76 反省会11:あゆみ2
「なんだ、その朝の一仕事ってのは?」
黒猫君が疑わしそうに言うけどね。
「黒猫君が壊しちゃった『飛行物体B』をチェックして解体して荷馬車に積んでたんだよ。ちゃんとキールさんの所に届く様に手配して」
「『飛行物体B』ってひでーネーミングだな。あ、待て、Bって事はAもあったんか!?」
「Aは設計図の時点で没になったの。椅子が付いてたんだけどね、ほら、こっちのタイヤ木だから着地はかなり厳しいって言われて。いっそゆっくり降りて足の方がいいかなって」
「いや、普通の人間だったら椅子があった方がぜってーマシだったぞあれは。それに椅子にプロペラが固定されてたらせめて体重移動も少しは楽だっただろうしってメモってるんじゃねー! そうじゃない、もう作らなくていい!」
せっかく貴重なご意見をわら半紙に描き込もうとしてたのに黒猫君に取り上げられてしまった。でも大丈夫。後ろで他の子がメモってたから。
「あゆみ、そろそろ話を続けてくれ」
キールさんがすっかり脱線した私を急かすので私はもう一度さっきの話の続きに戻った。
──セーフハウスにて(あゆみの回想)──
私が作った『包弾(改2号)』らしき爆音が3回聞こえて来て。最後の一回は少し遠かったから多分教会に使ったのだと思う。事態がどんどん進んで、流石にガールズトークも続けられなくなって。ただただ不安に思いながらお屋敷のメイドさんが出してくれたお茶をすすって時間が経つのを待っていた。
私はてっきり事態が収束したら黒猫君達が迎えに来てくれるって思ってたんだけど、部屋の扉を開いて突然現れたのは思いもかけない人だった。
「あゆみさん、お迎えに来ました」
「どういうことだ?」
部屋に突然現れたのはシモンさんだった。
「勝手ながら私と懇意にしているものにお願いしてここまで通していただきました」
シモンさんたらここキールさんのお屋敷なのに誰に見つかることもなくここまで入ってきちゃったみたい。
シモンさんの登場はやっぱり予定にはなかったみたいで、ヴィクさんが警戒の色を浮かべて鞘に入った剣を片手に立ち上がる。それを見たシモンさんはそれに動じることなく言葉を続けた。
「お待ちください、私は決してあゆみさんや皆様に危害を加えるつもりで来たわけではありません」
「じゃあなぜ堂々と使用人を通して入って来ない?」
「それは単に少しでも余計な時間を省くためです。時間がないのです」
そう言ってシモンさんはその場で跪いた。それで丁度椅子に座ってる私と視線が合う。
それでもヴィクさんは剣の柄に手を添えて私のすぐ横に立ってくれてる。
「あゆみさん、今回の件でキーロン殿下は我々エルフの宝玉を取り戻すための努力を惜しまれないとお約束下さったのを覚えてらっしゃいますか?」
うん、たしかにシモンさんが来た最初の日にそう言ってた。私はそれを思い出して小さく頷く。
「ですから私はキーロン殿下の秘書官であられるあゆみさんにお願いがあってこちらに参りました」
そう言って跪いたまま話しはじめた。
「あゆみさん、あゆみさんとネロさんは『転移者』ですね」
「え? どこから聞かれたんですか?」
「あゆみ……」
突然『転移者』と言う言葉が出てきて思わず聞いてしまった私をヴィクさんが少し困った顔で見た。
あ、そうか、今の私の質問は私が転移者だって言ってるようなものだったね。
でもその様子を見ていたシモンさんがすぐに言葉を付け足す。
「ヴィクさん、あまり警戒なされないでください。ネロさんが隠そうとしてらしたので今までお話しませんでしたが、実はあゆみさん、というか『キーロン殿下の秘書官の女性』が転移者でらっしゃるのはネロさんが貧民街を訪れる前からすでに存じておりました」
「それはどこから聞きつけてたんだ?」
ヴィクさんがちょっと詰問口調で質問する。
「残念ながら既に『連邦』が情報として売り出したので一部の者の間では当たり前のように回っている情報だったんです。我々3人もある程度の情報はそういった連中から仕入れています。ただし、今回はゴーティから直接聞きました。残念ながら今出回ってる情報のソースは彼でしょう」
そう答えてるシモンさんはどちらかと言うと申し訳なさそうに見えた。
「え? あのゴーティさんって、確か黒猫君が言っていた……」
「貧民街の獣人の長です。彼自信は大変有能な医師なんですよ。バッカスさんはご存知ないようでしたが最近は時々呼び出されて狼人族の女性たちの検診に行ってます。そこで彼が聞き及んできたようです。あゆみさんたちの情報は幾つかの交換条件として『連邦』に売られました。正直非常に助かったと聞いています」
うわー、そっか。狼人族の女性陣はもっと北にいるって言ってたもんね。ここからも遠くないのかも。でもそっか。貧民街の人たちに売られてたのか。
でもその情報が売られたからって私も黒猫君も今の所、それほどひどい迷惑はこうむってないんだよね。被害っていうか確かそれを元にビーノ君が私たちにけしかけられた訳だけど、逆に皆を連れ帰る事が出来たんだし。
うん、被害なしだからいいんじゃないかな。
「分かりました。別にもうそれはいいです。それで例え数人でも奴隷になる人が減ったりみんなのお腹が膨れたんだったらむしろ良かったって事にしちゃいましょう」
「あゆみ、本当にいいのかそれで?」
私のさっぱりした答えにヴィクさんが驚いて聞いてきた。よく見るとシモンさんも顔に驚きを浮かべてる。
「えー? だって私その情報が売られた事であんまり不利益受けてないんだよ? シモンさんも教えてくれたしそれでいいんじゃないかな?」
「あゆみ、ネロ殿はいいのか?」
「あ、あれ? 黒猫君はなんか気にしてたかも? あ、じゃあ後で黒猫君には別に聞いてみようね」
うわ、黒猫君のことすっかり忘れて返事してたよ。危ない危ない。気を取り直してシモンさんに先を続けてもらった。
「それで私と黒猫君が転移者なのが何か問題なんですか?」
「いえ、別にお二人に問題があるわけではありません。そうではないのです」
そう言ってちょっとだけ言いよどむ。
「実は今回の教会への襲撃計画を話し合っている時に一つだけウソをつきました」
シモンさんが少し俯いた。
「我々エルフは確かに皆さんより長生きですし、あの教会の設立時にこちらに来ていて色々な説明を受けています。壁のどこに結界の魔晶石が入っているか知っていたのも事実です。ただ、その一つを破壊した時に起きるであろう問題について、私はわざと説明を省きました」
なんかシモンさんの口調が重々しくてちょっと怖い。
「先ほど教会にネロさんが到着され、司教様達も全員捉えられたという報告を聞いて急いでこちらに参りました。そろそろネロさんたちが神殿に向かわれる頃ではないかと思います。後は神殿に囚われていた子供たちを解放するだけだと思ってらっしゃるでしょう」
そこで少しつらそうに顔を歪めてこちらを見つめる。
「ただし、それは我々エルフが裏切らなければです」
「は? やはりお前!」
ヴィクさんが手にしていた剣を引き抜くとシモンさんの首筋にそれを押し当てた。でもシモンさんは顔色一つ変えずにこちらをじっと見つめてた。
「すみません、決して脅すつもりで言ったわけではないのです。我々は教会からあなた方を裏切り、情報を流し、協力するよう要請されていました。しかし、私も私の一族も既にキーロン殿下につくと決定しています。ご心配されるような裏切りをする気は毛頭ございません」
そう言って再度頭を下げる。
「ですが、それもこれも全ては我々の宝玉を取り返す目的の為です。そしてその目的の為に私は重要な問題を一つ皆さんに説明しませんでした」
シモンさんの声は静かだけど、そこには何か強い意志が感じられた。
「あの教会の敷地内には一つの大きな魔力の源とそれを使用する結界石が繋げられています。どのようにしてその距離を繋げているのかは私には理解できていません。私が知っているのは今日、バッカスさん達が教会の壁に埋め込まれた結界石を破壊された事で、今まで300年ずっと一定量を供給されてきた魔力が突然一部その行き場を無くしたと言う事です。その結果、今まで壁の結界に使用されてきた分の魔力があそこにあるもう2つの魔力を必要とする施設に一気に流れ込み始めています」
え、ちょっと待って。今の話は私が今回王立研究所で研究していたのと同じような仕組みをあの教会が使っていたって事だよね? 一体どうやってそんな物を……あ。
「あの、もしかしてあそこの教会の設立には過去の転移者が関係してたりしますか?」
私の質問にシモンさんがにっこりと笑って答えてくれた。
「その通りです」
やっぱり!
「当時あの教会の設立を指揮してらした転移者の方とは面識がありました。彼に教わった事を残念ながら私は全て理解する事は出来ませんでしたが、この様な事が起きた場合、繋げ方の問題で過多な魔力が教会と神殿に流れることになり、最終的にはそこに仕込まれている結界石の容量を超えた時点で周りの建物を巻き込む大きな爆発を起こす可能性が高いということでした」
そ、そんな爆発って……
「我々エルフはこの結界石の仕組みを知りながらもその結果を理解していたがために今まで教会に手出しする事が出来なかったのです」
よく考えてみればそうだよね。結界石の情報がありながらエルフのみなさんが教会を攻めなかったこと自体おかしいと思うべき点だったんだ。
「でも今回あなた方がいらした事で状況が大きく変わりました。しかもご協力頂けるという言質もキーロン殿下から頂けましたしね」
そう言うシモンさんの目ががほんのちょっと輝いて見える。そこでちょっと息を吸ってシモンさんは言葉を続けた。
「いつこれを皆様にご相談しようかずっと迷っていたのですが、今回の一件でどこまで行っても皆様、貴方を戦闘に巻き込むことを非常に恐れてらっしゃる様でした。にも関わらず私はあなたの恩情に縋るしか他に手立てがないのです。そうしなければ私たちの宝玉は決して取り返せない」
うつむいたまま苦しそうにそう続けた。
「あゆみさん、どうか私を信じて一緒に教会へ向かってください。虫の良いお願いなのは重々承知しています。ですがあゆみさんならば教会と神殿の問題も全てなんとか出来るはずなのです。どうかお願い致します」
シモンさんはそう言って私の目の前で最後には地面に着くんじゃないかって程頭を下げた。
私は本来このセーフハウスから出てはいけないことになってるんだけど。
もしシモンさんの話が本当なら、このまま放っておくと黒猫君以下全員の命が危ないって事になる。しかも黒猫君たちはその危機さえ聞かされていない。この点についてはやっぱり私もシモンさんがに思う所もある。だけど同時にどうもシモンさんは何か考えがあって私を連れて行こうとしてる気がする。
私が教会に行くことで何がどう変わるのかはわからないけれど、このシモンさんの話を聞いてしまったからにはまずは様子を見るだけでも私はシモンさんと一度教会に行ってみるしかない、それが私の出した結論だった。
「分かりました行きましょう。ヴィクさん怒らないで。私行くしかないと思うの。申し訳ありませんけど、この子たちの面倒はどうかよろしくお願いいたします!」
そう答えた私の顔をヴィクさんが困り果てた目で見つめていた。
教会についた私を待っていたのは静寂だった。皆がここで戦っているはずでもっと凄いことになってるって覚悟してきた私にはかなりの拍子抜けだった。
それでも長い壁の凄く端のほうが崩れて無くなってるし、教会の上の方がなんか煤けてるのが遠目にも見える。
「戦闘はもう終わったんでしたね」
「そのはずです」
私の質問にすぐにシモンさんが頷く。
結局シモンさんの申し出を受けてしまった私を何度も諌めようと努力してくれたヴィクさんは私の決意がどうやっても変わらないのを見てとって、最後は諦めて私を抱えてここまで一緒にきてくれた。子供たちはもちろんお留守番。
「少なくとも戦闘の気配はないようだな。さっき寄った避難所も農民の男女で既にいっぱいだったようだし」
「ええ、私がここを去った時点で既に皆さん敵の捕縛に移ってましたから」
そう言ってシモンさんが崩れた壁の方を見る。私の作った『包弾(改2号)』はちゃんと役に立ってくれたみたいだ。
少しホッとして目の前の教会を見上げた。やっぱり少し煤けてる。
この前同様横の扉から中を覗くとツンと焼け焦げた煤の匂いが鼻をつく。見回せばなんかそこここが真っ黒に焦げてて床は水浸し。天井も真ん中の一部が崩れ落ちていて午後のかげりつつある空が覗いていた。
でもそこに人の気配はまるっきりしなかった。なんとなく足音を立てないように広間の真ん中辺りまで行っても誰もいない。それが不安を煽って。
みんな大丈夫なのかな。
奥の壁からはこの前と同様に赤い服を着てマスクを被った初代王の肖像画が見下ろしてるけど、それも今日はちょっと煤けてこの前より少し偉そうに見える。
そっから先は水浸しで危ないと言ってシモンさんが抱えてくれた。ヴィクさんは念のため戦闘に備えて両手を開けておいた方がいいという事で、初めてシモンさんに抱えられてしまった。テリースさんの時と一緒で凄く華奢に見えるのに結構筋肉があって力持ちらしい。私を抱えて歩いても全然余裕の様子。
ただ、抱えられてるこの姿勢だとどうしても初代王の絵が目について……あれ? なんか煤で髪の色が黒くなっちゃってる。こうするとやっぱりこの人日本人だよね。
教会の奥に進むと前回はあった教壇が半分くらいの燃えカスになって横に転がってるのが目に入った。その教壇があったところの後ろには説教用に台座が置かれてる。でもそれも今は少し元の場所からズレちゃってる。
うーん、そのズレ方がなんかちょっと不自然で。
「ヴィクさん、そこの台座、なんかちょっと不自然だよね?」
「そうか? ああ、ここでの戦闘で元の場所から動いてしまってるからじゃないのか?」
「うん、それもあるんだけど。ほら、こういうのってよく抜け道に使われたりするんじゃなかったっけ?」
私が冗談めかしてそう言うとヴィクさんが一瞬真顔になって本当に確認しに行っちゃう。
「ああ、ヴィクさん、今の単なる冗談だから──」
「マズイ。確かに隠し階段があるぞ! 奥から足音が響いてくる」
私の言葉よりも先にその台座を少しだけ持ち上げて中の様子を伺っていたヴィクさんが、すぐに静かに元に戻してそう私たちに告げた。
え? 私の冗談が全然冗談じゃなくなっちゃった!?
ヴィクさんは静かに私たちを促してシモンさん共々そこを抜けて奥の通路に向かった。
通路の奥には準備室らしい部屋がいくつか並んでて、その先には裏庭に抜ける扉が開けっ放しになっていた。そこから午後の日差しが差し込んで暗い廊下を照らし出してくれてる。ヴィクさんが先に準備室らしき部屋の扉に耳を当てて中の音を確認してから扉を細く開いて中の様子を確認する。中に誰もいない事を確認してすぐ声も上げずに私を抱えたシモンさんを押し込みながら自分も中に入った。
扉を閉めたほんのすぐ後に扉の向こうからバタバタと足音と数人の話し声が近づいてきた。
「──後ろは巻いたか?」
「いや分からん」
「どうする? 城門は絶対押さえられてるだろ」
「今兵舎は空だ、あそこの通路を使うか?」
「いやあれも外に通じる所に見張りがついてるだろ」
「仕方ない教会の奴らに金を払ってほとぼりがおさまったらいつも通り船を出させよう」
「それにして酷いありさまだな。一体何があったんだ?
「まさかこちらも戦闘があったのか?」
「それじゃあなんで誰もいないんだ?」
「庄屋の家の方なんじゃないのか?」
「かもしれないな。ならばまずは俺達もそちらに向かおう──」
それから声は少しづつ遠退いて聞こえなくなった。
「今のうちに神殿に向かいましょう!」
声が聞こえなくなってすぐヴィクさんが扉の外を確認するとシモンさんが前以上に心配そうに先を急ぐ。
ヴィクさんも仕方なさそうにそれに同意した。
「ああ、これではここにいてさっきの連中が戻ってきた時の方が危険だ。行くなら急ごう」
そう言いつつ私を抱えてバタバタと教会裏のよく手入れの行き届いた庭園を抜け、バラの生け垣の向こうに見える神殿へと向かった。