐに準備させていただきます。後湯殿をお使いになられるようでしたらお呼びくださいませ、準備させていただきますから」
「へ? 準備?」
「もちろん、湯を運び込ませて頂きます」
そっか、水道があるわけじゃないんだよね。水道かぁ。
「あゆみ、自分たちでやればいいよな」
「え、あ、うん。私たち自分たちでお水も出せますし温められますから大丈夫ですよ」
「え?」
今までそつのない接客のプロといった風格で対応されてたイリヤさんが驚いた様子で私たちをまじまじと見つめた。
「え? あの自分たちの魔法で何とでも出来るので大丈夫です」
「そ、そんなことに魔法を使われるのですか?」
あ、そうか。普通は魔力の無駄だから使わないのかな。でも私の場合余るほど魔力があるから別にいいんだよね。
「ああ、こいつも俺も魔力に関してはあまり制限がないから気にしなくていい。ただ湯を抜くのは自分たちでは出来ないから次の日にでも片付けてもらえれば助かる」
黒猫君の返事にイリヤさんが感心したような顔で頷いた。
「かしこまりました。それでは早速軽食をお持ちしますね」
そう言って出ていくイリヤさんに私はちょっと聞いてみる。
「イリヤさん、キールさんやアルディさんはどこのお部屋になるんですか?」
私の質問にイリヤさんがちょっと首を傾げて答えてくれる。
「キーロン陛下は同じこの通路の一番奥、このお部屋の左隣りの部屋になります。アルディ様は元々ご自分のお部屋がまだ階上にございますが使わずに兵舎に戻られるそうですよ」
そうだった、アルディさんは隊長さんだからあっちに戻らなきゃダメなのか。でもじゃあ私も一度向こうに行って研究室見てきたいな。
私の顔色を見た黒猫君が「明日にしろよ」っと釘を刺した。まあ確かに今日は予定も分からないし勝手に出歩くわけにもいかないかな。
「それでは失礼します」
と言って出ていったイリヤさんを尻目に私はもう一度本棚に戻ってみる。さっきのとは違う本を一冊引き出して中を軽く捲っていく。
「黒猫君、これ面白いよ。この『建国王物語』って多分初代王のお話だと思う」
そう言って黒猫君を呼ぶとこちらに周ってきた黒猫君が本にちょっと目を落とし、すぐに私を抱えてソファーに移動する。そのまま私のすぐ横に座って私の手元の本に目を通していった。
「早く捲れよ」
「え? もう読んだの?」
「え、ああ。次」
え、ちょっと待って。この本そこそこ字が多くてしかも手書きらしく字が読みづらい。それなのに黒猫君、今5秒くらいで読んだって言ったよね?
それでも私が次のページに移るとまた5秒くらいで「次」っていう。
「ちょっと待って黒猫君、なんでそんなに早く読めるの?」
「ああ? 別に普通に読んだから」
嘘だ、だって今5秒だよ?
「黒猫君ちょっと待って、本当に読んでるの? 見ただけじゃなくて?」
「読むのと見るのは一緒だろ」
「ち、違うよ、見ただけじゃ内容が頭に入らないじゃん」
「入るだろ、見て読めれば」
よく分かんない。私はちょっと疑り深く黒猫君を見返して本を閉じて聞いてみる。
「じゃあ今のページにあった建国王のセリフ言える?」
「え、あれを言うのかよ。『私の行くところに道はない、私が歩いた後に道が出来る』だろ。これ確か日本の詩かなんかに出てきたセリフのもじりだよな」
あってる。信じられない!
「ねえ黒猫君、もしかして黒猫君ってものすごく頭いい?」
「はぁあ? 何言ってんのお前。俺が高校中退って知ってるだろ」
「そうじゃなくて、ってどうなんだろう。だって普通そんなに早く本読めないから」
「そうか? 単に読むだけだぞ? 別に暗記してるわけじゃねーし」
「違うよ、そうじゃなくて。普通目がそんなに早く字を追えないから」
「ああ、喧嘩してたから動体視力は元々良かったな」
……黒猫君これ冗談じゃなく本気でそう言ってるんだよね?
「え? そういう事? じゃないよ、絶対違う。そうじゃなくて字が追えたってふつうそんなスピードでズンズン理解できないって」
「……ちょっとお前が自分の普段読むスピードで読んでみ」
言われてもう一度本を開いて新しいページを読み始める。大体2分くらいかな? ちょっと遅いのはやっぱり英語の人名で目が滑っちゃうから。
「本気でそれ普通か?」
「うん。今まで黒猫君がどういう勉強の仕方とかしてたのか知らないけどそんなに読むの早かったら高校でも成績良かったんじゃないの?」
「いや、普通より下だったぞ。だって試験にはテキストと違う事ばっかり出てくるし」
「それは先生がクラスで教えてた内容とかじゃなくて?」
「あー。授業は基本寝てたな」
不真面目だなぁ。でももしかして。
「授業つまらなかったの?」
「んー、とろくせえなって思ってた。いつまでも同じことばっかやってるし」
やっぱり。これもしかしなくても多分勉強が簡単すぎたんじゃないかな。本があんなスピードで読めちゃったらきっと教科書とか読むのもあっという間だもんね。
「……もったいないね。黒猫君ってもしかしたら凄く頭いいんだと思うよ」
「……本当にそう思うか?」
珍しく黒猫君が自信なさげに私にそう聞いてくる。取り合えず頷いといた。だって私はそう思うから。
「そっか。ありがとな、これで決心ついたわ。後でちょっとキールと話してみるな」
うなずく私を見た黒猫君はすごくサッパリした笑顔を私に向けた。それから黒猫君は何か思う所があったらしく、その後一人で考えこんじゃった。私はそれを邪魔しない様に一人で本を読み進めた。
本の内容はやっぱり初代王のお話でまあ逸話集みたいになってたんだけど初代王がどうやって小さな町や村を纏めて国にしたかとか中央にあった街を中央政府とし、その中心を王都としたとか3公を指名した経緯とかホントに普通の歴史っぽい。あの初代王のお話なのに全然寒けもなく読めちゃった。
しばらくしてイリヤさんが手掴みで食べられる軽食を用意してくれた。小さなパイといつものお茶、それに串に刺されたソーセージ。それに数人のメイドさんたちが馬車から下ろした私たちの私物を部屋のワードローブや棚に綺麗に並べてくれる。とはいえ、そんなに荷物ないんだけどね。
黒猫君もその頃にはもう一冊の本を持ってきて真剣に読んでた。
お茶も軽食も終えて黒猫君はその本を読み終えて伸びをする。
「あ、その表題のない方の読んだんだ。どんなお話だった?」
「あー、お前は読まなくていい」
私が見せてもらおうと手を伸ばしたら黒猫君がちょっと赤くなってスッと本を私が伸ばした手の下から抜き去る。そのまま立ち上がって本棚の一番上、私の手の届かない所に乗せちゃった。
「ずるい自分だけ読んで」
「あー、何とでも言ってろ。あれ間違いなくエミールの馬鹿の冗談だからお前は見なくていい」
そんなこと言って自分は読み切ったくせに!
そんなじゃれあいをしてるところに扉をノックする音が響いた。
「あゆみ、ネロ殿、キーロン陛下がお呼びです」
「あヴィクさん、今行きます」
私が歩き出そうとしたらスッと黒猫君に抱え上げられた。そこで思い出して黒猫君にお願いする。
「黒猫君、これから秘書官の仕事するときは私に自分で動き回らせてね。でないとケジメがつかないから」
私の言葉にジッとこちらを見てから小さく「仕方ねーな」っと答えた黒猫君がスッと私の耳元に口を近づけて呟いた。
「部屋にいるときその分甘えてろよ」
途端、ボンっと顔に血がのぼってつい黒猫君を睨んじゃった。まあでもそうだよね。部屋で二人きりの時に甘えるくらいの方が外でずっと抱えまわされるよりいいな。
「そうするから」
私が小さな声で返事を返すと黒猫君が満足そうにうなずいた。




