27 救える者と救えない者
「終わった」
静かにそう言いながら黒猫君とテリースさんが部屋に戻ってきた。そのまま無言で2人が椅子に座るとすぐにレネさんがそれぞれに新しいお茶を出してくれた。
「今日この娼館にいた娼婦と使用人は全部で43人。そのうち14人が心音がなかった」
黒猫君がお茶を一口すすって盛大に顔をしかめてから説明を続けた。
「その14人を出来るだけ早く一度に同じ手順で回ったんだけどな。14人中5人が死んじまった」
その言葉に心臓が凄く嫌な音を立てて跳ねた。レネさんがお茶を持った手を止めた。黒猫君はそれでも言葉を続ける。
「最初の数人は問題なく行けた。予定通り時間停止の魔方陣で完全に動きが止まった。だけど部屋をまわるうちに失敗し始めた」
お茶をもう一口口に運んでから黒猫君が辛そうに続けた。
「テリースが痛覚隔離を掛ける前に襲いかかろうとしてきたのが二人。残りの3人は部屋に入った時には死んでた」
「途中で気づかれたんでしょうね。むろん残念な事ですがこれでまた少しこの魔術の事が分かりました。やはり術者は常時傀儡をコントロールしたり傀儡から情報を得たり出来ているのでしょう。そして身体を乗っ取るのには特にきっかけは必要ない。しかも乗っ取る代わりにいつでも殺すことも出来る」
アルディさんが黒猫君の話からさっきまでの考察を再確認する。それを聞きながらキールさんが難しい顔でアルディさんに「後で報告書にまとめておけ」と短く指示した。
そして最後に黒猫君が一枚のわら半紙をレネさんに差し出した。
「これが動きを止めた奴と死んだ奴の名前だ。悪いが以前『連邦』の治療を受けた事がある奴らかどうか確認できないか?」
レネさんがスッと立ち上がって黒猫君から紙を受け取った。何気ない仕草で受け取ったレネさんの手が微かに震えてることに気づいて胸が苦しくなる。
「確実な事は後ほどご連絡しますが確かに数人私の覚えている限りで『連邦』でお世話になったものがおります」
「ああ、それとダンカンも死んでた」
「なに!?」
「っていうか、あれ一体どれくらい苦しんで死んだんだって身体だったよ」
そう言って黒猫君がテリースさんを見るとテリースさんが青い顔で説明してくれた。
「あれは。酷い状態でした。服の下でお二人は気づかなかったんでしょうが拷問の跡が多数みられました。最初から殺すつもりで行った拷問であることは確かです」
「その上傀儡にされて下手したらその最悪の状態の意識を残されてたわけだ」
黒猫君が辛そうにそう付け加えた。
キールさんが小さく唸って立ち上がる。
「アルディ、兵に停止した娼婦を牢に移動するように伝えろ。レネ、安心しろ、念のためだ。変な奴に手を出されるのも嫌だろ。遺体はどうしたい?」
「こちらで弔いたいと思いますがよろしいでしょうか」
「構わないが人手がいるようなら声を掛けろ。兵を貸す」
「ありがとうございます」
牢と聞いて立ち上がったレネさんにキールさんがすぐにいたわる様な声音で説明すると緊張してたレネさんの眦に微かに涙が光った。
その二人の様子が私にはやけに近しく思えて黒猫君の顔を見ると黒猫君もどうやら何か思う所はあったみたいだけどすぐに私に向き直って私を抱えたまま立ち上がった。
「キール」
「ああ、ネロとあゆみはもういいからとにかく今日は休め。悪いが出発はあまり遅れさせられないから一日で回復してくれ」
「無茶言うよな」
文句を言いながら黒猫君は私を抱えたまま部屋を後にした。
そこから黒猫君はまるっきり口をきいてくれない。治療院に戻る道すがら私たちは一切言葉を交わさなかった。
治療院に戻ると黒猫君は私を抱えたまま私の部屋に入り、私をベッドに乗せてそのまま一旦部屋を出ていく。でも私がどうしたものかと思う間もなく部屋に戻ってきた。
その手には私もよく知ってるお酒の瓶とカップが二つ握られてる。
「昼間っからだけど付き合えよ」
そう言って黒猫君がベッドによじ登り、私のすぐ前に座ってそれぞれのカップにお酒を注いだ。
「これ、白ウイスキーだよね?」
「ああ。お前全く飲めないわけじゃねえから大丈夫だろ」
確かにそれほど強くはないけれど飲めないわけじゃない。チビチビ舐める分には大丈夫なはずだけど。
「私にはもうお酒飲ませないんじゃなかったの?」
「ああ、今日はお前とちゃんと話し合わなくちゃならないから特別な」
私の問いにベッドの上で胡坐をかいた黒猫君が片目を上げて私にそう答えた。
う、黒猫君がなんかいつもと違う。
今日は何を言われても正直言い返せる気がしないし、確かにお酒はかなりありがたいかもしれない。
私はコップを受け取ってちょっとだけ口を付けた。口の中に強烈なアルコールの味が広がってそのまま鼻に抜ける。氷も何も入ってない白ウイスキーはかなりきつくてやっぱり私には舐めるのが精一杯だ。舌が焼けるような気がしてそこからはチロチロと舐めるだけにした。それでもすぐに身体の奥から温かくなってくる。
それからしばらく黒猫君は無言でコップを傾けてたけど、どうやら一杯目が終わった辺りでやっと口火を切った。




