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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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64 試作品の実験

「ネロ、寝不足か?」


 アクビをしながら今日も狼人族の訓練に付き合ってる俺にバッカスが呆れたような声をかけてきた。

 俺に抱えられたままバッカスたちのところまで走ってくるとビーノは珍しく声を上げてはしゃいでた。あゆみと違って俺が飛び上がろうがスピードを上げようが怖がることもない。

 森に到着してバッカスたちの群れに囲まれてもビビりもせずにすぐに懐いた。まあバッカスたちがあゆみの為にまた溜め込んでた乾燥木苺を与えてたのも大きいだろうが。

 俺が昨日到着した残りの半数の連中に同じ訓練を施してる間もハビア相手に相撲の真似事をやっている。ガキは元気でいい。

 俺はアクビを噛み殺して震えてる連中に手を繋げさせて鉄柱に雷を落としていく。

 森に男たちの情けない叫びが木霊した。


 一通りの訓練を終了した俺はバッカスたちと別れてビーノを兵舎に送り届けた。ビーノはハビアに貰った小さな笛を大事そうににぎりしめてる。今後あゆみの用事であいつらと落ち合うための呼び出し用の笛だ。驚いた事に犬笛らしく、昨日のバッカスの口笛のように人間の可聴領域を超えた高音が出せる代物だった。そんなもんどうしたんだと尋ねるとどうやらテリースが作って与えたらしい。ハビアが最近はこれでテリースにも散々呼び出されて使い走りにされてたとグチってた。

 テリースの野郎いつの間にかこいつらまで使ってたのか。まあ俺達がいなくなって治療院も忙しいのだろう。


 兵舎に戻るとあゆみから手伝いに来てくれと伝言が残っていた。いそいそと見に行ってまたもあの時と同じ『包弾』が作業テーブルに山になってるのを見た俺はそのまま回れ右して見なかったことにしたい衝動に駆られた。


「やっと俺とアルディが全部片付けてやったのになんでまた作ってんだ?」

「何言ってんの黒猫君。これ黒猫君が依頼してきたやつだよ」

「俺が依頼したやつってうわっ!」


 モノの実態を悟った俺は跳ねるようにあゆみを抱え上げてその場から退避する。


「ば、馬鹿! な、なんであんな不安定なもんで作っちまったんだ!? それも山積みなんかにしやがって!」


 あゆみを抱えて部屋を飛び出すと腕の中のあゆみがクスクス笑ってやがる。


「おい、何がおかしいんだよ」

「だ、だって黒猫君、そんなに焦ってるのにしっかり私を担ぎ上げて来るんだもん」


 そう言ってひとしきり笑ったあゆみが息を整えて説明を始めた。


「安心して黒猫君。あれは前の試作品と違ってしっかり紙を固定してるから間違って外れたりはしないよ。必要ならちゃんと解体だって出来るし」


 凄いでしょって偉そうに言うがそれが出来るならなんで最初っからやらねえんだコイツは。

 そう思いつつも部屋に戻り再度包みを見てみると、確かに前回に比べて包み自体も固くなってて以前の様な不安定さは感じられない。包みを慎重に手の上で転がしながらあゆみに尋ねる。


「それでこれ、どの位の威力になると思う?」

「さあ?」

「さあってお前……」

「だってこればっかりはまさかこの辺りで試すわけにいかないじゃない」


 まあそれはそうだが。そこであゆみがニタリと笑って俺を見上げる。


「だから是非黒猫君に手伝ってほしいと思ってね。これ持ってまたバッカスたちの辺りまで行って実験してきてよ」

「お、お前なあ……。軽く言ってくれるが俺だって今戻ってきた所なんだぞ」


 俺の文句など聞いちゃいないあゆみが俺を引っ張って増設した作業場へ向かいながら先を続けた。


「昨日の黒い革布はどうだった?」

「ああ、バッカスがこんなもんあるなら早く出してくれって泣きついてた。あれをあててから鉄柱持つと全く痛みがないらしい」

「ああ、よかった。じゃあ思った通り十分な抵抗になってくれてたんだね」


 そう言ってあゆみが容赦なく要求を付け足す。


「それじゃあ今日こっちのやつも一緒に試してきてくれる?」

「これバッカスたちのか?」

「うん」


 作業場の隅にかけられていたのは真っ黒い革の胸当てだった。バッカスたちの物と同じように紐で縛る形になっている。

 バッカスたちの服は少し特殊だ。あいつらの下ばきは実は自分たちの毛を織って作られているのだそうだ。特殊な技術で織られたその下ばきは例えあいつらが体形を人型から狼の姿に変えても破れることなく毛皮の一部として吸収される。便利そうでいいなと言うと俺の分も俺の毛で作ってくれるといったが、なんか自分の毛で作った下着って発想が気持ち悪くて遠慮した。大体猫の毛でそんなもん作ろうなんてしたら俺、間違いなくハゲるだろ。

 あいつらの黒い鎧は通常胸当て、背当て、二つの肩当ての四つで出来てて全てのピースが一本の丈夫な紐で結び付けられている。鎧を着ている時は彼らは普通狼の姿に戻らないのだそうだが、それでも緊急の場合は一本の紐を解くだけで全てが外せる仕組みになっていた。

 あゆみもそれを知っていたのだろう、こいつが用意した鎧もそれを模して一本の紐で繋げられている。


「まずはここの使い古しで一着だけ作ってみたから、これで大丈夫ならみんなの自分の鎧持ってきてもらって加工した方がいいと思うんだよね。ただ、その加工自体に時間がかかるから出来れば今日中にチェックして残りの鎧を持ってきて欲しいの」

「お前なぁ。仕方ないとはいえそんな急な──」

「キールさん、襲撃明日にしたいんだって?」


 俺の文句を遮ってあゆみが少し辛そうな顔で俺に問いかけてきた。


「ああ、聞いたのか」

「うん。だから時間がないんだよ。今日中に人手を集めてあるから一気に片付けたいの」


 ああ、そういうことなら仕方ねえな。


「わかった、じゃあ急いで行ってくる」

「黒猫君、気をつけて《・・・・・》ね」


 やけに真剣な顔であゆみがこっちを見てる。こいつ、明日の襲撃が心配で不安になってるのか。

 俺はあゆみを安心させようと軽い調子で答えておく。


「心配すんなって。出来ることは全部やってバッカスたちも準備してっから」

「そう? じゃあ結果の報告待ってるからね」

「待てあゆみ」


 それだけ言って踵を返してまた研究室に戻っていこうとするあゆみの背中に声をかけて呼び止める。


「確かお前が作る予定だったのはこの二つだけだと思ったんだけど? お前、今は何やってんだ?」


 俺の質問を聞いたあゆみがギクリと音を立てて動きを止めた。あゆみはギコギコと音の出そうなぎこちない動きでこちらを振り返ると顔に笑顔を張り付かせてこちらを見返す。


「な、内緒?」

「内緒で済むか! ちゃんと説明して見せろ」


 なんかやばい匂いがする。こいつのこの態度は絶対おかしい。

 最初ははぐらかそうと言葉を探してるようだったあゆみだが、俺が逃げられないように両肩を掴みながら動じずに狼狽えるあゆみの顔をじっと見つめてると結局最後には諦めてぼそぼそと説明を始めた。


「えっと。市場でね、ピートルさん達がこんなおっきな溜め石をいくつも買ってきてくれたの」

「…………」

「それでその溜め石だともう凄い量の魔力が溜められて、ついでに私の説明を理解したピートルさんが銅線もいっぱい作ってくれてね。今まん丸の鉄球作りに取り掛かった所なの」

「……ベアリングか?」

「うん。それでね、色々アリームさんと農村からきた人とも話してみたんだけど、麦を刈るのだけ早くなってもあまり効率は変わらないって言うんだよね。黒猫君が提供した鎌の補助具の方が、麦を纏めてくれる分だけ逆に手間が減って楽なんだって」

「ああ、確かにハーベスターとかも束にする所まででひと作業だからな」

「だから農作業具をこれで作るのは諦めてちょっとこんな物ができないかなって」


 そういってあゆみが見せて来たのは作業場の机に広げられていた一枚の設計図だった。

 ああ。確か電気モーターならこれが一番作りやすいのか。

 だけどな。なんでもう設計図出来てて作業が進んでるんだ?


「軸の鉄柱とスクリューもピートルさんの兄弟弟子さんたちが作ってみてくれててね。多分今週中には最初の試作品が……」

「ちょ、ちょっとタンマ。マジでこれ作りはじめちまったのか?」

「え? うん。ヴィクさんの許可も取ったよ」


 ああああ。ヴィクは全然ストッパーになってなかった。

 まあ仕方ないよな、ヴィクにこれがなんだかなんて分かるはずないし。ピートルもこれじゃノリノリでやっちまってる気がする。

 もう今更か。ここはこいつが飽きるまでこれを作らせておいて、こっちの仕事が片付いたら今後作ろうとしてるもんをやっぱり俺が自分でチェックする方法を考えるしかねえんだろうな。


「分かった。ただし、これ以外はしばらく手を出すなよ。次からはここまで設計図作ったら先に俺に見せてくれ」


 俺がそういうとなんで黒猫君が許可出すのか分からないとブチブチ言い始める。本当はここでしっかり説明しとくべきだが今とてもそんな時間はない。


「後でゆっくり説教してやるが今日はマジで時間ない。まずはバッカスの所に向かうわ。それ全部かせ」


 俺は荷物を全て大きな袋に詰めて背負いながらあゆみと別れてキールの所に寄った。


「あゆみの試作品が出来ちまったからもう一度バッカスの所に行ってくるぞ」

「だめです、今すぐ仮縫いに入ってください。でないと間に合いません」


 あああ、こっちも忘れてた。部屋に入った途端エミールに腕を掴まれて別室に引きずられていく。


「あゆみの分はどうした?」

「昨日ヴィクが終わらせています」


 職人に誂えの調節をしてもらいながらエミールの話を聞く。


「あゆみさんの方は冬用の支給品を手直しするので何とかします。ネロ殿の服は一番サイズの近い僕の服を手直しする事になります」

「ああ、それは助かる」


 時間がないのは分かってる。こんなもんを一晩でどうにかしようってのが間違ってる。


「そうれじゃあ、仮縫いが終わったらスケジュール表が出来ていますから流れを頭に入れてこちらのネロ殿用のあんちょこを覚えてください」

「覚えてくださいって、これ何枚あるんだよ?」

「これでもかなり切り捨てたんです。これだけは外せません。なんせあゆみさんをサポートに入れないと言い出したのは他でもないあなたなんですから」

「うっ。そうだった」


 俺は諦めてびっしり書き込まれたわら半紙を受け取ってそれも袋に詰めた。


「これは貰ってく。バッカスの方にも急がねえと間に合わねえ」


 採寸を終えた俺は再度キールに一言かけてそのまま森へ荷物を担いで走った。




「おい、大丈夫か?」

「大丈夫なわけあるか!!! 言っただろう、俺たちは大きな音が嫌いだって!」


 地面にひれ伏す大量の狼人族の真ん中で、ひとり周りを見回しながら俺が声をかけるとバッカスが泣きそうな悲鳴を上げて来た。かけた俺の声も実は少し震えてる。

 しかしそれにしても狼人族、音に弱すぎねえか?

 あ、これもしかして狼人族と決闘するときやればよかったんじゃないか? 

 まあほんと今更だな。

 こいつらこういう音にはからきし弱い。なんの音かと言えばあゆみが作ったこの前の『包弾』の改良版、『包弾(改)』だ。

 凄い事に今回は包みの外に紐が出てて、それが導火線になっている。着火して投げると時間をおいて始動する。

 あいつら、ほっとくとどんどん改良していっちまうな。


 今回あゆみが作ったのはぶっちゃけ爆弾だ。水と電気、それに火を組み合わせてる。ついでにもう一つ塩も混ぜたらしい。中央の溜め石から順番に発着する事で恐ろしい威力の爆弾になっちまった。

 街からは見えない山の裏側で試したんだが、バッカスの人並み外れた投擲力で見えない位遠くまで投げたのに俺たちの直ぐ目の前まで土砂が吹き飛ばされてきた。そう、穴が開いたとかそんな生易しいもんじゃない。山の頂から下に投げたんだが、眼下に多分400メートルトラックが入っちまうような広さの山が削れちまったのが見える。

 正直俺だってビビってる。まさかここまでの威力だとは思わなかった。包みの大きさは以前よりは少し大きかったが、三重構造になっていることを考えれば仕方ないって程度だった。

 あれ? なんかあゆみが溜め石のサイズを変えたとか言ってたか?


 とにかくだ。俺はやっぱり正しかった。

 あゆみにこういう物を作らせちゃいけなかった。今更だけど後悔が頭を過る。

 だがもう遅い、出来ちまったもんは出来ちまったもんだ。

 それにしてもせめて威力をこの四分の一くらいまで落としてもらわないとまともに使いようがない。

 後であゆみにまた頼むか。頼めば頼むほど泥沼にはまっていく気がするのは気のせいか?


「おい、ネロお前こそ大丈夫か?」

「あ、ああ」


 俺が考え込んでるフリで何とか震えを止めてるのをバッカスに見透かされて心配されちまった。

 もう苦笑いするしかない。

 正直かなりビビった。その威力もそうだがそんなもんを俺たちがこの世界に持ち込んじまったって事実も相当きてる。

 それでも何とか震えの止まった手を差し出してバッカスを起こしあげる。


「そろそろ落ち着いたんなら次の実験に移るぞ」


 俺の言葉にバッカスが顔をしかめてもう一度座り込んだ。


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