85 休憩
「今日の午後は南通りに向かいましょう」
「やっぱりあそこを通れるようにしないと駄目か」
「川からあそこまで物資が流れないと今後取引が再開してもどうにもなりませんからね」
黒猫君とアルディさんがお昼を食べながら午後の草刈りと綿花摘みの計画を話してるのはいいんだけどね。
「ねえ黒猫君、なんで私は君の膝に乗せられてるのかな?」
「あ? 俺の膝の上のほうが安定いいだろ。ここの椅子低いし」
食堂に到着した黒猫君はアルディさんとヴィクさんがお昼を持ってきてくれたのをいい事に私を抱き上げたまま椅子に座ってそのまま私を膝の上に抱えてる。
すっごく当たり前みたいにそんなこと言うけどね、黒猫君。私のいたたまれなさも分かってほしい。
ヴィクさんもアルディさんも別に気にしてる様子はないけどこんなところで膝に乗ってるの私だけだし恥ずかしいから!
しかも……
「なああゆみ、どうして今日は首をそんなに手ぬぐいで巻き上げてるんだ?」
さっきっからヴィクさんの視線が刺さってたのは気づいてた。外ではまだしも室内に入っても手拭いを取らない私をすこし怪訝そうに見ながら聞いてくるけど……
「これはほら、なんか今日すごく寒くて」
「でも汗かいて辛そうですよ?」
アルディさんまでそんなこと言ったって!
黒猫君に付けられた跡が見えちゃうから外せないの! 分かって!
そんな私達のやり取りをしれっとした顔で見ながら黒猫君が私の首に巻かれてる手ぬぐいに手を伸ばす。
「あゆみ暑いだろそれ。取れよ」
「いい、いいからほっといて!」
抵抗して手ぬぐいを押さえてる私を少しすねた顔で覗き込んでるけどね、これ全部君のせいなのに!
「ああ、そう言えばバッカスがあゆみさんになんか用事があるって言ってましたよ」
私達のやり取りを生暖かい目で見てたアルディさんが思い出したようにそう言った。私は黒猫君の手を振りきって返事を返す。
「え? 私もちょっと話したいことあったんですよね」
「じゃあ俺の笛で呼び出すか?」
「あ、ビーノ君後でお願い」
「まあ、午後はまずは門の辺りの草刈りから始めますからついでに是非バッカスたちを巻き込んでください」
うわ、アルディさん容赦ない。まあ、確かに人手はいくらでも欲しいよね。
そのまま昼食を終えたアルディさんとヴィクさんが立ち上がって私たちの分のお昼のお皿まで下げてくれてからこちらを振り向く。
「それじゃあそろそろ戻りましょうか」
「悪い、俺ちょっとこいつと部屋戻ってから追いつくわ」
そう言って黒猫君がガタンと椅子を引いて私ごと立ち上がる。おやっと片眉を上げたアルディさんがすぐにニヤリと笑ってヴィクさん達と先に行ってしまう。
「それでは門のところに直接来てくださいね」
「ああ、また後でな」
黒猫君は軽く返事をして私を抱えたままスタスタと部屋に向かった。
「黒猫君、どうしたの?」
私がそう聞いてるのに黒猫君が全然答えてくれない。私を抱える黒猫君を見上げるとなんかちょっと苦しそうだ。
え? もしかして調子悪いのかな?
私の心配を他所に部屋に入って器用に足で扉を閉めた途端黒猫君がその場で私を降ろして立たせ、そのままギュって抱きしめた。
「ちょ、ちょっと待ってどうしたの黒猫君!?」
「ごめん、ちょっとサカった」
「へ?」
「ヤバイから落ち着くまでこうさせといて」
え? サカるって? え? えーーーー?!
「やっぱお前抱えてんの結構キツイ」
く、黒猫君が暴走してる!
「ま、待ってちょっと待って」
「無理。お前それ折角付けてやったのに隠すし」
「え?」
そう言って私の首に巻かれてた手拭いを乱暴に引き抜いた。そのまままた私を抱きすくめて言葉を続ける。
「返事くれねえし」
「え? え?」
そう言うと私の肩に顔を埋めてる黒猫君の耳がピクピクってして私の頬をくすぐった。
「昨日の答え」
「え、それはだって……」
「言えよ。ちゃんと返事くれよ」
「そ、そんなの言わなくても前にいったじゃん」
私が照れてそう答えるとグッて黒猫君が私を顔が見えるところまで引き離してジッとこっちを見つめてくる。
「違うだろ、俺はお前の答えが聞きてーの」
そういう黒猫君の顔が近い。目がキラキラ光って見えてこれ黒猫君が興奮してる時の奴だって思って。
「今、どうしても言わなきゃだめ?」
「言わねーとみんなの前で襲う」
「!」
ちょっと待って。
黒猫君、なんか信じられないほど積極的で怖いよ。
今まであんなにはっきりしてくれなかったのに今度は突然迫りまくりってこれどうなっちゃったの?
でも軽い口調の癖に黒猫君の顔は凄く真剣で、ちょっと悲しそうに見えて。それがとっても申しわけなくなっちゃった私は一息吸ってフワフワと掴みにくい自分の気持ちを何とか言葉にして絞り出した。
「く、黒猫君の事、とっても好きだよ。結婚はしてるしもう一緒にも暮らしてるよね。一生一緒にもすごく嬉しい」
つっかかりながらも何とか絞り出した私の返事を聞いた黒猫君が私の大好きなニカっと笑いで返してくれて、そして恐ろしい事をいいだした。
「オッケー。じゃあ今すぐ押し倒してもいいよな?」
そういう黒猫君の瞳がなんかすでに妖しく光り出してる!
気のせいじゃなく私たちの身体が傾いて来てるよねこれ?
慌てて私は手を突っ張った。
「へ? ま、待ってそ、それは別だから。今無理!」
「は?」
は、じゃなくて!
「そんなの無理! 絶対無理!」
こっちはそんな心の準備はすぐ出来ません!
黒猫君はまさか断られるとは思わなかったって顔でこっち見てる。
そ、そんな悲しそうな目で見つめられてもどうにもならないから!
「く、黒猫君まずは落ち着いて」
そう言いつつも私、このままだと黒猫君の勢いに流されてズルズルとどこまでもいっちゃいそうな予感。
「あ……兄ちゃんバッカスが着いたから呼びに来たんだけど取り込み中だったか?」
そこにビーノ君がノックもせずにバッと扉を開いた。部屋の中で私を抱きすくめてる黒猫君とそれに抗うように両手を突っ張ってる私を見てちょっと顔をしかめてでもしっかり見てる。
ビーノ君お願いだからそんな冷静な目でじっと見ないで!
恥ずかしくて焦る私を他所に黒猫君はそのまま動じもせずに返事を返す。
「ああ、もういい。今行く」
そのまま解放するどころかスッと私を抱き上げた黒猫君が私を見下ろして小声で「続きは後でな」って言ったのがしっかり聞こえちゃって私はあまりの恥ずかしさに慌てて耳を塞いだ。




