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5 厨房3

 そこからは言われるままに野菜を刻んだ。


 『今日の食材』として置いてあったのは、綺麗なオレンジ色のニンジンが数本、玉ねぎ幾つか、大きなカブみたいなの数個、それから大きなジャガイモが数個。

 井戸端で水を木のボールに入れて泥を洗い流す。

 井戸の水汲み用の桶にそのまま野菜を入れようとして、黒猫君に怒鳴られた。


「その桶を汚したら井戸の中も汚れちまうだろ。下手をしたら感染病が入って飲めなくなっちまうぞ」


 そ、そんなの知らなかったんだもん。怒鳴ることないのに。


 ジャガイモ以外は全てみじん切り。これは私でも出来る。

 包丁の刃がなんかカーブしててちょっと使いずらいけど、時間さえあれば多分慣れると思う。


「次はこのジャガイモだ。皮を少し厚めに()いておろしてくれ」

「おろし金なんてあったっけ?」

「こっちだ。あ、皮はとっとけよ」


 黒猫君がおろし金を咥えてきてくれた。


 言われた通り厚めに()いた皮は水と一緒に茶壷くらいの大きさの壺に入れ、蓋をして紐で縛る。


 それからジャガイモをガシガシする。

 ジャガイモを()るのって結構大変なんだね。


 さっきの粉と今おろしたジャガイモを大きな木のボールに入れてかき混ぜる。


「さっきのコップで一杯分くらい水を入れろ。一度に入れるな、加減しろ。後こっちの壺が塩だと思う。確かめてそれを一つまみ……ほんとに指先でつまんでどうする。指三本で摘み上げるくらいだ、それを今のボールに入れてもう一度かき混ぜろ」


 言われるままにそれを混ぜる。

 やっと全体に(まと)まってクッキー生地のような硬さになったところで黒猫君がテーブルから飛び降りた。


「ちょっとこっち来い」


 私はまた杖をひっつかんで、裏口から外へ向かう黒猫君のあとについていく。

 思えば厨房と庭に段差がなかったのは本当にラッキーだったね。

 そのまま私の部屋の前の木の辺りまで行くとそこに……一羽のハトが死んでいた。


「……これどうしたの?」

「俺が捕まえた。この木の上に巣くってた。羽を(むし)ってくれ」

「出来ない」

「無理も出来ないもなしだ。言ったろ」

「やだ、もうやだよ」


 とうとう私はその場で泣き出した。

 しゃがみこんでしまいたくてもそれも出来ない。

 情けなくてまた涙がでた。

 しゃっくりのように嗚咽が上がる。


 もうクタクタだし、こんな体で出来ることなんてほとんどないし、やれてもすごく時間も手間もかかるし、それなのにやること凄くいっぱいあるし。

 その上死んだ鳥の羽毟るなんて出来るか!


 ほんのしばらくの間、黒猫君は私が泣くに任せて放っておいてくれた。

 けど、すぐに私の足本まで来て、片足を私の一本しかない足の上に乗せ、私を見上げながら声を掛けた。


「あゆみ。出来りゃこのままここで泣かせておいてやりたいが、今お前がこれを終わらせないと、今夜10人が飢える。お前それでいいのか?」


 うわ、ずるい。ひどい。


 鼻水と涙でグチャグチャのまま黒猫君を睨めば、黒猫君もこちらを睨みあげてきた。


「分かったらとっととその鳥の羽を毟ってくれ」


 黒猫君はとことん容赦なかった。

 私の足が片方ないのも、こんなところで這いずりまわってご飯作んなきゃならないのも。

 全部やだったけどそれを許してくれない。

 いつまでも金の瞳でジッと私を見つめて、私の逃げ場を奪っていく。


 結局、私は泣きながら鳥を井戸の横まで持っていってその羽を毟った。

 こんなに小さいのにすごく沢山羽がある。

 鳩の内臓はまだちょっとだけ温かかった。

 痩せてて、肉なんて殆どない。

 こんなんでも食べる必要があるのだろうか?

 それでも最後まで羽を毟り、それで気づいた。さっきの灰色の綿みたいなの、この鳩の胸毛だったんだ。


 井戸端に包丁も持って来て井戸の横の石の上で首を落とす。

 羽先を落とす。

 足を落とす。

 お腹を上から下まで割って中身を出して、井戸から汲んだ水で洗い流す。

 黒猫君に指示される通りに、内臓や切り落とした部分は土の上に置きっぱなしにする。


 服が血と水でびちゃびちゃになった。

 それで取れたのは私一人でも食べきれるような骨にこびり付いた肉。

 それを持って帰って沸きだしていた鍋の湯に丸ごと入れた。

 さっき刻んだ野菜も入れる。

 味見をしようとしたら、黒猫君に煮えるまで絶対手を付けるなと言われた。


「なんで?」

「鳩入れたからな。どの道食用に管理された肉なんてここにはなさそうだし全部同じようなもんだろうが、食用に育てられていない食材を使うときは完全に火が通るまで絶対に手をだすな」

「ねえ。黒猫君。一体どんな仕事してたの?」


 さっきかからやたら詳しく教えてくれる黒猫君に、思わず聞いてしまう。

 すると黒猫君、机の上から火の様子を見つめたまま、私の顔も見ずに聞き返してきた。


「……サバイバル教室って知ってるか?」

「知らないけど、なんか聞くからにヤバそう」

「別にヤバくはない」


 私の返事に軽く笑いを返して、黒猫君が説明してくれる。


「学校をドロップアウトした子供を中心に、森でサバイバル体験をさせる教室なんだがな。まあ、火のつけ方なんかはそこでやってた。そこでしばらくバイトした後、他の国も回ってみてきた」


 うわ。ちょっと待った。


「黒猫君、死亡時いくつだったの?」

「おれか? 25」

「私の3つ上か」


 それから30分程してやっとお許しが出て、木のスプーンでスープを掬う。

 黒猫君が先に味見をすると言うのでスプーンを差し出すと、「俺、猫舌だった」と言って私に返してきた。仕方がないので先に味見してみる。

 不味い、と言ってはいけないだろう。味じゃない。匂いがきつい。


「塩味はどうだ?」

「塩、もうちょっと入れる」

「何でだ?」

「だって臭い」

「塩を入れても匂いは消えない。鼻つまんで食べて味を確認しろ」


 そんなぁ。


 仕方なく言われた通りに確認したけど良く分からない。


「こんなのわかんないよ。多分大丈夫」

「……明日は香草がないか周りを調べてくる。今日は匂いは仕方ないな」


 最後に芋と粉の混ぜたものを団子にして入れると、スープが少しドロッとなった。



 四つの鐘が鳴る頃、パンが届いた。

 届けてくれたのは近所のお嬢さん。私の頭ほどの大きなパンだった。


「テリース様に宜しくお伝え下さい」


 そう言って何度も頭を下げていく。


「テリースさんのファンかな」

「さあな」


 帰っていくお嬢さんに手を振ってる私をよそに、黒猫君がテーブルに乗せられたパンの横で尻尾をパタパタさせてテキパキと指示しだす。


「ほらパンを14枚に切り分けろ」

「え? 今いくつにって言った?」

「14枚だ。明日使うから2枚避けとけ。あとイーストを作るから今日使った芋の皮もとっとけよ」


 いくらパンが大きくても14枚に切るのは骨だった。

 ちょっと大小の差が出てしまったが許してほしい。


 そうしてあっという間に5つの鐘が鳴り、テリースさんが帰ってきた。

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お読みいただきありがとうございました。
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