3 キールの確認
「ネロ、お前なにすっぽかしてんだよ」
「悪い、昨日飲まされ過ぎて起きらんなかった。明日その分長く投擲するから許せ」
兵舎を出るとバッカスがすでに来ててビーノ君たちと一緒に待ってくれてた。
「え? バッカス、そんな普通に街中歩いちゃっていいの?」
「あれ? あゆみは知らなかったんか? 前に街の外の騒動に参戦した後街中の打ち上げに引きずり込まれたんだよ」
「ああ、なんかそういえばキールさんがそんな事話してたね。トロールだっけ? 倒したの」
「沼トロールな。あと『連邦』に雇われた軍隊が一隊な。まあそいつらはネロの固有魔法で今は地面の下だけどな」
「え?」
「シッ!」
「まって、そんな話聞いてないよ、天変地異が起きたって聞いたけど……」
黒猫君とアルディさんが顔を見合わせてる。
あ。この人たち私に隠す気だったんだ。
「……なんで私には教えてくれなかったのかを教えてもらえるかな、黒猫君」
「それは──」
「アルディさんはいいです。黒猫君、答えて」
「そんなのあゆみ姉ちゃんに怖い思いさせたくないからに決まってんじゃん。ネロ兄ちゃんすげえ過保護だから」
私がジトっとした目で黒猫君を睨んでるとすぐ横でビーノ君がリンゴを齧りながらぼそりと呟いた。
黒猫君が慌ててビーノ君の口をふさごうとしてリンゴに手をぶつけてる。
「黒猫君、そうなの?」
「あー、そのなんだ。あゆみはあんまり戦いごととか知らねーみたいだし。俺は嫌でも今まで少しは酷い状況見てきてるから俺が知ってりゃいいだろ」
どうやらビーノ君の指摘は正解だったみたいだ。言い訳をしながらも黒猫君の眉尻が下がってる。
結果は別として黒猫君は私に気を使って隠してたのか。
でもそれはなんか危ない気がする。
私は自分の中の不安を何とか伝えたくて一生懸命言葉を探した。
「黒猫君。君が言おうとしてることは私も理解できるけどね、私はそれでも全部知りたいよ。だって私たちこの世界の事に関してはまだまだ知らないことだらけなのに、私たちがお互いに知ってること隠してたら何かあったときどうにもならない気がするよ」
黒猫君がポケッとこっちを見返した。
あ。黒猫君、私が怒ると思ってたのか。
「怒らないからね、私。ビーノ君が指摘してくれたからこれが君なりの気遣いなのは分かったし」
途端、黒猫君が赤くなった。
うわ、黒猫君。君最近ホントに感情が表情に出やすくなってて私の方が照れるよ。
「そろそろいいですか? あゆみさんもネロさんもお時間がないでしょう。今頃テリースがイライラしながら待ってますよ」
そんな話をしている間に街の中心に差し掛かった私たちは貧民街に向かうビーノ君とパット君と一旦お別れしてキールさんの執務室に向かった。
「おいキール、教会で何があったんだ?」
帰る途中教会前を通ると激しい罵りあいが響いてた。時間のない私たちはとりあえずそこを素通りしてきたんだけどどうも治療院の中もガタガタしてる。
「ああネロ、帰ってきたか。昨日話した通り教会に残っていた信者にナンシーの教会に移る様に通達したんだがな。どうもご神体を置いていけないって言って揉めてるらしい」
「ご神体……うわ、知りたくねー」
黒猫君が嫌そうに顔をゆがめる。私もつい明後日の方向を見てしまう。
「そう言わないでちょっと様子見て来てくれないか? お前たちは何だか知らないがあいつらの神に関する知識がありそうじゃないか」
ナンシーの教会で色々やらかした黒猫君にキールさんが意地悪にそう言った。
「あゆみ、お前はここで待ってろ。ひとっ走りいって見てくる」
やれやれと私一人をキールさんの前に置かれた椅子におして黒猫君が部屋を出ていった。
「アルディ、ネロは行ったな? よし、ドアを閉めろ」
え?っと思うとキールさんがバッカスにも近寄る様に言ってアルディさんもキールさんのすぐ横に座った。
「あゆみ、ネロがいない間に確認しておきたい事がある」
「はい?」
小声で話すキールさんの顔がやけに真剣で驚いて私も顔を近づけた。
「お前、ネロとはどうなった?」
「はぁい~?」
「あいつ、照れてるのか全然はっきりしない。お前たちはちゃんとその、夫婦になったのか?」
「な、なにを、キールさん!」
今多分絶対ボンって音がした。真っ赤になってるはずの自分の頬を手で覆ってヒステリックに返事しちゃった。
それをお構いなしにキールさんが続ける。
「悪いが確認させてくれ。いや、別にお前たちがどうなってようが君たち夫婦の事なんだし本来ほっておくべきなんだがな。この治療院の部屋の事もあるし収穫祭の事もある」
「え?」
今度こそキールさんの意図するところが分からなくなって首をかしげるとアルディさんが補足してくれる。
「バッカスが森に建ててる家にあなた方の家を加えるべきか聞いてきたんですよ」
アルディさんの言葉に隣に座ったバッカスが頷いてる。
「ここ治療院は今後キーロン陛下のカントリーハウスになりますからご夫婦で住まわれるには余り向きません。常時誰かしらが警らしてますし、その、音にも耳をそばだてています」
「!」
「それに収穫祭では今年結婚する者たちの結婚式も行われるんですよ。ですからあゆみさん達がその、合意されているのでしたらそれに参加されることもできます」
目まぐるしく伝えられた内容にクラクラするけど、これ実はすごく重要な事だよね。
結婚式。そっか、私たちしてないんだった。っていうか偽装結婚だったし。
家も。前に黒猫君と森に住むって話は何となくしてたけどあれ、本気だったのかな。
「どうだ? あゆみはそれでいいのか?」
『本当の夫婦』って言っていいのかは分からないけど、少なくとも私はもう黒猫君とちゃんと結婚した気になってる。でも。
「キールさん。やっぱりもう一度それは黒猫君にも聞いてもらえますか?」
「ああもちろんそのつもりだ。だが君の意思も確認しておきたい。なんせこんな混乱した状況にしちまったのは俺だしな」
キールさんが頭を掻きながらそう言った。
「そ、そうですね。私は……黒猫君の出す結論に同意する、って事ではだめですか?」
「それでいいんだな?」
「はい」
そこに扉をノックする音がして黒猫君が帰ってきた。パっとバッカスが席を立って壁に立つ。何か気づいたのか黒猫君がフッと部屋の中を見回した。
「ご神体はどうだった?」
「んあ? ああ。あんなもの捨てちまえ」
「ああ?」
「ご神体なんだったの?」
「お前見なくて正解。太ったおっちゃんのフィギュアだった。色付き。真っ赤な」
うわあああ。
「フィギュアって人形の事か? だったらもっていかせればいいだろう」
「それがかなり重い。大きさは俺の半分くらいなんだが一人や二人じゃ持ち運べない。船にも乗せられないだろうな」
「だったら二つに解体して──」
「罰が当たるっつって嫌がってる」
んー、それって。
「あの、キールさん。そう言えばさ、教会の集めてた寄付金がどうなったかは分かったんですか?」
「兵士の聞き込みでは司教たちがここを発ってからは集めてなかったって言い張ってるんだがな」
「それはおかしいですね、昨日パット君が台帳づくりの時に確認したらほとんどの人が納めてたって言ってましたよ?」
「らしいな。俺もそれはパットから聞いてた。だが実際に集めてたらどっかにその金がなければおかしいだろ」
「見つからなかったんですか?」
「兵士が家探ししたけど見つけらんなかったらしいぞ」
私はちょっと自信ないながらも黒猫君に向き直って言葉を続けた。
「黒猫君、その行方不明の寄付金なんだけどさ。それってもしかしてそのフィギュア、じゃないのかな?」
「…………」
「前にマンガで読んだんだよね、そういう話。溶かして人形にするっていうの」
「アルディ、ちょっと一緒に来い」
あーあ。黒猫君がとんぼ返りで戻ってっちゃった。
「あゆみ、マンガっていうのはなんだ?」
あ。キールさんが変な所に引っかかっちゃった。私はそれから暫く日本のマンガとアニメ文化について講釈を垂れてたけどすぐに黒猫君が満面の笑みで帰ってきた。
「あゆみのお手柄。色剥がしたら金と銀の地が出てきやがった。なにがご神体だ」
「それは素晴らしいな。これでここの軍資金が増える」
「キールさんナンシーに充分お金あるじゃないですか」
「ナンシーの経費とここは別だぞ。ここの俺の資産は底を突きかけてたからテリースが絞るだけ絞ってる」
そう言えばそうだった。そっか、これでテリースさんが楽できるね。
「って猫ババするんですか?!」
「よく思い出せ。司教長には既に金を持ち逃げされてるんだ。それを返還してもらったと思う事にしよう」
……それっていいのかな?
「じゃあ話し合いと授業を始めるか」
今一つ納得しきれてない私をよそにそう言ってキールさんがテリースさんを呼びにやった。




