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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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92 船

「とりあえずあゆみさんとネロ君の階位を表ざたにしないでもらえることになったのは本当によかったですね」


 アルディさんがそう言いながら自分のカップの飲み物を飲んでる。

 やっと魔術試験を終えて解放された私たちは、ちょっと遅めのお昼ご飯を食べに表通りの飲食店に入って一休みしていた。

 このお店のお勧めは大きな丸いオムレツ。それに付け合わせで溶かしチーズが乗ったパン。

 アルディさんと黒猫君はワインを頼んだみたいだ。私は今はリンゴジュース。ちゃんとあったんだね、お酒入ってない奴。


「一時はどうなるかと思ったけどな。まさかあんな所であゆみの研究にまた悩まされるとは思わなかった」


 黒猫君が自分の分のオムレツをつつきながらブツブツと文句を言った。


「そんなこと言ったって本当に覚えてなかったんだもん」


 私がちょっとブスっとしながらそう答えると、何故か二人が私の頭越しに後ろを見た。


「お食事中すみません、ちょっとお話してもいいですか?」


 へっ? と思って振り返ると、そこにはさっき一緒に試験を受けてた学者っぽい人が立っていた。すぐに黒猫君とアルディさんが警戒して席を立つ。それに驚いて学者っぽい人が慌てて手を差し出して、自分の指にはまってる指輪を見せた。


「ま、待ってください、なにも変なことをしようとしてるわけじゃないんです、本当です。もうし遅れましたが僕、実はここの街の魔術研究所付属学院の学術員をしていまして」


 私にはその指輪にどんな意味があるのかまるっきり分からなかったけど、アルディさんがそれを見てすぐに困った顔で席についた。

 黒猫君もアルディさんのその様子を見て、どうやら問題なさそうだと同じように座りなおす。


「先ほどのお二人の試験の様子を拝見して、是非うちの学院で授業を受講されてはいかがかと思いまして。お声をかけたくて皆さんが出てらっしゃるのをお待ちしてたんですよ」


 あ、そうか。そういう事か。

 さっき局長さんとのお話し合いの結果、私たちの今後の魔術的教育や管理はキールさんに一任されるってことで問題ないらしいんだけど、どうやら普通高位以上の魔術者は彼が言ってるような学校である程度教育を受ける義務があるらしい。


「そういうことでしたらこのお二人は我々の方で教育をすることが決まっています。残念ながらそのお誘いをお受けすることはできませんね」


 アルディさんが丁寧ながらはっきりとお断りを入れるけど、その男性は簡単に引き下がる気はないようだ。少しアルディさんに食って掛かるような口調で返事を返す。


「それは軍でお二人を管理されるということでしょうか? このお二人には学院で教育を受ける利点などもちゃんと説明されていますか?」


 立場のせいなのか、この人は学院の教育によっぽど自信があるみたい。どうやら私たちを自分の学院に呼びたいらしい。

 でもこの人は知らない。

 多分私達の場合、教育もさることながら、もしもの時のために管理と対応ができる軍のほうが絶対合ってるってことを。

 私はそれをなんとか分かってもらおうと口を開いた。


「あの、お誘いはありがたいんですけど私もこちらの黒猫君も二人とも軍で今までずっとお世話になってきましたし、魔力が使えるようになったのもこのアルディさんたちのお陰なんです。ですからこれからもこちらで保護をお願いしていくつもりです」


 私が丁寧にでもしっかりと説明を終えると、彼は一瞬驚いた顔で私と黒猫君を見てしゅんと肩を落とした。でもすぐに顔を上げ、取り繕うように話し始める。


「ああ、なんか強引に聞こえる誘い方になってしまってすみません。別に僕は無理やり君たちを学院に引きずって行きたいとか押し売りしたいとかじゃないんですよ。ただ試験会場で拝見した限り、お二人とも非常に稀な資質をお持ちのようでしたから是非にと思いましてね」


 そう言って彼は苦笑いしながら一枚のハガキサイズの紙を差し出した。


「もし気が変わったら是非これを持って学院を訪ねて来てください。領城の裏にありますから。きっと色々お手伝いできると思いますよ」


 渡された紙の一番上には彼の指輪と同じ綺麗な印章が入っていて「魔術研究所付属学院 学術員 マーロン・ウィルトン」と書かれていた。その下には「研究生推薦状」となってる。


「こんな簡単にこんなもの頂いてしまっていいんですか」


 私が慌てて尋ねるとそのマーロンさんは非常に真摯な眼差しで私たちを見比べて答えた。


「別に簡単に差し上げたつもりはありません。これでも僕は人を見る目はあるつもりですよ。それに厳しいことで有名なアルディ副隊長……と、違った今は隊長に昇進されたんでしたね。その彼がこれ程気にかけてらっしゃるんです。間違いないでしょう」


 それだけ言ってきれいな笑顔とともにスッと一礼して去っていってしまった。


「これは思っていた以上に面倒なことになりましたね」


 立ち去るマーロンさんの後ろ姿を見送りながら、アルディさんがため息をついた。





「で結局あゆみの階位はどうなったんだ」


 兵舎に戻るとキールさんがお待ちかねだった。兵舎の門のところで言い渡されて皆でそのままキールさんの執務室へ来たのだが、アルディさんが説明を終えるとキールさんが当然の質問をしてきた。

 私が最終的に頂いた資格証明書を手渡すと、それを見たキールさんがすごく微妙な顔つきになった。


「なんだこの『特級(仮)』ってのは?」


「えっとあまりに魔力量が多いので通常の資格関連の補助と規則、それに教育に関してはやはり特級扱いにしたいそうなんです。ただし、実技がいかんともし難くひどい有様なので、適切な教育を受けてそれ相応の技量が付くまで資格としては認めきれないと」

「要は制限だけ付けられたってことだな」


 キールさんが私を呆れた顔で見てる。でもちょっと考えてから「まあその状況ならマシなほうか」とだけ言って証明書を返してくれた。


「とにかく試験が終わったのはよかった。秘書官ともなれば台帳にも資格を載せねばならないからな。まあネロの場合ちょっとくらいならハクがついても問題ないし、あゆみは載せなくても不問ということで合意できたわけだ」

「はい」


 キールさんが確認のためにそう言うと、アルディさんが頷いて返事を返した。


「なら早速今後のことを話し合おう。勅令書の正式発布手続きは終わらせてきたんだったな」

「ああ、だけどあれだけじゃどうにもならねーしろもんじゃねーか。お前最初っから細かい部分は全部俺たちに押し付けるつもりだったな?」


 私の横にぴったり椅子をくっつけて座った黒猫君がちょっと拗ねた顔でキールさんを睨む。


「悪いがこっちはこっちで死ぬ程忙しい。エミール領主に仕立て上げて俺の館を一時的に国王の離宮という形で整え、お前たちが施政を始められるようにしなきゃならん。北での一件はなんとしても手早く解決して残りの地域を俺の施政下に組み込んでいかなければならない。これから中央の貴族連中からどんな反発が出てくることか」


 そう言ってキールさんが皮肉な笑みを浮かべた。


「北にはやはり行くんだな」

「ああ。でないと麦の刈り入れがいつまでたっても終わらせられない。まあ時間的な猶予は思っていた以上に出来たんだけどな」

「どういうことだ?」


 黒猫君の怪訝そうな問いかけに、ニヤッと口角を上げたキールさんが言葉を続ける。


「農村を回ってる奴らから面白い報告が上がってきた。今年の麦は刈り取るまで発芽しないそうだ」

「はあ?」

「数日前、ちょうどお前たちが教会で戦ってる頃、この辺りに霧雨が降ったそうだ。非情に狭い地域だけの降水だったそうだがもしかするとお前の火魔法による火事とその後の消火が関係してる可能性がある。なんせ場所が教会のすぐ裏の地域だからな」


 あ。キールさんにじろりと睨まれて黒猫君がちょっと顔を引きつらせた。


「ところが水が掛ったにも関わらず、その地域の麦に発芽の兆候はない」

「なんだよそれ、発芽しない麦って危な過ぎだろう」


 キールさんの話に黒猫君が嫌そうに顔を歪める。でもすぐにキールさんがそれに首を振って話を続けた。


「ところが取り入れた麦はちゃんと発芽してるそうだ。また『ウイスキーの街』と取引が再開しそうだからと一部の農家の爺さんどもがモルトづくりを始めたそうだが、そっちはちゃんと発芽してるらしい。なんとも俺たちに都合がいいことに、刈り取るまで発芽しない。しかも実った麦がその状態から変化しない」

「都合よすぎだろ、それ。あゆみの固有魔法の影響か?」

「お前が火魔法使ったのも水魔法使ったのもあゆみの固有魔法が暴発するまえだろうが」


 ああ、そう言えばそうだったね。って暴発はひどすぎると思う。


「それよりも思い出せ、もう一つ固有魔法が流れ出したことがあっただろう。ほらお前が猫に戻った時に」

「ああ、あの不発だった固有魔法か」


 黒猫君が思い出したというように顔を上げた。それで私ももう一つ思い出して黒猫君の袖を引っ張る。


「黒猫君、あの夢覚えてる?」

「夢ってああ、そう言えば見たな。あの後に」

「うん。麦の夢。この前見た時は麦が一気に育っちゃったし、もしかするとまた黒猫君の影響なのかも」


 キールさんが私たちの話を聞きとがめて片眉を上げる。


「なんだその夢っていうのは?」


 そこでかいつまんで二人で見た今までの夢と麦畑の変化について説明した。それを聞いたキールさんが嘆息してる。


「そういう重要なことはきちんと報告してくれ。一見個人的なことのように見えても君たちの場合は周りへの影響が大きすぎる。だが……」


 一通りお小言を言ってからキールさんが眉をひそめた。


「やっぱりネロ、お前の固有魔法の可能性が高いな。多分あゆみも関係してるのだろう。ネロ、今後あまり気安く固有魔法を放出して猫に戻ろうなんてもう考えるなよ。今の所全て俺たちに有利に働いてはいるがどうにも仕組みが分からない。これ以上どんな影響が出るのかまるっきり分からないからな」


 釘を刺すキールさんに、肩をすくめて「俺だってできりゃもう猫には戻りたかない」って黒猫君が答えてる。


「というわけで、とにかく時間は稼げた。だが人手はやはり足りん。いくら麦が実ったままでいてくれても刈り入れが終わらないことには来年の種付けが始められんし、このままじゃ冬を越せるだけの食料を溜め込む時間がなくなる。早急に北から人手を連れ帰らなきゃならない」


 そこまで言うと、小さくため息をつきながらキールさんが難しい顔になる。


「しかも今の人手ではとても刈った麦を脱穀したり粉にするまでは手が回らない。せめて『ウイスキーの街』の風車なり水車なり使えれば話は別だが」

「今からガッツ親方をここに連れてきて作らせたらどうだ?」

「本当にそれでいいのか? あんな技術が一気に広がる事に懸念を持ってたのはお前だろう」

「そ、それはそうだが」


 キールさんと黒猫君が二人でうーんと唸ってる。でもそれって。


「ついでにもう一つ。白ウイスキーの反響が思っていた以上に大きかった。兵舎であの日振舞ってからというもの問い合わせが絶えん。こっちとしても、いい収入になるし新領主の宣伝にもなるから是非出荷したいが、まだまだ『ウイスキーの街』と頻繁に交易出来るほど道が出来てない。バッカスたちには是非道の整備を手伝ってほしいがそれでもしばらくはかかるだろう」

「あいつらだって女子どもを北から連れてきて自分たちの家を作るって言ってたからしばらくは忙しいぞ。それにさっきの話じゃないがあの街で始める新しい試みのことを考えると、交易は砦なりなんなりに検問をおいて出入りにかなり気を付けたほうがいい」


 キールさんが余計唸り声をあげた。

 

「あのー」


 さっきっから二人の話が白熱してて中々声をかけられなかったんだけど、二人が唸って黙り込んだのでやっと口を挟めた。


「ちょっと提案があるんですけど。以前地図を書いてる時にも思ったんですけどここと『ウイスキーの街』の道のりのほとんどは川が通ってるんですよね?」

「ああ。確かにあの湖の少し先までは川で行けるな」

「だがあの川は森を並走した後あの砦に近い辺りで川幅が狭まって勢いが強くなる。行きはいいが下った船は簡単には戻ってこれない。だから今までも流通は荷馬車に頼ってきた」


 キールさんが説明してくれるけど、私もここに来る時に馬車から見てたからそれはなんとなく分かってた。


「だったら私の作ってた『船』を完成させちゃえば……」

「待てあゆみ、お前まさかあの時の『船』のこと言ってるのか?」

「え? そうだけど?」

「待て、お前の設計図は確かあのハンググライダーもどき──」

「飛行物体B」

「ああ、その飛行物体Bに作り替えられたんじゃないのか?」


 黒猫君がなんか頓珍漢なことを言いだした。


 あれ? なんでこんなこと勘違いしてるんだろう?


「え? 私そんなこと言った覚えないよ。あの時私はあれを元にこっちの子が『飛行物体B』も思いついちゃったって言ったの」

「『も』ってまさか……」

「多分完成してると思うよ、『あれ』」

「完成ってお前」

「だってピートルさんとアリームさんはあっちをメインで作ってたから多分出来てるんじゃないかな?」


 私の言葉を聞いた黒猫君がなんかボーっとしながらブツブツと独り言を言い出した。


「えっと俺、確か蒸気機関がヤバいからやめさせようって頑張っててそれがなんか風車作ることになっちまって、モーター出来ちまって、まだそれだけならと思ってるうちに飛行機が飛んでモーター付きの『船』が出来て……これもう蒸気機関なんかどうでもよくないか?」


 あははは、黒猫君がバグってる、じゃなかった驚いてる。


 そう、「飛行物体B」の設計の元になってたのは同じモータを使って作るモーターボート1号だった。あれなら既存の木船の後ろを補強して軽石で装置を軽くしてやれば多分出来るってピートルさんたちが滅茶苦茶乗り気になってたのだ。

 なんせ原理としては飛行物体Bより全然わかりやすい上に実益が見込めたから、ピートルさん達にしたら飛行物体Bなんかよりずっと作りたかったんだと思う。


「キール俺、いつの間にこんなに色々作らしちまったんだろう」


 しばらく私の隣でブツブツ言ってた黒猫君が、凄く情けない顔でキールさんに問いかける。と、キールさんはチラリと私をみて肩をすくめた。


「まあ、お前にあゆみを止められなきゃもう誰にも止められないだろう。ここまで来たら覚悟決めろ。それでも『こいつと一緒にやってく』んだろ?」


 キールさんの少しからかうような視線に私も黒猫君も赤くなってしまう。


「それであゆみ、そのピートルが完成させてる新しい船ならなにが変わるんだ?」


 キールさんはどうも黒猫君ほど私の研究に危機感はないみたいだ。私はどう説明したものかとちょっと頭の中を整理してから話し始めた。


「えっとですね、船にこの前の飛行物体Bにつけたのに似たようなプロペラをつける事で船をこぐ人が居なくても船が前に進むようになります。川を下ったり上ったりも従来より全然早くなりますよ。船を大きくしても多分いけると思いますから、一度に乗せられる荷物の量も全体の総重量を軽石で軽減したあと船底が川底を引きずらないところまで上げられます」

「お前ら、また動力源を一緒にするなよ。今度は沈むぞ」


 黒猫君が横から鋭い注意を差しはさむ。あ、あとでちゃんと確認しておこう。


「どうも君たちは俺が言った通り湯水のように研究費を使い込んだみたいだな」


 キールさんが少し呆れた顔をしながらもしばらく考えに(ふけ)ったのちキッパリと言い放った。


「あゆみとピートルたちが作った船はどうも簡単に外に出せる代物じゃなさそうだな。それこそこの国の交易が土台から変わっちまう。すぐにどこにでも出すわけにはいかない。今後その技術はやはり王立研究所と俺の王室専用とし、俺自身の紋章が付いた船にのみ許可するようにしよう。実質的には当分の間ここと『ウイスキーの街』の間のみで運行させる。なにはともあれ、あそことの行き来が早くなるのは色々助かる」


 そう言って、キールさんは最後には嬉しそうにニヤリと笑った。

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