11 目標
「黒猫君。もう寝た?」
「ん?」
黒猫君はベッドの上、私の足元で丸くなってる。
床で寝ると言うのを私が抱え上げてベッドに乗せたのだけど。
そのまま抱っこして寝ようとしたら逃げられた。
ま、これは猫だからしょうがないね。
黒猫君の声が聞こえて、安心して続けた。
「あのね、私、今日結構辛かったんだよね」
「……ああ、そうだろうな」
黒猫君は別に同情する訳でもなく、ただ相槌を打ってくれた。
それで私も思い切って話しはじめる。
「それでね。ほんと凄くすごく辛かったんだけど。でもこっちに来て初めて、何かやったって実感があったんですよ」
そうなのだ。
実はこんなにクタクタなのに、やけに頭がスッキリしちゃってて目が冴えちゃってて眠れない。
「そうか」
「そうなんです。これって凄くて。私すごく疲れてるのにすごくスッキリしてる。足がね、なくなってからやっぱりいつもどこかでそればっかり考えてたんだと思う」
「ああ」
黒猫君はベッドの端から動かず声だけで答えてくれる。
「それが今日は、もちろん足のせいでも苦労はしたんだけどさ、それ以外のことも凄く大変で、いつの間にか別に足がないことは特別大変じゃなくなっちゃってた」
「…………」
「襲撃のときも森を抜けて黒猫君たちを待っている間、同じ感じだった」
「…………」
「でね。いくつか考えたんだけど聞いてくれる?」
黒猫君は返事はしないけど、体を動かして私の左足に身体を寄りかけた。それに安心してまた先を続ける。
「まず私、やっぱり死にたくないみたい。凄く切実に生きてたいって思う。一生懸命生きるのは大変だって思うけど、でも生きてたかったらしょうがないと思う」
「真理だな」
「うん。でもね。元々性には合ってないですよ、こんなふうに頑張りまくるのとか」
「あぁ……はぁ?」
訳が分からなかったのだろう、黒猫君が顔を上げてこっちを見た。
かまわずに続けてしまおう。
「でね、目標を立てたいと思いまして」
私は戸惑う黒猫君に思いっきって宣言する。
「私、これから頑張って、いつかここでもマッタリ生きれるようになりたいと思います」
「……それが目標?」
黒猫君が呆けたような声で聞いてきた。
「うん」
私はちょっと息を継いで話し続ける。
「日本にいたときみたいに、休日に喫茶店で本読みながら『あー今日も予定ないよー、誰か電話して来ないかなー』とか言えるような、マッタリした時間が過ごせる生活がしたい。絶対したい。まあ、スマホは無理だろうけどさ。でもなにか同じような、だらだらマッタリがしたい」
「…………」
「だからね、それまで頑張る」
黒猫君が黙っちゃった。
うーん、やっぱり呆れたかな。
自分でもちょっと無理があるかなぁとか思うし、こんな身体で大変なところに来ちゃって言うようなことじゃない気もするけど、今更黒猫君に自分を取り繕ってもしようがないもんね。
しばらくすると、黒猫君がクククっと笑いだした。
「すげーな。異世界まで来てマッタリかよ」
黒猫君の声が猫のくせに笑ってる。
「あ、馬鹿にしてる」
「いや? 馬鹿になんかしてねーぞ。それどころかちょっと尊敬したぞ。それって凄く現実味のある目標だもんな。お前なりの最低限の生活標準なんだろ?」
「あ、そうだね。そういうことでもあるのかな」
言われてみればその通りだ。
その後もしばらく一人で笑ってから黒猫君が答えてくれた。
「俺は……今のところまだ目標もねーしそのマッタリ出来るってのは悪くない。俺もそれに乗せてもらうわ」
「あ、そっか。黒猫君が自立して出てっちゃうってこともありうるのか」
「ま、当分それはないと思っててくれていいよ」
「そう? 良かった」
「ああ。取り敢えずお前のそのマッタリが叶うまでは一緒に頑張ろう」
「おー、黒猫君がいれば心強いよ」
私はホッコリと心が温かくなった。
やっぱりここに一人で放り出されなくて本当に良かった。
黒猫君がいるのといないのじゃ、私の人生全く違うものになっちゃってたと思う。
「さて、それじゃあ明日の予定をちょっと確認しとくぞ」
そう言って黒猫君がまるで秘密を打ち明けるようにぼそぼそと明日の予定を説明し始めた。
それを聞いた私は余計眠れなくなってしまった。




