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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第9章 ウイスキーの街
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2 牢屋へ

「あんたスゲー綺麗な話し方するのな」

「ああ、言葉遣いですか。僕は君より幼いころから商家で下働きしてましたから」

「でもあんたも貧民街の出なんだろ?」

「ええ。たまたま貧民街の面倒を見ていたダーレンさんの口利きで仕事を見つけてもらえたんですよ。ラッキーでした」

「ほんとだな。俺んところだと奴隷にならないで済めば御の字だったからな」


 黒猫君に抱えられた私の前をビーノ君とパット君が並んで歩いてる。

 年齢が近いせいかビーノ君とパット君はすぐに打ち解けた。

 昨日も顔合わせはしたけどお互い忙しかったから多分これが初めてゆっくり話せる機会なんだろうな。

 後ろから見るとビーノ君がカールのかかったこげ茶の髪でパット君が栗毛のくりくり頭だからまるで本当に兄弟みたいだ。身長はやっぱりパット君の方がかなり高いからお兄ちゃんっぽいし。


「お前らあんまり先に行くなよ」


 そういう黒猫君の顔が少し優しい。今なら分かる、黒猫君はこの子たちが自分には出来なかったことを出来るのが嬉しくてしょうがないみたい。


「黒猫君、私も歩こうか?」

「そんなことしたらこいつらにあっという間においてかれるだろ」

「ネロさんがすっかりあゆみさんの足替わりですね」

「いや、あれはネロ兄ちゃんがあゆみ姉ちゃんを離したくないだけだろ」

「ビーノ君、そこまで明け透けに言っちゃうとネロさんが照れてしまうじゃないですか」

「お前らうるさい。先行っていいぞ」

「ほら」


 黒猫君が少し赤くなってすねたのをパット君が困った顔で見返しビーノ君がニヤニヤと見つめてる。

 かくいう私もちょっとニヤ付きながら見上げてた。

 天気はいいしみんな一緒でこういう時間は嫌いじゃない。


 門の所まで行くとアルディさんが待ち受けていた。


「やっとお出ましですか。ネロ君、君の訓練はここでも続けましょうね。明日は遅れないように」

「あー、まあ」


 黒猫君は中途半端にごまかしながらアルディさんの後をついて兵舎に入った。




「ああ、戻られたのですね」


 牢の中に持ち込まれた古い木製の机の向こうからタッカーさんが静かに顔を上げて首を傾げた。

 ここは北門横の兵舎内の牢屋の前。

 元は重罪人用の小さな窓が一つあるだけの狭い独房は私たちがナンシーに行ってる間にすっかりタッカーさんが私物化してしまったらしい。

 牢内には簡易ながら本棚も設置されていて個人台帳や聞き取り書を整理した箱がいくつも並んでる。

 タッカーさんの目の前の机にも綺麗に整理された書類が山のように積まれていた。


「タッカーさん、お久しぶりです」


 私が笑って挨拶するとタッカーさんが軽く眉をひそめた。


「あゆみ様、いくら何でも牢の中の囚人にそんな挨拶は必要ないと思いますよ。しかも噂で伺いましたが国王の秘書官となられたそうですね、おめでとうございます。このような所にはもう来られない方が身のためかと具申いたしますが」


 それを聞いたアルディさんが「これではどちらが秘書官だかわからないですね」と呆れた顔で愚痴ってる。

 どうも私の態度は今の私の立場によっぽどそぐわないらしい。

 でもそんな事はどうでもいいし。


「それよりポールさんたちから商業の台帳の取り扱いについてタッカーさんにご意見があると伺ったんですけれど」


 私がそう言うと、とうとうタッカーさんがアルディさんを睨んだ。


「アルディ隊長。どなたかあゆみ様の作法の教育を出来る方はいらっしゃらないんですか? これではあまりにひどすぎる」

「心配する事はない。テリースがその任に就きましたから。願わくば徐々に改善されることを祈ります」


 そう言って二人で困った子供を見るような目で私を見る。

 どうしてそんなどうでもいい事にみんなこだわるのかな。黒猫君と違ってちゃんと丁寧に話してるだけなのに。

 私がちょっとイライラしながら二人を見返してると後ろから私を抱えた黒猫君が声を掛けた。


「なあ、立ち話にするにはこれ結構時間のかかる話なんじゃないのか? せめてここに椅子でも持ち込んだらどうだ」

「そうですね。牢の見張り部屋から椅子を持ってきましょう」

「ああ、ネロ様は粗野な分まだましですね」


 そう言ってタッカーさんがため息をついた。

 そんな事言ったってそんな乱暴な話し方、した事もないよ。

 ムッとしてる私をよそにアルディさんが牢の外で見張りをしていた兵士さんに頼んで一緒に3人分の椅子を持ってきてくれた。

 ビーノ君は今頃パット君に一緒に兵舎の中を案内してもらってる。


「それであゆみ様は何を聞かれたいのでしょうか?」

「えっとポールさん曰くタッカーさんは商業ごとの台帳の管理を別の方法でやった方がいいと進言されたそうですが?」

「ええ。現在の個人台帳は個人の収入を基準に作られています。商家の帳簿をあまり考慮せず自己申告の利益から税金を換算するようにされています。ただこの為収入を偽って申告額を低くする者が絶えません」


 タッカーさんが立て板に水で説明を始めてくれた。


「かくいう私も以前裏社会の金庫番をしていた際には商家を幾つか組み合わせてお互いに金銭を借用させることで純利益を計算上低くして申請しておりました」

「そ、そんな事してたんですか」


 驚く私にタッカーさんが綺麗な笑顔で答えてくれる。


「他にも色々やりましたよ。お互いの請求額を水増しして隠し資産を残させてその上前をとったり、架空の娼婦をメイドとして買い取ったことにして経費を水増ししたり」


 スラスラと紡ぎ出されるタッカーさんの悪知恵に呆れる私を少し嬉しそうに見返しながらタッカーさんが続けた。


「ですからそういう事を今後少しでも減らすためには商業に関しては申告式ではなく監査式にするべきなんです。お二人が今後この小さな町だけではなく他の街でもこの台帳システムを導入されるなら是非最初からこの方式で始めた方がよろしいかと。街が大きくなればなるほど誤差は大きくなりますから」

「わ、分かりました。ではもう少し具体的な事を説明してください」


 そこから暫くタッカーさんが帳簿形式の統一や監査方式、実際の税金の計算方法に時期といったありとあらゆる側面を説明してくれたんだけど。


「ま、待ってください。既に私が管理できる範疇を超えてますよこれ。お聞きした限り確かにタッカーさんのやり方のほうが取りこぼしが少なくなるのは分かります。だけどどう考えても短期ですぐに施行できるようには思えないんですけど」


 私の制止の声で一旦説明を止めたタッカーさんがにこりと笑って返事をした。


「それはそうでしょうね。実際私が面倒を見ていた商家をそそのかすだけでも1年以上の時間を要しましたから」

「そ、そうですか……」


 しばらく見ないうちにすっかり割り切って本性丸出しになったタッカーさんは元来の腹黒さをもう隠そうともしない。今までの悪事をさっぱり笑顔で暴いてくれてなんとも居心地悪いことこの上ないよ。


「まあ、こちには『キーロン陛下の勅令』って最終手段があるがな。そんなもんより出来れば自主的に新しいシステムに移ってくれた方がありがたいな」

「そこですが。さて噂で聞きましたがお二人はここの街の教会を解体されるとか」


 突然の話題転換になんでタッカーさんが今その話を始めたのか今一つ分からないまま私は頷いて説明を始めた。


「はい、ナンシーで色々あってキールさんが教会に色々な制約を課したんです。主な所では台帳の管理権を取り上げて税金の支払いを政府と王族に直接行う形式に変更し、非人の取り扱いを禁じました。教会が今後も布教のみを行う事は許可しましたがこの街にはもう司教が居ませんし。いっそあそこを召し上げてキールさんのマナーハウスの一部にしようって案が出てます」

「それは好都合。この街にはありがたいことに殆ど教会の信者はいません。そうなっても誰も文句はないでしょう。ただ、今まであそこに収められる寄付が貧民街などの救済に使われてきましたがそれの支払いが現在滞っています」

「ああ、そうみたいですね。数少ない信者さんたちは今回の話を聞いて、ついでにキールさんが送ってもいいというのでナンシーの教会に移るようです」

「ならば丁度いい。その寄付金は今後キーロン陛下の共済費として取り立てを続行する事にしてください」

「はい?」

「当然でしょう。今までそのお金で貧民救済や治療院の費用を賄ってきたはずです。たとえ比率は減らすとしても町全体の福祉費用として取り立てる事には何の問題もないはずですよ」

「そ、そうでしょうか? 皆さん怒るんじゃないかな?」

「それは説明の仕方によるでしょう。教会を制御し、寄付の強制をキーロン陛下が禁止してくださった。代わりに低額な共済費を街の為に集める事になった、と言えばいいのですよ」

「なるほど。それなら確かに通りがいいな」


 黒猫君が感心してる。


「そして新システムに移行した場合は共済費を徴税前に支払う事を許可していただきたい」

「ああ、頭いい! そっかそれだと税金を払う額が減るから新しいシステムに移りたがりますよね」

「そういう事です。ただ大きな商家や今まで大きく不正を行ってきた商家、例えば娼館などは強制されないと動かないかもしれませんね」

「だったら移行出来ない者にそれなりのペナルティーを付け加えるしかないか?」

「それも可能ですが出来たらナンシーのギルド辺りから警告を出して頂くのがいいかと」

「ああ、キールさんもギルドが何とか言ってましたね」

「ナンシーのギルド長なら融通が利く。あそこのギルドはキールにかなりの借金を負っている。キールが自分の資産を今すぐ引き上げると言われるとナンシーの商工会は全滅だ。だからその程度の交渉であれば通るはずだ」

「え? 黒猫君なんでそんな事知ってるの? いつの間に?」

「ああ、昨日ドンタスが来る前にキールと少し話してたんだ」

「そうだったんだ」


 黒猫君は黒猫君で色々仕事してるんだよね。こういう時自分だけで仕事してないって言うのが本当にありがたい。


「ではあゆみ様、もしこの案にご同意いただけるのでしたら是非これをあゆみ様の提案としてポールたちにご指示ください」

「え? でもこれはタッカーさんの案じゃないですか」


 驚いて私がそう言うとタッカーさんが自嘲して返す。


「あゆみ様。私はこの通り一度は死刑を宣告された罪人です。キーロン陛下の執政官がこのような者の案を取り上げたとあってはあゆみ様の、ひいてはキーロン陛下の御評判に傷がつきましょう。ポールたちもそれを承知であゆみ様が帰られるまでこの件を保留しておりました」


 あきれてタッカーさんを見つめる。理論として彼が言ってることを理解できないわけじゃない。けど。


「でも現実問題としてタッカーさんが一番こういった分野の知識があると私は思うんですけど」

「そうかも知れませんね。たとえどこでどのような汚いやり取りの末身に着けた知識だとしてもです。ただ、それは実質的な事実であって表面化する必要のある事実ではないでしょう。あゆみ様のお名前で施行されれば宜しい」

「でも──」

「あゆみやめろ。これはタッカーの言う通りだろ。別にタッカーに仕事をさせないってわけじゃない。むしろタダ働きのタッカーには張り切って中心になって働いてもらうさ」


 黒猫君はそう言うしタッカーさんはこんな風に言われながらただ静かに頷いてる。

 私は。

 私は考えが甘いのだろうか?

 その後タッカーさんが書きつけた今回の草案を受け取って私たちは牢の前を後にした。

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