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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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79 予期しなかった惨事

 話を終えた私はさっきっから爪を立てすぎて血のにじむ自分の手を見下ろしていた。


「あゆみ、何言ってるんだ。私は君のおかげでこうして生きてるんだよ?」


 私の直ぐ後ろに座ってたヴィクさんが話し終えた私の肩に腕を伸ばした。


「ヴィクさん……でも私……」

「君が気にしてるのはこれの事か?」


 振り返った私にそう言ってヴィクさんはもう一本の腕を差し出しながら笑う。

 差し出されたヴィクさんの右手は真っ白な毛皮に包まれていた。


 結果から言えば、ヴィクさんは助かった。

 あの時、倒れたヴィクさんのすぐ横にはシモンさんが神殿下の治療院から持ち出していたバラバラの身体のパーツの一つが転がっていた。

 後から聞いたんだけど元はシモンさんも知ってる兎の獣人さんの物だったらしい。

 神殿内の治療院にはシモンさんが身体をつなげ直した事で助かった人たちの物以外にも沢山の手足が保管されていた。あの状況で手足をもがれていたのでは他の人たちは間違いなく死亡しているだろうとシモンさんは辛そうに言っていた。せめて家族に渡したい、そう言ってシモンさんがすぐに確認できたものを持ち出していたのだけど。

 あの時、私はそれをヴィクさんにくっつけようなんてこれっぽっちも考えてなかった。なのに私が力いっぱい魔力を流した途端、ヴィクさんの腕を切り落とされた肩口が勝手にシモンさんの取り落とした獣人さんの腕を引き寄せてくっつけてしまったのだ。

 しかもキールさん曰く、普通の復元魔法でくっつけたのと違ってまるで最初っからそうだったかのように肩口のところから切り口が見つからないほど融合してしまってるそうで、今更これを付け替える事はもう出来ないのだそうだ。


 ヴィクさんのその腕を見つめてると涙が溢れてくる。

 決して見た目が良い悪いって事じゃない。

 そうじゃなくて。

 私はヴィクさんの希望でもないのに勝手にこれをくっつけちゃった。

 ヴィクさんの切り落とされた腕はまだあそこにあった。あれだってちゃんとくっつける事が出来たかもしれないのに。罪悪感で俯く私にヴィクさんが優しく言葉を続けてくれる。


「あゆみ、何度も言ったけどね、この腕は獣人の腕なんだよ? 人間の物より数倍も強い力が出せる。これで念願の長剣だって軽々振り回せるようになったんだよ」


 ヴィクさんが少し茶化しながらそう言って慰めてくれるけど。

 私の視線が勝手に執務机を挟んでキールさんの後ろに控えてるアルディさんに向いてしまう。

 例えヴィクさんが気にしないって言ってくれても折角アルディさんといい関係が始まったヴィクさんの腕、こんなになっちゃってもしアルディさんが気にしたら。

 私はそれが凄く怖かった。

 ところが私の視線を感じ取ったアルディさんがちょっと茶目っ気を含んだ瞳で私を見返して小さくほほ笑んだ。


「あゆみさん、もしかして僕たちの事に気づかれてましたか?」


 そう言って私に声をかけてくれたアルディさんの表情はとても柔らかかった。


「ヴィクは兵士ですよ。例え僕たちの間にどんな関係が築かれようとも、彼女が彼女の本分を忘れることはないでしょう。こんな危険はお互い様ですし、そんな事を気にするようなら最初っから彼女に結婚を申し込んだりしていませんよ」

「け、結婚だったんですか!」

「ほぅ!」

「へぇ!」

「おや、ヴィクはまだそこまで説明していなかったんですか」


 少し驚いた様子でアルディさんがそう言うと照れた顔でヴィクさんがこっちを見てる。

 エミールさんやキールさんも初耳だったらしく、突然の祝福合戦で一気に場が和んだ。


「まさか弟に先を越されるとは思いませんでしたね」

「そうか。じゃあこの後片付けが終わったらお前らの結婚式は俺の名前でやらなきゃな」

「へ、陛下のお名前でなんて止めてください、大事になるじゃないですか!」


 ニヤニヤ笑いながら茶々を入れたキールさんをアルディさんが慌てて止めた。


「片付けが終わったらって、あれ、本当に終わるのかよ」


 そんなキールさん達の横で黒猫君がぼそりと呟いた。

 途端、それまで少し和んでいた場の雰囲気が一気に沈鬱としたものに変わった。


「俺たちはもうここまでだからな。後の片付けは手伝わないぞ」


 はっきりと断りを言い出したバッカスの横でシモンさんも同意するように頷いてる。


「私たちも今日で手を引きます。こちらも城内から救い出した子供たちと教会で保護した農民の皆さんの援助で精いっぱいです」


 二人を交互に見たヴィクさんが私の頭をポンポンと叩きながら言葉を続けた。


「あゆみ残念だけどね、あの後起きた本当の惨事は多分私の腕なんか比じゃないと思うよ」


 ヴィクさんの言葉にグッと息がつまった。


「君の魔力はもっと深刻な事態を引き起こしたんじゃなかったかな?」


 うっ。そっちはあんまり思い出したくない。


「ああ、あれは酷い。おかげでこの反省会も結局こんな時間まで開けなかった」


 黒猫君が同意するととすぐにキールさんが頷きながら言葉を付け足す。


「まあ、お陰で食い物には暫く困らないだろうがな」

「そんなこと言ったって俺は腰が痛い」

「俺もだ」


 じりじりと周りから冷たい目で見つめられて私はとうとう居たたまれなくなって頭を下げた。


「皆様、ほ、本当にすみませんでした!」


 実は私の魔力の暴走はヴィクさんの腕をくっつけただけでは収まらなかった。

 ぶっちゃけこの前の固有魔法の時と同じように周り中の食物が育ち始めちゃったのだ。

 教会を中心に始まった現象はそのまま円状に広がって、結局領城辺りまで行っちゃったらしい。


 何が育ったかなんて。もう。


 まず、教会と神殿を区切ってたバラの生垣。あれはまるであそこで起きた凶事を隠そうとするかのようにぐんぐんと伸び広がっていって教会の辺りをすっぽり全部包み込んでしまった。今や道路側から見上げるとちょっとした茨の森になってしまってる。


 それに水田。水田て水が入ってるから水田なんであって、普通水が抜けた水田に稲は育たないはず。って思ってたんだけどね。全部の水を抜いた水田で稲がもうそりゃ見事に金色の穂を垂れちゃって。それをたまたま覗きに来た農民の皆さんが見つけちゃって総出で刈り入れを始めちゃった。実った稲を刈らないなんて考えられないとの事。

 農家の皆さんには今日の所は念の為貧民街の各所に借り宿を取って休んでもらってるんだけど、後の刈り入れの為に明日にはどうしても自分たちのお家に戻りたいそうだ。

 貧民街の皆さんと農家の皆さんはなんか凄く意気投合してた。テンサイ作りも今後一緒にやっていきたいって息巻いてる。って言うか教会のコントロールが無くなったんだからあの中にいた農民の皆さん、今後どうするんだろう?


 さて庄屋の家の辺りから種が飛んだのは綿。これがもの凄い繁殖力で。ただ今町中の土と言う土を埋め尽くすように綿が広がっちゃってその雑草化が一番深刻な問題になってしまった。

 最初単なる雑草だって言って片付けようとしていたキールさんを黒猫君が慌てて止めて一部は収穫する事にしたんだけど。綿の収穫ってそれ自体すごく大変なんだけど、それが終わってもその後に残った腰丈の草を刈らないと道が使えない。

 それで結局あの騒動のあと落ちつく暇もなく総出で綿の収穫と雑草の刈入れにみんな駆り出されたのだ。

 刈り入れを免れたほんの一握りの人たちも決して楽じゃない。庄屋の離れは元々女性たちを閉じ込める為の座敷牢になってたんだって。そこに捕まえた司教さんたちと高位貴族の皆様が閉じ込められてるんだけど、その番をする人たちは黙って立ってるのは無駄だと言われてピートルさん他うちの所員が速攻で作ってくれた稲専用の千歯扱きで脱穀を始めてる。

 今回は片足の私でも綿の収穫だけは手伝えたのでさっきまで一緒に綿摘みしてきた。


 そんでもって最後はそれ以外。ええ、それ以外。他に言いようなし。

 庭に植わっていたリンゴの木やらオレンジの木やら、みんなのお家に作ってあった菜園の豆やらナスやら芋やら。ドングリ、椎の木、スモモに木苺。季節関係なしに全部実ってる。

 驚いたのは兵舎の裏でトマトがたわわに実ってた。どうやら黒猫君が貧民街で見つけて持ち帰って忘れてたトマトが全部育っちゃってたらしい。


 そして一番怖いのは。これ、取っても取ってもまた実ってくる。稲は刈り入れた所からまた生えてくる。リンゴも取ったそばから花が咲いて実ってくる。かなりしつこく取らないと終わらない。収穫と雑草の始末を続ける私たちはもうある所から諦めが勝ち始めてた。


「あの雑草化した綿だけどな、夏が終われば勝手に枯れるんじゃないか?」

「いえ、せめて中央に続く道だけは早く片付けないと馬車が通れないと沢山の苦情が来ています」


 投げやりに言い放ったキールさんへのアルディさんの非情な報告がみんなの耳に突き刺さる。その場の誰もが聞かなかった振りをしてる。それでも一人キールさんが大きなため息をついて返事を返した。


「農村で麦の収穫してる連中を呼び戻すわけにもいかんからな。仕方ない。引き続き俺の近衛隊と施政官は総出で明日も草刈りだ」


「うえー」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 私が謝罪を繰り返すのを黒猫君がこちらを睨みながらはっきり言った。


「あゆみ、謝るよりも次からは絶対不用意にお前の魔法を使うんじゃねーぞ」

「分かってます。ごめんなさい」


 もう何度も繰り返した謝罪だけど何回繰り返しても足りないみたいだ。

 いえ、足りないんですよね、すみません。


「それじゃあ反省会はここまでにしてそろそろ始めるか」


 私の謝罪が一通り終わったところでキールさんが晴れやかな声でそう宣言した。


 突然部屋にガタンと大きな音が鳴り響き、何事かと見回すとそれは部屋にいた男性陣が一気に席を立った音だった。

 何故かバッカスはひとり扉のすぐ前に移動して守りを固めてる。シモンさんは我関せずでそっぽ向いてる。

 周りを見回すとどうもその場で事の成り行きについていけてないのは私とエミールさんだけみたい。


「え?」

「へ?」


 私があっけにとられてる間にエミールさんがみんなに取り押さえられて椅子ごと縄でグルグル巻きにされちゃった。


「な、な、なんですかこれは?」


 されるがままグルグル巻きにされちゃったエミールさんが驚きの声を上げた。それをみんなが無言で周りを囲んで見下ろしてる。その真正面に回ったキールさんが重々しい口調で話し始めた。


「これだけ色々話を聞いても結局今回俺たちの計画の一番の誤算であり諸悪の根源はこのエミール(バカ)の際限無しの女性関係だ」


 キールさんの言葉にその場の全員が頷いてる。


「こいつが馬鹿みたいに手あたり次第女に手を出して高位貴族どもの恨みを買ってなければあんな抵抗もなかっただろうし、そうすればネロはとっとと教会に行けて領城が使い物にならなくなるなんて事態にはならかっただろう」


 そういえば。ただ今領城には人が入れません。エミールさんと黒猫君が二人で空けちゃった穴がどうもお城の構造上マズい場所だったそうで。しかも燻りだしに使った煙が2階半分と3階に蔓延して煤だらけの上我慢できない程臭いそうで。完全に掃除と修理が終わるまで当分の間使えなくなってしまった。


「ネロがちゃんと予定通り教会に着いていればガルマだって前もって捕まえられてたかもしれん。そしてあゆみとヴィクが襲われることもなかっただろうし、こんな雑草だらけの街になる事もなかったかもしれない」


 淡々と続けるキールさんがアルディさんの手から大きくて非常に切れそうなハサミを受け取った。


「まあそれで色々と考えたんだがな。やっぱり切り落とすのが一番いいだろうって事で全員同意した」


 キールさんのその一言でエミールさんが「ヒィッ」と情けない声を上げた。


「ま、待ってください! この反省会は誰のせいか追求するためのものじゃないってキーロン陛下も最初に言ってらしたじゃないですか!」


 往生際の悪いエミールさんがハサミを目の前に最後の抵抗を試みたけどキールさんの返事は冷たかった。


「俺は『問題点をはっきりとさせて改善する』って言ったはずだ。だから『誰』じゃなくお前のそのだらしない『性癖』を罰する事にしたわけだ」

「そ、そんなの詐欺だー!!!」


 エミールさんの恐怖に引きつった様子は尋常じゃなくてちょっと可哀想な気もしたけど、キールさんを止める人はその場には誰もいなかった。

 こうしてエミールさんの悲鳴の響く中、キールさんによる『改善』の為のチョッキン刑が執行された。




「これも全てお前自信の為だ」


 あれから約30分後。刑はつつがなく執行され、その後には叫び疲れたエミールさんが力なく椅子に倒れこんでる。


「一体どうやったら僕が丸刈りになるのが僕の為なんですか!?」


 そう、今やエミールさんの頭は高校球児顔負けの極短丸刈り状態。自慢の長いキラキラの金髪はキレイさっぱり床に落ちてる。キールさんによる断髪の後はアルディさんがお得意の刃物さばきで皮膚ギリギリラインまで切り込んでた。

 力なくうなだれ弱弱しい文句を返したエミールさんにキールさんがやけに優しい声で言葉をかける。


「悪いがお前にはこれから色々やってもらわなきゃならない。どんなにお前が嫌がっても俺はお前しかここを任せられる奴はいないんだからな」


 キールさんの言葉を聞いたエミールさんがハッとしたように驚いた顔でキールさんを見上げた。


「今回の一件では不可抗力で有力な高位貴族を拘束する羽目になった。お前も分かってるだろうがこれがこのまますんなり終わるはずもない。これからそれぞれの親族が文句を持ち込んでくるだろう。それを何とかやり過ごすにはこちらもそれなりの誠意を見せる必要がある」

「陛下のおっしゃる誠意と僕の髪に一体なんの繋がりが……」

「腹を割って話すにもまずはお前に非があった事を明らかにして誠意をもって詫びなきゃ始まらんだろうが!」

「そ、そんな、僕に一体何を詫びろだなんて」

「お前のその不誠実な人生をまるまるだよ! 丸めた頭でまずは牢に繋がれてる高位貴族の奴らに頭下げてこい!」


 キールさんの怒声が響いて部屋にいた全員がそれに同意して頷いた。

 エミールさんも私みたいにちゃんと一生懸命謝ればきっと大丈夫だよ、うん。


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