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9 お金

 テリースさんが教えてくれたお金の仕組みはこうだ。

 まずテリースさん達普通の平民や兵士は大抵銅貨しか見ないという。町中で普通に流通しているのも銅貨だけだそうだ。でも実際には銀貨と金貨が存在する。

 そこで黒猫君が銀貨一枚の価値を聞いたんだけど。


「知りません」

「え? だって自分の国のお金ですよね?」

「ええ。でも見たことも使ったこともありませんから。ああ、国指定の基準換金率はありますよ。確か銅貨100枚で銀貨一枚だった筈です。ただそんな安く銀貨に両替してくれる所は有りませんが」

「ああ。よく貧乏国にあるシステムな。国の財政が悪くなると無理やりその換金率で金持ち達から巻き上げるっていう」

「よくご存知ですね。前回の大きな戦争があったのは約50年ほど前ですがあの時は国から目を付けられていた富裕層が一掃されてしまいました」


 ん? 何か今テリースさんの言い回し変じゃなかった?


「待て。テリース、今『あの時は』って言ったか?」

「え? ああ、そう言えばこれもお話しておきましょう。私、実はエルフと人間のハーフなんです」


 エルフ、ってあの……


「ま、待て、耳はどうした? エルフの尖った耳は!?」


 あれ? なんか黒猫君がメチャメチャ憤ってますが?

 もしかしてエルフに思い入れでもあったんだろうか?


「ああ、それが私は母方の血が強く出て耳はほとんど尖りませんでした。でもほら、それでもちょっと尖ってるの分かりませんか?」


 言われてじっくり見て見れば、心持ち上が(かく)っとしてる。

 尖ってると言うにはちょっと無理があるよ。


「こんなん尖ってる言うな! 詐欺だ!」

「ネロ君は一体何を怒ってるんでしょう?」


 不思議そうにテリースさんが私に問いかけてくるのを、今度は私が「放っておいてあげてください」といって取りなしておく。黒猫君には後でじっくり話を聞いておこう。


「それでテリースさん、今おいくつなんですか?」

「え? えーっと。約300歳です」

「300!? すごい、でも『約』って?」

「それが、途中なん年か眠りにつきましたので正確な年数はもう分かりません」


 うわ、すごいアバウトだなー。

 それだけ長生きしてるともう年なんてどうでもよくなっちゃうのか。


「じゃあ、前の転移者がこちらに迷い込んだ時のことをお前は知ってるんだな?」

「……はい。当時王都にも行っていたのですが、それでも転移者の行方は全く噂にも流れてきませんでした」


 なんか余計怪しい気がしてきた。

 黒猫君はちょっと考えてからやっぱりもう我慢できないと言うように質問を始める。


「それでお前、エルフなんだから弓とか得意じゃないのか? 楽器の演奏とか」


 どうやら黒猫君の中にはハッキリとしたエルフのイメージがあるらしい。


「楽器は得意ですよ。以前は良く弾いてました。ただここに来て全部売ってしまいましたが。弓も下手ではありませんが決して得意とは言えませんね。それに狼人族は動きが早く狡猾で、気づいた時には大抵囲まれています。近距離に入られてからでは弓はあまり役に立たないんですよ」

「あ! それじゃあの時森の中で迷いなく走ってたのって……」

「あ、はい。私は他の方より夜目が利きます。特に森の中は歩きやすいですね」

「おお。じゃ木の枝の上走り回ったりとか出来るのか?」

「ああ、父はやってましたね。私はやはりハーフのせいかちょっと体も大きいですし重いですから無理でした」


 黒猫君がなんかゴクリと唾をのんで質問する。


「……エルフの里は? あるのか?」


 なんか黒猫君の食い付き方がすごい。瞳がリンリンと輝いている気がする。これはやっぱりエルフの綺麗な女の子とかにチヤホヤされたいのかな?


「エルフの里はありますよ、ただかなり遠いですし私はあまり歓迎されないので行ったことはありませんが」


 ……あるんだ。

 横で黒猫君が一人で感動してる。

 なんだかすごく話がずれちゃった気がするんだけど黒猫君が戻ってこないと話が進まない。


「黒猫君、お金の話はもういいの?」

「は! そうだった。良くないぞ。でテリース、その銅貨の価値を説明してくれ」


 雑念を払うように頭を振って黒猫君が質問を元のお金の話に戻した。


「どうやって説明したらいいでしょうかねぇ。まず銅貨には二種類あります。普通に銅貨と呼んでいるのがこちらの小さな銅貨」


 そう言ってポケットに入っていた小さなお財布から一枚出して見せてくれる。


 日本の一円玉位の大きさなんだけど。

 薄っぺらいの。端っこの方なんて簡単に折れちゃいそう。しかも何か形がいびつ。


 そんでもって真ん中に入ってるのが……


「……ねえ、黒猫君、これってあれだよね」

「……ああ。多分そうだ。テリースちょっと大きい方も見せてくれ」

「はいどうぞ、こちらの少し大きい方が大銅貨です」


「「やっぱり」」


 二人で声をそろえて答えてしまった。

 だってそこにあったのは。

 見慣れた丸に1のマークと10の文字に葉っぱの縁飾り。

 見まごう事なく見慣れた日本の一円玉と十円玉のデザインだった。


「これで銀貨ってきっと……」

「ああ、間違いなく100円玉のデザインだろーな」

「じゃあ金貨は?」

「500円玉か? そうすると国指定の換金率が滅茶苦茶なことになってそうだな」


 テリースさんが突然二人だけで話し始めた私達をキョトンとした顔で見ていた。


「どうしてお二人は銀貨と金貨の別名をご存知なんですか?」


 黒猫君と二人で顔を見合わせる。


「因みにこれらの硬貨のデザインを誰が決めたのかテリースは知ってるのか?」

「はい、誰でも知ってますよ。これらは初代、紗亜(しゃあ)王が1000年近く前に制定されました。以来一度も変わっていません」


 黒猫君が身悶えした。

 私だっておんなじだ。


「がぁ! 色々ツッコみたいんだけど! まずは大切なことを先に確認させてくれ。それは1000年近く同じ王族がこの国を治めてきたって事か?」

「そうです。歴史を紐解けば紗亜(しゃあ)王がこの全ての大陸を統一されてこのザイオン帝国を建国されたのですが。約500年程前に当時の第一王子と第三王子の勢力争いをした結果、現在はここ北ザイオンと南のネオ・ザイオンの二国に別れています」


 黒猫君と二人で頭を抱え込んで唸った。


「……間違いないな」

「うん」

「俺なんとなく前の転移者の行方が分かったか気がするんだけど」

「私も」


 二人でため息をついた。


「これなら王都に出るのも一つの手かもな」

「でも分かんないよ? もしかしたら監禁されてコキ使われてるのかも」

「まあな」

「お二人ともどうされたんですか?」


 すっかり私たちの話から置いてけぼりにされたテリースさんが戸惑った表情でこちらを伺っている。


「済まないテリース、これは後で時間がある時にでも説明するよ。それよりももう一度話を戻すがこの一円は今十枚でこっちの十円か? あ、待て、通貨単位の呼び方は円であってるのか?」

「はい、円であってます。ただ地方によっては方言でドルとかポンド、フランなんて呼ばれることもありますが」

「それってユーロは……」


 私が質問を始めようとしたら黒猫君が割って入った。


「やめろあゆみ、切りがない。テリース続けてくれ」

「はい。それでこちらの一円の国家設定換金率は確かに額面通り10倍ですが、今現在約5倍位ですね」

「やっぱりそうか」

「どういう事?」

「お前、実際の日本の硬貨とか紙幣自体の価値って知ってるか?」

「知らない」


 黒猫君がちょっとため息をついてから説明を始めてくれる。

 どうでもいいけど、黒猫君って時々すごく私を馬鹿にした顔で見るよね。


「俺も詳しくは覚えてないがどれも滅茶苦茶安い。そんな安い物がどうして額面通りで買い物や取引に使われてるか分かるか?」

「……国が決めたから?」

「それだけじゃない。国が保証するからだ。貨幣の価値はその国の信用で成り立っているんだ」

「ああ、それは高校の公民か何かの授業で聞いた気がする」

「で、今こっちの大きな銅貨が小さな銅貨の5倍程度しか価値がなくなっているってことは、だれもこの国の貨幣価値を信用していないってことだ。ほぼ原材料の価値に落ちちまってるんだろう」

「うわ」

「だから銀貨や金貨が出回ってない。多分原材料の価値のままに取引したほうが価値が高くなっちまってるんだ」

「その通りです。銅も決して安くはありませんのでこの通り、どんどん薄くなってきてしまったのです」

「それで今その一枚で何が買える?」

「そうですねぇ。ほとんど何も買えません。パン一切れがなんとか。銅貨5枚でワイン一杯でしょうか。ソーセージ一本が銅貨8枚くらい? ミルク一本が銅貨10枚ですね」


 じゃあ、感覚的には銅貨一枚が10円くらいなのかな? それにしてはワインが滅茶苦茶安い。


「……それで出来れば教えておいて欲しいんだが、お前の一週間の給料がいくらくらいなんだ?」

「……銅貨35枚です」

「それ安すぎだろ!」


 えっと35枚って350円!?


「……元々銅貨の価値は10倍くらいあったんですよ。それがこの5年程、どんどん下がってきて」

「インフレかよ。もういい加減にしてくれ」


 黒猫君が二本の前足を上げてぼやいた。あれ、万歳お手上げのつもりかな?


「それにしたってお前の給料は安すぎるだろ、交渉はしたのか?」

「……できません」

「は?」

「……実はお二人にはもう一つお話しておかなければならないことがあります」


 そう言ってテリースさんがローブの袖をひじの上までまくる。そこには青い色の文様の入った丸い入れ墨があった。


「私、元奴隷なんです」

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