65 あゆみ順調
「なあ、おい。これ昼に見た設計図のもんとまるっきりちがうじゃねえか」
あゆみに『包弾(改)』の更なる改良を頼みに研究所によると、超特急で作り上げられた建て増し部分であゆみたちがある物の組み立てを始めていた。
「あ、黒猫君お帰り。もう帰ってきちゃったの?」
なんともバツの悪そうな顔であゆみがこっちを振り向いた。そりゃバツも悪くなるだろう。こんなもん俺に設計図も見せずに組み立てちまったら。俺の苛立ちを込めた視線を受けてあゆみが聞いてもいないのに説明を始める。
「なんかね、凄く効率のいい回転が出来るようになっちゃったからもしかしてこれも出来るかなって」
「俺に先に見せろって言ったよな」
「あー、うん。でもほら黒猫君これの元の元になった設計図はもう見たでしょ?」
「元の元って……まったく別もんじゃねえかこれは!」
俺の怒鳴り声にキュンッと亀のように首をすくめたあゆみはだけどすぐにニヘラっと笑って俺に説明を始める。
「そうなんだよね、凄いでしょ。あの設計図見ただけでこっちの子がこれ思いついちゃったの。で私も自分の知ってるところを付け足したらこうなっちゃったと」
もう呆れて声が出ない。あゆみの作っちまったもんを見上げながら聞いた。
「なあ、これマジで動くのか?」
「うん、まだ試してないけど多分大丈夫かな? ちょっと外に出して今試してみようって言ってたところなの」
「バカ! やめろ、日が暮れるまでせめて待ってからにしろ!」
慌てて止めに入る。こんなもん周りから見られたらとんでもない事になりかねない。
俺が怒鳴ると今度は部屋にいた連中が全員でエーって顔をしやがる。
ああ。何て言うんだっけ、こういうの。類は友を呼ぶ?
俺、まだこいつをほったらかして二日目だよな?
たった二日でここまでいっちまうのか。そう考えると気が遠くなる。それでも気力を振り絞ってその場に集まってた連中は一旦解散させた。ぶー垂れるあゆみを引っ張てこいつの研究ブースに戻って今後の改良点を話し合う。
「え? そ、そんなすごい威力になっちゃったの?」
「ああ。お前何したんだ?」
「えっとね。あの溜め石をちょっと作り直したの。石職人の人が上手に白い部分と黒い部分を剥がしてくれたから黒い部分だけを重ねてね、それをまた重ねて厚くした白い部分で挟んで。そしたら同じサイズでも一気に貯えられる魔力量が上がったの。で、こっちが魔力検査機」
「は?」
「あれ? 昨日言わなかったっけ。実験するのに検査機は必須でしょ? だからこれ、この通りさっき言ってた黒い部分を抵抗代わりにして順番に光魔石を並列に繋げてあって、こっちとこっちの導線を検査対象に繋げてやると魔力量によって石が順番に光るの」
あー。これは危険はないな。
作っちまってもいいんだよな。いいのか?
だんだん俺まで分からなくなってきた。
こいつの作るもんはもう完全に俺の初期の想像の域を軽く超えちまっててこっちの感覚まで鈍ってきちまった。
「でね、ほらこの普通の溜め石と新しく作り直した溜め石、殆ど同じ大きさでしょ。これを順番につなげてやると、ほらこの通り」
そう言って俺の目の前で二つの溜め石を順番に繋いで見せる。
最初に繋いだ普通の溜め石だと一つ目の光石しか光らなかったのが、新しく作り直したものに入れ替えると10個ある石の7個めまで一気に光った。でもそこから徐々に8個目、9個目と光が付いて6個と10個の間を行ったり来たりする。
「この通り、出力が不安定で上がったり下がったりしちゃうの。で今日渡した包み(改)はこっちのを使ってみたってわけ。だからちょっと威力の調節に自信なかったんだよね」
しれっと言われて一瞬納得してしまってからはたと気づく。
「お、お前、じゃあこんな不安定なもん俺に試させたのか!?」
「だから言ったでしょ、気を付けてねって」
ふ、は、ははは。あ、あの『気を付けて』はこの『気を付けて』だったのか。
「分かるかーーー!!!」
流石に切れた。
「でね、黒猫君がひどいんだよ。八つ当たりで私の検査機こわしちゃったの」
お風呂に声が響く中私がそういうとヴィクさんが少し苦笑いしながらこちらを見た。
「あゆみ、それは私でもネロ殿に同情するぞ。君が言ったのは『気を付けてね』だけだったんだろう? それじゃあネロ殿は何を気をつけていいのかも分からなかったんじゃないのか?」
「あ、うう、言われてみればそうなんだけどでもあの時話してたのは実験の話だよ? 他の事なんて頭にないし」
「それはあゆみの頭だね。ネロ殿はきっと別の事を考えてたんじゃないのかな」
ヴィクさんにそう言われればそうかもしれないって思えてくる。
髪を洗い流して絞り上げるとミッチちゃんがトコトコと寄ってきて「お手伝いする?」って聞いてくれる。
「うん、お願い」
私がそう答えるとその小さな体でスイッと私を軽々持ち上げてトットコ湯船に運んでくれる。ミッチちゃんの足は肉球が残ってるから滑らないのだそうだ。
私を抱えたまま上手に湯船に入ると私が湯船の端に掴まるのを待って手を放してくれる。
「ミッチちゃんありがと」
そう言って私がミッチちゃんを撫でるとすぐ横に入ってきたダニエラちゃんがジッとこっちを見てる。
「ダニエラちゃんもいつもありがとうね」
同じように撫でてあげると「まだ、何も、してない」って言いながらも嬉しそうに顔を赤らめた。
うう、この二人といると本当に癒される~。すっかりみんなと一緒の生活が基準になっちゃった。
大体この私が研究中にお風呂に入りに来ること自体凄く異常なんだよね。向こうで研究が始まると大学に寝袋持ちこんでそれも使わずに徹夜三昧が普通だった私がこの子たちのお迎えが来るとスパッと研究放りだしていっしょにお風呂に来てしまう。なんか私の中の優先順位がすっごく深い所で反転しちゃった感じ。
まあ、今日はそれだけじゃなくて特別らしいけど。
「明日は忙しくなるのであゆみは今日は早く寝る様にとネロ殿から言いつかってる。風呂が済んだらすぐに部屋にもどろう」
自分も洗髪を終えたヴィクさんが湯船に入りながらそう言った。
「うん、でも何で明日私が忙しいんだろう? 襲撃が明日始まるのは聞いたけど、私はお留守番じゃなかったんだっけ?」
「ああ。あゆみも一旦一緒に出掛けてそこからセーフハウスに移されるそうだ」
「ええ? セーフハウスって」
「明日は襲撃にほとんどの者がここを出てしまうからあゆみをここに残すのは危険過ぎるんだよ。だから街の中にあるセーフハウスにこの子たち共々私と一緒に篭もることになる」
「そ、そうなんだぁ。でもヴィクさんが一緒なら安心だね」
私がそう言って笑いかけるとヴィクさんもニッコリと笑って「さあ、そろそろ上がろう」っていって私を引き上げてくれた。
すっかりヴィクさんとお風呂は慣れてしまったので裸で抱えられてももう抵抗もない。
外の椅子に座らせてもらって私が身支度を終えるとヴィクさんがちょうどダニエラちゃんとミッチちゃんの体をふき終えてた。
「なあ、あゆみ、もし良ければたまにはこの子達を私の部屋で預かろうか?」
「え?」
「たまにはあゆみもネロ殿と水入らずのほうがいいだろうし、私もたまにはこの子たちと休みたい」
「え? ヴィク姉ちゃんと一緒?」
「お泊り?」
「え?」
喜ぶ二人と戸惑う私。ちょっと突然こんなのはちょっと、ちょっとなんですよ。
でも子どもたちは既にそのつもりらしく、お泊りの歌を作って二人で合唱を始めちゃってる。
その横でヴィクさんが少し嬉しそうに二人を見ていた。
「ああ、いいんじゃねえの。じゃあ俺もヴィク姉ちゃんとこいくわ」
部屋に戻るとビーノ君しかいなかったんだけど、ミッチちゃんたちの話を聞いた途端、そう簡単に答えてヴィクさんと一緒に自分たちの布団を抱え上げてそのまま一緒に部屋を出て行っちゃった。おかげで部屋にひとりぼっちにされた私は突然のことに何をどうしていいのか完全にパニックだ。
ここしばらく皆がいることがすごくちょうどいいストッパーになってたんだと思う。精神的に。おかげであまり黒猫君とのことを突っ込んで考えないですんでいた。
なのにここまで来て突然また二人っきりで夜を過ごせって言われても心構えも出来てなければ気持ちも追いついてない。
あ、でも黒猫君もここしばらく忙しかったし今日もまだまだ帰ってこないかも。
なんて私が考えたその時、扉が開いて黒猫君が入ってきた。
「ただいま、ってあれ、ガキ共はどこだ?」
あああああ。なんで今日に限って早く帰ってくるの黒猫君。布団の上で着替えを終えてぼーっと座っていた私には今更逃げ場もありはしない。
なんか黒猫君の顔を見るのも恥ずかしくて、ちょっと視線を逸らせながら黒猫君に答える。
「えっと、なんかね、今日はみんなヴィクさんの部屋にお泊りに行くって」
「……マジかよ」
部屋に入っちゃって、自分の着替えに手を伸ばしてた黒猫君が途端気まずそうに天井を仰ぐ。
「ヴィクさんが一緒にお泊り誘ってたの。た、たまには水入らずにしたらって」
わ、余計なことまで言っちゃった。焦って黒猫君を見たら黒猫君もこっちを見てた。
私を見てる顔がみるみる赤くなってく。
うわー!
もうどうしようもなくいたたまれなくて私は慌てて布団に潜り込む。
「明日朝から忙しいんだよね。もうすぐ襲撃だし。早く寝たほうがいいよね」
布団の中から私が早口にそうまくし立てると黒猫君が着替えを終わらせて自分の方のベッドに上がってくる。
「なんか私も明日は朝からセーフハウスに移るんだって、知ってた? ヴィクさんが連れてってくれるらしい」
「お前、もしかして怖いか?」
突然黒猫君の声がすぐ後ろで響いた。驚いてビクンと自分の肩が跳ねた。
「こ、怖いって?」
「明日の襲撃だ」
「え? ああ、そっち。うーん、今ひとつ実感ないかな」
私がそう答えると黒猫君が私のすぐ後ろに横になる気配がしてそのまましばらく無言だったのにポツリと答える。
「俺は少し怖い」
「え?」
「できることは全部やった。準備できることはなんでもやった。だけど誰かが死ぬかもって思うとな。やっぱ怖いわ」
ズクンと心臓が飛び上がった。それまで色々道具を作ったり、戦闘で使えないかって色々考えたりしてたくせに、またも私は誰かが死ぬ可能性なんて全く考えてなかった。
「まあ、俺だって自分が死ぬつもりはねえけどな」
心臓がドキドキと嫌な音を響かせ始めた。
「お前も間違ってもセーフハウスから出ようなんて思うなよ、それが一番怖いんだからな、俺」
我慢できない。突然恐怖が冷たいブランケットのように私の心臓を包み込んでギュンと胸が痛くなる。
もしなんて考えるのもヤダ。黒猫君が帰ってこないなんて考えたくない。でも今初めて、その『もしかして』が少しだけここに来ちゃった気がする。
私はとうとう振り返って後ろに横になってる黒猫君にしがみついた。黒猫君の服の前を両手で力いっぱい掴む。
「ど、どうした?」
上から少し焦った黒猫っ君の声が聞こえてきたけど今はかまってらんない。
ぎゅうっとしがみついてなんとか心臓をもとに戻そうと一生懸命息を整える。
「すまねえ、余計怖くなっちまったのか」
私の様子をしばらく見てた黒猫君が今度は優しい声音でそう声をかけてくれた。
そしてゆっくりと自分の片手を私の背中に廻して背中を優しく撫でてくれる。
「大丈夫だ、きっと俺がなんとかする。バッカスもハビアもアルディもキールもエミールも。その他の兵士もきっと大丈夫だ」
黒猫君の言葉が気休めでしかないのはわかってた。それでもそう言ってくれる黒猫君の言葉がすごく嬉しかった。
「死んじゃやだよ、黒猫君。ナンシーから戻ったら言ってくれるんだよね?」
耐えきれなくて顔を見上げながら私がそういうと、黒猫君が小首を傾げてこっちを見る。
「それ、死亡フラグじゃねえ?」
「え? 何それ、そんなつもりじゃ」
「冗談だよ。俺はまだまだお前に伝えたいこと山ほどあるから死ねねえ。そんだけだ」
真っすぐ私を見ながら放たれた黒猫君の最後の言葉が胸に突き刺さって、さっきまで恐怖で凍ってた心臓を今度は高熱でバクバクいわせ始める。これじゃ心臓麻痺起こしそうだよ。
それでも私は掴んだ黒猫君を放す気にはなれなくて。その夜私は背中を撫で続けてくれる黒猫君の手に安心をもらいながらしっかりと黒猫君の服を握りしめて眠りについた。