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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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72 反省会7:新兵とネロ1

「で、じゃあなんでその司教たちは突然いなくなったんだ?」

「それは俺とこいつのせいだ」


 そう言って黒猫君が新兵さんをつついて説明を始めさせた。



 ──再び教会内(哀れな新兵の回想)──


「ま、まずはこちらで、か、管理されているはずの台帳を、み、見せて下さい」

「たかが護衛兵がなんのつもりですか?」


 ただいま僕は教会のほぼ中心に立っています。

 周りにいた教会の皆様に押し出されるようにしてここまで来て、僕の周りは白と黒の教会服を着た司教様達に思いっきり固められています。

 皆さん口調は丁寧ですが目が全然優しくありません。

 僕の最初の号令なんてまるでなかったかの様に無視されて皆さんすごく冷たい目で僕を睨んでらっしゃいますね。

 そりゃそうです。僕みたいなひょろっとした若造がたった一人で入ってきてこんな事をいっても誰も本気で聞いてくれるはずないんです。


「先ほども申しました通り、こここれは、き、キーロン皇太子殿下の下命を受けての強制捜査、だ、です。ぜ、税金の取り立てを誤魔化しているという訴えが、たたたた、多々上げられてきたのでその確認です」


 僕が緊張で震える声を何とか絞り出してそう言えば、輪の後ろから白い教会服を着た何か偉そうな男性が一人目をぎらつかせながら僕の前に進み出てきました。


「キーロン皇太子ですか。彼には再三そちらで匿われている非人の耳付きをこちらに引き渡すよう要請しているはずですが」


 よかった!

 これは台本にあった追及パターン。

 僕は丸暗記した返事を少しつっかかりながらも返しました。


「つ、通達します。キーロン皇太子殿下の要請を受け、中央政府ナンシー出張部により、ほほ、本日より非人の扱いは国の管轄下に移ることが、さ、裁決されました」

「おや、たかだか皇太子やこんな田舎のお役所の権限でザイオン帝国1000年の歴史を通して教会が守り続けてきた規律と権利を廃権出来るとでもお思いなのですか?」


 さっき文句を言った司教様の目が輝いてて余計怖いです。

 それでも僕は覚えてた通りのセリフを返しました。反復訓練、やっぱり有効でした。おかげでこんなに怖くても取り合えず口が勝手に動いてくれます。


「教会がぁ、ど、どのように考えようとも、王族の要請を受けて発布された通達は国王の正式な勅令に次いでこの国における最高執行権を持つことは、皆さんも、ご、ご存じのはずです」


 そこからは代わるがわる文句を言ってくる司教様達と押し問答になりました。

 僕はしどろもどろになりながらも何とか司教様達を相手に通達と強制捜査を主張し続けました。

 それでもどんどん狭まってくる司教様達の輪に押されて段々声が小さくなってきて、とうとう視界が滲んだ涙で曇り始めたころやっとどこかから地響きのような轟音が響いてきました。


 ああ、やっと始まってくれたんだ!

 これで次に移れる……

 移るのか。

 ほんとにこれ、僕がやるんでしょうか……

 ここからのシナリオはもう殆どやけっぱちです。

 だって、何回説明してもらってもネロ少佐が言うようなことが起きるなんて僕にはとても信じられません。

 それでも一通り特訓は受けたんですし後はもう死ぬ気でやりぬくしかありません。

 僕はグッと手を握りしめて恥ずかしさを押し殺し、街でやってる演劇の役者さんになったつもりで大声で叫びました。


「あー、皆さん、静かに。その場を動かないでください! か、勝手に動かれると……神罰を下しますよ!」


 あ、やっぱり皆引いてます!

 僕の素っ頓狂な叫びを気でも狂ったのかという顔でみてらっしゃいます!

 ああ、そうですよね。そういう反応になりますよね。うううう、恥ずかしい。


「皆様が引き渡しを要求されていたのはキーロン殿下の元に降臨された猫神様です。猫神様はこちらの神殿と農村のご様子をご覧になられて大変お怒りです。今すぐに悔い改め投降されなければ皆様に神罰を落とされますよ」


 僕がそこまで覚えたままのセリフを棒読みにすると目の前の数人の司教様達がせせら笑いながら言い返してきました。 


「何が神罰だ。バカバカしいにもほどがある。ここをどこだと思ってる!」

「ここ教会で神罰を落とすのは我々のほうです!」


 そう叫んだ司祭様の一人が僕を見据えながら襟を正しました。途端、彼の目の前に大きな雷が出現して僕に向かって真っすぐ叩きつけられました。


「うわ!!」


 訓練中何度もネロ少佐に電撃をぶつけられて、絶対に鎧が防いでくれるのは分かっていても情けない悲鳴が勝手に口からこぼれ出てしまいました。

 雷は僕の胸の中心に当たり、それを受けた僕はその衝撃によろめいて、でもすぐに体制を整える事ができました。そりゃそうです。衝撃と言ってもちょっと胸を押された程度だったんです。

 叫びながらもすぐ体制を整えた僕を見て、それまで嫌な微笑みを浮かべて見下していた司教様の顔が驚愕に歪みました。


「そ、そんな馬鹿な。この近距離で私の神罰を受けてなぜ倒れない!?」


 司教様達の間に驚愕が走りました。


 ってえ? これこの黒い鎧のおかげですよね?

 まさか皆さん知らないんですか?

 この防具を知らないのは僕だけじゃなかったんですか!

 訓練中、ヴィク兵長もネロ少佐も誰も疑問をお持ちじゃなかったので、僕はてっきり田舎者の僕だけが知らないんだと思い込んでました。


「み、見ましたか、猫神様の奇跡を!」


 何とか倒れずに踏ん張った僕は冷や汗を隠しながら立ち上がって思わず虚勢を張りました。

 だって今僕、鎧のおかげで助かったんですよね?

 でもこれ、鎧以外の所に落ちたらどうなるんですか?

 もしかしなくてもおしまいなんじゃないですか?!

 僕の虚勢がバレてるのか司教様達はすぐに立ち直って今度こそ僕を敵と認識した恐ろしい目で睨みつけてきます。ここでもう一回攻撃されてはたまりません。僕は急いで続きのセリフを叫びました。


 「み、み、見ましたか、猫神様の神罰を!」


 じ、自分の吐く恥ずかしいセリフに身もだえしちゃいそうです。

 でもここでタイミングを見誤ったらそこでおしまいです。僕は悶えそうになるのを必死で我慢して手に持っていた『包弾(小)』を宙高く投げ上げました。

 これは最近できた王宮研究機関で開発された新兵器です。使用方法はしっかり訓練でたたき込まれてきました。威力は小さいですけど今までなかった攻撃用の魔道具として僕の先輩方が皆めちゃくちゃ注目していました。

 投げ上げた『包弾(小)』は空中で発動しました。

 一瞬で僕たちの頭上に僕の頭ほどのサイズの火の玉が現れ、そしてすぐにまた消えてしまいます。

 ただこんな火魔法、火系の魔術が出来る人にとってはなんてことないんですよ。だからなんのために今ここでこれを使うのかが僕には良く分からないんです。

 しかもネロ少佐にはくれぐれも物には当てず、空中で見せろって指示されました。それ自体は何十回も練習したので高さもバッチリなんですけど。

 でもエミール副隊長の作ったシナリオを馬鹿にするつもりはありませんがこんなこけおどしで司教様達の気が引けるとはとうてい思えません。

 ところが心配する僕の予想を裏切って火の玉を見た司教様達が再度その場で凍りつかれました。


「ば、馬鹿な。なぜここで魔術が……」

「転移者か? 他にも転移者がいたのか?」

「え? え?」


 この時点で一体何が起きたのか分からないのはどうやら司教様達も僕も同じようでした。

 て、転移者って何?

 全く知らない単語が出てきて思わず頭を抱えた僕にすぐ気づいて、ちょっと疑わしそうにこちらをにらんだのはさっきネロ少佐を引き渡せと言っていた司教様でした。


「待ちなさい、この者は確かに髪の色が濃いとは言え、黒ではありませんよ」

「いや、転移者が必ずしも黒髪とは限らないと聞いてる」

「ここで魔法を使えているのがいい証拠じゃないか」

「しかし……」


 周りから少しずつ詰め寄られて焦った僕はそれ以上周りが近寄らない様に、再度手の中で起動した包弾を投げ上げようとして、あまりの緊張からポロリと足元に落としてしまいました。

 うわ、やっちゃった。ど、どうしよう。このままだと皆こんがり焼けちゃう!

 慌てふためいた僕はまずは何としても人にぶつけちゃまずいと思って人気のいない場所を狙って足元に落ちたそれを蹴り飛ばしました。

 まあ、僕が蹴った場所も悪かったんですけどね。ついでなので言っちゃうとちゃんと起動が出来てなかったみたいです。

 僕たちの間を抜けてころころと転がっていった包みは壁際までいって止まりました。残念ながら炎は上がりません。それを一人の司教様が拾い上げて不審そうに眺めながらこちらに戻ってきました。

 うわー、僕決定的なのやっちゃったみたいです。


「おい、これはなんだ?」

「そ、それは猫神様の……お守りです」

「…………」

「今その手の中に握ってる物を全てこちらによこしなさい」


 やっぱりさっきの怖い司教様は騙せなかったみたいです。力づくで数人の司教様達に押さえつけられてあっという間に僕が手に持っていた『包弾(小)』全てを取り上げられてしまいました。


「おそらく新しい魔道具の一種でしょう。ですがここで起動できたという事は彼が転移者の可能性も捨てきれません」


 僕の持っていた『包弾(小)』をためつすがめつ見つめながら怖い司教様が独り言のように呟かれます。


「しかたありません、この者は取り合えず取り押さえておきなさい。転移者ではないと確認出来たらいつでも治療院の『材料』に加えればいいのですから」


 怖い司教様の目がより怖い色にきらりと光りました。その目に見つめられた僕は蛇に睨まれたカエルの様に全身に冷や汗が滲みだし、小さな震えが止まらなくなりました。


「さて、まずは先ほどの轟音の原因を見つけなければ。先ほどから回路に流れ込む魔力が増加している気がします」

「流石はガルマ司教長様。ご自分でもそれを感じられることが出来るのですか」

「真に『神子』であれば当たり前のことですよ」


 そう言って怖い司教様が教会内にいた他の皆さんを連れて後ろの扉から出て行ってしまいました。

 ああ、バッカスさん、ハビアさん、ごめんなさい。やっぱり僕失敗しちゃいました。

 昨晩緊張でガタガタ震えてる僕に付き合ってずっと慰めて下さってた狼人族の皆様の顔が目に浮かびます。

 この時点で僕の役目はおしまいです。

 そして僕の運命も多分おしまいです。

 結局、下着一枚にむかれて床に転がる僕を見下す司教様達3人だけが僕がなんとか一人で引き留める事の出来た精いっぱいの戦力でした。 




 ──時は遡って領城裏(ネロの回想)──


 くそ、エミールのせいで馬鹿みたいに時間食っちまった。


 ほんとなら今頃は教会について新兵の奴、えっと何て名前だったっけか?

 とにかくあの新兵の後押しをしてバッカスたちが女子供や貧民街の子供たちを逃がすまで教会に司教どもを釘付けにするはずだった。

 あいつを選んだのは単純な理由だった。俺が既によく見かけて知っていたってのもあるが、朝見かけてた新兵達の中ではあいつの髪の色が一番濃く、無理を言えば転移者で通りそうだった。あの教会のやつら、多分転移者は初代王関連で大切にしてるんだろう。

 新兵の持ってるあゆみの道具と俺の身体能力、そして俺の魔術と地位。こんだけあれば時間稼ぎだけなら何とかなるはずだった。最悪追い込まれたら教会を焼いちまえばいい。そんな乱暴な計画も、俺が時間通り戻れなきゃどうにもならねえ。


 どうやらバッカスの奴は自分で『包弾(改)2号』を仕掛けられたみたいだ。さっき窓の外に街の東から立ち昇る煙が見えた。だが俺が行かねー事にはあの新兵の命は風前の灯だろう。


 俺は一階から門を抜け、領城前の広場を回って長ったらしい名前のお役所の前へ向かう。

 キールが言ってた通り道の横にウイスキーの街から持ってきた荷馬車が目立たない様に布をかけて停められていた。俺は馬車にかけられた布を一気に引きはがした。


 やっぱりあいつらが昨日作ってたこれだったか。

 布の下から出てきたのは俺が作業場で見上げていた代物だ。

 木の枠に丈夫そうな布を張ったでかい翼。ハンググライダーもどき。本来ハンググライダーはもっと細くて軽量の骨を張って作られてるんだが、これ、角材削って角取っただけだよな?

 それからバックパックの様に担ぐでかい代物。薪を集めるのに使う背負子の様なそれにはしっかりとプロペラが備え付けられてる。プロペラ部分は無垢の木を削って作られていて一枚一枚は俺の腕の長さもない。可動部分はガチの鉄製。根元は木の箱に包まれてるが中なんて想像もしたくない。


 俺にあれだけ止められていたにも関わらず結局昨日の夜あいつらが練兵場で実験してたのは知ってる。片足のあゆみはともかく、あそこにいた男連中は何とか浮き上がるくらいは壊さずに出来てたみたいだった。

 目立ちすぎるから出来るならゼッテー使いたくなかった代物だが今はそんな事言って躊躇う時間も惜しい。

 俺はそのデカ物を背中に背負い、ハンググライダーを抱えあげる。

 凄いな、軽石の効果は。

 あいつら、金にあかせて軽石買いまくって薄く板状にしたものをハンググライダーの木材部分を覆いつくすほど使いやがった。おかげでまるっきり重さが感じられない。

 今日は文句は言わない。後でしっかり話し合う必要はありそうだ。


 青い空に掲げあげたハンググライダーの真っ白い翼が眩しい。

 チクショウ、ここまでくると俺だってなんかちょっとはウキウキしちまう。

 翼から斜めに延びた二本の固定用の木材は背中のバックパックの上に止める様になってた。

 街の中央にあるこの行政区を周りの市街から区切ってる壁は外を守る壁よりはかなり低いがそれでも3メートルはありそうだ。

 あれを飛び越えられなかったらその時点で終わりだな、これ。

 動力は確かこの右と左の紐だったよな。

 あゆみが言うにはこの二本の棒を掴みながら体重移動で方向を変えるらしい。

 まあ身体能力には自信あるけどぶっつけ本番で本当に大丈夫かよ。

 ま、ここはあいつを信じとくか。

 準備の終わった俺は通りの片側の壁際まで行って助走のために通りを半ばまで全速力で走り、身体が浮き上がりそうになったところで思いっきり地面を蹴った。


 そして俺は確かに空を飛んだ。

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