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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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61 狼人族の特訓

「だから俺は嫌だぞ」

「そう言うなって。やってみれば結構平気なもんだぞ」

「そんなわけあるか!」

「そんなわけも何も本当だって。俺を信じろよ」

「いや、こんなこと信じられるか」


 森の広場で俺とバッカスがそんな言い合いを続けてるのをずらりと並んだ狼人族の奴らが尻尾をたれて見つめている。揃いも揃って情けない面を晒しやがって。どうしてこうこいつらは揃いも揃って雷に弱いんだ?


「じゃあまずはこいつで先に試してみせろよ」

「な、なにいってんすか族長!」


 いい加減疲れたのかバッカスはそう言ってすぐ横に座っていたハビアを俺に押し付けてきた。

 押し付けられたハビアはぎょっとして逃げ出そうとする。それをバッカスが押さえ込んだのを見た俺はため息混じりにハビアに話しかけた。


「諦めろハビア。お前の族長のご指名だ。一瞬で済むからな。ほらこれを掴んでないと意味ないぞ」


 そう言って地面に突き刺した長い鉄の棒をきちんとハビアに握らせて反対の手で一気に小さめの電撃魔法を打ち出した。


「ひぎゃ!」


 俺の電撃魔法はハビアの腕に軽く落ち、戦士とは思えない悲鳴を上げてハビアが飛び上がる。それを見て隣で見てただけのバッカスも一緒になって飛び上がった。

 この鉄の棒は今朝あゆみに教会の話をした結果、キール経由で回ってきた代物だ。何でも電撃を受ける者がそれを掴んでいれば電撃はそちらに流れて身体を抜けないのだそうだ。ハビアの手と鉄柱の間でバチンと音がするのを見れば確かに俺の電撃はそちらに逃げてるようなのに、こいつら全員ビビりすぎだ。


「ほら、なんともねえだろ。戦士だったら次は耐えろよ」


 そう言って遠慮なく二発目を打ち込む。さっきより少しだけキツめだがあゆみの電撃に比べればまだまだ弱い。今度は声は我慢したハビアがなんとも言い難い形相で宙を睨んでた。


「な。もう慣れただろ?」


 そう言ってもう一発入れておいた。ハビアの目尻が下がった。ああ。もう大丈夫だな。

 そう思って手を離すとバッカスが恐る恐る戻ってきてハビアを見る。


「な、ハビアでも問題なかったんだ。次はバッカスが試してみろよ」


 俺の言葉にだけど頭を振ったバッカスはチョンとハビアを突っついた。途端ゆっくりとハビアがその場に崩れ落ちた。


「こいつ気絶しちまった」


 首を振りながらそう答えるバッカスに俺は唸ってその場で座り込んだ。

 狼人族の雷耐久訓練は考えていた以上に時間を食った。こいつらの雷への恐怖はどうやらかなり根深い本能のようでいくら俺が実践して見せても中々治らない。ちゃんと電気を逃がす場所を作ってやれば大丈夫だといくら証明して見せてもそれとは関係なく凍りついて動きが鈍る。

 それでも半日かけてどうにか気絶する奴はいなくなり、あとは少しばかり誤魔化せばなんとか使い物になるところまで漕ぎつけた。


「そろそろ第二陣が戻ってくるぞ」


 暮れ始めた空を見上げてバッカスがそう呟き甲高い口笛を吹くと、遠くからよく似た口笛が帰ってくる。それを合図に今までぐったりしてた狼人族の連中がのっそりと立ち上がった。


「合流するぞ」


 そう言ってバッカスは狼の姿に戻り、俺を咥えて背中に放り上げた。


「痛て! おい、今結構本気で噛まなかったか?」

「さあな。お前の電撃ほど強くなかったろ」

「はあ? 俺の電撃はほとんど痛みがねえだろが」

「痛みだけの問題じゃねえだろ、それぐらいでグダグダ文句言うな」


 俺たちが言い合いを続けているうちにバッカスの率いる群れが平原に躍り出ると南の地平線のあたりに黒い影が広がり始め、その影がうねりながら徐々に近づいてくる。それが人を乗せた狼の姿に見えだす頃にはすでに豪快な足音が周りに響いていた。

 バッカスはそのうねりに走り寄ってその先頭につく。波のような2つの群れはまるでそれが当たり前というようにバッカスの後ろに付き従った。こうして俺は黒い潮のような狼たちの背の一番前で揺られながら街へと向かった。後ろに続く狼の背中で魂の抜けた顔で泣き笑いを続ける男たちの顔は見なかったことにした。




「おい、あゆみ。バッカスたちがあの鉄柱じゃ雷が落ちた時掴んでる手が痛いってうるさいぞ」


 第二陣を昨日と同じ手順で農村に送り出し、バッカスだけはキールの所に送っておいて一度あゆみの様子を見に元武器倉庫まで来たのはいいが。

 何だここは。たった一日ですげえカオスな事になってる。

 部屋の端で職人らしきやつがカンカンとノミと木槌で石を砕き続け、そのすぐ横でまた数人が小さくなった破片をすごい音を立てながら砕いて細かくしてる。他にも10人くらいの人間が常時唸りながら机に向かってなんかやってて、その一番奥の机でやっぱり唸ってるあゆみの所にはひっきりなしに誰かが意見を聞きにいっていた。

 ピートルとアリームは出かけてるのか姿が見えない。ヴィクは外で他の兵士や見たことのない連中と何やら土を掘り返してた。聞けばそこに増設施設を立てるのだそうだ。

 切れ間なく説明を求めてあゆみの後ろに並ぶ男どもの列に俺も同じように並ぶ。やっと自分の番が来たからと声をかけてやればあゆみが振り返りもしないで返事を返した。


「黒猫君、ごめん今手が話せないから。そこに布があるでしょ、黒いやつ。それで包んで鉄柱を持つようにバッカスたちに伝えて」

「これか? これがなんの役に立つんだ?」

「多分それで絶縁できるから電気が体に来ないで済むよ」

「?」

「雷が鉄柱に落ちてもバッカスたちに流れなくなくなるってこと」


 あ。しまった今の説明で大きな勘違いに気づいちまった。

 雷をアイツラの体に直接落としちゃいけなかったのか。

 そりゃそうだよな。攻撃として雷飛ばすなら遠距離か少なくとも体に触れない状態で来るよな。

 なのに俺、ずっとアイツラの腕掴んで電撃落としてたわ。

 これはまあ、ちょっとした勘違いってことで。あいつらには黙っていよう。


「わかった。じゃあこれの上から鉄柱を掴ませて雷飛ばしてやればいいんだな」

「うん。その布はもう実験済みだから大丈夫だと思う。明後日までにはもう少し扱いやすい形にするから」


 そう口でいいながらも手は何か作業を続けている。

 研究馬鹿。って普通大学でちょっと勉強してた程度でここまでのめり込むもんなのかね。俺にはわからない神経だ。まあ、本人が楽しくてやってるみたいだしいいとは思うが。

 周りを見回すと部屋にいるのはあゆみを除いて男ばかりだ。

 やっぱりこんなことやりに集まってくるのは全員男か。

 ……こいつ、この状態で本気でここに寝泊まりする気なのかよ。

 俺はちょっと気になりながらももう用済みとでも言うように自分の研究に熱中していくあゆみの背に軽く声をかけた。


「あんまり根詰めるなよ」

「ん、大丈夫」


 ……あとでヴィクには少し話をしておくか。


 聞いてるのか聞いてないのか分からないような返事をするあゆみが次のやつに指示を出してるのを尻目にを俺はキールの元へと向かった。




「ネロいい所に来た、打ち合わせを続けるぞ」


 キールの執務室にはシモンとバッカス、それにアルディたちが既に集まっていた。バッカスには俺が来るまでキールからこれまでの経緯でも説明してもらっててくれと言っておいたので多分今まで俺待ちだったのだろう。

 それにしても。さっきも思ったがシモンの視線がやけに痛い。何を見てるって俺の耳だ。まあ、この猫の耳に興味を持つやつは多いが、まさかシモンがそんなに興味を持つとは思わなかった。


「なあ、さっきっからそんなに俺の耳が珍しいか? 貧民街で獣人はいっぱい見てるだろ」


 空いた椅子に座りながら俺がそういえばシモンがうっすらと笑いながら答える。


「あなたのそれと獣人のそれはまるっきり違いますよ。これだけ長く生きてきてもこんな人化を見たのは初めてです」

「そんなに珍しいのかこれは」

「ええ。これをゴルティが見てしまったら多分とんでもないことになるでしょうね」

「バッカスお前はなんにも言ってなかったよな」

「ああ? おかしいとは言っただろ」


 ああ、そういえば言われたこともあったか。あれは魔力が使えることだけじゃなかったのか。


「まあ、そんなことはどうでもいい。それで狼人族の雷対策はどうなってる?」

「まあ一進一退ってところか。今あゆみに新しい道具もらってきた。これで鉄柱つかめば今度は痛くないそうだぞ」

「ホントかよ」


 バッカスが疑わしそうに俺の手の中の黒い革布を見た。


「ああ、それからこっちはピートルが注文してたのが来てたぞ。バッカスたちの耳栓だそうだ」


 キールが机の横に置かれてる木箱を指差した。取り出してみればなんかふわふわの白いのが大量に入ってる


「ああ、羊の毛か。確かにこれを固く丸めりゃいい耳栓になるな」


 そう言ってバッカスが試し始めた。


「トーマスと貧民の連中はどうだ?」

「教会近くの一軒家を借り出して準備に入ってます」


 今度はシモンが報告を上げる。


「でもまさかジャガイモをあなた方が食べたがるとは思っていませんでした」


 それを聞いたキールとアルディが微妙な顔をしてる。


「農村の方は残ってた老人たちが指揮して刈り入れが始まったそうだ。とは言え、残ってた子供と老人は今まで通り麦以外の農作物の取り入れだけで手一杯だからバッカス達が連れてきてくれた人手とここの貧民街からの人でだけでまかなうことになる。どう考えても雨が降り出す前に全てを刈り入れるのは無理だろうな」

「それでも少しでも刈っときたい」

「ああ」


 キールの説明にシモンも頷いていた。


「貧民街の中でも今のところ人間族とエルフが中心になって刈り入れをお手伝いしています。獣人は細かい作業に向かないので運搬のお手伝いをしてます。キーロン殿下が糧食を都合してくださったので皆喜んで向かっていますよ」

「それも最終的には村からの税金で返してもらうさ」


 そう言ってキールがわざとらしく粗野な笑いを浮かべた。


「キール、あんたのところの兵士はどうなんだ?」

「既に作戦を元に訓練に入ってる。もしあゆみの研究で魔術への防御が何かしらできるのであればかなり有利に運べるな」

「じゃあ後はあんたの式の準備だけか」

「ネロ君、お忘れなく。君の訓練も残ってますからね」


 アルディがちょっと目を輝かせながらそんなことを言う。


「ちょうどいい、後はエミールとシモンにしっかりと訓練を付けてもらえ」

「はあ? 今からかよ」

「明日はバッカスの訓練に行くんだろ、他にいつ時間がある」


 そりゃそうだが。バッカスのやつが嬉しそうに「ざまあみろ」とほざいてるのは今日の俺のやった訓練への鬱憤からか。

 その後細かい合図や手順の話し合いを終えるとバッカスはさっさと森に帰り、アルディとキールはそれぞれ残った作業へと戻っていった。

 そして俺はといえば。

 やけに張り切るエミールとシモンに挟まれ結局明け方近くまでその質面倒くさい「特訓」から逃げられなかった。


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