58 寝坊
目が覚めたらやっぱり裸だった。
知ってたよ、分かってたよ。今回はあゆみにだってちゃんと言った。その時点でこいつがまだ起きてたかどうかは怪しいが。
見下ろせばあゆみが俺に抱き着いてる。いや、猫の俺を抱えて寝たからまだ抱えたままなのか。
うわ、こいつ左腕が俺の下敷きになってる、絶対マズいだろ。
俺は少し身じろぎしてゆっくりと血が流れる様に調節してやった。一気に流れるのはマズい気がする。
さて、起こそうか起こすまいか。
以前に比べると少しだけ心に余裕があるのか今朝は結構ちゃんと頭が働いた。これも今までに色んな思いさせられてきた成果だな。
それにしても抱き着かれるってのは良いな。何かすげー必要とされてる気がする。
左腕に少しずつ血が流れ出したのが痛いのかあゆみの眉根が微かに寄った。
あ、この顔も結構可愛い。なんて本人にいえるのはいつになるやら。
昨日は他の奴らと飲んでるのに腹立っちまったけど、よく考えたらヴィクがずっと一緒だったんだし腹立てるのも馬鹿馬鹿しいよな。しかもコイツまるっきり周りも見ずに俺に駆け寄ろうとしてくれてたんだし。
同じ事実でも一晩ゆっくり寝て余裕が出来ると全然違って見えてくるから不思議だ。
……こいつが俺を好きだって言ってくれたのは本当なんだな。
それが嬉しくてカッと頭に血がのぼる。
あゆみの顔にかかってる髪を指で後ろに梳いてやる。
ああ。このままキスしてー。分かってる、それが出来ねえのは誰でもない俺自身の問題だ。
その代わりに頬に頬を摺り寄せる。すげえやわらけえ。
そういえば俺、猫になってから元々薄かった髭がまるっきり生えなくなっちまったな。
髭剃りしないで済むのは嬉しいがまさか女体化してるとかないよな?
俺はちょっと心配になってあゆみをしっかりと抱き寄せる。抱きつかれてんだからこれはアリだよな。
「ん……」
あ、起こしちまったか?
「ふ、…………」
あ、また寝ちまった。俺よりこいつの方が猫みてえ。
「好きだぞ」
すげえ小さな声で言ってみる。言ってみただけ。
もちろんあゆみの反応は無い。寝てるんだから当たり前だ。
ああ、俺の意気地なし。情けねえなあ。早くナンシーに帰って言っちまいたい。
俺はきつくないギリギリの強さでもう一度あゆみを抱きしめた。
* * * * *
「……だぞ」
なんか声がしてゆっくり目が覚めた。
あれ? 黒猫君の声?
目が覚めてくるとなんか暑かった。しかも首が痛い。
あれ、これこの前もあったよね。この前は確か……
そうお店で黒猫君の腕の中で寝てた時。まだ目は開いてないけどこれって……
薄っすらと目を開くと目の前に黒猫君。のヌード!
慌てて目を閉じる。
えっと何が起きた?
一生懸命昨日の事を思い出す。
確かみんなで機関設立のお祝いやって、いっぱい美味しいジュース飲んで。
で黒猫君が帰ってきてあれが実はジュースじゃなくてお酒だって言ってて。
ヴィクさんが酔っぱらった私を部屋まで連れ帰ってくれて。
でもみんなが寝ちゃったら逆に目が覚めて来ちゃってそのまま黒猫君が戻ってくるの待ってて。
あ、そうか。その後結局、黒猫君抱えて寝ちゃったんだっけ。
じゃあ、黒猫君はそのままここでまた猫から元に戻っちゃったのか。
そうだよね。猫から戻ると素っ裸だもんね。
そこまで一気に思い出した私は次に自分の状況の確認を始める。
うん、自分はちゃんと服着てる。
黒猫君の片腕は私の首の下。もう一本が私に巻き付いてる。
ああ、だから暑かったのか。それにしても黒猫君の腕筋肉付きすぎ。太くて硬くて枕には最悪だ。
うーん、状況は分かったけどさ。さてこれ、どうやって黒猫君を起こそう?
「あゆみ起きたか」
私が眉根を寄せた途端、黒猫君のはっきりした声が頭の上から降ってきた。
慌てて顔を上げようとすると何故か顎で思いっきり押さえつけられた。
「上も下も見るなよ。今俺裸だからな」
そういいつつ黒猫君がゆっくりと自分の腕を解放してくれる。私が口を開こうとするとすぐに黒猫君が言葉を続けた。
「先にいっとくけどお前が俺に抱きついて離さなかったんだからな」
あれ、たった今自分の置かれた状況を確認したのに自分の腕がどこにいってるか全然気にしてなかった。
ほんとだ、思いっきり抱き着いてる私!
言われて気が付いて腕を動かそうとしてもう一度びっくり。少しジンジンするだけで腕の感覚全くないよ!
「黒猫君どいて、私の左腕完全にしびれてる!」
「だろうな」
私が右腕を外すと黒猫君は事もなげにそう言ってゆっくりと私の腕の上から身体をずらしていく。
「俺が一気に動くとすげー痛いぞ。少しずつ動くから我慢しとけ」
黒猫君の言うとおり、血が流れ出した途端じわじわとジンジンする痛みが強くなって痛みとかゆみの中間のぞわぞわする感覚が指先から戻ってきた。それに顔を歪めながら黒猫君に尋ねる。
「ビーノ君たちは?」
「先に着替えて朝食に行くってさ」
うわ、この状況を見て先に下に行ってくれるってなんか余計な気を使ってくれたんじゃないの?
あまりの恥ずかしさに唸り声が出そうだ。
「ゆっくり来いってさ」
「ええ!?」
そんな私に追い打ちをかけるように黒猫君が付け足した。流石に声がでちゃう。
居たたまれない思いを他所に腕が中々元に戻ってくれない。黒猫君もゆっくりと動くだけで離れてくれない。薄ら目を開ければ目の前は黒猫君の裸の上半身。おかげで腕だけじゃなくて私の頭にも血がのぼってクラクラしてくる。
それでもやっと血が通って私が指を動かしだしたのを見て黒猫君が「あっち向いてろ」って言ってベッドを出て行った。出てく時ちょっとだけ目を開けて尻尾の付け根を確認したのは内緒だ。あれ、やっぱり尾てい骨の辺りから伸びてたのか。
素早く服を着替えた黒猫君が私の着替えも適当に投げて寄こしてくれた。前よりちょっと扱いが雑になってるのが嬉しいのは私がバカなんだろうか?
そこではたと気づいて聞いてみる。
「ねえ、黒猫君、黒猫君だったら私の右腕くらい簡単に外せたんじゃないの?」
渡された服に着替えながら私がそういうと黒猫君がこっちも見ずにぶっきらぼうに答えた。
「お前が折角抱き着いてくるのに俺が剥がす理由はないだろ」
「え……」
あ、黒猫君の首筋が赤い。
「ほら早く着替えろ、おいてくぞ」
うわ、私絶対いま顔が真っ赤だよ。照れて出て行こうとする黒猫君を慌てて引き留める。
申し訳ないけどここの服はそんな簡単には行かないんだよ。
「ごめん黒猫君、ミッチちゃんもいないし、やっぱりボタン止めるの手伝って」
「……ああ、そうだったな」
ドアの所までいってた黒猫君は少し戸惑いを見せながらも赤い顔で振り返って私の前に戻ってきてくれる。なんかそれを見るのが恥ずかしくて私も俯いた。
これは急いでヴィクさんに服を作ってもらった方がいいみたい。
「ほら出来たぞ」
そう言ってちょこんと首を傾げて私を見た黒猫君はハッとしてそのまま私を抱き上げた。
「もしかして人型に戻ったのを忘れてた?」
「うるさい」
まだ首筋まで赤く染めたままの黒猫君は私のツッコミを軽く流して杖を拾って部屋を出た。