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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第9章 ウイスキーの街
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10 静寂

「流石にこれでお役御免だろ」

「ああ、助かった。俺はまだしばらくここで相手してなきゃならないが新婚のネロはもう下がっても誰も文句ないだろう。アルディについて行け」


 座らされていたこっぱずかしいひな壇の席からやっと逃げ出すとアルディが後ろで待っていた。


「お疲れさまでした。付いてきてください」

「あゆみはどうした?」

「だから今あゆみさんの所に案内しますよ」


 そういうアルディは、だが街の出口に向かわない。

 なんだ、どうしたんだ?

 あゆみに何かあったのかとちょっと不安に思いながら、でも堂々とした様子で歩くアルディに緊急を要するようなことはなさそうだと心を落ち着かせた。

 アルディが向かったのは村の外れに立つ小さな家だった。

 半分石積み、半分木造のその家は小さいながらもこの村ではまあまあ手入れのされた方に見える。


「静かに中に入ってください」


 アルディが扉を開けてくれたので中に入るとそこは薄暗かった。途端、後ろで扉が閉まる。


「今夜は結婚式の夜です。新婚の者は村の空いた家で一晩過ごすことが許されます。それではごゆっくり」


 扉の外からアルディの静かな声と立ち去る足音がした。

 ちょっと待て、これって……


「黒猫君?」


 振り向くと薄暗い部屋の奥に置かれたベッドにあゆみが腰かけていた。

 ズクンっと心臓が一際大きく鳴る。

 ウエディングドレスを身にまとったあゆみの姿が俺の目にはしっかり見えてしまった。

 あゆみの顔が少し赤いのも。


「お疲れ様。何も食べる暇なかったでしょ。アルディさんがサンドイッチそこに置いて行ってくれたよ」


 あゆみに言われるままにベッドではなく手前のテーブルに向かった。


「ああ……助かる」


 向かいながらも目があゆみに釘付けになってしまってる。


「ヴィクさんたらわざと私をここに置き去りにして杖をそこに持ってっちゃったの」


 あゆみが指さした通り、杖はテーブルの上に乗っていた。

 あゆみの状態では這って来ない限り手が届かない。

 あのドレスで部屋を這うのはまず無理だな。


「……杖いるか?」

「いいよ。どうせもう寝るだけだし。ただね」


 そこであゆみがまた赤くなって俯く。


「ヴィクさん、私の着替えを持ってきてくれてないの」

「へ?」

「別にいらないだろうって」


 うわ。マジでヤバい。あいつら何考えてやがる。


「ついでにね。この服。またボタンだらけ」

「……マジかよ」

「うん。だから申し訳ないんだけどそれ食べ終わったら助けてね」

「あ、ああ」


 半ば呆然としながらサンドイッチを食った。まるっきり味がしない。添えられてたワインも飲んでそれでも落ち着かない。

 あゆみは一人ベッドの端っこに座って一本しかない足をプラプラさせてる。


「蒸し鶏が美味しかったね、そのサンドイッチ」

「え? あ、そうか?」

「あれ? 違うのだった」

「いや、分かんねー。悪いなんか頭まわんねー」


 ぶつぶつと返事をしつつもあゆみに向き直った。


「もしかして、困ってる?」

「あ、いや」


 俺がちょっとしどろもどろになるとあゆみの顔が歪んだ。暗い室内でもそれが見えてしまう自分が憎い。


「待て、あゆみ誤解するな。お前がいるのが嫌とかそんなんじゃゼッテーねえからな」


 俺は意を決してあゆみの横に進み出た。

 それに合わせてあゆみがゆっくりと俺を見上げる。

 あゆみのすぐ隣に腰かけると柔らかい布団に座っていたあゆみがバランスを崩して俺に寄りかかってきた。それを後ろから肩を抱いて支えてやる。


「大丈夫か」

「う、うん。ありがと」

「ああ、あのな。お前今日、綺麗すぎ。怖くて近寄るのスゲー勇気いった」


 なるべくあゆみの顔を見ない様にして事実を伝える。こいつにはなるべくちゃんと説明を入れとかないとどんどん変な方向に誤解しちまう。怖がらせたくはないが不安にもさせたくない。


「お前の着替えがないって事はやっぱ俺のもないのか?」

「多分。ここほら、一部屋しかないから。見当たらなければないんだと思うよ。黒猫君のほうがよく見えるでしょ」


 言われて見回すが確かにさっき外から見たサイズと部屋のサイズは大体同じだった。入り口のすぐ横に簡単な炊事場があり、右側の壁に沿うようにテーブルと椅子が置かれ、奥にはキングサイズほどの大きなベッドが一つあるだけだ。棚がまるっきりない事を考えればこれは結婚式のカップル用に手を入れてあるだけなんだろう。


「……まあどっかの国みたいに扉の前で誰かが聞き耳立ててたりしないだけましか」

「な、なんてこと言うの黒猫君!」


 あゆみが真っ赤になって顔を引きつらせてる。

 ああ。やっぱ今日のあゆみは綺麗すぎる。何度見てもそれだけで顔が火照ってくる。

 しかもその化粧やドレス、髪も何もかも。全てが俺との結婚式の為だってのが一番くる。


「この髪を結ったの、ヴィクか?」

「え、あ、うん。ヴィクさん凄く器用だよね」

「ああ、前にも一度似たような髪型にしてたな。お前によく似合ってる」


 そう言いながら麦の冠を外す。それでもその髪型は崩れる事もなく、纏められた髪はどうやら他の何かで留められているらしい。


「まずこれを外さないと寝れないよな」


 言い訳がましくそう言って、あゆみの髪を弄りまわす。どこをどう留めてあったのか、数か所の木製のピンと紐をほどいただけで綺麗に全て外れた。ふぅっとあゆみが気を抜くように漏らした吐息に心臓が飛び跳ねる。


「化粧も落としたいんだろ?」

「う、うん。手ぬぐいは結構置いて行ってくれたよ。ほらベッドのすぐ横の椅子の上」


 やっぱり緊張でしどろもどろになってるあゆみに言われて視線を移せば、確かに大きさの違うタオルが数枚重ねられてる。その束の一番上に乗っていた小さな手ぬぐいを手に取って水魔法で軽く濡らした。


「あゆみ、熱魔法で温めろよ」

「はい」


 手に取った瞬間に終わらせたらしくそのまま返された。それから「あ」っと小さく声を出して思い出したように手ぬぐいを引き取ろうとする。それを手を引いて避けた俺はそのままあゆみの首の後ろに腕を回して頭を抱え込んだ。


「いいから動くな。今拭くから」


 今夜、別にどうこうしようって気はない。したくないって言えば完全に嘘だけどあゆみはまだそれを許していない。でもこうやってあゆみの手伝いをするくらいは問題ないだろう。


「い、いいよ、自分でするから」

「お前じゃ落ちたかどうか分かんねーだろ。いいから目を瞑れ」


 俺に押し切られて少し焦りながらもあゆみが大人しく目を瞑った。ごくりと喉がなるのを我慢して強すぎないように気を付けながらあゆみの顔を濡れた手ぬぐいで拭っていく。おしろいは結構簡単に落ちたように見えるが、口紅は厄介だ。いくら擦っても中々落ちない。やっと落ちた頃には結構擦り過ぎて少し腫れてる気がして痛々しい。

 思わず、舐めた。いや、治療だ、治療。


「……痛くないか?」

「……うん」


 あゆみは真っ赤になってまだ目を開かない。

 もしかしなくても俺がキスしてもあゆみは怒らないだろう。

 ……だめだな。ここでキスなんかしたら間違いなくこっちの我慢が効かなくなる。


「ほら、後ろ向けよ。ボタン外してやるから」


 そう言って俺が少し身体を離すとやっと目を開けたあゆみが慌てて向こうを向いてくれた。

 ほっと一瞬息をつく。それにしても。


「ヴィクの奴、なんでまたこんなに沢山ボタン付けるんだよ」

「ああ、それね。立体的な形を作り出すには細かく留めないとダメなんだって」

「それにしたって限度があるだろう」


 ブチブチ八つ当たりをしながらあゆみの背中のボタンを外していく。

 ああ、良かった。今日はこっちの下着だ。これならまあもう一枚下に着てるようなもんだな。


「ほら、全部外したからそこで脱いで布団に入ってろ。俺はあっちで服脱いでくる」


 あゆみの身体を支えて倒れないように気を付けながらベッドから立ち上がった俺はあゆみに背を向けてテーブルに脱いだ礼服を積み上げた。

 礼服だって着脱は決して楽じゃない。結構細かい細工があってそれを一つ一つ壊さないように外してからじゃないと脱ぐことができない。

 俺が全て脱ぎ終わって下履き一枚になったころにはあゆみは既に布団に入ってた。

 まあ、裸も既に何回か見られてるしな。

 あゆみの下着姿に関しては嫌って程見てる。

 大丈夫だろ。

 そう自分に言い聞かせながらあゆみと反対側からベッドに滑り込んだ。


「あ、このベッド結構いいな」

「うん。私もそう思った」

「何処で手に入るのか聞いとこうな」

「そうだね。あとあそこにあるテーブルもいい感じ。あれくらいのサイズは欲しいね」

「椅子は6客か。まあ妥当だな。ビーノたちも入れれば間違いなくそれくらいはいるし」

「うん。でもあの高さだとダニエラちゃんとミッチちゃんはテーブルが遠いかも」

「子供用の椅子はないみたいだからクッションを入れるしかないだろうな」

「そうだね」


 そこで話題が切れた。二人の間に静寂が訪れる。祭りはまだ続いているらしく時々音楽や人の笑う声が流れてきた。


「寝るか」

「え? あ、うん」

「今日は抱き着くの勘弁な。ちょっとマズいから」

「……うん……黒猫君」

「なんだ?」

「それでいいの?」

「なんだ、俺に許してくれるのか?」


 ちょっと冗談半分になる様に軽くそういうとあゆみが固まって答えられない。

 ああ、知ってたよ。まだ無理だよな。


「冗談だよ。気にするな。お前が納得いくまで俺は待つから」

「……ごめんね」

「ああ。だから気にするなって」

「うん……黒猫君」

「なんだよ」

「手を……繋いでもいい?」

「…………」


 なんか恥ずかしくて返事を戸惑った隙にあゆみが反対を向こうとする気配を感じて俺は慌ててあゆみの手を握った。

 うわ、ヤベー。なんでこんな事くらいで俺がこんなに煽られるんだよ。

 勝手に高鳴る胸を無視して俺はなるべく静かな声であゆみに今日どうしても言いたかったことを伝えた。


「あゆみ、好きだぞ」


 俺の手の中のあゆみの手が一瞬ビクンと跳ねた。

 そして俺の手を柔らかく握り返す。


「私も好きだよ黒猫君」


 心臓が痛い。こんなんでどうやって寝ろって言うんだ。

 それでもあゆみを心配させないためにも寝るしかない。

 俺は半ば乱暴にあゆみの手を握り返して続けた。


「おやすみ」

「おやすみ黒猫君」


 慣れないベッドであゆみと手をつないだその夜はいつまでたっても寝れなかった。

 明け方ようやく目がくっついたと思ったらあゆみが寝がえりを打って俺に顔を向けた。

 一瞬で目が覚めて。

 あ、マズい。そう思いつつもあゆみを抱き寄せて。

 腕の中にあゆみを囲い込んだその時──


──── ドンドンドン


 チクショウ。

 

「ネロ君。時間ですよ。バッカスが投擲をしろといって門の所で陣取ってます。今すぐ出てきてください」


 響いたアルディの声にがっくりと肩を落とし、俺は泣く泣くドアに向かった。

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