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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第9章 ウイスキーの街
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23 考察

 あゆみの治療が終わったのは明け方近くだった。

 治療の終わったあゆみを改めて見る。レネの準備した水着の様な服装はあまりに扇情的であゆみは多分俺に見られたがらないだろう。まあしっかり見ちまったけどな。

 部屋にあゆみを一人置き去りにするのが躊躇われたが扉の外を覗くとやっぱり見知った兵士が隣の部屋の前で見張り番をしてた。そいつらに声をかけてから部屋を出る。

 あゆみが目を覚ました時に困らないように何か上に着せられるものを借りようと最初に通されたレネの部屋に向かうと、そこにはレネばかりかアルディとテリース、それにキールまでいた。


「お前ら何してんだよ」

「お前を待ってたに決まってんだろ」


 キールが何やら酒の入ってるらしい盃を煽りながら鷹揚にそう言うと残りの三人が困った顔でこちらを見る。レネは既に男装を解いて元の娼館の女主人の格好になっていた。


「私たちも今さっきあの部屋の片づけを終えたところですよ」


 アルディが疲れた顔でそういうとテリースが肩をすくめてキールを見る。


「キーロン陛下はレネさんと色々お話することがありましたしね」


 途端キールが不機嫌な顔になりテリースを睨み、レネが俯いた。


「お前は一言多い。それでネロ、あゆみはどうだ?」

「火傷は全部治療した。テリースが痛覚隔離をかけてからは痛みは感じてないみたいだ。レネ、なんかあゆみに着せてやれるもん貸してくれ。俺は戻ってあいつが気づくまで近くにいてやりたい」


 俺がそう言うとレネが無言で頷き立ち上がって隣の部屋に向かう。


「ネロ、詳しい話は明日にするが一つだけ確認したい。あゆみを襲ったのは傀儡だと思うか?」

「間違いねーと思う」

「奴はお前が触ったから覚醒したって言ってたそうだがお前は信じるか?」

「……俺は嘘だと思う」

「根拠は?」

「でなけりゃレネの受け取った手紙に説明がつかねえ」

「他の奴が置いたって事は?」

「だとしてもここに来てから俺は他の女には一切触れてねえ」

「……わかった。後は明日話そう」

「ああ」

「ネロ様これを。あゆみさんの着替えです」

「ああ、薬、ありがとうな」


 隣の部屋から戻ってきたレネから新しい肩掛けとあゆみの着てきた服を受け取り短く礼を言った俺はすぐに部屋を後にした。


 部屋に戻ってもあゆみはまだ意識を取り戻していなかった。

 すぐに肩掛けを着せてベッドの上であゆみの身体を腕に抱き込むとやんわりとあゆみの体温が服越しに感じられて俺はその夜やっと初めて心の底から安心した。

 今まで治療に集中してて気づかなかったが娼館はやけに静まりかえってる。今日は客を帰したのかもしれない。通路に面して開いてる格子窓から廊下の様子が少し見えてる。外が白んできて夜の娼館の妖しさがメッキを剥がしたように俗っぽい物に見え始めた。


 抱き込んだ俺の腕の中で今は少し安心して眠ってるように見えるあゆみの顔を眺めているうちに勝手に涙が溢れてきてあゆみの顔に雫がポトポトと落ちる。


 奪われなくてよかった。

 命に別条がなくてよかった。

 傷が癒えてよかった。

 無事でよかった。


 あんなひどい状況を潜り抜けたにも関わらず、首に残った跡のほかにあゆみの身体には何も外傷らしい外傷がなくなっていた。首の跡は痛々しいがテリースの痛覚隔離は両腕にしか掛けなかったのだからレネの鎮痛剤が効いて痛みが抑えられているのだろう。

 起きたらまた苦しむだろうか?

 少し不安だ。

 腕の中のあゆみの髪を指先で梳かしながら改めて今日起きた事を考える。

 結果から言えば確かにあゆみは助かった。

 だが今回も一つ間違えばこいつは……

 胃がキリリと痛んだ。

 気がつくとあゆみの髪を梳く指が止まってた。俺は意識してそれを再開しながら考える。

 何がいけなかったんだ?

 俺がレネに気を取られてたからか?

 俺が気を抜いたからか?

 あゆみがレネの賭けに乗っちまったからか?

 俺があゆみの賭けを止めなかったからか?

 俺がレネの話に乗っちまったからか?

 タッカーがこの話を持ってきたからか?

 レネがこの話を持ってきたからか?

 ルーシーがあいつに乗っ取られたからか?


 ふっと俺たちに茶を入れ、あゆみの手を嬉しそうに引いていったルーシーの姿が思い浮かんだ。

 そして真っ黒に焼け焦げたルーシーの遺体。


 違うだろ。

 確かに止めることができる機会は幾つもあった。

 だが、どれもこれも今だからこそ後悔できるんであってあの時の俺達には知り得ない。知らない可能性はないのと同じだ。


 あの襲撃から初めてまともに頭が回り始めた。

 今日確かに俺はこいつのメチャクチャの後片付けをしてやるって決めてたが。

 こんなの制御不可能だ。

 今更だがこいつのメチャクチャは俺の場合とは全然違う。

 こいつの場合は。

 あゆみがこれまで危ない目にあった件にはいつも『連邦』の奴らが関わってる。

 そう、俺たちは狙われてるんだ。

 ここが一番の肝だ。

 多分最初のターゲットはキールだったんだろう。俺たちはそれに巻き込まれてただけだ。だけど今回やつらは名指しで秘書官の俺たちを狙ってきた。

 こうなるともう今までみたいな訳に行くはずがない。

 俺はまだしもあゆみは絶対的に弱い。弱すぎる。

 それでも俺が守ってやればいい、今まではそう思ってきた。

 でも今日、俺はあゆみを目の前で奪われ、そして俺は全く手出しが出来なかった。

 ああなっちまったらすでに手遅れなんだ。

 ジッとあゆみを見下ろす。

 こいつ。なんのかんので今まで、どの危機も自分で切り抜けてやがるんだよな。

 正直ちょっと悔しいが俺は考えを改めるべきだ。

 こいつをただ守るんじゃ駄目だ。

 こいつの場合は──


「……えあがれ、ってこれなんだっけ?」

「あゆみお前なぁ……」


 突然腕の中のあゆみの口から間抜けな歌詞が流れてきた。

 心底呆れかえって文句がこぼれるのと、胸の中に燃えるような思いが湧き上がるのが同時だった。

 やっと止まっていた涙がまたもブワリと溢れかえってくる。あれだけ泣いたのにまだ出るのかよ。


「目覚めて……最初の言葉がそれかよ……」


 泣いてるのをごまかそうとため息付きながら文句を言うとあゆみがちょっと躊躇いながらつぶやく。


「黒猫君、そこにいるの?」


 そう言ったあゆみは目を瞑ったままこっちを仰ぎ見る。俺の声の方を向こうとしたのだろう。

 見ればあゆみの目はさっき治療の時に舐めたのでくっついちまってるみたいだ。


「目……まだ開けられねーか?」

「え、ああ、うん、なんか開かない」


 それは都合がいい。どうにも止まらなくなっちまってる涙を見られないで済む。


「じゃあ開けるな」

「開けるなって」

「お前何があったか……覚えてるか?」


 ごまかそうと話題を変える。

 やっぱりショックが強かったのか、一瞬何があったのか思い出せないらしいあゆみを慎重に誘導しながらゆっくりと昨日の出来事を一緒になぞっていった。

 それでもやはりルーシーの事を思い出した途端、あゆみの顔が恐怖と苦しみに歪んで俺の腕の中で暴れ出す。

 前もって手を掴んでてよかった。間違って自分を傷つける前にしっかりと抱き込んで動きを封じる。そのまましばらく子供をあやすように身体ごとゆすってやってるとあゆみが徐々に落ち着きを取り戻していく。俺の腕の中で安心してくれる、その事実が胸を締め付けた。

 どうやら首を絞められてから先は意識が混濁していたようだから細かい部分を補足してやる。

 ルーシーの死を自分の事のように悼むあゆみの姿が俺には見ていられない。

 お前は自分がもし死んでたら、俺じゃあ治せないようなケガをしてたら、俺が同じように嘆き苦しむとは思わないのか。

 俺が正にそんな事を考えてたその時。


「黒猫君、大丈夫?」


 悔しくて涙が溢れでてきた。なんでこいつは!


「あ? なに俺の心配なんかしてんだよ。……まずは自分の事考えろよ。お前マジで……結構酷かったんだぞ」


 怒りは、声に乗らなかった。心配とか安堵とかそんな物の方が勝ちすぎてて。


「え?」

「お前……首絞めてるルーシーのっ…身体にしがみつきながら……火だるまになりやがって……」


 だけど涙は止まんねーし、喉は詰まるし。もうあゆみにだって俺が泣いてるのはバレバレだろう。


「お前自身は自分の火魔法だから問題ないのにっ……燃えてるルーシーの身体は手放さないわっ……燃え上がったカーテンは落ちてくるわっ……マジ最初……そのまま燃えちまうかと……思ったし。……放せって言ってもお前っ…燃え尽きるまでルーシー離さねーからっ…腕にやけどっ……出来てるし……」


 説明するうちにその時の事が一気に思い出されて腕が震えそうになる。どうにもならなくなってあゆみの身体を強く抱き込んでごまかした。そのままあゆみの肩口で顔を拭う。

 今更だが酷い顔になってんだろーな。

 俺があゆみの身体を舐めて治療したことを告げるとやっぱり真っ赤になって焦り始めた。

 俺に舐められたくらいで赤くなるなら何でお前はあんな賭けに乗っちまうんだ!

 そう叫びたいのを必死で堪えて今はここを引き払う準備に移った。

 俺に謝ろうとするあゆみを止めた。こんな所で簡単に謝られたくらいで俺の気が済むわけがない。今回こそは後でしっかり話をしてやる。

 真っ赤にはれ上がった目を見られるの覚悟であゆみの目を拭ってやると、目を開いたあゆみが俺の姿を認めて安心したように微笑んだ。

 ああ。俺どうしようもなくこいつに惚れてんだな。

 あゆみの微笑み一つでメチャクチャ満たされちまう自分に気づいて改めて自覚する。

 起こし上げて着替えを渡そうとすると、やっと自分の服がはだけてた事に気づいたあゆみが慌てて前を合わせた。

 ちくしょう、ここにきてそんな事するなよ。こっちまで照れちまう。

 部屋の前に立って適当に時間を潰す。

 こんな場所であゆみの着替えを待ってるって事実にちょっと頭がいらない妄想を始めそうになるのを振り払い、俺は適当な所で扉をノックした。

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お読みいただきありがとうございました。
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