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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第9章 ウイスキーの街
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閑話:キールの再会(後編)

 母は予定通り案内されて俺の居室に現れた。久しぶりに再会した母は心配と喜びを浮かべた顔で俺と向かい合いにソファーに腰かけ、出された茶を飲みながら最近の王室の様子と俺のいない邸宅の管理になどについて世間話を始めていた。

 日ごろから何かにつけ俺の部屋に顔を出していたレネーシアはその日は朝方一度茶を入れに来たきり姿を見せていなかった。だから母が訪れた時に茶を出したのはレネーシアではなく、たまさかその日俺の部屋付きになったメイドだった。

 しばらくして母が突然黙り込んだ。

 何かおかしいと思った時には俺の目の前で母の手が震えだし顔が青ざめ、そのままゆっくりとソファーの上で崩れ落ちる。

 何事かと立ち上がろうとした俺も突然全身に痺れが走り膝が折れ、咄嗟に剣を抜いたがそのままそれを床について寄りかかり動けなくなった。

 すぐに袋を頭からかぶった男たちが二人部屋に押し入ってきて剣を手に真っすぐ俺をめがけて襲い掛かってきた。

 元々継承権など放棄して軍に籍を移して家を支えようと考えていた俺は以前から人並以上には鍛えていたし正直腕には自信があった。だが薬に痺れた身体は俺が想像していた以上に鈍かった。それをおして自衛と目の前の母を守るために俺は気力を振り絞りふらつく身体を何とか支えて剣を持ち上げた。

 それを見た二人の侵入者は一瞬たじろいだ。まさか俺が動けるとは思わなかったのだろう。

 その隙にしびれを押してなんとか剣を振りかぶった俺が次の瞬間目にしたのは侵入者の一人が自分の盾にするために抱き上げた母の身体だった。驕り高ぶり剣を振り上げていた俺にはその後自分の剣を制御する事が全く出来なかった。振りかぶるだけはなんとか出来ても、振り下ろす先を調整できるほど体の痺れは甘いものではなかった。

 今でもはっきりと目に映る。血に濡れた母の白い肌と悲しみの瞳。小さな小さな悲鳴と手に残る感触。


「陛下お水をお持ちしますか」


 俺が過去の残滓に襲われ額に汗を拭きださせるのを見たレネーシアが立ち上がって部屋を出ていこうとする。だが俺はそのレネーシアの腕を掴んで引き留め顔を覗き込んだ。


「お前は、知っていたのか。あの日何が起きるのかを。知っていて……いや待て、お前はあの後どうなったんだ?」

「陛下、その話はどうかお許しを」


 覗き込んだレネーシアの顔には罪悪の影よりも悲しみと苦しみが色濃く表れていた。

 俺が怒りに任せて二人の侵入者を何十回も切り刻んだ後、城内の警らが部屋に現れすぐに母と俺を診れる医者を呼びに走っていた。むろん冷たくなった母にはなんの意味もない事だったが。

 だが、部屋に連れてこられた医者や薬師の中にレネーシアの姿はなかった。あの時は混乱も酷く単に違う者が選ばれただけのことだと気に留めていなかったがよく考えれば一度も呼びにやられなかったこと自体おかしい。


「まさか……お前も何かされていたのか」


 あの後、父王に継承権の放棄を申し出ながらも却下され当てつけにその足で軍に飛び込んだ俺は軍のコネも使って色々手を尽くしたが結局レネーシアの行方を知ることは出来なかった。同時期に城を出たらしいということだけは後に人伝に聞いたが。


「答えてくれ」


 自分勝手かもしれないが俺はレネーシアが持つ小さな過去の欠片を手に入れたい一心でレネーシアに返事を強要した。そんな俺の様子をただ悲しそうに見返すレネーシアが最後には諦めたように息を吐く。


「分かりました。お話いたしますからまずはもう一度お座り下さい」


 レネーシアの言葉に自分を見ればいつの間にか俺は腰を上げてレネーシアを半分抱え込んでいた。不承不承手を放して自分の椅子に戻るとレネーシアが淡々とした口調で話し始めた。


「あの日キーロン陛下にお茶をお出しした後自室に戻ると既に第三皇太子の私兵が部屋で私を待ち構えておりました。私はそのまま捕らえられ、しばらくの間第三皇太子の私室で監禁されておりました。そして貴方が城を去り軍籍に移られた頃、奴隷商に下げ渡されたのです」

「な──」

「そのまましばらくは王都で娼婦をしておりましたがとある縁でこちらの娼館に移され、いつの間にやらこの通りここの主に収まりました」

「……なぜ……なぜ俺の所に姿を見せなかった」


 それが本当ならば俺がまだ王都の軍に所属していたころこいつはまだあそこの娼館にいた事になる。例え娼館を出る事がかなわなかったとしても手紙の一つも送れないなんてことはあり得ない。

 俺がここに来てもうどれだけ経つ? その間なぜ一度も俺を訪れなかった。

 助けを、なぜ望まなかった。

 俺の中に浮かんだ沢山の問いかけは全てレネーシアのその表情一つで言葉になる事なく沈んでいった。俺の問いかけに寂しそうな笑み一つで答えたレネーシアは静かに立ち上がり、机をまわり込んで俺の目の前に跪く。


「キーロン陛下。陛下のお母上がどのようにして亡くなられたのかは人伝に伺いました。あの日貴方の傍にお仕えできなかった事、今までずっと悔やんで参りました。しかし例え城をお出になられても陛下のお立場を考えれば私のような者とはもう二度と関りを持つべきではありません。このまま静かに遠くから陛下のご成功をお祈りしたいと、ただそう願っておりました」


 跪くレネーシアの俯いた顔から静かに雫が落ちて綺麗に磨かれた石の床に丸い染みを付けていく。


「私の末路をお気に病む必要は全くございません。お母上をあのように不幸な形で亡くされた陛下のご心痛を思えば私の身に起きたことなどその代償には軽すぎます。今日こうして思わぬ再会を許され、陛下に直接懺悔する機会に恵まれただけでこの13年の間胸の奥に秘めてまいりました澱がやっとおりる思いです」

「馬鹿を言え。お前に何の責任があったというのだ。俺は、俺はお前を探して……探しても行方の知れないお前にもしや裏切られたのではと思わずにはいられなくて……お前にとってあれはその程度の時間だったのだと……レネーシア、ならばせめてもう一度初めからやり直し──」


 俺の中で一度は終わらせたその感情に再び火が灯り胸の中に久しぶりの熱が広がったその時。レネーシアが顔を上げ、その優しい声で俺の言葉をさえぎった。


「陛下。私の名はレネ、この娼館の主のレネです。お花代を頂けば一時この身は誰のものにでもなる、ここにいるどの娼婦とも変わりありません。陛下の覚えてらしたレネーシアは10年以上前に死にました。どうぞそれ以上はご勘弁を」


 そう言って上げられたレネーシアの顔は涙にこそ濡れていたが最初に見せたのと同じどこか他人行儀な美しい笑顔だった。


「陛下戻りました」


 そこにテリースが戻ってきて俺たちは会話を中断せざるを得なかった。テリースも間の悪いタイミングで自分が現れた事には気づいたようだがそれでも席に戻りテキパキと報告を始める。


「あゆみさんの火傷は腕を除いて既にネロ君が治療し終えていたようです。首の周りも暫くは跡が残るでしょうが特に大きな問題はなさそうです。それからネロ君ですが──」


 レネーシアに伝えきれなかった自分の思いがくすぶり続け、俺はテリースの話に全く集中できなかった。


「陛下、心ここにあらずのようですが」


 そう言って言葉を切ったテリースにハッとして頭を振る。


「悪い、ちょっと考え事をしていた。悪いがもう一度繰り返してくれ」


 苦笑いして俺とレネーシアを見比べたテリースが再度あゆみとネロの現状を説明してくれる。

 そこにアルディも加わった。どうやら今までアルディは被害のあった部屋の後片づけをしていたようだ。状況報告を聞いて再度アルディに今夜は念のため兵を使って館内の娼婦と使用人をそれぞれ部屋に軟禁し外に見張りをつけるよう言い渡す。それを聞いたレネーシアがピクリと片眉を上げるのが見えた。やはり気づいたか。

 逆にレネーシアには俺たちが知りえた『連邦』の傀儡の術について簡単に説明した。聡いレネーシアはこれがどういう結果に繋がるかを理解したようできつく唇を噛みしめている。


「お前はここの娼館の者たちにも情を掛けているんだな」


 ふと、俺の様な半端者にまで情を移してしまった不器用な彼女の事を思い出して俺がそう呟くとレネーシアが少し頬を染めながらこちらをにらんだ。


「もちろんです。皆私の可愛い娘たちなのですから」


 昔俺はその情の深さに救われた。そしてそれが今も変わらないことを確認して胸が熱くなる。


「テリース、お前アルディを手伝わなくていいのか」

「私がお手伝い出来る事など……ああ、兵士に負傷者がいないか見てまいります」


 すぐに俺の意図に気づいたテリースが少々わざとらしくそう言って部屋を出ていった。扉が閉まるのを待ってレネーシアに声を掛ける。


「レネーシア。いやレネ。お前を買いたい」

「え?」


 俺の言葉の意味が理解できないらしくレネーシアが首を傾げる。俺はそのまま言葉を続けた。


「これから先、一生分、俺にお前を売ってくれ」

「陛下何を馬鹿な事を──」

「お前は娼婦なのだろう。ならばお前を買えば問題あるまい」


 俺が言いつのると顔を赤くしてレネーシアが首を振る。


「いけません。陛下御自分のお立場をよくお考え下さいませ」

「ああ、考えている。考えているから……お前を娶る事は出来ない」


 俺の言葉にレネが図らずも言葉に詰まり、俺をジッと見つめてくる。


「だが俺がキールとしてここを訪れる事は出来よう」


 胸が裂けるように痛む。こんなひどい告白が悲しくも今の俺に出来る全てだった。なんと不自由な身になり下がった事か。自分がどれほど酷い事をレネーシアに無理強いしているか分かっていてももう引き下がるつもりはなかった。

 彼女がこれ以上文句を言えないよう、俺は立ち上がってレネの前に歩み寄り座っているレネを無理やり立たせて自分の腕の中に抱きとめる。


「今後俺以外の客は取るな。あの部屋は俺が作り直させる。俺専用の部屋にしろ」


 ジッとレネの目を見つめながら俺がそういうとレネが辛さと嬉しさの入り混じった複雑な表情に顔を歪ませた。


「俺はまだやらなければならない事がある。ここに戻るにはしばらくかかるだろう。待てるか?」

「あゆみ様は……いいのですか?」


 突然飛び出したあゆみの名前に訳が分からず俺が疑問を浮かべて見返すと少し拗ねた様に赤くなったレネーシアが続けた。


「あゆみ様をご寵愛されていた、と伺いました」

「誰だそんな根も葉もないことを言った奴は」


 俺は馬鹿らしさにため息を付きながらレネーシアの顎に手を当てて顔を上向かせる。


「あれは最初っからネロ一筋だ。あの二人はたまたま拾っちまった都合上面倒を見始めたが、色々あって今は信頼のおける俺の部下だ。だがそれ以上でもそれ以下でもない」


 ゆっくりと俺が顔を寄せ真っすぐにその揺れる瞳を覗き込みながらそう答えるとレネーシアがフッと緊張を解いて小さく息を吐いた。


「それではお二人には申し訳ない事をしてしまいましたわね」

「なんだ、何かからかったのか?」

「ええ、まあそんな所ですわ。後で謝らなくては。どうぞ明日にでも落ち着きましたらお二人にいらしていただけますようお伝えいただけますか。監査の件もございますし」

「ああ、だがもうそんな事は今どうでもいいだろう」

「まあ。陛下の大切な部下のお話ですわよ」

「そうだな。まずはあゆみが回復するまでは気が休まらん。だからお前が慰めろ」

「そうですわね。でしたら以前のようにチェスでも致しましょうか?」


 悪戯っぽく微笑みながらそう俺をからかうレネーシアの唇はもうすぐ目の前だった。


「チェスはもう忘れた。お前がもう一度思い出させてくれ」


 囁きを唇に乗せながら俺はレネーシアの赤く濡れた唇を自分の唇で塞ぎ、それ以上彼女の唇が意味のある言葉を紡ぐことを禁じた。


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