81 エルフの宝玉
結局黒猫君を追い出して服を着たけどね。
ひどいよ黒猫君。なにがひどいって……これ、下着の中にも付いてる!
うわー、ひどいよ黒猫君。
こっちはすっごく恥ずかしいのにしれっとした顔の黒猫君が私の着替えが終わる頃を見計らって戻ってきていつも通りすまし顔でボタンを留めてから私を抱え上げた。
「ねえ、黒猫君。気のせいか君、こういう事凄く慣れてないですか?」
平気な顔の黒猫君を下から睨みながら私がそう言うとチロリとこっちを見て「どうだろうな?」とだけ言ってニヤって笑った。
なんかくやしーーー!
今朝はラッパはならないそうで食堂に行くと思い思いの朝食を取ってる人たちでいっぱいだった。
そういえば黒猫君はすっかり耳も尻尾も隠すのを止めちゃってる。でもなぜか誰も何も言ってくる人はいなかったらしい。
「おや、おはよう。あゆみはなんかよく寝れたって顔してるね」
ヴィクさんがにっこり笑って手を振りながら余計な事をいう。
黒猫君が上で顔をしかめつつもヴィクさんの前の椅子に私を下ろしてくれた。
「キールはどうした?」
「キーロン陛下ならもう朝食は済ませて執務室で君たちを待ってるよ」
そう、昨日の反省会の後実は私と黒猫君、そしてシモンさんはキールさんから再呼び出しをもらってたのだ。まあ理由は大体わかってるけどね。
「じゃあ、まず朝食食ってからだな」
「ネロ君、新兵の朝練は今日もちゃんとありますよ」
トレイを持ってヴィクさんの所に来たアルディさんが黒猫君に声をかけながらヴィクさんの朝食を配ってる。
黒猫君が「ちょっと待て」っていいながら私たちの分の朝食を取りに行ってくれた。
途端ヴィクさんが私にだけ聞こえる小さな声で聞いてくる。
「それで流石に昨日は進展があったのかな?」
「そ、それが、その、私が一人で先に寝ちゃって」
朝っぱらからのヴィクさんのガールズトークにちょっと赤くなりながらも正直に答えてしまう。
「おや、それは可哀想に」
ヴィクさんにしか聞こえない小さな声で話したはずなのにアルディさんが横でニンマリと笑ってる。
うわ、聞こえちゃってた。
そこに黒猫君がトレイを持って帰ってきてくれた。
「アルディ、覚えてるか? 俺がバッカスたちとした契約」
「ええ、覚えてますよ。1週間20回づつの投擲でしたね。今日から始めますか?」
「ああ、あいつら門の所来るって言ってたぞ」
「それでしたらネロ君はキーロン陛下の所に行かれたほうがいいかもしれませんね」
「ああ、新兵だけいれば充分だろ」
そっか、私もバッカスにはお話あるんだけどそっちはまた後でだね。
私たちはそのままアルディさんやヴィクさんと朝食を終えてキールさんの執務室に向かった。
「あ~、えーっと、戴冠おめでとうございます、お日柄も良く麗しいお姿がぁ~、あれ?」
キールさんの執務室に入るとキールさんが王様してた。
えっと、王様らしいピラピラの服と冠を被ってすっごく不機嫌な顔で椅子に座ってた。
なんかそれを見たら話し方とか色々気をつけなきゃなとか思ってしどろもどろで挨拶なんかしようとしたらキールさんがバッと立ち上がってつかつかと私たちに無言で歩み寄り黒猫君と二人、軽く頭を小突かれた。
「止めろ。おまえらふたりにだけは間違ってもそんな挨拶はされたくねえからな」
「でも、キールさん、キーロン陛下、の格好がその……」
「じゃあこれからもキールでいいのか?」
まだ躊躇してる私を他所に私を抱えてた黒猫君がキールさんの目の前の椅子に私を下ろしながらぶっきらぼうに聞いた。
途端、それまでのすっごく不機嫌そうな顔がちょっとだけ緩んで自分の椅子に戻ったキールさんが黒猫君同様ぶっきらぼうに答えてくれる。
「当たり前だ。いい加減はっきり言ってやるがな。俺がこんなところに収まることになったのは間違いなくお前ら二人に出会ったからだ。他のお誰がなんと言おうとお前らだけは変わるなよ。お前らが変わったら即退位するからな」
「するからなってそんな」
戸惑う私を他所に二人ともなんかそれで納得しちゃったらしい。
そんな私たちの様子を一人シモンさんが冷めた目で見てた。そう、私たちの他にシモンさんももう座って待っていた。
「そろそろ始めませんか。私も早々こちらにお邪魔してるわけにいかないんですよ」
イライラしながらそう言うシモンさんをキールさんと黒猫君が厳しい顔で見返す。
「昨日はあゆみの事を考えて一応文句も抑えたがな──」
「言いたいことは多々あるでしょうがまずはあゆみさんのお話を聞かれてはいかがですか?」
「シモンさん、今日は全部お話してしまってもいいんですよね?」
「ええ。『エルフの宝玉』にまつわる情報は今までもこちらの王族には知られていた事です。単に我々の要請を聞き入れて下さる方がいらっしゃらなかったにすぎません。ネロさんも当事者ですから構わないでしょう」
昨日私はシモンさんに口止めされていたからあの『魔力庫』での出来事を反省会ではすっかり省いて話していたのだ。
シモンさんはここまで来ても凄く冷静だ。多分、表面的には。
でも私は知ってる。シモンさんだってあの時本当に本当に必死だったって事を。
私はこの三人の前で最後の報告を始めた。
──あゆみ最後の回想──
ヴィクさんとシモンさんを残して真っ暗な入り口を抜けた途端、目の前がパッと明るくなった。突然明るくなった室内に目をしばたいて周りを見回すとそこは本当に狭い小さな空間だった。天井はさっきの入り口とそのままの高さしかない。部屋自体も背の高い人が横になる程のスペースもなかった。
白っぽい石造りのその狭い空間の中にたった一つ置かれていたのは座り心地の良さそうな椅子が一脚だけ。
そして、その椅子に座っていたのは丈の短い生成りのドレスを身にまとい、小柄な体でちょこんと大きな椅子に座ってる非常に美しい女性だった。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
余りに自然に挨拶をされてしまった私は、一瞬のためらいののち、素直に返してしまう。そんな私をみた女性が薔薇がほころぶような美しい微笑みを零した。
「よかったわ、身支度が間に合って」
ホッと小さな微笑みを浮かべながらそう言った美しい女性が椅子を立って私に手を差し伸べた。私はだけどまじまじと彼女の顔を見つめてしまう。
「初めまして。私の名はシアン。主様はムラサキってよんでたわ。私の瞳が紫だから」
そう言って微笑みながら私の手を無理やり取って握手した彼女の顔は、シモンさんそっくりだった。
「そう、やっぱりシモンがここを開けに来たのね。あの子ったら無理ばかり言ったんじゃないの?」
半分呆けて、半分見とれて言われるままに説明を終えた私にシアンさんがキラキラと目を輝かせて聞いてくる。
「は、え、えーと、無理は別に言ってなかったと思いますよ。ちょっと言って欲しい事は言ってくれてませんでしたけど」
「あら、それは仕方がないわ。エルフってそういう物ですもの」
そう言ってクスクスと笑う彼女は本当にシモンさんそっくりだった。ただ違うのは彼女が女性で少し小柄だって事。
「そんなにあの子と似てるかしら?」
私の不躾な視線をものともせずにシアンさんが聞いてきた。
「へ? ああ、はい、そっくりです」
「そうでしょうね。双子ですもの、私たち」
「え、あ、そうですよね」
そっか兄弟だからそっくりだったのか。あれ、私の話、本題からすっごくズレちゃってる?
「あの、ところでシアンさん。私シモンさんにここに入って宝玉を救ってほしいって言われてきたんですけど、シアンさん、宝玉がどこにあるか分かりますか?」
そういえば、私こんな所で話し込んでる場合じゃなかった。早く宝玉を持って外に出なきゃ。
やっと思考が回り始め突然焦りが襲ってきた。
そんな私の様子を見たシアンさんがコテンと首を傾げて私を見る。
「何をいってるのかしら? 目の前にいるじゃないの」
「へ?」
「だから。私が『エルフの宝玉』、エルフ一族の長であり全てのエルフを統べる女王である」
そう言ったシアンさんは今までの凄く親しみの籠った目を突然感情の無い、ガラス玉のように変えて私を見つめた。
「なんてね。本当だけど気にしないで。私は私よ。主様もそう言ってたし」
すぐに元に戻った彼女は私の手を掴んで部屋の入り口に向かう。
「じゃあ折角私を助けに来てくれたんだもの、外に出ましょう」
そう言ってまるで喫茶店を出るとでも言うような気軽さの彼女と共に、さっき入ってきた入り口を二人で手を繋いで抜けた。