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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第9章 ウイスキーの街
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13 挑発

 さっきの美人のお姉さんの後について暗い通路を奥に進むと突然目の前に小さな中庭が開けた。明るい午後の日が差し込むそれを囲むように建つ奥の建物には格子の入った大きな窓が中庭に面して開いた小部屋が幾つも並んでる。3階まである建物はその中庭に沿って螺旋階段のように階段が上がっていく。格子窓はどれも内側にカーテンが掛けられていて中は覗けなかった。

 その3階の一角だけ屋根が他よりも高くなっていて上に小さな鐘楼が設えられてる。私達を引き連れて階段を上がったお姉さんはその鐘楼の下の部屋の扉の前で立ち止まった。


「お二人以外は外でお待ち頂いてもいいかしら?」


 お姉さんの細くしなやかな手を腕に添えられてそうお願いされた二人の兵士さんたちは、どちらも真っ赤になってその場で立ち止まってしまった。

 まあいいけどね。どの道ここまでの道案内をお願いしてただけだし。

 私達だけを中に通すと彼女は手早く扉を閉めて部屋の奥へと進んだ。

 そこは綺麗に片付けられた書斎だった。扉とは反対側の壁にある大きな窓から差し込んで来る光で部屋は全体的に明るい。所々に観賞用植物や美しい壺などがセンスよく配置されてるけど家具と言える物は部屋の真ん中に置かれた大きな執務机と椅子が数客、それに窓際に置かれた背の高い丸いテーブルだけだ。


「まずはどうぞおかけになって。ルーシー、お客様にお茶を用意して」


 彼女は私たちに椅子を進めてから手を叩いてそう言うとその大きな執務机の向こう側にゆったりと腰掛けた。黒猫君が私を一方の椅子に降ろして自分もすぐ横の椅子に腰かける。

 私たちが椅子に落ち着いてすぐルーシーと呼ばれたまだ幼い女の子が盆に乗せた茶器を持って現れ、彼女にはどう見ても高すぎるテーブルを使って器用にお茶を入れてくれた。

 白い薄手のシンプルなワンピースと団子に結い上げたピンクの髪が可愛らしい。

 ルーシーちゃんが皆にお茶を供し終えたところで美人のお姉さんがゆったりと話し始めた。


「さて。私がこの娼館の主のレネです。今日はわざわざお偉い秘書官様方にお越し頂いて大変光栄ですわ。ただ残念ながら昼間の娼館ではおもてなしできることなどほとんどありませんけれど」

「もてなして欲しくて来てるわけじゃないのは分かっているだろう。前もって通知も送っていたはずだぞ」

「あら? お二人がいらっしゃるという噂は娘たちが話しているのを耳にはさみましたけど、どなたも私にそんなお知らせを持ってきて下さってませんわね。まあ私に言づけての出来る方はほとんどいらっしゃいませんが」


 ……どんな通知を送っても無視するって事だよね、これって。


「あんたが通知を受け取ったかどうかはこの際どうでもいい。今日は秘書官としてこの娼館の会計を提示してもらい監査を行う」

「まあ。そんな事言われてもお見せできるものは何もないわ」

「帳簿があるだろ?」

「ご存知の通りうちの会計をやっていたタッカーを牢屋に入れてしまったのはあなた方じゃなかったかしら? タッカーは徴税近くになると纏めて処理していたから去年から今年の帳簿なんて私知らないわよ」

「馬鹿を言うな。タッカーは全てあいつがここを去るまでの分を終わらせてここの責任者、つまりあんたに渡していたと言っていたぞ」

「まあ。それはタッカーが何か勘違いしているのでしょう。残念ながら本当にございませんのよ。でもたとえそうだったとしても本当に私がそれをあなた方にお見せする必要があるのかしら? 噂に聞きましたけど監査式、でしたかしら? その新しい会計は強制ではないのでしょう? だったら今まで通りの私が自分で計算した税額をお持ちしますわ」

「帳簿もないのにどうやって申告するつもりだ?」

「そんなの簡単よ。私のお財布のお金から1割を出すだけですもの」


 うわ、とんでもない会計手段を持ち出してきた!

 っていうか今までこれが通っちゃってたのか。


「それじゃああんたの財布以外にどれくらい金が消えてるか分かったもんじゃない」

「まあ、失礼だわ。私が嘘をつくというのかしら?」

「そうではありませんが、きちんとした会計の証拠を頂きたいと言っているのです。来年には強制になるでしょうから今から変更する事をお勧めします。帳簿が無いのでしたらこの一年の収支の分かる書付でも何でも頂いて計算しましょう。ついでに監査式に変更されれば今まで取られていた寄付金に代わる共済費を税金の会計前に計上できます」


 黒猫君がどんどん不機嫌になってきちゃったので代わりに私が出来る限り丁寧に分かりやすい言葉を選んで取りなそうと口を開いたのに、レネさんはちらりと私を見てからすぐに視線を黒猫君に戻した。


「このお嬢ちゃんのお話はよくわからないわぁ。お兄さんがちゃんと説明してくれるかしら?」


 カチンときた。私、今ちゃんと説明したよね? あれ以上どうやって説明すれば分かるんだって言うの?

 黒猫君も私に同意見だったみたいですぐにフォローを入れてくれる。


「今あゆみが言った通りだ。こいつの今の説明は十分分かりやすかったと思うが?」

「あらそうかしら。でもこんな独り立ちも出来てないようなお嬢ちゃんのお話じゃ聞いた気がしないわ。ってごめんなさいね、別にあなたのその片足を揶揄するつもりじゃないのよ、たまたまそう言う表現になっちゃっただけで。さあ素敵な猫耳のお兄さん、もう一度あなたが繰り返してくれるかしら?」


 ひどい!

 何それ、私が言ったから聞けないって事!?

 しかも今、わざと私の足を見ながら笑ったよね?


「レネさん、幾らなんでも失礼が過ぎませんか? 私だって自分で立つくらい出来るし!」


 テリースさんに教わった『丁寧ながらも立場を保った話し方』は最後の方は自分の感情に追いやられちゃった。しかもつい怒りに任せて私はその場でレネさんに見せつけるように立ち上がってしまった。

 そんな私をレネさんはわざとらしくパチパチと手を叩きながら驚いたような顔を作って見返してくる。


「まあ、偉いわねえ。お嬢ちゃん、自分で立てたのね。でもねお嬢ちゃん、子供が大人のお仕事のお話に口を出してはいけませんよって教わらなかったのかしら?」

「わ、私子供なんかじゃありません。これでもこの国の秘書官を拝命しています!」


 あまりのいいようにもう立場を保った喋り方なんてすっかりどっかに行っちゃって思わず素で叫び返す。


「キーロン陛下は幼児趣味でもあるのかしら?」

「だ、だから! 私子供じゃないってば!」


 私が何を言ってもこの人は聞いてくれる気がないみたいだ。私もついカッときて売り言葉に買い言葉で返してしまう。

 そんな私をさも馬鹿にした様な目で見ながらレネさんが聞き分けのない小さな子供に言い聞かせるように続けた。


「お嬢ちゃんには分かってないみたいね。あのね、あなたみたいに周り中から甘やかされて男の事なんて何一つ知らないような世間知らずな娘はここではみんな『子供』って呼ぶのよ」

「お、男くらい知ってます! 馬鹿にしないで」

「やめとけあゆみ」

「黒猫君は黙ってて!」


 なんで私をとめに入るのよ。

 黒猫君まで私を馬鹿にしてる気がする。とっさについきつい声で私が言い返すと黒猫君がふぅっと疲れたため息を吐いて諦めたように目を片手で覆って天井見上げた。それをチラリと見たレネさんが今度は哀れな者でも見るような目で私を見て噛んで含めるように続けた。


「あらまあ、そんなふうにお兄さんも困らせるものじゃないわよ。世間知らずなあなたの面倒を見てくださってるんだから。子供がそんなに無理しなくてもいいのよ。どうせここで言う『男を知ってる』って意味、あなた分かってないのでしょう?」

「わ、分かってます、それくらい知ってるわよ!」

「まあ。じゃあそこまで言うのなら証明してみる?」

「証明?」

「そう、証明。もし今夜ここのお客様を一人でも満足させてくれたなら、あなたの言う事信じてちゃんとお話聞いてあげなくもなくてよ」

「そ、それくらい!」

「あゆみ、バカ。いい加減にしろ。レネ、お前もだ。あゆみがそんな事を証明する必要はどこにもない」

「そうよね、そんなこと証明なんてしなくてもいっつもこうやってお兄さんが助けてくれるものね」

「そうじゃなくてこいつは俺の──」

「黙ってて黒猫君!」


 とうとう我慢のキレた私は黒猫君に怒鳴りながらテーブルをたたいた。キッと黒猫君に向き直ってしっかりと言わなきゃいけない事を言う。


「悪いけど帳簿がないんじゃ黒猫君には監査の細かい事説明できないでしょ。ここの帳簿をつけ直してちゃんと監査するにはこのレネさんが私の言う事聞いてくれなきゃ無理なんだよ?」


 私、合ってるよね? 私の言ってること間違ってないよね?

 それに私はそんな馬鹿にされるほど子供じゃない。男性経験があるからとか黒猫君と結婚してるからとかそんな事じゃなくて。ここまで私だって色々自分自身で乗り越えてきたんだし。

 レネさんに私の言う事をちゃんと信用して聞いて欲しい。この仕事は私が始めちゃったんだから。


「だからなあゆみそれは──」

「私はどっちでもいいのよ。別に強制するような事じゃないし。でもそんなことも出来ないようじゃここでは一人前だなんてとても言えないわ。私とお兄さんがお仕事終わらせるのをお家で待ってたほうがいいんじゃないかしら?」

「や、やります。証明して見せるから」

「あそう。じゃあルーシーこの子を裏に連れて行って準備してあげて。部屋はそうね、特別室で」


 私の返事をニコリと笑って受けたレネさんの対応は素早かった。もう黒猫君が止める暇もなくルーシーと呼ばれた女の子が私の手を引いてへやの横の扉から私を連れ出した。

 後ろから黒猫君の大きなため息と「簡単に乗せられやがって」ってつぶやきが聞こえたけどその時の私には正直うるさいとしか思えなかった。

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お読みいただきありがとうございました。
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