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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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66 反省会1:エミール

元々ここの軍隊の隊長部屋だったキールさんの執務室は結構広い。おっきな執務机と向かい合うように幾つもの椅子が持ち込まれた部屋は今日は人でいっぱいいっぱいだった。今回の一件に関わった人達が一堂に集まったんだからしょうがない。部屋に集まった人達の顔は一様に疲れきっていた。


「じゃあ早速反省会を始めるぞ」


 やっとみんなそれぞれの席に落ち着いたところでやはり疲れ切った顔のキールさんが重い口火を切った。


「今回の一連の作戦において俺達の立てた計画に多々甘い点があったのは認めざるを得ない。またそれがいくつかの予想外のハプニングを引き起こし予期しない犠牲を払う結果になっってしまったのは大変遺憾だ」


 淡々と、でも厳しい声音でキールさんが先を続ける。


「今後二度とこのような犠牲を出さないためにもこの際問題点をはっきりとさせて反省を促したい」


 そこまで言ったキールさんはそこで思い出した様に付け足した。


「だがこの反省会の真意は決して今回の犠牲の責任を誰かに押し付けたり追求するためのものではなく、あえて根底の問題と向き合って今後の改善に努める為のものだということはまずしっかり全員に理解しておいて欲しい」


 そう言い置いて厳しい顔つきで部屋の中を見回したキールさんは皆が頷くのを待って最後に問うように続けた。


「では最初は誰から始める?」

「じゃあまずは僕からご報告いたします」


 キールさんの言葉を受けてエミールさんが颯爽と立ち上がったのを皮切りに、その場に集まった皆がそれぞれの見た出来事を時系列を無視して語りだした。




 ──領城内、謁見の間(エミールの回想)──


「それではあくまでもこの事実を否定されるつもりかナンシー公」

「だから何度も言っておるだろう。そんな事実はない。証拠もない」


 にべもなくそう切り捨てるナンシー公とこのやり取りを始めて既に一時間が過ぎた。

 皇太子にふさわしい軍服第一装で貴族然とした態度を貫かれている殿下とは裏腹にナンシー公は虚ろな目を宙に据えて玉座にだらしなくしなだり掛かりながらこちらを見下ろしている。


 これまでの裏から通されていた非公式の面談ならまだしも今回は予め北ザイオン帝国第5皇太子の名を持って正式に謁見を申し込んでおいたにも関わらず、ナンシー公の対応はあまりに無礼な代物だった。ナンシー公は自分がこの領城の玉座に納まり、殿下をまるで臣下のように下段に据えて睥睨している。礼服すら整えておらず、その目はどこか空中を見つめていてこちらに向けられることさえなかった。

 まあ、それ自体は今に始まった事ではなかったのだが。

 それに対して軍帽を目深に被り、対等の立場を誇示する様にご自分の大剣を目の前に杖のようについて真っ直ぐにナンシー公を見据える殿下の背中は正に王にふさわしい風格を醸し出していた。

 これまで同様、今日の殿下のナンシー公との謁見もただただ無意な時間を過ごすばかりで全く進展が見られない。

 既に再三上申してきた北の鉱山からの農民返還に応じないばかりか、教会主導の非合法な人体合成体に関してこの領城内の協力者の情報を元に揃えたかなり正確な数と状況、そしてこのナンシー領城内の拘束場所まで添えて殿下がスラスラと上告し解放を求めたにもかかわらず、ナンシー公は事実無根とまるで取り合う様子さえ見せなかった。


「大体もし仮にそれが本当だったとしてなんの問題がある? 相手は教会が『非人』と制定しているエルフと獣人共だろうが」

「中には人の子も含まれている」

「それとてたかだか貧民街の孤児共であろう。詮議するに値せん」

「以前から申し上げていたが、教会による獣人他の種族への非人扱いは廃止されるべきだ。今回はキーロンの名のもとに正式な王族権限を持ってこれを施行する、と先ほども言ったと思うが」

「はっ。たかだか皇太子の分際で大きなことを言いよる」


 先ほどから殿下の繰り返されている諫言も進言もまるで無視し続けるこのおいぼれに業を煮やした僕は思わず横から口を開いた。


「あなたがそこまで愚かになられるとは思いませんでしたよ。残念ながらナンシー公には中央政府及び北ザイオン帝国王族への反逆罪をお覚悟頂くしかないようですね」


 僕のその皮肉のこもった厳しい言葉に気だるげに生気のない瞳をこちらに向けた公は、嘲笑うように口の端だけで笑って言葉を返した。


「出来るものならやってみるがいい。形ばかりの皇太子などすぐに握りつぶすだけだ。既によるべき親族も生きてはおるまいに」


 よりにもよってその言葉を僕と殿下・・に向けるのか、この人は!

 カッとなって剣に手をかけようとする僕を殿下が静止される。そしてここに来て初めてご自分の言葉で返事を返された。


「あー。疲れたな、ナンシーさん。もうそろそろこの茶番も終わりにしてやるよ。可哀想にあんたもうのことも自分の息子のことも思い出せねえんだろ?」

「で、殿下! せ、せめてもう少し取り繕った喋り方を……」


 突然それまでの貴族然とした態度を脱ぎ捨てて肩をすくめたを僕が焦って諫めようと言葉をかけるとが少し憐みの籠った目で僕を見返した。


「なあ、もういいんじゃねえの? すでに一時間も俺相手にこんな茶番続けてるんだそ、こいつら。しかも分かっちゃいたが結局何の進展もねーし。ほら見ろ、もう知らせの狼煙が上がっちまったぞ」


 が指さした先を見れば確かに窓の外に細く煙が上がっていた。


「ですがまだこの部屋にいる大臣のみなさんの退去が済んでいませ…!?」

「悪い、エミール。あんたにはわかんねえだろうけどな。もうしばらく前からこの部屋で呼吸してんの、俺とお前だけなんだわ。だから申し訳ねえけどお前の親父を含めてここにいる連中の事は諦めろ」


 後ろから突然伸びてきた剣先をキーロン殿下……に扮した、ネロ君が手にした大剣で打ち返した。

 扮した、なんて言ってもそれは本当に簡単な物で、キーロン皇太子のみが着用できる軍服第一装に尻尾を隠して髪の色を変え、少しばかり化粧を施した程度だった。身長も違えば体格も違う。すぐにバレる事は最初っから織り込み済みで、それでも主だった大臣をこの部屋に集めながら少しばかり時間を稼いで、まあばれたらすぐに秘書官が代理に立ったといえばそれで十分なはずだった。

 それにも関わらず、この謁見に携わった者は途中行き違った僕の協力者数人を除いて誰一人、彼の扮装を疑う者はいなかった。あの時点でもっとおかしいと思うべきだったのかもしれない。

 ただ僕はここまで来てもナンシー公が──あの父がそれに気づかないのは年老いて目でも患ったのだと信じたかったのかもしれない。


 僕の思考が一瞬そんな事を考えている間に、その場にいた大臣たちの取り繕っていた顔から抜け落ちるように表情が消えた。ゆらりゆらりと揺れながら部屋の後ろから僕らを玉座と向き合う形で囲い込むようにこちらに間合いを詰めてくる。


「やっぱ素直に返しちゃくれねえか」


 周りを見回しながら彼が心底嫌そうな顔で呟くと何やらゴソゴソと服の内ポケットを探りだした。


「これ、出来ればほんと使いたくなかったんだけどな。今朝んなってあゆみが持ち出してきた新作、仕方ねーから使ってみるか」


 そう言ってニヒルに片頬を引き上げた彼は懐から取り出した『それ』を装着して僕に視線を向けた。ギョッとして僕も胸ポケットに納められていた『それ』、その不格好な『サングラス』とか呼ばれる代物を装着した。薄く真っ黒い板2つを紐で繋げたそれは、両端についてる紐の輪っかを左右の耳に引っ掛けると若干鼻に食い込みながら僕の両目を綺麗に覆ってくれる。

 あの可愛らしいあゆみさんがこんなヘンテコなアクセサリや凶悪な武器を作り上げてしまうなんて。どこまでもオチャメな僕の可愛い小鳥ちゃん!

 すぐにネロ君がもう一つのポケットから小ぶりの『包弾』を取り出し周りを見回す。

 手順とともに弟から聞かされていたあゆみさんの新作の威力を思い出し、僕は少し震えながらそのままその場で身構えた。


「いいかエミール! 逃げるぞ!」


 僕が身構えたのとほぼ同時に彼の声がかかる。

 素早く手の中の『包弾』の導火線に火を付けたネロ君がそれを床に転がした。

 包弾はコロコロと転がって玉座を背に立つ僕たちと大臣連中の正に真ん中、誰も立っていない場所まで行って動きを止めた。

 一瞬間抜けな静けさが部屋を包む。無表情の大臣連中がそれをただじっと見ていた。その場の一瞬の空白を埋めるように耳を覆いたくなるような甲高い轟音とともに目を焼きつける程の光が包弾から放たれ、その場にいた者は僕とネロ君を除き全員押しやられるように後ずさり目を両手で覆って呻き声を上げた。

 光もここまで強烈なら十分な凶器だ。


「開いたぞ!」


 光の後に広がったもうもうと立ち上がる水蒸気と粉塵の隙間から響いたネロ君の声を頼りに顔を上げてみれば、確かに謁見の間のど真ん中に人一人が十分通れる程の大きな穴がポッカリと空いていた。近寄って下を見おろすと穴は分厚い床を二階分くり抜いて下の厨房まで貫通してる。ラッキーなことに下には誰もいなかったようで、厨房の男たちがホコリまみれになりながら驚いた顔で開いた穴から上を仰いでいるのが見えた。


「あゆみの馬鹿、また威力が強過ぎだ! なんで二階分も穴あけてんだよ」


 小さく悪態をつきながらもヒョイっとその穴に飛び込んだネロ君は空中でクルリと回って尻尾を揺らして体重を移動し、上手に一階下の穴の横に着地する。


「ほらエミール、お前も早く降りてこい」

「で、できるわけないでしょうがそんな真似!」


 僕が思わず文句を言うとニヤリと笑って見上げてくる。


「安心しろ、俺が必ず途中で受け止めてやる」


 ゾッとするほどきついその目を柔らかく細めてそのワイルドな口元をニカッとほころばせたネロ君の会心の笑顔を向けられた僕は、一瞬乙女のように心臓が高鳴るかと思いましたよ。

 全くこの御仁は。その厳つい容貌に時折信じられない程優しいとろけるような笑顔を乗せて周りを一瞬で魅了してしまうなんてなんと罪作りな。これじゃああゆみさんがゾッコンなのも仕方ないというか──


「何してる! 早くしろ、後ろ!」


 一瞬ぼうっと立ち尽くしていた僕がネロ君の一言でハッと振り返るとなんとナンシー公が僕の目の前で僕に向かって短剣を振りかざしているのが目に入った。

 ネロ君の言葉を信じていなかったわけじゃない。元々そのために無理をしてまでネロ君にこの謁見をお願いしたのだから。ネロ君の嗅覚と聴覚なら多分確認できるだろうとキーロン殿下もおっしゃってらした。

 ただそれでも。一度は捨てたはずのこの人を、僕はやっぱりどこかで信じたかったのでしょう。


「ち、父上……」


 振り返りざまに口を突いて出た言葉が終わるよりも早く、僕はバランスを崩し後ろ向きにお尻から穴に落下してしまい──

 

 気がつけば穴を横飛びにして僕を捉えたネロ殿に横抱きにされ、あまつさえ大丈夫かと心配そうに声をかけながらそのまま逃亡を始めるという、副隊長のこの僕にはあるまじきとんでもない失態を受け入れてしまっていました。


 嗚呼、恥ずかしい。あまりに恥ずかしすぎて間違った扉が開いてしまいそうです……



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