25 傀儡考察
「そろそろ本題に入るぞ」
それまで黙って様子を見ていたキールが声をかけた。
「昨日の経緯は大体アルディとレネから説明してもらった。あゆみもネロも休ましてやりたいがその前に今回の件でどうしても確認しなきゃならない事がある」
「傀儡の事か?」
「ああ。先ずはルーシーという娘がいつどこで傀儡になったのかだが」
そう言ってキールがレネを見るとレネが頷いて話しだした。
「ルーシーは昨年の夏、流行り病にかかって死にかけたことがあるんです。その時に数ヶ月『連邦』でお世話になりました」
「レネには『連邦』が死者を傀儡の魔術で操ってる可能性があることは説明した。ルーシーの場合、そこで肉体はもう死亡してた可能性が高いな」
キールが後を引き取った。俺は頷いて補足した。
「今更だが俺が最初に会った時にはルーシーの身体はもう死んでたと思う。今考えれば心音を聞いた覚えがねーんだよ。まあ気にかけてなかったから確信はねーけどな」
「じゃあその時点でルーシーの意識は?」
「私が話してたルーシーちゃんと首絞めてたのは絶対別人だと思います。あの時点では本人だったはず」
キールの問いかけに今度はあゆみが辛そうに口をはさんだ。それにキールが小さく頷き俺が補足した。
「俺も同意見だ。乗っ取られた後のルーシーは顔つきからしてまるっきり違ってた」
「じゃあいつ入れ替わったんだと思う?」
そこだ。俺はため息を付いてキールを見返す。
「なあキール、俺たちの知ってる『傀儡』についてちょっと一度整理してみようぜ。今までに俺たちが見た『傀儡』はこの街の外でヨークの髭ジジイとその従者、沼トロールと『連邦』の兵士、元ナンシー公と大臣たち、それにあそこの不憫なガキども、それだけだな」
キールとアルディが頷いた。
「その中であの不憫なガキどもだけは間違いなく教会がやった別もんだ。死体は腐り始めてたし本人の意識もまるっきり残っちゃいなかった」
「ああ、確かにな」
「残りの奴らの中で、昨日のルーシーの中身とあの沼トロールの中身だったのがとにかく偉そうだった」
俺の指摘にアルディが苦笑する。
「ルーシーの方は見ませんでしたが沼トロールの方は偉そうと言えば確かに偉そうでしたね」
「昨日のルーシーを乗っ取った奴も偉そうだったよ」
突然レネが顔と不釣り合いな男の声音で怒りを滲ませながら付け足した。
「そんでもってどいつもこいつもとち狂った事言ってたな。ヨークの連中は踊らされて送られてきた感じだったしナンシー公は完全に妄想に執着してた。残りの兵士や大臣は全くの無反応だったし既に意識が死んでたんじゃねーかと思う」
「良く考えるとネロ君だけがほとんど全て見てますね」
「元ナンシー公がハビアと対決した時どんなだったかも後で確認した方が良さそうだな」
アルディとキールが興味深そうに食いついてきた。
「ここまでの内容から俺も幾つかの推測を立ててみた。まず傀儡の魔術は死んだ人間の身体を操れる。これは皆同意するよな?」
「ああ」
あゆみを含め全員が頷き返しキールが代表して答えた。
「次に死んだ身体には元の意識を残したり残さなかったり出来るらしい」
「それも同意しよう」
「意識のねーやつは殆ど自動制御みたいに細かいコントロールはしてなかったよな。こっちは意識があるのと同様後から乗っ取れるかは分からねえ」
「それだと教会の時の子どもたちと似ているな」
「ああ、教会のは一時に一人だったが連邦のは大量に来るがな」
俺もそれぞれの様子を思い出しながら確認する。
「そんで次のは予想だが傀儡の魔術の支配下にある意識は誰かがある程度コントロールできる」
「それはルーシーや元ナンシー公がずっと操られてたって事か?」
「ああ。もしルーシーがあの手紙を書いたんだったらかなりのコントロールが出来ると考えていいと思う。ナンシー公の場合は考え方までかなり影響されてる様子だったしな」
「確かに。だがその時点で乗っ取られてた可能性はないか?」
「乗っ取ってるならもっと手早い方法がある気がする。っていうかこの術を掛けてる奴は本人のモノマネが出来るほど器用じゃないんじゃねーのか?」
「確かに昨日のルーシーを乗っ取っていた者は短絡的な思考の持ち主のようだったしね」
またもレネが男言葉で苦々しそうに自分の意見を差しはさんだ。こいつ、怒るとこっちが素で出るのか。
「後多分本人が昨日言ってたように、一度乗っ取ると元の意識は死亡するんだろ。だから乗っ取りは一度しか出来ねーんじゃねえか? それにコントロールはあの時の『連邦』の兵士達みたいに大量に出来るみたいだが一度に乗っ取れるのは一人っぽい。多分そっちには制限があるんじゃねーのかって気がする」
「そうかもしれないがこっちは確信が持てんから保留だな。間違ってた時のリスクが高すぎる」
「確かにな」
キールの言う事には一理ある。俺もそれを肝に銘じて先に進んだ。
「でこれが最後だけどな。ルーシーと沼トロールを乗っ取った奴が『影の王』って呼ばれてる奴の気がする」
「……確証はないけど僕もそう思うよ」
「僕もそんな気がしてます」
誰も確証はもてないのにアルディとレネが同意してくれた。
「ここまでの推測を合わせるとだな。影の王ってやつが傀儡の魔術を使えて、手を付けた死体をキープしてあっていつでも俺たちを襲ってくる準備がある……てスゲー嫌なシナリオになる」
「…………」
部屋が静まり返っちまった。それぞれがその最悪なシナリオに声が出ない中、あゆみがぼそりと付け加えた。
「それってここにもルーシーちゃん以外に傀儡が混じってるかも知れないって事だよね」
多分全員が同じことを考えていただろう。いや、キールはだからこそこの話を今しなければならないと持ち出したんだろうな。
そう思ってみればキールが静かに口を開いた。
「昨日の事件の後、ここの娼婦は全員それぞれの部屋で軟禁させてもらった。部屋の前には兵士を付けて見張らせている」
やはりキールは昨日俺に確認を取った時点で確信してたのだろう。レネの顔が暗いのもその結果を理解しての事だ。
「悪いがテリースとネロでそれぞれの部屋をまわって生存を確認してほしい。アルディはこいつらに兵を付けて傀儡と化してる物は……速やかに処分しろ」
「そ、そんな! だって心は生きてるんですよ? ルーシーちゃんの時みたいに……」
「あゆみさん、それは……」
レネがあゆみを止めようとするがあゆみは口を閉じない。
「黒猫君、なんか方法があるはずだよね? だってまだ生きてるんだよ? 処分って、処分って!」
あゆみの為、なんてことじゃなく俺だって気分が悪いのは同じだ。そしてそれはここにいる奴全員同じだろう。
俺はちょっと考えてからあゆみを抱きあげて膝に乗せ、あゆみが驚いて口を閉ざしたところでキールに尋ねた。
「なあキール。いつかお前が俺を救ってくれた時にやった奴。あれ精魂転移だっけ?」
「なんだ唐突に」
「この傀儡の魔術ってなんか似てねえか?」
「はあ?」
「身体がすでに死んでるって事と同じ本人の体だってことを除けばこれってあれに近い気がする」
俺の言葉をしばらく思案していたキールが最後にゆっくりと頷いた。
「……確かにな。だがあれだって身体が生きてなきゃ絶対出来ないぞ」
「ああ、だからこの魔術使ってる奴は死んだ、または死ぬ直前の身体をあゆみの足みたいに時間停止して入れ物にしちまってんじゃねえか?」
「面白いアイディアだな。だが通常精魂転移は相手を操る事は出来ないしそれじゃあやっぱり対象は死んでる事になる」
「まあな。原理はよく分かんねーが俺はそんなもんに感じたって事だ。死んでることには変わりねえが魂はきっちり入ってるって事だろ。じゃあ問題は『連邦』にコントロールされたり乗っ取られるって事と一度乗っ取られたら抜けるときに死んじまうって事だ。逆に言えばコントロールされたり乗っ取られない限り死なないし問題はない」
「ちょっと待て、今なんか幾つか無理があった気がするぞ」
「いいから聞けよ。キール、お前が言う通りこれが失敗すりゃ生きてようが死んでようが処分するしかねえんだろ。だったら少しくらい試したって変わんねえ」
俺の言葉には悲しくも俺たちの現状がしっかりと表現されていたらしく、もう誰も文句は言わなかった。




