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6 食事

「この肉……どうしたんですか?」


 テリースさんがスープを見て固まった。

 テリースさんは帰ってきて真っすぐ鍋に向かった。

 それを覗き込んで木のスプーンでかき混ぜて鳩の肉を見つけたのだ。


「俺が取ってきた。食いたくなきゃ食うな」

「い、いえ、もちろん頂きます」


 テリースさんが真剣な顔でスープを木のスープ皿によそう。

 それを匂いに釣られて降りて来た二人の男性が手伝って厨房のすぐ隣の食堂に運んでくれた。


 食堂に移動すればそこには院長先生を含む5人程の人がすでに座っていた。

 その一人一人にスープとパンが配られる。テリースさんと私、黒猫君の分も同じような木の皿によそってテーブルに乗っている。

 黒猫君は断固としてテーブルに置けと主張した。自身がテーブルに乗っかって食べる気らしい。床は嫌だそうだ。

 まだ猫になりきれてないのね、黒猫君。


 私も頂く。美味しいとは言えない。

 言えないけどお腹がすいていて文句も言えなかった。

 それなのに。

 食堂にいくつか驚きの呟きが上がった。


「肉だ」

「肉」

「肉」

「肉」


 あの鳩一匹だから骨を取り除いた後の一人のスープに入った肉なんて見えない程小さい。

 それでもみんなうれしいらしい。スープを見る目がすごく真剣だ。


「あのさ、ここにいる人間の中でコイツより力があって厨房を手伝える奴いる?」


 みんなが食事を終える丁度ちょっと前に黒猫君が食堂に響く声で尋ねる。

 食堂の人間がみんなぎょっとして黒猫君を見た。


「ああ、皆さん、こちらネロ君です。今日からこちらのあゆみさんと一緒に厨房を手伝ってくれます」


 テリースさんは黒猫君が猫であることはスッパリ無視して紹介をした。


「少しなら手伝えるぞ」


 さっきスープ皿を運んでくれた男性がおずおずと手を上げた。


「こちらはピートルさん。腕の骨を折って三日前から入院されています」


 ピートルさんは焦げ茶の髪の四角い人。

 四角いって、なんて言ったらいいんだろ、決して太ってる訳じゃないんだけど腕も足も太くて体もガッチリしてる。

 だけど背はそれほど高くないから印象が四角いってなる。

 顔もなんか四角いし。


「俺も少しなら」

「こちらはアリームさん。同じく右手の尺骨を複雑骨折して全治3か月。骨の再生は時間がかかるんです」


 ……骨折もしないようにしなくちゃ。


 アリームさんは少し肌の色が濃い。

 黒人ほどじゃないけど日焼けしただけってわけでもなさそう。

 赤い緩くカールした長髪を後ろで結っている。

 身長はテリースさんと同じくらい。

 どちらかと言えば細いけど、上げた手はゴツゴツしてた。


「後の皆さんは念の為食事には触られない方が無難です」

「まだ数人足りないよな」


 見回せば確かにここには患者さんは後二人しかいない。どちらも痩せた男性だった。


「ええ、ベッドから出られない人が今日は4人います。食事制限はありませんからあとで私が運んでおきましょう」

「ありがとうございます」

「いいえ、こちらこそありがとうございました。正直今日はもう食べるものもないだろうと諦めていました」

「……お前、無理だと思いながら俺たちに押し付けたな」


 こんな皆が聞いてるところで黒猫君がはっきりと文句を言う。


「申しわけありません。私自身兵舎の仕事に戻らなければならなかったものですから」

「今日は仕方ないが、あゆみだって片足ないんだ。あんた達みたいに歩き回ることも出来なければ屈むことも出来ない。物を運ぶのだって腰で引っ張るか床を這いずって持ってくるかだ。ちょっとは考えてくれ」


 黒猫君はわざわざ食堂に響く大きな声でテリースさんに告げる。


「本当にすみませんでした。まさか本当に料理をしてもらえるとは思っていなかったんです」

「そうだろうな」


 私はテリースさんと黒猫君の会話を聞きながらうつむいたまま声も出せなかった。


 もし黒猫君が私の「出来ない」「無理」を何度も却下してなければ、私はとうの昔に諦めて放り出してただろう。

 今テリースさんが言った通り、料理なんて絶対終わらなかった。


「ピートルとアリームって言ったな、二人とも半日ずつこいつの調理中は手伝ってやってくれるか」

「まあ、出来ることならな」

「同じくだ」


 黒猫君とテリースさんのやり取りを見ていたお二人は、少しバツが悪そうな顔をしながらも、それぞれお手伝いの約束をしてくれた。


「あとテリース、せめて食器洗いと厨房の掃除、それから樽の水汲みだけはこいつの代わりにやってくれないか」

「そのくらいは仕方ありませんね。その代わりこれからもお二人に厨房をお任せしてもいいですか?」

「ああ」

「あゆみさんは?」

「分かりました」

「ではこれからもどうぞよろしくお願いします」


 嬉しそうにほほ笑んでテリースさんが私の手を取って頭を下げる。

 そんな私達の様子を、院長先生は最初から最後までただじっと見ているだけだった。

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お読みいただきありがとうございました。
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その他の情報は必要に応じて追加していきます
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